そこからは共同生活の始まりだった。
女性陣は同じ部屋で雑魚寝に近い環境で、男性陣は個室に近い小会議室で二人から三人の組み合わせで部屋割りがなされる。
逆じゃないかという気もしたが、周囲の意見を聞くと、要するに強姦対策らしい。
強姦とまではいかないが、こういう少人数の閉ざされた関係での性的な関係の乱れはろくな結果にならないということから、女性陣については固まらせておくということだそうだ。
なんとなくアパルトヘイトを思わせるが、チャラ男っぽい川口などの存在を考えると必要な対策な気がしなくもない。
女性陣は元からいた二人と女子大生三人組、そして薙原とナナンの七人。
なんと男女比がほぼ一対一という感じ。
昨日、僕を弾劾した仙台ともう一人、HARAコーポレーションの受付嬢をやっていたという宮崎という女性だ。
受付というだけあって、なかなかの美人だった。
ゆるふわのカールの髪型をしていて、蛯原友里みたいな感じだ。
ただ、今の世界の一連の激動について精神がこられなかったらしく、ほとんど口も利かずに俯いているばかりだ。
その様子があまりにも悲痛なため、周囲も遠巻きにしてただ見守っているだけという状況だった。
僕には厳しかった仙台も、哀れな様子の宮崎には優しく接しているらしく二人はまるで親子のようでさえある。
その様子にはナギスケたちも同情したらしく、よく面倒を見ているようだ。
あと、問題になりそうなのは……
「―――キョウく~ん、何、ぼけっとしているの?」
僕たちが運び込んだミネラルウォーターなどを幾つも重ねて台車で運んでいた、三人の女子大生の一人だった。
随分と大量だ。
この女性の名前は松下みゆき。
20歳で、ここから駅で二つ行った先の音楽大学の学生だ。
肩の出たセーターとジーンズというラフな格好で前髪パッツンという覚えやすい格好をしている。
クーパーに乗っていた彼女たちの荷物も回収してあるが、当初の格好でずっと着た切り雀だ。
洗濯をしている余裕もないというのがあるんだろうけど。
「ああ、松下さん。土田さんに頼まれて、見廻りを」
「見廻り~」
松下は色っぽく指を口元に当てて、
「うん、拳銃を持っているのはキョウくんだけだからある意味では妥当なところだね。でも、本当のところは土田さんが面倒くさがって押し付けたんじゃない? あのおじいちゃん、もう還暦迎えているらしいし」
「警察を定年退職して、ガードマンになったとは言ってましたよ」
「あ、やっぱりそうなんだ。刑事っぽい雰囲気だなあとは思っていたんだあ」
「言われてみればそんな感じしますね」
土田というガードマンは僕とは同室なのでよく会話をする。
とは言っても彼の魂胆はわかっている。
僕が拳銃を悪用しないか見張っているのだ。
もし何かあった場合に、このメンバーの中で唯一柔道などの経験がある土田さんが真っ先に僕を制圧するために。
だから、仲が良いというのも表向きだけのことかもしれない。
「まあ、キョウくんの拳銃捌きは凄かったしね。ぶっちゃけ、川口さんなんかに渡したら宝の持ち腐れっぽいし」
「慣れちゃいましたから」
実は、例の自己紹介の後、僕は藤山に拳銃を預けるように言われた。
唯一の武器ということで、全員の共通の財産的な扱いにしようという話になったのだ。
ただ、僕という得体のしれない子供から銃をとり上げようとしただけなのだろうけど。
僕としてはそれは聞けない相談だ。
なぜなら、この中にはナナンと僕以外にも二人の〈プレイヤー〉がとりついた〈キャラクター〉がいるはずだからだ。
そもそも、藤山が〈キャラクター〉だった場合、僕からマカロフをとり上げようとするのは武装解除して自分を有利に運ぶ目的に過ぎないことになる。
それは避けたい。
だから、その時は、
「でも、正直に言って、この中で僕よりもうまく拳銃を扱える人はいないと思いますよ」
「どういうことだい?」
「おいおい、『僕が一番うまくガンダムに乗れるんだ』かよ。お坊ちゃん?」
わりと若いくせに初代ガンダムのものまねをする川口。
自分の話が面白かったのか、おかしそうにケラケラ笑っている。
もしかして、チャラく見えるがオタクなのか?
