インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

暗黒店舗

公開日時: 2020年11月4日(水) 20:00
文字数:3,865


 

 動くとしたら、夕方、陽が落ちてからか。

 遅くなってから帰ると薙原が心配するだろうけど、僕としては慎重に動かないとどういうまずい結果になるかわからない。

 なんといっても、キャンピングカーの中の一人は確実に〈プレイヤー〉なのだ。

 僕という〈キャラクター〉と戦うための知識を有している。

 プラスして、おそらく人を殺してもなんとも思わない相手だろうし。


「ゼルパァール、〈第六感〉で反応は?」

『あるぜ。……あのファミレスからかはわからねえが、すぐ傍に一人分の〈プレイヤー〉反応があるな』


 道路の脇に停車した車の列に隠れつつ、僕はファミレスに向かう。

 名前は〈ドッキリ・バンキー〉。

 ちょっと大きなハンバーグの専門店だ。

 僕も何度か食べに行ったことがあるので、店の間取りは覚えている。

 厨房とかのことはわからないけれど、トイレの位置ぐらいは確実だ。

 しかも、あの店は全面ガラス張りというわけではなく、一部はシャッターが下ろせるような構造になっているはずだ。

 つまりゾンビを抑えるためには、ここはわりと好都合だということである。

 やはり知恵が働いているみたいだね。

 えっと、幹線道路に沿った北の出入り口と東側は駐車場になっているし、裏手に当たる南にはキャンピングカーが停まっている。

 唯一空いている西側は普通の住宅の塀となっていた。

 行くとしたから、そっちだよね。

 住宅だから屋根の上から傍に寄れるし。

 ということで、僕は迂回して、住宅街の一画からするすると近寄っていく。


『……てめえ、昨日の今日にしては動きがよくなってんな』

「そうかな」

『〈キャラクター〉ってのは、そこまで動きが変わるものか?』

「さあ。僕を使っているプレイヤーの腕が上がってんじゃない。僕自身はあまり変わっていないよ」


 と言いつつ、〈ライトウェイト〉のおかげで僕の身体はすこぶる軽い。

 そのおかげかもしれない。


「……ゾンビはいないみたいだね」


 人気のない戸建ての庭を中腰で歩いて、なんとかファミレスの裏手に辿り着く。

 従業員用の扉があった。

 キャンピングカーは搬入用の入り口に横付けさせられているので、連中はここから出入りしている……はず。

 ただし、ファミレスの中に入ってしまうのは嫌なんだよね。

 そもそも何人、車に乗っているかがわからないんだから。


『こっから、どうするんだ?』


 僕の作戦としては、まずは〈キャラクター〉を特定して、そいつだけを殺したい。

 正直なところ、去勢されているとはいえ人殺しはできる限り避けたいのだ。

 キャンピングカーの連中は、おそらく〈プレイヤー〉の知恵があるからこそこの世界でもある程度長生きできているのだろう。

 だったら、知恵を出す対象を排除してさえしまえば、あとは放っておいても自滅するはず。

 僕がこの手を汚す必要はない。

 駐車場にもゾンビや人影がないのを確認してから、僕は扉の横に立った。

 中に入るかどうか考えていると、靴の音がする。

 身を翻して壁の裏に隠れた。

 すると、従業員口が開いて、でかい男が現われた。

 わざわざでかいと表現したのは、その男が190センチ近い長身とどっぷりとした樽のようなお腹、そして丸太のような太い四肢を備えていたからだ。

 しかも、顎髭がもじゃもじゃで関羽のようであり、ほとんど禿頭というサービスのよさ。

 どう見ても三国志の映画にでも出そうな武将タイプだ。

 僕のマカロフじゃあ、急所にでもあたらなければ一発二発では殺せないかもしれない。


「おい、早くしろ!」


 大男はファミレスの中に怒鳴った。

 ゾンビが近くにいたら絶対にしてはならない行為だ。

 それなのにあえてやるということは、ゼルパァールの言う通りに〈レーダー〉の力で接近を感知しているからだろうか。


「待ってくれよ、父さん。準備はしてあるからさ」

「だまれ、口答えするな!」

「はいはい」


 大男に対して応えたのは、明らかに成人した男性の声だ。

 となると、このでっぷりとした関羽顔は、五十歳前後か。

 力の方もまだ落ちてはいないだろう。

 

