インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

〈パークサイト〉の説明

公開日時: 2020年11月1日(日) 12:00
文字数:4,606


 

 マンションの中には他には誰もいないようだった。

 僕が真純さんの部屋で傷が治るまでじっとしていた間に、扉を開けたりする音なんかを聞いたこともないからだ。

 自動ロックのかかる三階建てだから、ゾンビたちは中に入ってくることはなかったようなので、出勤とか通学のために外に出ていた住民たちは全員亡くなったのだろう。

 この部屋の主、真純さんと同様に。

 もし誰かがいたとしたら、彼らが事情を知らずに色々と音を立てたりしてゾンビたちに襲われていたに違いないので、僕としては逆に幸運だったといえる。

 おかげで傷口が完全に塞がるまでゆっくりできた。


「……真純さんに噛まれたところが完全に治っちゃっているよね」

『だから最初に言ったじゃねえか。おめえら〈キャラクター〉は噛まれたってゾンビにゃならねえし、怪我したってすぐに治る。そういう特典があるってよ』

「覚えてはいるよ。でも何のためなんだい?」

『バッカ、おまえ。バッカだろ。その辺のモブみてえに襲われたらすぐにゲームエンドになってたら、時間がどれだけあっても終わらねえだろうが。人間は一回死んだらバックアップがないから終わりだしな。だからそう簡単に死なねえようにバランス調整してあるんだよ』


 ゼルパァールはイライラしながらも説明してくれた。

 とはいえ僕はだいたいのことは覚えている。

 面倒なことをやらせようという意趣返し程度の気持ちでしかなかった。

 怪我を治している間にゼルパァールが教えてくれた、僕たち〈キャラクター〉に与えられる特典は次の三つだ。

 一つ、ゾンビに噛まれても感染しない。

 一つ、体力と治癒力が常人離れしている。

 一つ、〈ゲーム〉を邪魔する怯えや悲しみが去勢される。

 これらがあるおかげで、〈キャラクター〉は頭の中に寄生している〈プレイヤー〉連中の思うように〈ゲーム〉をすることができるらしい。

 真純さんに噛まれた結構深い傷が三日で完治したのがその証拠だ。

 しかも、手鏡で確認した限り、跡も残っていないし。


『じゃあ、さっさと動けや。いい加減、時間をかけすぎなんだよ』

「でも、どうやってここから出ようか。マンションの中にはゾンビは入り込んでいないみたいだけど、下の道にはわりとたくさんいるよ」

『それを考えて行動すんのがてめえら〈キャラクター〉の仕事だろ。俺らはてめえらを勝手に動かせねえんだ。だから俺のクリアはおめえにかかってんだよ、しっかりしろよボケナスが』

「そうはいってもさ」


 ここから出て行動するというのはいい。

 だけど、不用意に動くというのはよくない。

 僕は〈キャラクター〉として、ただの高校生だったころより力が増しているけど、鍛え上げられた軍隊の特殊部隊でもないのだから、よくよく考えて行動しなければ。


『まあ、この三日遅れのスタートのおかげで〈パークサイト〉が三つも手に入ったけどよ』

「〈パークサイト〉?」

『〈キャラクター〉が四個までつけられる特殊効果だ。〈ゲーム〉のスタート時に、全〈プレイヤー〉に一つずつボーナスとして与えられる。ちょうどいい、てめえの左腕を見てみろや』


 服の左腕の袖をめくると、確かに変な模様が蒼い刺青のようについていた。

 ちょっと前にはなかったものだ。

 かなり大きめで目立つ。

 光の加減によっては輝いているようにさえ思える。

 

「これはなに?」

『〈パークサイト〉がついたことの印だ』

「困るんだけど、こういう不良みたいなの」

『うるせえ、大丈夫だ。普通に〈ゲーム〉が終わればなくなる。まあ、今でも取り外しはできるけどな。新しい〈パークサイト〉を手に入れたら付け直しもできるし、あればそれだけ楽ができるぜ』