とはいえ、別にムキになって否定する話でもないか。
「じゃあ、ちょっと見ていて下さい」
僕はシャッターに挟まれてとどめを刺されたゾンビの上半身を引っ張って、少し離れた壁に寄りかからせる。
引っ張ったあとが汚い血の跡として残っていた。
あまり気持ちのいい光景ではないということもあり、女性陣は顔をしかめていた。
それから、僕は言った。
「では」
次の瞬間、僕は横向きの姿勢のまま、水平に倒したマカロフの引き金を三度ほど絞った。
弾丸は今度こそ完璧な死体となったゾンビの頭にすべて命中して、黒い脳漿を噴き散らす。
まったく見ないという訳にはいかなかったが、横目で睨みながらの僕の曲芸だった。
例の食人家族との殺し合いのあと、気がついた時には〈勲章〉として、〈ガン・ファイター〉という称号がついていた。
この〈ガン・ファイター〉ってのは獲得すると、銃器を用いたときの命中率が上がるというもので、〈パークサイト〉よりは効果は低いが便利なボーナスだった。
ゼルパァールに言わせると、「命中率が+10される」んだそうだ。
こっちとしては+10の範囲がさっぱりなんだけどね。
とにかくおかげで相手が動かない的ならばこのぐらいの曲芸はできるようになったというわけだ。
昔の僕ならこんな真似は絶対にできない。
〈キャラクター〉の筋力とガンシューテングの学習のおかげでもあろう。
ただ、一般人であるビル内の住人には衝撃的だったようだ。
僕から銃をとり上げようとする提案は完全にひっこめられた。
正直なところ、この中では僕以外に銃を撃ったことがある人はいなかったし(元警察官の土田でさえ)、撃てたとして僕以上と断言できるものはいなかったのだ。
だから、危険とか諸々を抜きにして、僕が持っているのが一番有効だという結論になった訳である。
表だって僕を非難していた仙台のオバサンでさえ、異論はなかったらしい。
「じゃあ、ガンマンさん、見廻りよろしくね」
松下はモデルみたいなスタイルでお尻を振りながら台車を押していった。
僕を誘惑しているわけではなく、もともとの癖なんだろう。
あれだとセックスアピールが強すぎるような気がするけど。
「行ったね」
『行ったな』
ゼルパァールが口を出してきた。
さすがにこのビルに来てから、こいつとの発言は減った。
独り言をいいまくっていると面倒な奴と思われるからだ。
ただし、それでもゼルパァール本人にとってはあまり問題はないらしい。
それよりも状況の分析に興味津々といった様子だ。
「で、どう? 名探偵ゼルパァールの推理の結果は?」
『わからねえな。ほとんどの奴は左手に〈パークサイト〉の刺青がねえ。あれがないと〈キャラクター〉かどうかもわからねえからな』
「……あと、確認していないのは誰だっけ?」
『三人組の一人の、加地って眼鏡の女だ』
「加地さん……ああ、クール・ビューティーっぽい人だね」
『いつも厚手のシャツを着てやがるからな。他の連中は全員確認したが、まあその点では白だな』
僕とナナンはできる限り左腕の刺青は見られないようにしていたが、要塞ビルの住人たちは無警戒にみせてくれて助かった。
「でも、仮に加地さんが〈キャラクター〉だとしても、この中にはあと一人いるんでしょ? それは誰?」
『わからねえよ。三郎みたいに二重人格が隠れている時には反応がないとかいうふざけた奴もいたし、今回だってそんなのかもしれねえからよ』
「〈パークサイト〉を隠す〈パークサイト〉とかはないの?」
『……一応、〈ヒドゥン〉というのがある。一切、〈キャラクター〉の情報を他からは読み取られないというやつだ。ただ、〈ヒドゥン〉を使えば〈パークサイト〉の痕跡まで消せるかどうかについてまでは俺は知らねえ。……この状況だと、どっちかは使っていると考えるのが筋かもしれねえがよ』
「なるほど、〈第六感〉を誤魔化すことはできないけど、自分たちの戦力については隠しきることができる〈パークサイト〉という訳だね。それはそれで、厄介だ」
『ああ。こういう、犯人当てみてえなシチュエーションだと〈キャラクター〉であることを悟らせないのは有効みてえだな』
