インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

第二章「スプラッター・ゲーム」

翌朝

公開日時: 2020年11月1日(日) 12:00
文字数:4,049


 

『おい、てめえ、起きやがれ』


 窓際でスズメがチュンチュンしていそうな陽気な日差しの中、僕がそろそろ目を覚まそうとしていたら不愉快な思念が響いてきた。

 ゼルパァールだった。

 

「……そういえば、昨日は途中から急に黙り込んでいたよね」

『リアルでやることがあってな』

「そう」


 いくらゲームでも四六時中僕にくっついてもいられないということか。

 そういえば、最初の三日間も夜はほとんど反応がなかった。

 僕と同様に睡眠をとったり、食事をしたりする必要のある生き物ということかな。

〈プレイヤー〉についてはわからないことばかりだからこういう情報はかなり助かる。

 そもそも、こいつらが僕たち人間とどれぐらい近いのかを、まずはある程度は把握しておかないと……。


『昨日の夜のログ読んだぜ~。この大ボケ! なんでそこのメスガキやっちまわなかったんだよ!』

「なんのこと?」

『何もクソもねえよ。性行だよ、性行! せっかくこの惑星の連中の交尾が見られたってのに、まったくてめえはいくじがねえ野郎だな!』

「……そういうの期待しないでよ。僕は君ほど下劣じゃないんだ」

『なんだと、コラ? この〈ゲーム〉はな、18禁じゃねえから、いくらでも犯っちまってもいいんだよ! セックスセックスセックスだ! ひゃっはー! ……それなのにてめえって奴は!』

「映画じゃないんだからサービスシーンはいらないでしょ」

『バッカ、てめえ。バッカ! 〈プレイヤー〉の中にはそういうの目的の奴だっているんだよ! ハーレム作ってウハウハってのがやりたいだけの奴が! おったたねえのかよ! ビンビンによ!』


 ホント、この寄生虫は下品なんだから。

 自分が性欲塗れだからといって僕にまで強制しないでほしい。


「そういうプレイがしたければ最初からそういう〈キャラクター〉を選びなよ。少なくとも僕が君の〈キャラクター〉をしている限りはそういうシーンは限りなくでてこないと思うよ」


 他人に脳みそに住みつかれて絶賛覗かれている最中に、秘め事をするバカがどこにいるってのさ。

 僕はそういうのが好きな変態じゃないからね。

 普通に考えれば自慰だってできやしないし、トイレだって嫌なんだから。


「……君が〈選択肢〉で僕を操らない限りはね」


 そう、これだ。

 もしゼルパァールの提案を拒絶したとしても、こいつが僕を操って、例えば薙原をレイプするように仕向けたら従わざるを得ないのだ。

 どんなに僕の意志が逆らったとしても。

 ありえる可能性としては無視できない内容だ。


『けっ、まだ根に持ってやがんな。たかが〈キャラクター〉の分際でよ』

「仕方ないだろ。僕は君が嫌いだから」


 正直な気持ちを口にして、脳内のゼルパァールを絶句させていたら、


「―――センパイ、もう起きています?」

「ん、ナギスケおはよー」


 僕は毛布から顔を出した薙原と挨拶を交わした。

 よく眠れたのかどうかは知らないが、寝癖が酷いことになっているよ、おまえ。

 ゼルパァールとの会話を聞かれてはいないようで助かった。


「とりあえずミネラルウォーターで顔を洗って食事をしたら、今日一日のことを決めようか」

「そうですね」


 寝ぼけ眼で欠伸をしながら薙原が答えた。

 平凡でなんでもない会話だけど、彼女と喋っている方がゼルパァールなんかと話すよりも何百倍も気分がいいよね。



          ◇◆◇



「いつまでもここにはいられないと思う」


 僕ははっきりといった。

 飲み物がふんだんにある、周囲の壁も強固でゾンビどもに破られるおそれはないというメリットを考えたとしても、ここに留まるのはベストとはいえない。

 山積みにされている飲み物の消費期限は一年以上のものばかりで、僕ら二人ならなんとか生きていけそうではあった。

 しかし、ゼルパァールの説明によれば〈ゲーム〉の期間は一年間。

 ここでじっとしていたらすぐに終わってしまう。

 しかも最初の〈ミッション〉で僕を狙っている他の〈キャラクター〉の襲撃も考えられる。

 ゾンビならばともかく、人間を相手にするにはここは不利だと言わざるを得ない。

 それに薙原のこともある。

〈キャラクター〉としての僕が〈ゲーム〉クリアを目指して行動するのはいいとしても、それに彼女を連れまわすことはできないからだ。

 生き残った人々たちの適当なコミュニティを見つけて、彼女を預ける必要があるだろう。

 単独で動き回るのはその後だ。


「……それはそうですけど」

「きっとどこかに僕らを受け入れてくれる場所があるはずだよ。そこを目指そう」

「あたしは二人でもいいんですけど……。他の人たちってちょっと怖いし」

「でもさ、さすがに僕たちだけではサバイバルは無理だよ。誰かの助けを借りないと」

「う、うん……」


 薙原はどうやら他人を怖れているらしい。

 まあ、こういう危機的状況に陥った時に全面的に他人を信じることなんてできないというのはわかる。

 でも、そうもいかない。

 僕は出て行かなければならないし、そのためには薙原は足手まといでしかないのだ。


「ここの事務所とかは全部家探しした?」

「だいたいは……。下の倉庫は軽く程度ですけど」

「よし。大したものはないと思うけど、ナギスケは下をもう一度重点的に調べてみてくれ。良さげなものがあったらゲットしておいて」

「センパイはどうするんです?」

「僕は外を調べてくる」

「チョッ!」


 薙原に引き留められたが、その手を払うように僕は言った。


「僕の身体能力とかは昨日見せたからわかっていると思う。屋根の上とかを慎重に進めば、ゾンビにやられる心配は極端に少なくなる。あと、僕には銃もある。心配はいらないよ」