「手に入るって、どうやってさ?」

『運営が用意した〈ミッション〉をクリアするとか、キャンペーンシナリオを制覇するとかだな』

「……ほんとゲーム感覚なんだ」

『〈ゲーム〉だからな。ちなみに三日スタートを遅らせたボーナスとして俺は三つの〈パークサイト〉をゲットしたわけよ。一日毎に一つの〈パークサイト〉が与えられるのがルールなんだ。開始を遅らせて不利になる分、逆にメリットもあるというわけさ』


 僕は刺青をさすりながら、


「君が選んだのはどんなものなの?」

『〈ライトウェイト〉と〈クライミング〉、あと〈第六感〉だ。〈ライトウェイト〉は移動速度が7~10%アップして、低いところからの落下ダメージがほぼなくなる。あと、ジャンプ力が上がる。……〈クライミング〉は指先の力とバランスだけで多少の突起があれば壁を昇れるってやつだ。……〈第六感〉は他の〈プレイヤー〉と〈キャラクター〉の存在に気づきやすくなる。〈パークサイト〉の中でライバルを発見できるのはこれだけだから、初期からみんながこいつだけはつけているはずだ。逆にいうと、たいていの奴は〈第六感〉ぐらいしか装備していねえって訳よ』

「なるほど」


 確かに使えそうだ。

 僕みたいに訓練もしていない素人の学生がゾンビの跋扈する世界でサバイバルをするためには悪くないチョイスかもしれない。


「他にはどんなのがあるの?」

『あとで教えてやるから、まずはここから出ろよ、グズ。〈クライミング〉を使えば窓からでられるだろ』

「ケチだね」


 だが、そんな能力があるというのならばわりと安全に抜け出せるかもしれない。

 幸いこのあたりは住宅が密集している。

 屋根やベランダ伝いに動けば、路上のゾンビに襲われずに動けるだろう。

 となると持っていける荷物などは限定されるな。

 僕は部屋の中をできる限り静かに漁りだした。

 恋をしていた女の人の部屋を荒らすのはいい気分ではないが、今は生き残るために我慢しなくちゃならない。

 ちょっとゴツめのリュックがあったので、これに色々と詰めることにする。

 まずは食べ物。

 自炊派の彼女らしく、レトルト食品なんかはほとんどなく、長持ちしそうなのは乾燥レーズンとかマカロニとかしかなかった。

 次に飲み物だが、これはミネラルウオーターでいいか。

 1.5ℓをいざという時に備えてかさばらないように三つに分けておく。

 あと、頭痛薬なんかがあるのでもらっておく。でも、真純さん、病気でもあったのかな。

 着ていく服も問題だけど、僕よりも小柄な真純さんだから、拝借するにもサイズがあわないので学生服のままで。

 清潔なタオルもあったほうがいいなとクローゼットを開けたら、丸められた下着が綺麗に並んでいた。

 僕もお年頃なので女性の下着には興奮してしまうが、今はハアハアしている場合でもないから頑張ってスルー。

 タオルを一枚とってリュックサックの中に詰めた。

 これだけでパンパンだ。

 最後に机の上にあった僕たちが写ったプリクラを財布に丁寧にしまった。

 僕の分はどこかにあるはずだけど、どうしても思い出せない。


「……記憶があいまいなんだけど?」

『ああ、それは〈ミッション〉だ』

「なに、それ?」

「〈キャラクター〉が自分の記憶を取り戻すといくらかパワーアップするという仕掛けがあるんだよ。だから、おまえらは〈ゲーム〉開始の段階ではたいてい自分が何者なのかわからなくなっている」

