人形少女は誰が為に

命なき少女と旅する、死んだ世界。
にしだやと。
にしだやと。

人類の敵

公開日時: 2020年9月12日(土) 17:51
更新日時: 2020年9月14日(月) 11:36
文字数:3,903

 旅をはじめて三日目のことだった。

 道のりの厳しさを諦観したアスターがだらだらと荒野を歩いていると、唐突にエリカが立ち止まった。

 

「どうしたの?」


 彼女の視線はじっと一方向を見つめていた。

 何か見つけたのだろうか。アスターも尋ねながら目を凝らす。

  

「なにも見えないけど……」

 

 視界に映ったのは相変わらずの背景だった。退屈に感じるくらい、そこには何もない。今立っている地面と同じ色がひたすらに続くだけの、エンドロールだけだった。

 しかし、彼女には別の何かが見えていたようだ。続けて、ぽつり呟く。

 

「敵だわ」

「……敵?」


 一体、敵とはなんだろう。

 訝しむアスターをよそに、エリカはさらに続ける。

 

「それと、人。人間もいる。戦っている……? いいえ、というよりはむしろ、襲われている……」

「……それって」


 わからない事だらけの中でも、一つだけ分かることがあった。

 

 それは、故郷を失った少年にとって決して看過できないこと。

 それは、この世界を知ろうとする少年にとって必要なこと。

 

「ええ、あなたの言いたいことは分かってるわ。……助ける、でしょう?」

「出来る?」


 不安混じりの眼差しにこたえるように、エリカはふっと笑った。

 

「当然。私を誰だと思っているの?」


 そして、彼女は地面を蹴った。

 旅の道連れの少年の、その首根っこを掴んで。

 

「って、うあああああぁぁぁぁあっぁぁ――」



 わずか五分にも満たない無重力の旅。それが終わると、アスターはふらつきながらもなんとか地面に根を下ろした。ただ移動しただけで這う這うの体。逆流しそうな胃液を必死に押し留めながら、息を吐き、また吸って、恨めしげにエリカを見上げた。

 

「きゅ、急になにするのさ……!」

「のんびり歩いてちゃ間に合わないでしょう。そんなことより」


 キッと睨みつけるエリカ。すぐそこには、二人の男がいた。

 大型の四輪駆動車を背に、必死の形相で何かと対峙している。その手に構えているのはゴテゴテとした機械の塊。おそらく、武器の類。ひとたびトリガーを引けば破壊的なエネルギーの塊が発射されるであろうことが想像に難くない、無感情な造形だ。

 そしてそんな物騒なものを構えなければいけない相手というのは……。

 

「獣……? 体が、機械の……獣?」


 見たこともない存在に、アスターは目を疑う。アレを獣と表現する自身の感覚を疑う。

 

「そうね、その表現も間違っていないわ」


 けれどそれは、正しい感覚だった。あの禍々しい黒と赤を纏った巨大な物体は、確かに実在しているのだ。

 体長およそ二メートル。四足歩行する姿は狼のごとく、瞳の部分がギラギラと紅く光っている。半開きの口からは鋭利な牙が覗いていたが、生物ならしていて当然の呼吸が一切感じられない。

 獣ではないが、獣然とした機械。すなわち――。

 

「侵食機兵、マキナ・ミレス。それがあいつらの呼び名よ」

「マキナ……ミレス……」

「そして奴らこそ……今もなお世界にしがみつこうとする人類の、敵」





「くっそ、ツイてねえぜ……」


 追い詰められた男はぼやいていた。

 仕事を終えて気分上々で仲間たちとドライブを楽しんでいたのがほんの数分前のこと。なかなかの掘り出し物を見つけて俺たちにも運が回ってきたな、なんて笑っていた数分前が嘘みたいだった。

 

「このコースなら安全だってアイツも言ってたのによぉ……」

「あぁ、ほんとツイてねぇな。しかもよりにもよっておでましになったのが……」

「あぁ、大型種、なんてな……このガラクタでやれると思うか?」

「ははっ、無理だろ。せめてあと一等級高い四等級装備が五丁はいるぜ」

「だ、な」


 隣に立つ相棒も、彼とまったく同じ気持ちだった。

 まったく、運が悪すぎる。

 ミレスの中でも単独で一個小隊を壊滅させ得る戦闘力を備えた個体。それが目の前に現れたというのだから。

 

 せめて気分だけでも誤魔化そうと、冗談を言いあうが所詮そんなものは気休めだ。

 いまはまだ襲いかかってきていないが、一度あの化け物が牙を向けば一分も保たないだろう。

 

「ま、でも……」

「あぁ、そうだな」

「やるだけのことはやってやろうぜ」

 

 外に出る以上、いつかこうなる覚悟はしていた。

 だからこそ、二人は武器を手に、背中に守るべきものを背負っているのだ。

  

「……くるぞ!!」


 ミレスの体が僅かに沈んだ。動き出す予兆。

 せめて車両だけは守ろうと、なんとか動きを止めようと、トリガーに手をかけようとして――。

 

 彼らは、奇跡を見た。

 

「……は?」


 思わず、アホみたいに口をぽかんと開けてしまうくらいに。二人して顔を見合わせ、互いの頬をつねりあうくらいに。その光景は、現実離れしたものだった。

 

