操縦席に着くと、このヘリコプターを動かすための様々な知識が頭の中で反芻されていく。
つい一時間前までは絶対になかった知識が脳内を駆け巡る。
計器の読み方も、スティックの動かし方も、ボタンの配置も、すべてが手に取るようにわかる。
何年もこのヘリコプターを操縦していたかのように。
階段でゾンビを相手にしていることが難しいとわかった僕は、トイレまで逃げ出して窓から外に出て〈クライミング〉でここまで昇ってた来たら、なんとヘリコプターが着地していて本当に驚いた。
あまりに都合が良すぎるからね。
まあ、薙原達からすると、窓からでてここまで昇ってきたのにたいした疲れてもいない僕の方によっぽど驚いたかもしれないけれど。
ついでにヘリまで操縦できるとかいうチートすぎる告白付きでね。
「これがフィールドクリアー報酬なの?」
『あと、このヘリもだな。てめえが仲間を連れて、ゾンビで埋め尽くされたビルから脱出して第一部完という感じにしてえんだろ』
「なるほどね。……もし、僕以外の〈キャラクター〉だった場合でも同じなのかな?」
『だろうな。てめえら四人がここにやってきた時点でサブ・エンディングは決まってたんだろ』
てことは、この要塞ビル自体、結局は〈ゲーム〉の運営が用意したものの可能性もあるのか。
それ以外に本当に僕の世界の人が趣味丸出しで準備した可能性もあるけど。
まあ、どうでもいいことか。
結局、ここから逃げ出すためには気に入らない連中の掌の上で踊るしかない。
僕の頭の中の大嫌いなゼルパァールとクソッタレな〈運営〉のね。
今は、まだ。
いつか目にもの見せてやるとしても、だ。
ただ、一つだけ言わないとならないことがある。
「ねえ、ゼルパァール」
『なんだよ、いつまでも操縦方法の確認はしていられねえぞ。さっさとここからトンズラこかねえとな』
「―――さっきさ、藤山さんに撃たれそうになった時、僕のことを「キョウ」って呼んだでしょ。僕を助けるために」
すると、口の悪い下品なインベーダーは沈黙した。
都合が悪いことがあるらしい。
「僕の名前を初めて呼んだよね。いつもはてめえとかばかりなのに」
『―――だからなんだってんだ』
「ありがとう。おかげで助かった。今、僕が健在なのは君のおかげだ」
『ざけんなっ! 自キャラが死なねえようにすんのはゲーマーの義務じゃねえか! 当たり前のことなんだよ! それをなにいいことように言ってんの? クソだろ、てめえ!』
照れ隠しなのか、いつもよりも語調が荒い。
なんだかな。
ただ、ゼルパァールが僕を助けようとしたのは紛れもない事実だ。
それだけは感謝しないとならない。
君のことは嫌いだけど。
「ごめん、ごめん。もう言わないよ」
『わかりゃあいいんだよ、このチンカス野郎が! ほれ、さっさとメス餓鬼やチビ餓鬼どもをヘリの中に入れろ。さっさとトンズラだ! それでやっと俺が〈フィールドクリアー・プレイヤー〉になれんだよ!』
ゼルパァールに言われた通りに、薙原たちを内部に招き入れた。
〈ゲーム〉の事情を知らないから僕が操縦できるというのが半信半疑な人たちは、かなり嫌そうだった。
一番後ろに乗った三人は特に。
チャラ男の川口。
みんなを見捨てたという今野。
僕を嫌っている加地。
あと、薙原とナナン
たったの五人、僕を入れて六人。
要塞ビルにいた十五人はここまで数を減らしていた。
全世界で失われた人数がどのぐらいなのかはわからないが、この比率よりはさらに酷いものになるだろうと想像がつく。
いや、この多摩のフィールドにいた人々がたったの六人になってしまったとすると、もっと地獄のような数字となることだろう。
でも、もう起こってしまったことだ。
とりかえしがつくものでもない。
受け入れて自分と近くにいる人たちの命だけでも守り抜くしかない。
『よし、じゃあ出発しやがれ! これで、俺も数すくねえFCPだぜ! なあ、マイ〈キャラクター〉よ!』
ゼルパァールは愉しそうだ。
僕のおかげだとでも思っているのだろう。
でもね、ゼルパァール。
君は一つだけ忘れてはいけないことがあるよ。
……君がどんなに僕を助けたとしても、僕は君たちを絶対に許さない。
家族や、友人や、真純さんや、その他の大勢の命をゲーム感覚で奪った君たちをね。
いつか、君の楽しそうなその声を死ぬよりもつらい苦鳴に変えてあげる。
忘れないでね。
君が憑りついている奴は、そういう悪魔に成り果てているんだよ。
そう。
(僕は君の千倍も邪悪なんだ……)
そして、ヘリコプターはローターを回転させて宙に舞いあがる。
雲一つない晴天の空だというのに、心中に抱いているゼルパァールたちへの憎しみとクソみたいに忌まわしい呪いが、全世界に満ちていけばいいのにとずっと願っていた。
第一部 フィールド編 完
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