「……てことは、〈プレイヤー〉が三郎というのは確かなんだね?」
僕の質問に対してナナンが頷く。
「あの家族は四人家族でした。でも、双子の息子の一人が、子供の頃に二重人格だったことがわかったみたいです」
「それが、三郎?」
「はい。……全部、あの家族のぶつ切れのお話からの、私の想像ですけど」
ナナンはほとんどあのトランクに監禁されていたらしいが、外の家族と会話をするだけの余裕はあったらしい。
まあ、おかげであのキャンピングカーの内部の名状し難い惨状を目撃せずにすんでいたのだから、結果オーライかもしれないけど。
なんでも〈ゲーム〉開始二日目に、あの家族に捕まってしまい、レーダー係として使われていたそうだ。
二日ぐらいトランク暮らしとは可哀想すぎる。
「三郎さんは、まともに言葉は喋れないみたいでしたけど、一郎さんを介して家族とコミュニケーションをとっていたみたいです」
「……二重人格なのに?」
「はい。よくわからないのですけど、人格が入れ替わるというよりお身体ごと変身してしまうという感じだったみたいです。お二人の心はテレパシーのように会話できたみたいでそれで大丈夫だったのかなあ」
話を聞くかぎり、一郎と三郎の関係は僕たちと〈プレイヤー〉のものに似ている。
ただ、同じ身体で二人が物理的に入れ替わりつつ存在していたということだそうだ。
尋常では理解できない、まったくもって不思議な体質の持ち主だったのだろう。
「なるほど、だから一郎が死んでも三郎は〈リバイブ〉でよみがえったのかな? いや、それだとわからなくなる。三郎が死んで、〈リバイブ〉?」
『違うだろ。〈リバイブ〉なしで、一郎が死んだが、三郎に切り替わったってだけじゃねえか。それで〈キャラクター〉の反応が出たんだよ』
「それだと、あれは〈パークサイト〉の効果だと言った君が嘘をついたことになるよね」
『―――うるせえ、あのときはそう解するのがあたりめえだろ!? そんな厄介な奴なんてしらねえんだからあたりまえだ! 結局、奴は〈キャラクター〉だったんだし、いいじゃねえか!』
「だとすると、〈パークサイト〉をゲットしそこねたことにならない?」
『知らねえよ! ゾンビだらけの中でのんびり死体漁りなんかしてられっか! 空気ってもんがあんだろ、このバッカ!』
まあ、結果として僕らは他の〈プレイヤー〉と〈キャラクター〉を一人退場させたのだから、それでよしとしないとならないか。
この多摩のフィールドにあと何人の〈プレイヤー〉がいるかはわからないけれど、僕とナナン、そして殺してしまった大学生と三郎を含めて四人はいたのは確かだし。
あと、何人いることか。
『開始1週間で二人減ったか。早いかどうかはわからねえが、順調ではあるな』
「……ナナンが味方になってくれたこともあるし」
『うるせえ。言っておくが、その餓鬼がいつか〈プレイヤー〉が戻り次第裏切る可能性があることは覚悟しておけよ、てめー。そん時になって泣きを入れても俺は責任はとらねえぜ』
「はいはい。でも、そうなったら君もゲームオーバーなのは覚えておいてよ」
こうして、僕とナナン、ゼルパァールが情報交換をしていると、目の前にある自動販売機の詰め替え用の3tトラックから薙原がぐったりとして降りてきた。
相当疲れているらしい。
教習所にも通わずに初めて運転をしたのだから無理もない。
「……センパ~イ。一通り覚えました~」
「オッケー。で、扱えそう?」
「マニュアルは無理ですけど、オートマの発進と停止と左折右折はなんとか~」
「それじゃダメ。もっときちんと動かせるようにして」
「無理ですって。あたし、機械苦手なんです」
泣き言を言う薙原を叱る。
「ダメ。これから、君が生き残るためには、車の運転は必須だから絶対に覚えて」
「無理ですって……」
「そうはいかないの。君だけじゃなくて、僕たちにとっても車の運転は必要なんだからさ。―――しょうがないなあ。ナナンちゃん、ナギスケにまたお手本を見せてあげて」
「はい、お兄さん」
そういうと、ナナンが薙原の代わりに運転席につく。
薙原は渋々といった顔で助手席に座った。
すると、エンジンがかかり、トラックがスムーズに動き出す。
さっきまでの頼りない薙原の運転とは違う、プロのドライビングテクニックだ。
とても小学五年生女子のものとは思えない。
「普通にうまいね」
『運転スキルの必要な〈ミッション〉は多いらしいからな。すべての〈キャラクター〉に同レベルのテクニックが付与されているという訳さ』
「僕もできるみたいだけど、どの程度のレベルなの?」
『土屋圭市か片山右京かって話だぞ』
「……誰?」
よく知らないけど、きっとうまい運転手さんなんだろうな。
タクシーとか長距離トラックの。
しかし、僕はさておき、ナナンまでが凄い運転スキルの持ち主というのはなかなかにシュールだ。
ドライバーは二人いれば足りると言えば足りる。
ただ、薙原だけが運転できないというのはもしものときに不安なので、彼女だけ特訓をしているというのが今の光景というわけ。
しばらくして、ナナンの運転するトラックが住処にしている倉庫の真正面に停車した。
