インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

策と読み合い、化かし合い

公開日時: 2020年11月20日(金) 20:00
文字数:3,766


 

 現在の状況を整理しよう。

 僕と薙原は食糧貯蔵庫の入り口で、扉の脇に隠れている。

 貯蔵庫の中、中央付近に半裸といってもいいスリップと靴下だけの痛ましい姿のナナン。

 そのさらに奥、直結した冷凍庫の引き戸の裏から僕たちに向けて左手で銃を構えているであろう、松下みゆき。

 4人のうち、薙原を除いた3人が〈キャラクター〉という配置である。

〈ゲーム〉であることを念頭に入れておかないと、まったく訳の分からない状況になっていた。

 おそらく薙原は全然わかっていないはずだ。

 何故、松下が銃を持って僕に発砲したのか、どうしてナナンを囮に使っていたのか、ゾンビはいったいどうなったのかetc……。

 だが、僕と同様に〈去勢〉されているはずの松下は、比較的冷静に僕を仕留めそこなったことを後悔していることだろう。


「失敗しちゃった、テヘ♪」


 なんか明るいな。

 拍子抜け……ということはない。

 お互いに正体を確認してしまった以上、〈ゲーム〉のルールに従えば僕たちは殺し合うしかない。

 ナナンのときとは訳が違う。

 なんといっても松下はもう僕に牙を剥いているのだから。


「……笑い事じゃないですよね。あなたの〈プレイヤー〉が怒っているんじゃないですか? せっかくの仕掛けがおじゃんになってしまったんですから」


 僕の命を狙うために、松下がどれだけの手間をかけたかはわからない。


「……ホント、最悪だわ。せっかく変な男に抱かれてまで君を単独行動させようとしたのに。ヤラせ損だよ」

「久保さんが……勝手な個人行動をしていたのはあなたと逢引きするためなんですかね。じゃあ、ゾンビがいるように見せかけたのもあなたでいいんですか」

「あったり。やっぱり頭がいいね、キョウちゃんは」

「お褒めにあずかり光栄です」


 ……やられたのは左肩と右の太もも。

 肉は削られているが、動けないレベルではない。

 でも、生き残るために万全の状態でもない。

 反対側にいる薙原は起きていることがわかっていない様子だ。

 ゾンビの襲撃を予想していたのに、実際に襲ってきたのは同じ人間だったのだ。

 しかも、比較的仲のいい年の近い相手だ。

 意味がわからなくて茫然としても仕方のないところである。

 でも、僕にとっては違う。

 松下はこの僕を〈キャラクター〉―――競争相手として知っていて襲ってきたのだから。


(ただ、どうしてもわからないのは、松下が〈キャラクター〉だと見抜けなかったこと。左手には〈パークサイト〉の印はなかったのに)


 まず、どうやって僕たちを欺いていたのかが不思議だ。

 ゼルパァールの言う通りに〈ヒドゥン〉の〈パークサイト〉持ちなのか。


「……じゃあ、ちょうどいいから、そこから出てきてもらえるかな」

「無茶を言わないでください」

「いや、無茶じゃないでしょ。チョコチョコと顔を出してくれるだけでいいから」

「そのチョコチョコで額に穴が空くのはお断りですよ。頭蓋骨に穴つきで生きていられるほど僕もタフじゃないんで。ていうか、松下さんの持っている銃って僕のベレッタじゃないですか。返してください。ドロボー」

「いやあ、もうちょっとうまく隠しておかないと駄目だよー。いくら土田さんの眼を誤魔化すためといってもね」


 ……やっぱり随分調べられていたみたいだ。

 予備の銃の隠し場所まで突き止められていたとは。

 これだったらカバンの中に隠しておいたほうがまだバレなかったかも。


「君が出てこないと、そこの可愛い女の子の方にいらない穴が空いてしまうかもよ」


 カチャ

 と、ベレッタの銃口がナナンに向けられた。

 出てこなければ先に彼女が死ぬという脅しだった。

 それで僕が出てくるだろうと思っているのだろうね。


「躊躇っていてもどうにもならないよ。君の〈パークサイト〉の〈クライミング〉も〈大ジャンプ〉も、この狭い場所ではどうにもならないからさ」

「っ!?」


 まさか、僕の〈パークサイト〉を知っているのか?

 左腕の刺青を見れば〈キャラクター〉であることは余裕でバレていたとしても、〈パークサイト〉が筒抜けになることはないはずだ。

 話した……記憶はもちろんない。


『たぶん、〈スキャン〉みたいな〈特殊パークサイト〉だろうぜ』

「……なにそれ?」

『これはな、別の〈ゲーム〉の話なんだが、相手の持っている技能(スキル)や能力(パラメータ)を見抜くことができる〈パークサイト〉があるんだ。この〈ゲーム〉でもあるという話は聞いちゃいねえが、あってもおかしくないぐらいに有効なやつだ』

「なるほど。それを持っているということね」

『だからよ、おまえらの行動は把握させていたんじゃねえか。あのアマは完全に探索型のキャラメイクをしているんだよ。俺の勘だと、〈ヒドゥン〉と〈スキャン〉、あと何か別のものがある可能性が高い。おまえは完全に裏をかかれたという訳だ』

「おまえじゃなくて、俺たちにしてもらえない? 君も同罪」


 すると、松下が叫んだ。


「もう〈プレイヤー〉と相談する時間は上げないよ! 三つ数えるうちに出てきてね! ひとーつ……」


 カウント3以内とは余裕もない人だよね!