「下がってなさい――」


 凛とした声。

 美しい黒を、あの化け物たちがまとう禍々しい黒とは正反対の、澄みきった美しい黒を纏った少女がいた。

 細くしなやかな体と、小さな背中。けれど何故か彼らはその背中に、初めて見る背中だというのに、例えようのない安心感を抱いていた。

 

 少女が腰に、手をかける。ガラクタ未満の棒切れを抜き放ち、そっと構える。

 ただそれだけで、風が吹いた。

 そして――。

 

 一陣。

 

 風となった彼女が駆け抜けた後には、沈黙だけが残っていた。

 

 


 マキナ・ミレスこそ人類の敵。そう残して飛び出していった彼女の表情には、剣を突きつけるような鋭さが宿っていた。

 だから、なのか。あるいは単に、目の前の敵が強大に見えたから、だろうか。アスターはエリカの後ろ姿を見送りながら、一抹の不安を覚えるのだった。

 

「大丈夫かな……」


 もちろんそれは、単なる杞憂に過ぎない。争いなんて無縁な世界で育ったアスターがエリカの強さを理解できていなかったからこそ生まれた、無用な心配というものだった。

 

 そして、風が吹いた。強い、強い風だ。敵を薙ぎ払い、人々を守る優しい風だ。

 エリカの剣は、風とともにあった。

 

「……! 行かないとっ」


 戦いは一瞬で終わった。彼女がたった一度カタナを振るっただけで、あの巨大な機械の化け物は鉄屑へと還ってしまったのだ。

 慌てて、アスターは助けた男たちの元へと駆け寄る。


「だ、大丈夫ですかーっ」


 走りながら、大声で呼びかける。だがおかしなことに、なかなか返事が返ってこない。どころか、近寄るアスターの存在に気付いてすらいないようだった。

 

「あ、あのっ!!」


 目前まで近づいて、再び呼びかける。

 そこでようやく、彼らはアスターの存在に気付いたようだ。

 

「っとうわっ!! びっくりしたじゃねえか……」


 どうやら男たちはすっかり見惚れてしまっていたらしい。


「あ、すみません……って、そうじゃなくって! ご無事ですか?」

「ん、ああ、なんとかな……ひょっとしてお前さん、あの姉ちゃんのツレか何かかい?」

「ええ、はい――」


 ちょうどその時、エリカもこちらにやってきた。その手にはカタナの代わりに、何か拳大の物体を掴んでいる。

 

「特に怪我はなさそうね。はいこれ」


 彼女は男たちを一瞥すると特に興味をもった様子もなく、謎の物体をアスターに投げて寄越した。よくわからないままに、辛うじてキャッチする。

 手にしてみると、それは小さなキューブだった。外装は丈夫な金属で出来ていて、隙間から内部を覗くと濃紺と黒の混ざり合った球体が格納されているのがわかる。

 

「……これは?」 

「あの犬っころのコアよ。再起動されても困るし引っこ抜いてきたわ」

「……コア?」

「きちんとバラせば本体も高く売れると思うけど、持ち運ぶのも面倒だし。それだけでも食費の足しにはなるでしょ」


 この世界の常識に疎いアスターにはその辺りの事情がさっぱりだった。だが、とりあえずは彼女に従っておけばいいだろうと思い――アスターはコアをカバンに仕舞いこんだ。

 

「コホン……あー、もういいかな?」

「あら、まだいたの」


 わざとらしい咳払いをした男に、エリカがこれまたわざとらしく反応した。

 彼女のそれは普通なら怒ってもいいくらいの態度だったが、さすがに命の恩人とあっては文句も言えないらしい。男はぽりぽりと困ったように頭をかきながら、話しかけてもいいか目で訴えかけてきた。

 そのやりとりがなんだかおかしく思えて、アスターはついつい肩をすくめて苦笑いしてしまう。

 

「あーっと、だな。とにかく礼を言わせてくれ。アンタたちが来なかったら今頃俺たちが生ゴミにでもなってるところだった。感謝するよ」

「礼なんていらないわ。報酬は現物でもう貰っておいたから」

「そういうわけにもいかねぇ。せめてもう一つくらい何か……」


 エリカはどうでもいいと言わんばかりに肩をすくめていたが、彼らはそれでは気が済まないようだった。

 何かいいものはないかと考えながら周囲を見渡し、そして何度かアスターたちの姿を見る。剣だけをぶら下げた美少女に、体格に似合わない大きなリュックを背負った少年。この荒野を移動するにはずいぶん心許ない装備だが、しかしあの強さなら問題ないのかもしれない、なんて考えたあたりで――気がついたようだ。


「……ってまさか、アンタら歩いてここまできたのか?」

「えっと、はい。一応……」


 再び、男たちが互いを見合わせる。信じられないものを見た、とでも言いたげだ。そして、ややあって。

 

「ぶわっはっはっはっはっは!! こいつぁ傑作だ!!」


 突然、示し合わせたように大声で笑い出した。

 一体そんなに何がおかしいのだろうかと、こんどはアスターがきょとんとする番だった。

 

「ははははっ、いや、すまん、すまん……ついおかしくってな」

「えっと……」

「よし、決めだ!! アンタら、ここを歩いてるってこたぁつまり俺達の村……リジーマに向かってるんだろう? なら話は早い。礼って言えるほどのことじゃあねえが、俺たちの車に乗ってきな!」


 どうやら運が回ってきたのは、アスターの方も、だったようだ。

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