インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

Fight for the ones you love.

公開日時: 2020年11月24日(火) 20:00
文字数:4,268


 

 腹を蹴り飛ばされた。

 そういえば、一年の時にこんなことがあったなあ。

 確かあのときは、僕たちの学校に忍び込んで来た他校のヤンキーが、怪しまれずに校内をうろつき回るためにジャージを手に入れようとしていたんだっけ。

 僕は普段喋らない、いわゆるキョロ充みたいなクラスメートに呼び出された先で、そのヤンキーたちに絡まれた。

 曰く、「体育のジャージを貸せ」だそうだ。

 僕はとても嫌だったので断ったら、お腹を蹴られた。

 今みたいにね。

 そうしたら、ヤンキーたちは「痛がってるふりをしてんじゃねえぞ」と僕の髪を掴み上げた。

 クラスメートは笑いながら、「○×さんにジャージ貸すだけでいいんだぜ。空気を読めよ」とすごく下手にでて僕を説得しようとしていた。

 なんだ、普段はわりと偉そうにしているくせに、実際はただのパシリだったのかと呆れてしまう。

 それから何発か蹴られたけどどうということはなかった。

 僕は昔から痛みには強いほうだから。

 ただ、それ以上はヤバいというか、僕よりも気弱な人を脅すことに方針を変えたらしくその場を解放された。

 自分の教室に向かう途中で、新しい獲物を見繕おうとしていたキョロ充を蹴飛ばしたうえ、僕はそのまま職員室に向かった。

 あとのことは知らない。

 キョロ充くんはその後で同じような仲間とともに何度か僕に絡んできたが、あの下っ端姿を見たら憐みしか感じなくなっていた。

 こんな風に威張っていても、所詮は小者だ。

 放っておいても問題はない。

 二年になってから、クラスが変わってからの彼のことはまったく知らない。

 多分、今頃はゾンビだろうなあ。


「おら、黙ってんじゃねえぞ!」


 北条が僕の腹を踏んだ。

 水が出たらどうすんのさ。


「……えっと、七人目の〈キャラクター〉のことでしたっけ? 残念ですが、まだ出会ってません」

「ホントかよ! ボケ!」


 ボケというのは僕を蹴るときの掛け声だ。

 なんというか暴力を振るう時に声を出さないと力が入らないというのは、慣れていない証拠だと思う。

 ちなみに北条は三十歳ぐらいで、元は野球部という話だ。

 なんだろう、最近運動部への憎しみが募る一方なんだけど。


「……待て、北条。どうやら本当みたいだ。まあ、なんか情報があったら塁場くんの方が先に動いていただろうから事実ということか」

「そう……です」

「この中に下手をしたら入り込んでいる可能性もあったが、おれと塁場くんと松下くんの三人がいただけでも定員オーバーっぽいからな」


 実際にはナナンもそうなんだけど、カモフラージュのために〈パークサイト〉を一つもつけていないこいつには見抜けなかったのだろう。

 ただ、もし僕の〈第六感〉が奪われると途端にあの子が危険になる。

 だから、できる限り反撃ができる目途がつくまでは殺されないようにしないと。

 ゼルパァールの話では、〈キャラクター〉の死体からしか〈パークサイト〉は奪えないというし。

 僕が生きている間はナナンもまだ安全ということになる。

 問題は僕が今すぐにでも殺されそうなことなんだけど……。

 廊下を見るとガラス張りなので遠くまで見られる。

 こっちから逃げ出すのはとても大変そうだ。あっちから来るのならばともかく。


「じゃあ、藤山くん。これまでと同じように、ここに君の敵である〈キャラクター〉を呼び寄せる方針のままでいいんじゃないか」

「そう……ですね。スマホからメールを出していれば、また釣れるかもしれませんし……。夜に明かりが点いていれば寄ってくる可能性もありますね」


 元警察官の土田まで藤山の傘下なのか。

 表向き仲良さそうにしていたけど、やっぱり老獪だったんだな。

 見損ないましたよ、ええ。

 ただ、伊野波はどうやら何も知らないパシリとしても、他の三人は完全に藤山の事情を知っているようだ。

 例の食人家族のように、〈キャラクター〉を含めてまとまったコミュニティーを作るのも攻略法としては有効なんだな。

 そういう僕だって薙原とナナンと組んでいるし一緒か。

 

「でも、そうなると彼を監禁しておかないとならなくなりますから危険なんですよ」

「どうしてだい? 死体からは、そのパ、パ……」

「〈パークサイト〉ですか?」

「そう、それだ。〈パークサイト〉を奪えるんだろう?」

「確かにそうなんですが、殺した〈キャラクター〉の死体から〈パークサイト〉を奪えるのは死後半日以内なんですよ。それを越えると消えてしまいます。だから、今までのように〈パークサイト〉なしのカモフラージュを続けて、最後の〈キャラクター〉を斃すことにするとそれまで彼を活かしておくことになって、非常にリスキーになります」

「別にいいだろう。監禁場所はたんとある」

「薙原くんたちが救出しに動かないとも限りませんから」


 すると川口が吐き気を催す提案をする。


「なーに、イスキちゃんたちなら、こいつの見ているところでみんなでヤッちまえばもう歯向かうことは考えなくなりますって。それと、逆らえばこいつを殺すよと脅せばもう奴隷です。俺ら、みんなでいい肉便器にしちゃいましょうや」

「いいねえ」


 北条も同意した。

 ふーん、こういう下衆なアイデアを平然とするんだ。

 今まで億尾にもださないという訳ではなかったけど、想像以上にクズだったんだね、こいつら。


「じゃあ、ワシはナナンちゃんをもらいますわ」

「わっ! 土田さん、ロリコンっすかあ」

「文句あるのか、川口くん」

「何回か貸してくれればいいっすよ。まあ、俺としては加地が欲しいんですがね」

「そっちは君に譲るよ」

「イエッサー!」


 まったくどいつもこいつも……。

 ただ、僕をすぐに始末しないという方向に議論が傾きつつあるのはいいことだ。

 命さえあればいくらでも反撃の機会は訪れるものだしね。

 とはいえ、こいつら全員に感じたこの震えはいったいなんだろう?