僕は少し考えてみた。
「僕らは〈キャラクター〉として認知されているんだね、相手方には?」
『間違いねえだろ。特にてめえは拳銃のスキルを見せている。あれは〈キャラクター〉特有のものだと同じ〈キャラクター〉なら気づいてあたりまえだ』
「ナナンは?」
『チビ餓鬼はわからねえ。〈キャラクター〉同士がつるむことは、あまりこの〈ゲーム〉ではないことだからな。序盤では協力プレイは推奨させていねえんだ。もう少し高度な〈ミッション〉なら縛りが緩むけどよ。だから、おまえと一緒のあいつが〈キャラクター〉とは思わねえハズだ』
とはいえ、〈第六感〉は序盤の〈プレイヤー〉がまず選択する物らしいので、このビルの中の〈キャラクター〉が持っていないとは思えない。
だから僕らの素性は悟られているとみていい。
まったく、そうなると僕たちはずっと寝ている時も狙われているついう状況になるのだ。
なんて気まずい関係なんでしょう。
「じゃあ、まずは加地さんの刺青の有無を確かめておこうか。それから、〈キャラクター〉狩りだね」
『とにかく言動に神経を尖らせろ。絶対に連中はボロをだすはずだからよ』
「はいはい」
ゼルパァールはどうも名探偵に憧れがあるらしい。
おまえなんかレストレイド警部にもなれねえよ、と文句の一つも言いたいところだけどさ。
「……やめて!」
三階にあがったところで、聞き覚えのある声がした。
薙原のものだ。
誰かと揉めているらしい。
他の〈キャラクター〉がついに痺れを切らしたのか、とそっと覗いてみると、薙原が手首を握られてふりほどこうとしているところだった。
相手は伊野波だ。
それだけでどういう修羅場か読み取れる。
「なんだよ、おまえ、俺の告白を聞いてくれたんじゃないのかよ」
「聞いたけど、断ったじゃん。あたし、誰とも付き合う気ないって」
「じゃあ、なんで俺らとの合同デートに来たんだよ。俺のことをちょっとは気に入っていたんだろ。その確認に来たんじゃねえのか?」
「んな訳ない。あれは瞳がどうしてもいっていうから付き合っただけ。伊野波くんのことなんか関係ないよ!」
「―――おまえ、もしかして、あの野郎が好きなのかよ」
「センパイは関係ない!」
「あの野郎だけで俺は名前まで出してねえぜ。……おまえ、やっぱりあいつと一緒にいた時にヤッたんだな。それで……」
「してないって! まだ!」
それを聞いた伊野波の顔が紅潮した。
「まだってことはやっぱりやる気なんじゃねえか!」
「ふざけんな! センパイは彼女いるんだって!」
「彼女がいようがいまいが、男って奴はな、寝れそうな女がいれば口説くもんなんだよ! あいつだってそうなんだろ!」
「センパイはあんたなんかとは違う!」
「違わねえよ!」
伊野波は薙原を壁に押し付けて、よく言われているところの壁ドンをした。
アイツ的には格好いいことのつもりなのだろうが、傍から見るとどうということもない。
「……俺と付き合えよ」
うーん、ゾンビが跋扈する世界で女を口説いている男というのは、どうなんだろう。
子孫繁栄の生き物としての本能が疼いたというのならば、なかなかにたいしたものだと思う。
僕なんかさっぱりそういう気分にならないのに。
とはいえ、薙原が嫌がっているのはわかるし、ここは止めに入るとしよう。
僕のことを褒めていた薙原の男気に応えるためにも。
「いい加減にしておこうよ。ナギスケも嫌がっているみたいだしね」
僕の顔を見て、伊野波は凍り付き、薙原は喜色を浮かべた。
対照的な二人の反応だった。
なんといっても伊野波は僕のことを最初から恐れていたしね。
「べ、別にあんたには関係ないだろ!?」
「関係ないんだ? ねえ、ナギスケ」
「そんなことはありません! センパイはあたしの先輩です!」
さて、これからどう対応するかと思っていた時、
「きゃあああああ!!」
という女の悲鳴がビルのどこからか響いてきたのであった……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!