人形少女は誰が為に

命なき少女と旅する、死んだ世界。
にしだやと。
にしだやと。

二つの救援

公開日時: 2020年9月23日(水) 11:23
文字数:2,809

「エリカの姐さんはおりますかいっ!!」


 叫ぶ声と同時に、鉄の扉が開け放たれる。現れたのは、ぜえはあと息を荒くするボゾンだった。ここ数日遠慮がちに引きこもっていたアスターはそれだけで、なんとなく事情を察した。


「そんな大声出さなくてもいるわよ」

「ああ、よかった!」


 ドカドカと足音を鳴らして入ってきた彼ははちらりと一度だけ、儀礼的にアスターの方へ視線をやる。まるで体裁でも整えるように。あるいはそれは少しばかり捻くれた見方だったかもしれない。けれど視線は、特に足踏みする様子もなく、部屋のちょうど反対側へとスッと移動していった。

 

「すぐに来てくだせぇ。ちょいとまずいことになりまして」


 いつの間に、彼はエリカに敬語を使うようになったのだろうか。アスターの知らぬ三日間のうちに、彼女は村の若者たちの信心を獲得するまでに至ったのだろうか。

 

「……まあいいわ。ついていけばいいのかしら」

「ええ、詳しい話は監視小屋の方で」


 微妙な間と、無遠慮な提案。そこにはただ、最小限の合理性だけが漂っていた。何もない少年には、結局、その合理性と、申し訳程度の義理に縋る他なかった。

 

「監視部屋って?」


 ああ、と、ボゾンが反射的に吐き出す。

 

「村の中央に設置してる小屋さ。他の村でも似たようなもんなかったか? 呼び方はまあ、それぞれとは思うが。要は壁の外に設置したカメラからの映像を見張って、敵襲に備えるための施設さ」


 とにかく、村長が待ってるから急ごう。それだけ付け足すと、ボゾンはアスターに目もくれず先頭を歩き出した。

 


「きたな」


 監視部屋に着くと、村長が難しい顔で壁面いっぱいのモニタを睨んでいた。他にも数人、見知った顔ぶれもある。


「状況は?」


 開口一番、非効率の嫌いなエリカが尋ねた。

 

「うむ。版刻ほど前に救難信号が届いてな。取り急ぎその地点にカメラドローンを飛ばしてみたんだが、そこで拾った映像が、これだ」


 村長が合図すると、男の一人が端末を弄って一番大きなモニタに映像を出す。そこには、数台の巨大なトレーラーと、それらを追い回す砂煙が映し出されていた。

 

「あまり良くはなさそうね」

「奴さんら、どうもミレスの群れを引き当てちまったらしい。これは少し離れた場所の映像だが、護衛の部隊が群れの一部を引き受けてる状態のようだ」

「ふうん、結構善戦してるわね」


 切り替えられた映像では、一台の大型装甲車を中心に、数人の人影が銃器で抗戦している様だった。こちらも相当な数のミレスを相手にしているようで、アップで映し出された戦士の額には苦しげな汗が流れていた。

 

「で? 私はどっちを助けてくればいいの? それともここで迎撃でも?」

「ふむ、それなんだがな、この集団はうちに来る予定の商隊で――」


 村長が説明をし始めた、ちょうどその時だった。外から、騒ぎ声が聞こえてくる。

 

「――だから、ヒッグズの兄貴は外にでれる状態じゃないと言っているだろう!」

「でも、ミーシャが!」


 片方はフェルミの声だ。そしてもう片方の、おそらく食い下がっているであろう幼い声は……。

 

「なんだ、どうした?」

「ああ、ボゾン、すまない、実はな……」


 話の腰を折る程の騒ぎだ。無言の指示を受けて、ボゾンが確認のため外に出る。すぐにまた扉は閉められてしまったが、どうにも落ち着かない気持ちでアスターは声の聞こえなくなった向こう側をちらちらと盗み見し始めた。

 

「気になるのなら聞きに行ったら?」


 そんな様子を、気取られてしまったらしい。エリカが興味なさげに、提案した。

 一瞬、答えを躊躇う。

 

「こっちの話なら私が進めておくわよ。別に、どっちも大した話じゃないでしょうし」


 大した話じゃない? それは、本当だろうか。アスターはやはり懐疑的だった。どちらも、人の命の関わる重要ごとのようにしか思えなかった。

 それに、その言い方は……。一瞬、反論したくなる。が、次の瞬間には握った拳を緩めるしかなくなっていた。数分前のやりとりを思い出したのだ。


「……そうするよ」


 ひとり外に出ると、案の定そこにいたのは先日睨みつけてきた少年だった。攻撃的な性格は、どうやらアスターに限って向けられたものでもないらしい。

 

「だから、村の中をもう一度よく探して……って、アンタか。話はどうした?」


 宥めすかしている途中で、扉が開閉する音に気が付いたのだろう。ボゾンが振り向く。

 

「えっと、何があったんですか?」

「いや大した話じゃないんだがな……どうもこいつの妹、ミーシャがいなくなったらしい」

「大した話に決まってるだろ!!」


 困り顔で説明するボゾンに、少年が激昂する。

 実際、大した話だろうな、とはアスターも同意できた。だが、少年の方はいくらか混乱もしているようにも思えたし、とりあえず二人の話を聞いてみようと考えた。


「えっと……どこか行きそうな場所に心当たりはないのかな」

「あっ、お前!! お前のせいでミーシャがいなくなったんだ!!」

「え、僕?」


 思わず、キョトンとしてしまった。さっきまであんなにボゾンに噛み付いていた少年が、音でも鳴りそうな勢いで首を回し、アスターを指差してきたからだ。

 

「お前が外の話をミーシャにするから……きっとミーシャは一人で……!!」


 そんな馬鹿な、と言いたかったが、しかし実際、それはあり得る話だった。あのキラキラとした瞳を持った少女がアスターの話を聞いて、外界への好奇心を抑えられなくなったってなんの不思議もない。世界を救うなんていう夢みたいな話よりかはよほど現実味のある話だ。


「だから、言ってるだろう? 門の出入りはちゃんと監視してるんだ。ミーシャが外に出ようとしたならすぐ気づくはずだろ」


 けれど、ボゾンの方は否定的だった。いくら夢物語よりも現実的なシナリオだったとしても、現実問題としてありえない。村を出るために監視の行き届いた門を抜けるか、あるいは見上げたって頂上の見えないあの巨大な壁を乗り越えるしかないからだ。

 子どもたちを守る鋼鉄の檻は、間違いなく少女を捉えて逃さないはずなのだ。

 だが――と、アスターは考える。


「あの、本当にずっと監視出来ているんですか?」


 そう。いくら監視が完璧だなどと言いはったところで、所詮は人間のすること。綻びが生じるのも、また現実的な話である。むろん、ネーヴァという眠る必要のない完全な存在を持ち出せばそれは決して夢の話ではなくなるのだが。


「ん、そりゃそうだろう。休憩だって交互にとってるし、よほど他に何か重要なことがない限り……」

「重要なこと……」


 ふと、思い当たる。

 あったじゃないか。ちょうど今日。ついさっき。目の前の男が血相変えて飛び込んでくるほどの、外から雇った傭兵を動かさなければならないほどの重要ごとが。


「今日のその、救難信号の話とか」

「あ」


 その場に居た誰もが、間抜けな顔で互いを見合わせた。


「いやいや、まだそうと決まったわけじゃない」


 とにかく一度監視映像を見返してみよう。そう結論づけて、一行は監視部屋の中へと移動した。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート