人形少女は誰が為に

命なき少女と旅する、死んだ世界。
にしだやと。
にしだやと。

普通の村の、普通の風景

公開日時: 2020年9月14日(月) 11:37
更新日時: 2020年10月1日(木) 13:27
文字数:3,106

「そういや自己紹介がまだだったな。俺はボゾン。こっちは相棒のフェルミだ」

「よろしくな、えーと」

「エリカよ」

「アスターです」

 

 ブラウンの短髪がボゾン、スキンヘッドの強面がフェルミというらしい。体格はどちらもがっしりとしていて、アスターには二人がずいぶん心強く見えた。

 

「いい名前だ。……んじゃ、早速乗ってくれ」


 促されるままに車両の後部座席に乗り込むと、中は対面式の座席になっていた。アスターとエリカ、そして運転をしないフェルミと三人で乗ってもまだ余裕がある。

 アスターが適当な位置に座ると、エリカがごく自然な動きで隣に陣取った。


「う、硬い……」


 やっと楽ができる――そう思って気を抜いた矢先のことだった。椅子といえばクッションが効いているもの、と思い込んでいた彼にとって、この世界の椅子はあまりにもお尻に優しくなかったのだ。

 

「ははは、そりゃな。旅が続いて鉄の硬さをケツが忘れちまったかい?」


 運転席のボゾンが愉快げに笑った。フェルミも腕を組みながらニタニタと笑っていたし、隣のエリカすらなんだか面白そうだ。

 さすがに気恥ずかしくなって、アスターは苦笑いしながら別の話題を探しはじめる。視線をぐるりと回してみると、今座っている後部座席の更に後ろ側――おそらく積荷用のスペースが目に留まった。小さな窓ごしに見えるだけなので判然としないが、ごちゃごちゃと大きな機材が積まれているように見える。

 仕事道具、だろうか。気になって、遠回しに尋ねてみる。

 

「ええっと……あっ、そ、そういえばお二人は一体何をしに?」

「ん? ああ、俺たちゃこの辺の遺跡探索をしてるんだよ」


 遺跡? あまり聞き慣れない単語だったので、アスターはエリカにこっそり確認をとる。

 

「千年前の、文明崩壊前の都市の残骸よ。汚染されきって今じゃとても住めない環境だけど、漁れば今でも使える物資が見つかるわ」

「なるほど……」


 リリィから受け取った記憶にはない知識だ。きっと、今の人類が生きながらえるために過去の遺産を活用しようと見つけたものなのだろう。

 

「で、その帰りに危うく死にかけた、ってわけだ。ははは、アンタらが通りすがってくれてほんと助かったぜ」


 それは笑い事ではないと思うのだが、とアスターは思ったが、特に誰もツッコミを入れる様子がないので彼は黙ることにした。

 きっと、人の命はこの世界じゃ笑い話になるくらい軽いのだ。その事実の重さを受け止め切るには、アスターの心はまだまだ幼すぎた。

 

「んじゃ、出るぜ。揺れてケツが痛くなっても文句だけは言ってくれるなよ」


 

 およそ三時間後。じわじわとくる痛みに徒歩以上の疲れを感じていると、ボゾンから声がかかった。

 

「ついたぜ」


 鋼鉄製の窓を持ち上げて外を覗く。そこには、壁があった。故郷の幻影都市で見たあの巨壁とはまた違う、威圧感のある壁だった。

 蒸気都市の壁には、ある種の芸術性のようなものを感じられた。堂々とした佇まいで住人たちを見守る、優しい父の背中のような存在感があった。

 けれど今目の前に立ちはだかるものは――檻だった。外敵から身を守るため、自ら閉じこもる、卑屈で、けれど極めて堅牢な境界線。ただ純粋な実用性だけに特化し、受け入れがたいものを拒絶し続ける結界。

 見た目にはほとんど同じだというのに、アスターが感じたのはそういった耐えがたい悲しさだった。


「そういえばあの世界の街にも似たようなのがあったわね」


 郷愁に浸っているのが伝わったのか、エリカが小さく呟いた。彼女がどういう意図でそう言ったのか、アスターには分からなかった。単に、言葉通りにふと思い出しただけなのかもしれない。

 

「うん……そう、だね」

 