「お兄さん、ゾンビがあっちの方から来ます」
「わかった。これは僕が入れておくから、シャッター降ろす準備をしておいて。ナギスケも頼むね」
「わかりました!」
女の子たちが倉庫に入り、シャッターを閉める前に、僕がトラックを後ろから中に駐車する。
今まで運転なんてしたこともないのに、僕はほとんど手足のようにトラックを動かすことができる。
これも〈キャラクター〉に与えられた特典らしいので、助かると言えば助かった。
今から車の運転なんて覚えられないからね。
やや高い運転席から、通りの反対側にノロノロと歩くゾンビどもの姿が見えた。
運転の練習で随分と音を立てていたし、動くものに集まる習性のある連中の気をひいてしまったのだろう。
ただ、〈レーダー〉を持つナナンのおかげで、僕たちはほとんどゾンビの脅威というものからは逃れていた。
彼女を連れ帰ってから、3日間。
市内には大量のゾンビがいるが、油断さえしなければほとんど遭遇もせずに動き回れるというのはかなりのアドバンテージだ。
「……でも、お姉さんが私の能力を信じてくれてよかったです」
ナナンが薙原の手を握りながら言う。
この二人はだいぶ仲が良くなった。
もともと面倒見のいい薙原は、僕がいきなり連れて帰ってきたナナンのことをすぐに受け入れてくれ、そして彼女がおずおずと打ち明けた〈レーダー〉という特殊能力についても信じた。
文芸部所属で、突飛な話を聞きいれる頭の軟らかさもあるのだろうが、ナナンの真摯な説明を真っ向から受け止める器の広さがこいつにはあるのだろう。
もっとも、〈レーダー〉は彼女の元々備わった特殊能力だということで誤魔化し、〈ゲーム〉についてのことは説明しなかった。
さすがに突飛すぎるし、なにより僕らと違って〈去勢〉されていない薙原にとって〈プレイヤー〉たちはこの世界を粉々にした仇そのものでしかないのだ。
恨みや憎しみというものを薙原に持たせたくない。
ただでさえ、家族や友人、今の生活をインベーダーの勝手な遊びで滅茶苦茶に破壊されているのだ。
ゾンビの存在がただの天災だと割り切れればいいが、どこの誰とも知らない連中の手によるものだとわかれば、彼女の怒りがどういう風に悪い方向に振り切れないとも限らない。
僕はそれを恐れた。
今のところはまだ普通に気丈に振る舞っているようだが、僕たちのように人外になってしまった〈キャラクター〉とは違い、薙原は生き残るだけが精一杯の人間だ。
メンタルケアを常に意識させないと、間違いなく壊れてしまう。
僕にとって、薙原は唯一の過去とのつながりなのだ。
絶対に守らないとならない。
「すぐ外に10人ぐらいのゾンビさんたちがいます」
バンバンと倉庫の鉄のシャッターをゾンビどもが叩いている。
俺たちを中に入れろ、おまえたちを殺させろ、という怨嗟をこめて。
生きている人間を憎んで殺したいだけの化け物たちの憎しみのすべてがうっとおしい。
「……放っておこう。音を立てなければそのうちにどこかに行ってしまうからさ。その間に、脱出計画の続きを確認しておこうか」
二階に昇り、机の上に広げたノートでこれからのことを確認する。
僕たちは3日をかけて、ここから西が丘の倉庫地帯にいるであろう生き残りの人々のコミュニティーと合流する予定だった。
この間の偵察から、あのあたりには人が隠れている可能性が高いことはわかっていた。
だから、自動販売機オペレーター会社の3tトラックを使って近くまで行き、なんとか仲間にしてもらおうと考えたのだ。
手土産として、この倉庫の水を大量に持っていく。
おそらくどこでも水は喉から手が出るほど欲しいだろう。
よほどイカれた相手でもない限り、交渉の余地はあるはずだった。
「いつまでもここにはいられないしね」
「ナナンの能力があれば、結構余裕な気もするけど……」
「そうでもないさ。ある程度人間同士で固まっていた方がやっぱり便利だ」
「―――あたしはゾンビよりも人間の方が怖い気がする……。だから、できたらセンパイとナナンとずっと一緒にいたいな。そっちの方が安全そう」
僕にだって薙原の気持ちはわかる。
ただ、僕も―――ナナンも〈キャラクター〉だ。
いつか〈ゲーム〉クリアのために強制的に動かされるおそれがある。
それについてはゼルパァールも仄めかしているし。
だから、できる限り、僕たちが近くにいるうちに薙原を少しでも安全な場所に置いておきたい。
この3日間で薙原のことを好きになったらしいナナンも、同じ気持ちだった。
「じゃあ、とりあえずもう少しだけナギスケには運転の練習をしてもらって、おまえが上手になったら出発するとしよう」
「えええ、まだやるの~?」
「当然。子供のナナンちゃんよりも下手なのでは、これから先が心配で仕方ないからね。今の世界では、ドライビングテクニックは持ってて当たり前のスキルだと認識しておきなよ」
厳しいようだが、これも薙原が生きていくためには必要なことなんだから。
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