「ふたーつ」


 あー、まだ作戦も立ててないのに!


「みー」


 僕がほとんど策もないまま、ただ〈大ジャンプ〉で跳びあがろうとした時、


「センパイッ!!」


 薙原が―――飛び出した。

 反対側の陰から。


「!?」


 きっと飛び出してくるだろう僕だけを想定していた松下が動揺したのがわかった。

 普通に狙うだけならば僕が多少変な挙動をしても、追いつかれて撃たれるおそれはあった。

 松下も僕と同じ〈キャラクター〉なので銃器の扱いはインプットされているし、〈去勢〉のおかげで罪悪感無しで人を撃てる。

 だが、二つの的を同時に撃つなんてことは予想していても難しい。

 ダブル・キルはむしろ失敗の確率の方が高いのだ。

 それを薙原が知っていたはずはない。

 ただ、彼女は3カウント目に僕がノー・プランでも飛び出すであろうことを信じていて、タイミングを合わせただけなのだ。

 おかげで松下は狙いを外してしまう。

 僕は〈大ジャンプ〉で跳ねて真上まで上昇すると、同時に天井を蹴る。

 二段跳びだった。

 やったことはないけどできないことはない。

 ただ、勢いが付きすぎてそのまま松下の隠れる冷凍庫の扉の角に頭から激突する。

 視界が痛みで黄色く染まる。

 だが、松下も反応しきれなかった。

 九十度の角度をつけて上下を飛んできた僕というターゲットに命中させられるほどの腕を持ってはいなかったのだ。

 もともと正面から僕とやり合えるのならばこんなまどろっこしい手段は使わなかっただろう。

 だから、僕に銃口を向けるのがコンマ数秒だけ遅れる。

 残念なことに、彼女がまずするべきだったのは、ナナンを人質にとっての僕の武装解除だった。

 それをしなかった時点で彼女にはまだ修羅場が足りなかったのかもしれない。

 僕が無様に床に這いつくばりながら構えたマカロフの弾丸が、大きなおっぱいごと貫通する。

 ヒヤリとしたのは冷凍庫の冷気のせいだ。

 そういえば、ここで松下が張っていたからこそ、さっき寒かったのか。

 どうでもいいことに納得した。


「……さすがね、ガンマンさん」

「床の上からでごめんなさい」


 松下が手から零したベレッタを拾い上げると、油断をしないように銃口を向け続ける。

 残心というやつだね。

 敵の反撃が完全に途絶えたことを確信してからでないと、次の行動をしてはならないという意識のことだ。


「……随分と短絡的に動いたね。もう少し時間を掛けてもよかったんじゃないかな」

「それでも良かったんだけど、あなたとナナンちゃんの2人がいるとどうしても……ゴホ……危険を感じちゃって……」


 松下はもう動けそうにない。

 あと少しで死ぬ。

 でも〈去勢〉のおかげで死の恐怖は薄いらしい。

 あの大学生よりも淡々としているのは個人差のようなものか。


「〈ゲーム〉オーバーみたい……」

「そうですね。すいません」

「まあ、〈ゲーム〉だからしょうがないわ。あと、私ももうさっさと終わらせたかったところ、あるし。……得体のしれないやつに命じられて、好きでもない男と寝るのはもううんざりだったからさ」


 ここに来るまでだって、この人はだいぶ苦労していたのだろう。

 それがどっと老けさせているようにも見える。

 大学生とは思えないほどに疲れた女の顔をしていた。


「―――ねえ、敦子と冬乃子ふゆのこは関係ないから見逃してあげて。あの二人は私の目くらましに使われただけで、ただの同じ大学ってだけだから」

「わかりました。……一つだけ訊きたいんですが、いいですか?」

「何?」

「あなたたちは、どうしてこの要塞ビルに来たんです? それが不思議だった」


 松下はこちらを見て、


「メールよ。知らないアドレスから敦子のところにメールがきて、ここの電話番号が記されていたの。だから、来たわ……。これでいい」

「ありがとうございました」


 そして、松下みゆきは冷凍庫の壁にもたれかかり、二度深呼吸をしてから、そっと息を引き取った。

 おそらくは中の〈プレイヤー〉にだけ見える、「ゲームオーバー」の表示と共に。


『まずは一人目ということか』

「え?」

『ボケてんなよ。まだ、ここにはもう一人の〈キャラクター〉がいるんだぜ。油断すんな―――』


 ゼルパァールが警告を発した瞬間、僕は後頭部に信じられないぐらい重くて痛い一撃を喰らい、そのまま意識が途絶える。

 まさしく、たった今言われたままに、油断大敵だったというのに……。





 ―――暗転。

 

 

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