 けれど、彼女がそれを覚えているという事実が、形はどうあれ同じ記憶を共有している存在が隣にいるという事実が分かっただけでも充分だった。彼にとってはただそれだけで、充分に救いとなり得たのだ。

 

 

「さてと……とりあえず俺たちはアンタらのことを村長むらおさに伝えてくるからよ、まあ何もないとこだが……適当に散歩でもしていてくれや」


 門を抜けて村の中に入ると、ボゾンは適当な場所に車を停めながらそう言った。

 特に拒否する理由もないので、アスターたちは黙って頷く。

 


「んんー……やっぱり自分の足で立ってる方が落ち着くなぁ」

「それには同意するわね。あなたとは違う理由だろうけど」

「あはは……」


 苦笑いしながら、辺りを見渡す。そこは、寂れた村だった。少なくとも彼にはそういう風に見えた。

 継ぎ接ぎの板材で組まれたほったて小屋。ろくに実りもしない畑。人々の声は小さく、敷地は妙にだだっ広い。

 ここは本当に、弱々しい村だった。

 

「何もない……ね」


 歩きながら、ぽつり呟く。ここで過ごす人々がいるなんて、全く信じられなかった。

 

「そうね」


 隣を歩くエリカが返す。淡々とした、義務的な返事だった。

 

「どこも……こうなのかな」


 会話までやめてしまうと本当に何もなくなってしまうような気がして、聞きたくもないことを尋ねてしまう。

 

「そうね」


 機械的な返事。肯定するわけでもなく、否定するわけでもなく。ただエリカは、会話に応じていた。

 

「幸せ、なのかなあ」


 アスターは懐疑的だった。こんな貧しい世界で生きることが果たして人類にとって幸福たりえるのか。アストロが繋いでしまった未来は、本当に必要だったのか。

 

「……」


 その問いにエリカは答えなかった。彼女は知らないことは答えないし、答えるべきではないことは決して口にしない。そういう存在だった。

 ふう、とひとつため息をつく。空を見上げて、アスターは考える。自分に一体何ができるのか。何をするべきなのか。旅はまだ始まったばかりだというのに、ずいぶん遠くまで来てしまったような気がした。

 


「おう、ここにいたか」


 ぐるりと村を回っているうち、ボゾンと再会した。どうやらアスターたちを探していたようだ。

 

「村長が二人に会いたいんだとよ。ついてきてくれるか?」

「ええ、もちろん」


 村長はイメージとは違って、年若い男だった。もちろん、アスターよりはずっと年上であることには違いないが、それでもまだまだ現役真っ盛りといって憚られない見た目をしている。


「お前たちがウチの若いもんを助けてくれたのか。世話になったな」

「別に大したことはしてないわ」


 エリカがすました態度をとると、村長は彼女を見定めるようにじっと見つめだした。

 自分が見られているわけでもないのに、アスターは妙にドキドキしてしまう。


「ふ……それもそうか」


 しばらくすると何かに得心がいったようだ。見つめるのをやめ、意味深げに笑った。

 そして、こう続けた。


 

「お前さん、ネーヴァ・エンシスなんだろう?」


 特に隠していたわけでもない。だが、公言していたわけでもない。それでも彼がエリカの正体を見破ったことに、アスターは少なからず驚いた。

 けれど、彼女の方は特に驚いた様子もなく、泰然としていた。


「ええ、そうね」

「あっさり認めるもんだな。ま、あんたらが否定する理由もないか」

「それで? 何か文句でもあるのかしら?」


 エリカの挑発的な態度に、村長は鼻で笑う。

 

「文句? はっ、まさか。その逆だよ」

「逆?」


 妙な物言いに、思わずアスターが聞き返す。

 

「ああ、歓迎したいのさ。できればもうしばらくここに滞在してほしいくらいには、な」

「えーと」

「ああ、回りくどい言い方はいかんな。ま、簡単にいえばアンタらに頼みたいことがあるんだよ」


 一度エリカと顔を見合わせて、それから彼に続きを促す。

 村長は二人の反応を確認してから、口を開いた。

 

「単刀直入に言おう。アンタのエンシスとしての実力を見込んでの依頼だ。しばらくの間、傭兵として雇われてくれないか?」


 思いがけない要請に、二人は再び顔を見合わせた。

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