 別に恐怖は感じていないのに、脳の奥の方がピリピリと震えている。

 歯をぎりっと痛いほど噛みしめてしまった。


「なんだ、てめえ!」


 川口に顔を蹴られた。

 でも、この痛みには何も感じない。

 おかしいな。

 自分の様子を振り返る。

 さっき僕はどうしてこんな状態になったんだろう。

 少し前を振り返ると、確か川口が薙原のことを肉便器にしてやろうぜとか言ったときか。

 あと、ナナンをもらうとかの話のとき?

 ああ、どちらも当てはまるかもしれない。

 そうか、なんということはない。

 どうやら僕の今の家族にも等しい二人を玩具にしてやると宣言された時に、堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 僕自身の痛みなんてたいしたことじゃない。

 怖いのは、僕の家族を凌辱され、蹂躙されることだ。

 そうなる可能性を呈示されるだけで僕は黙っていられなくなるのだろうね。

 ねえ、聞こえてないよね、ナナン。


『おい、どうすんだ、てめえ』

「……ごほっ」

『このままだと、せっかくのフィールドクリアーができなくなるぜ! 俺が〈トッププレイヤー〉になりそびれちまう!』


 この期に及んで自分の心配ですか?


『とりあえずチビ餓鬼を除けば、藤山あいつを斃せばクリアーなんだ。必死になって働け!』


 そうか。

 そうなんだよね。

 とりあえず、このクソッタレの〈ゲーム〉の一幕は終了させられる。

 諦めるのはまだ早いか。


「藤山さん」

「んー、なんだい?」

「あなたの〈プレイヤー〉ってマジでこの〈ゲーム〉に勝つつもりがあるんですか?」

「妙なことを聞くねえ。……えっと、ザックア、どうなんだい?」


 ザックアというのが藤山の〈プレイヤー〉か。


「あるそうだよ。〈トッププレイヤー〉になるととんでもない特典が与えられるそうだ。もちろん、私たち〈キャラクター〉にもね。好きなものが何でも手に入るそうだ」

「へえ。……で、あなたは何を望みます?」

「そうだな、ここいるみんなと地球の王になるとかがいいかもね。まあ、そこまで辿り着けたらの話だけどさ」


 地球の王?

 アホなの、死ぬの?

 自分の星を滅茶苦茶にしたインベーダーに何をお願いするってのさ。


「剛毅な望みですね。叶えばいいと応援してます」

「そのときには君は死んでいるけどな」

「今はまだ生きてますし」


 僕は身体を起こした。

 全身が痛いけれど、すぐにでも立ち上がれるように体勢を整えておかないと。

 さすがの乱暴な二人も座ったぐらいで蹴りをいれたりはしてこなかった。


「交渉しませんか」

「なにをだい?」

「僕があなたの部下になるということで」


 藤山は嘲笑した。

 僕の言っていることがとても面白かったらしい。

 

「君がかい? ははは、つまらないジョークだよ。とてもユーモアのセンスはあるけどね」

「どうしてですか?」

「君みたいに協調性のないタイプはグループにはいらないからさ。君、空気を壊して平然としているタイプだろ。あと、他人のウォンツを無視して勝手なことをしてしまう。そういうプライオリティを理解できない人間はいらないんだ」

「なるほど」


 何を言っているかわかんないよ。

 ただ全否定された感じはある。


「じゃあ、もう一つ、いいですか?」

「最後にしてくれよ。私は君らの仕出かしたことの後始末で忙しいんだから。他にやることもあるしね」

「あ、イスキちゃんの処女を頂戴しに行くことですよね、聞いてますよ! よ、このスケベ上司!」

「それもあるね」


 下卑た顔をしている犬たちがここにいた。

 ああ、こんな連中が人間なのか。

 時折、突然に死にたくなるね。

 近所に玉川上水があるから入水しにいこうかな。

 まあ、それは今の危機を脱してからだけど。


「一つだけ。―――降伏する気はありませんか?」

「なに?」

「ここで人間らしさを取り戻して、僕を解放し、みんなを尊重するということですよ。今のあなた方と一緒に共同生活はできませんからね。それができないと、結局殺し合いみたいになってしまいます」


 僕の言葉を聞いて、四人とも表情を変えた。

 驚いたのと、怒ったのと、困惑したのと、三つが混じったの。

 ただ、すぐに何も言わないのは回転が一瞬でも鈍ったのかもしれない。

 でも、それだけでも十分だった。


「ナナン、やって!」


 大声で合図をしたと同時に、談話スペースのガラス張りの壁が破片を伴って爆散した。

 いや、何かが突っ込んで来たから一枚ガラスが吹き飛んだのだ。

 突入してきたのは、オフィス用のテーブルだった。

 確実に五十キロはありそうな。

 それが談話スペースを蹂躙し、


「ギャアアアアア!!」


 北条の右脚をあり得ない方向に捻じ曲げた。

 僕は同時に立ち上がり、見えないかもしれないけれど廊下にいるはずのナナンに向けて親指を立てた。

 ナナンがこれを投げ込んできたのだ。

 おそらくは何らかの〈パークサイト〉の力だろう。

 ただ、これで隙はできた。

 

 藤山さん、油断していたらこの〈ゲーム〉では命とりになるということを教えてあげるよ。


 

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