「はい、父さん」


 中から出てきた男が手渡したのは、一丁の猟銃だった。

 銃口が二つあるから、中折れ式で弾丸を込めるタイプのものだろう。

 まさか、こんなところであんな物騒なものにお目にかかるなんて。


「おれはこの辺を見て回る。よさそうなのがいたら、引きずってくるからな」

「どうぞ、ご自由に」

「―――二郎、おまえはもう一度チャリで様子を探っておけ。ゾンビどもをつれてこないように注意しろよ」

「はいはい」

「はい、は一度でいいと躾けたはずだ!」


 そう癇癪を起した様子で怒鳴り散らしながら、猟銃をもった大男は歩き出した。

 あまり警戒している様子はない。

 豪胆というよりは頭のネジが緩んでいる感じだ。

 普通の世の中だったら、夜道では出会いたくないタイプだ。

 二郎という息子の方は、黒いライダーズスーツを着ていた。

 さっきの二人の片割れだろう。

 フルフェイスは被っておらず、顔がわかる。

 ボサボサの整っていない髪型とニキビをつぶしたあとが目立つ顔の、二十代前半ぐらいの男だ。

 精悍さはなく、どちらかというとヘラヘラとしていてにやけ面だ。

 ただ、こいつも父親に似てどことなく嫌な雰囲気をもっている。


「よっこいしょ」


 キャンピングカーの上から、一台のスポーツサイクルを下ろした。

 たぶん、ビアンキあたりの高級品。

 二十万円以上はするであろう自転車だから、おそらくこいつらが購入したものじゃないはず。

 ゾンビが発生してから盗んだものだろうね。

 ただ、自転車を使うというのはいいアイデアなのは間違いない。

 きちんと油をさせば音はしないし、スピードにのってしまえば、この〈ゲーム〉でのゾンビ程度では追いつけない。

 しかもビアンキぐらいになると、ただの軽快車ママチャリと比べても格段に軽いので持って移動することもできる。

 ママチャリというのは、実のところ、乗って安定するようにわざと重く作られているが、自転車というのは本来随分と軽いものなのだ。


「さて、行くか」


 男はヘルメットを被って、軽快に走り出した。

 だいぶ乗り慣れているし、あの速度だったら道さえわわっていればゾンビ相手でも十分に逃げ切れるだろう。


「ゼルパァール。〈第六感〉は?」

『まだ反応はある。さっきの二人じゃなさそうだ』

「了解」


 僕はキャンピングカーの窓から覗き込んだ。

 カーテンが内側から掛けられている。

 ただ、音はしない。

 全員このファミレスの中だろう。

 あと、最低でも一人はいるはず。

 銀色のライダーズスーツの奴だ。

 覚悟を決めて、僕は従業員口の扉を開いた。

 すっと開く。

 奥に向けて通路、左右に扉がある。

 通路はたぶん厨房に続いているはずだから、左右にあるのは考えられる限り、倉庫か更衣室、休憩室、店長室、そんなところか。

 生活音らしきものはしない。

 するりと中に侵入した。

 倉庫はきっとキャンピングカーが横づけしている扉の方だろう。

 連中が快適さを望むとしたら、休憩室かそもそも店内の方だ。

 ならば……。

 僕は左側の扉に入った。

 真っ暗闇だ。

 懐中電灯をつけると、ロッカーが並べられているので、どうやら狭いが更衣室であるらしいとわかる。

 カーテンで仕切られている奥の方が、たぶん女性用。

 鞄とかが乱雑に転がっている。

 きっとゾンビが発生したときに、ここから荷物をもって逃げ出した店員たちがいるんだろう。

 とはいえ、他には何もなさそう。

 僕は別のところに移動しようとしたとき、壁で隔てた隣の部屋から恐ろしい奇声が聞こえてきた。


「グフェェェフェフェフッへ、グウェぇぇぇぇ!!」


 とても人の咽喉から聞こえてくるとは思えない狂気めいた声だった。

 思わず鳥肌が立つ。

 不気味だった。

 だが、それよりも、


「バカ、あんた、弟になんて真似をするんだい! お兄ちゃんなんだから我慢しなさい!!」


 という女性の金切り声が耳障りだった。

 どう聞いても、人というより鳥が喋っているように甲高く寒気がする。

 内容もだ。

 聞こえる限り、これは家族の会話なのだ。

 それで悟る。

 さっきの二人は父と子で、隣にいるのは母と息子、しかも兄弟だ。

 となると考えられるのは、連中は親子で、家族だということだ。

 ならばこんな世界を仲良く移動していることもわかる。

 どれほどの背徳と狂気に満ちた家族愛に包まれているかは知れたものではないけれど。


「いやあああああ、いやあああああ!」


 ただ、それとは明らかに違う悲鳴も聞こえてきた。

 思わず壁に耳をつけてしまった。

 僕の記憶が確かならば、それは女の子のものだったからだ。

 しかも、断言してもいい。

 小さな、十歳ぐらいの年頃のものだ。

 そんな子がとてつもない恐怖を目の当たりにして震えてだした叫びだった。


「助けて、助けて!!」

「うるさいよ、このバカ餓鬼!」


 ガタンと大きな音がした。

 それから、あまり聞きたくない何かを打擲する音。

 耳を塞ぎたくなる虐待の証しだ。


「一郎、この餓鬼をトランクに詰めておきな。まだ、捌くんじゃないよ」

「ワ、ワカッテイルヨ、ママ」 


 初めて聞く、たどたどしい言葉は一郎という男のものか。

 さっきのチャリが二郎で、こっちにいるのは一郎。

 あと、三郎がいると思うけど、それはさっきの奇声の発生源かな。


『……おめえ、どうすんだよ?』

「とにかく隣には最低でも四人いることがわかったね」

『何か考えはあるのか』


 僕は手にしたマカロフを握り、言った。


「特にないよ。ただ、鬼みたいな連中に小さな女の子が捕まっているというのなら、助けてあげなきゃ、そう思っただけさ」


 おそらく〈キャラクター〉に選ばれたときから、僕はこうなっていたのだろう。

 恐れることよりももっと別の何かに突き動かされるのを当然と思うように。


 ―――ただ心の赴くままに。


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