「でも、僕は自分の名前とか真純さんのことを覚えているよ」

『そりゃあ、あれがおまえにとってのオープニングだからな。それ以前のことはほとんど思い出せないはずだぜ。何かのきっかけがない限りな』


 このプリクラを見たことで、一緒に写したというエピソードを思い出せたということか。

 くそ、どこまでも人を玩具扱いしやがって。


「〈プレイヤー〉として意見はないの? 持っていくものの選別とか」

『別にねえな。わりと的確な行動だと思うぜ。だいたいこんな一般人の若い女の家にゾンビと戦うのに役立つものなんかあるはずねえよ』

「だよね」


 準備を整えると、僕は玄関から靴を持ってきて引き違いの窓枠の上で履いた。

 真純さんの部屋を土で汚したくない。

 それから、下を見るとゾンビが三体ほどいる。

 まだこちらには気がついていない。


「よし」


 僕は窓枠の枠状に囲いである窓台に足をかけて、身を乗り出した。

 すぐに額縁に指をかけると予想をはるかに上回るスムーズさで全身を外に引き出せる。

 これが〈クライミング〉の効果か。

 それから、簡単に隣の部屋や上の部屋の窓枠を利用して、僕はするすると屋根の上にまで上がった。

 四階建てマンションというのはかなり高いが、ゾンビがどんなに撥ねても二階にさえ届きそうにないことを考えれば安全圏といえるだろう。

 屋根の上まで上がってきたとしても、生きている死体のバランス力ではすぐに落下してしまうはずだ。

 あと、〈キャラクター〉は恐怖心を去勢されているので、こういう高所にいたとしてもあまり怖くないのが幸いしているようだった。


(なるほどね。こういう場所でもある程度自在に動ける人間でないと、〈ゲーム〉クリアは覚束ないということか)


 許すつもりはないが、この辺は感謝してもいいかもしれないね。

 屋上はなかなか見晴らしがいい。

 今まではわからなかった街の様子もかなりわかる。

 動いている影はおそらくゾンビだろうし、人間の姿は全く見当たらない。

 隠れているはずだから。

 道は無秩序に停車している自動車で塞がれていて、どうにも進めそうにない。

〈ゲーム〉が始まった段階で逃げ出そうとした人たちが、車を使ったためにそうなったのだろう。

 相当ひどい混乱状態だったはずだから、むしろ徒歩か自転車の方が逃げやすかったはずである。

 記憶に新しい震災の時もこういう自動車の渋滞で苦労したらしいのに。

 さっさと上に来たせいで、下のゾンビたちはまだ僕に気がつかない。


『で、どうすんだよ、てめえは?』

「武器を調達する。基本的には逃げ回る予定だけれど、いざという時にも備えておかないと……」

『なんだって? 武器? ああ、ホームセンターにでも行くのか。ゾンビものの定番だな』

「……ホームセンターには銃は売ってないでしょ」

『銃だって? ひゃっほーっ、これは面白れぇことをいうな。俺の持っている取説には、この〈ニホン〉ってのは他のブロックのどのエリアよりも銃は手に入りにくいって話だろ。だから、俺はここじゃあ軍人キャラをチョイスしないで、てめえみてえな若くてアジリティの高そうなのにしたんだぜ。もっとも、もうちぃと体格良さそうなのを引ければよかったんだけど、運がわりぃや』


 ゼルパァールの話では、こいつは〈キャラクター〉選択の時に「十代」「男」「アジリティ高め」とだけ条件をつけてランダムで決めたらしい。

 僕たちを玩具にしている〈プレイヤー〉からすれば、いい〈キャラクター〉にあたるかどうかは宝くじみたいなものなのだろうが、僕からすればいい迷惑だよ。

 あのとき、真純さんと一緒にゾンビになれたほうがよっぽど良かったかもしれない。

 こんな正体不明の連中の玩具になるぐらいなら。

 それでも、僕は生き残らなくちゃならない。

 まだ人としての意識のあった真純さんに「ごめん」と言われたから。

 僕がゾンビにならない〈キャラクター〉に選ばれていたことを知らない彼女にとっては、きっと最後の瞬間に感じたのは「恋人を殺してしまった」という慙愧の念なのだろう。

 優しい真純さんにとっては本当につらいことになったに違いない。

 僕はそんな彼女の思い出を風化させる訳にはいかないんだ。


「銃があれば、ゼルパァールのクリアも少しは楽になるでしょ?」

『そうだ。戦争は火力だからな! よし、狂暴な武器をゲットに行こうぜ、レッツゴーだ。ベイビー!』


 僕はなるべく姿勢を低くして、屋根から屋根を伝い始めた。

 


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