「で、でも」

「とにかく僕としては、人のいるコミュニティを捜す必要があるんだ」

「生き残っている人がたくさんいるとは思えません。みんな死んじゃったかもしれないんですよ」


 だが、その点に関して僕は断定できる材料を持っている。

 町のどこかに、規模はともかくとしてコミュニティが形成されているのは間違いない。

 何故かというと、これは〈ゲーム〉だからだ。

 しかも序盤で、どうにもならなくなるぐらいの悪化はさせないだろうという予測があった。

 いくらなんでも最初っからマッドマックス並みの人のいない世界にしてしまったら、面白みもないしね。


「……夕方には戻るから、待っていてくれないかな」

「センパイ……。せっかく知り合いに会えたってのに」

「大丈夫だって」


 僕は薙原の頭をポンポンと叩いて、リュックを背負った。

 水とロープと、三段ロッドが入っている。


「じゃあ、行ってくるよ」


 そのまま、僕は倉庫の外に出た。

 ゾンビが入らないように入り口にはブロックを積んでおく。

 これで薙原は大丈夫だろう。


『で、どうすんだよ』

「西が丘の倉庫街を調べてみる。昨日の彼も言っていたしね」

『好きにしろや』


 僕は昨日と同様に屋根伝いに歩き出す。

 西が丘の方は住宅がないので、このやり方はとれないのでどうにかしてゾンビをやり過ごす方法を考えなくてはならないが、着いてから考えればいいか。


「……ところでゼルパァール」

『なんだ』

「ちょっと疑問だったんだけどさ、原発とかは爆発したりしないの? あれって制御できる作業員がいないと危険なんだよね」

『それは問題ねえ』

「どうして言い切れるの?」

『おめえが例に挙げた原発とかの危険施設については、〈運営〉の方で制御してっからだよ』

「―――マジ?」

『おうさ。よく考えればわかんだろ? この〈ゲーム〉はゾンビとのサバイバルが主体だってのに、ゾンビ関係なしに人間が全滅しちまったら興ざめだべ。だからよ、色々と調整がされてんだ』


 もっともな話だった。

 下手に放射能なんかがダダ漏れしたら、人間なんかすぐに死んでしまう。

 日本の原子力はまだ安全性が高いとはいえ、世界中にある施設についてはまったく信頼なんぞできない。

 原発とかだけでなくて、細菌研究所とか、ヤバめの研究をしている施設だってあるのだから、そういうところが暴発したらゾンビどころの騒ぎじゃなくなるだろう。

 そういう天然のメルトダウンを防ぐことは、確かに〈ゲーム〉を快適に運営するための必須の仕事なのか。


『〈ゲーム〉が進めば、〈原発のメルトダウンを防げ!〉とかいうミッションが与えられるエリアもあるだろうけどな』

「洒落にならない話だね」

『まあ、そんな高難度のミッションはフィールドクリア〈プレイヤー〉が出てからのエリア・ミッションに入ってからだろうけどさ』

「まずはフィールドから始まるんだね」

『そこを制してからが〈ゲーム〉の本格的スタートだからな。同じフィールドでプレイしている〈プレイヤー〉連中を出し抜いてトップに立って、はじめてエリアが解放されるってのが仕様だ』


 ゼルパァールの言うには、地球上は七つのブロックに分けられ、さらにブロックは十のエリアに分割される。

 各エリアにはだいたい千ほどのフィールドがあり、〈プレイヤー〉は七人から十人ずつがそれぞれ配置されるそうだ。

 そして、その中の一人だけが勝利者となる。

 勝利条件は以前ゼルパァールがほのめかして、僕にやらせたように、多分他の〈プレイヤー〉すべての排除だろう。

 排除といっても、殺す以外にも何かの手段があるんだと思うけど、一番わかりやすいのはそれだ。

 つまり、僕は最低でも何人かは殺害する羽目になるはずだ。

 望む望まないに限らず。


「やっぱり、そうなるのか……」


 その時、見慣れたものが動くのが眼に入った。


「えっ」


 目を凝らすと、確かに―――かなり大きめの白い車がゆっくりではあるが走っていた。

 大きさと張り出したサンルーフからすると、間違いなくキャンピングカーだ。

 動くものに近づくゾンビの充満する町中をあんなもので移動するなんて、危ない真似をする人がいる。


『おい、てめえ』

「何。僕はあのキャンピングカーを運転している人に用ができたんだけど……」

『ざけんな。アレはやべえ』

「?」


 ゼルパァールが何故か焦っていた。


「なんでさ」

『―――アレがやって来た時に〈プレイヤー〉の反応がしやがった』

「……て、ことは」

『アレを運転しているのは十中八九〈プレイヤー〉だぜ』


 僕はまたも良心を試される羽目に陥ったようだった。





 

 

 

 明日から、毎日20:00に投稿いたします。

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