「……とりあえず、ナナンちゃんを探そう」
「でも、どこから探しますか?」
僕らは土田達と別れた後、どうするかの意思確認を行った。
ここで問題となるのは彼女が何処に行ったかだ。
「談話スペースは2階にあった。さっき藤山たちは1階から上がってきた。このビルは6階建てで屋上もあるけれど、その何処かにいるのならば、誰かが姿を見ているはずだ」
「屋上は見ていませんよ」
「絶対という確信はないけれど、ナナンちゃんがゾンビを恐れていたとしても〈レーダー〉を使えば逃げられる。どこかに隠れている必要はない。……だから、ナナンが見つからない理由として考えられるのは、ナナンちゃんの〈レーダー〉を無効化するゾンビがいるか……もしくは……」
『もしくはなんだよ』
「なんでもない。まず、どこから探すかな」
「地下なんかどうですか?」
薙原が提案したのは地下の探索だった。
そう言えば地下について僕は何も知らない。
迂闊だった。
地下には食料を貯蔵してある冷蔵庫があるという話だった。
それだけではなく、自家発電装置と巨大な浄水器もあり、このビル内で多人数が生存できるための設備が用意されている。
最初このビルの話を伊野波経由で聞いたとき、どこか胡散臭いと思ったはずなのに、ここの人間関係に追われてばかりでまともに調査をしていなかった。
この要塞ビルの存在よりも、〈第六感〉が感じ取った二人の〈キャラクター〉の方に気を取られ過ぎていたのだ。
一度、見に行こうとした時に藤山に用事を押し付けられて止められたことがあったせいでもある。
「地下か……。ナギスケはいったことある?」
「はい。みゆきさんが食糧を冷凍庫から出すときにお手伝いしました」
「そうか。僕はないんだよね……。何があるか、はっきりとわかる?」
「だいたいは」
薙原の説明を聞いた。
移動には中央の階段を使い、食糧を運び出すときは1階から物資搬入用のエレベーターを使って台車によるらしい。
中央に大きめの自家発電装置があり、右に屋上で集められた雨水をろ過する浄水施設。
左手にぐるりと回った奥に下手な施設顔負けの貯蔵庫があるそうだ。
冷凍することで保存のきくものだけでなく、乾パンのようなものもあるらしい。
ちなみに僕らが苦労して運んできたミネラルウォーターもとりあえず地下に運び込まれているそうだ。
「えっと、結構ごちゃごちゃしていて、一部は迷路っぽくなっています」
「やだな。そういうハリウッド映画のアクションシーンが発生しそうな場所。ちなみに自家発電装置って動力は?」
「すっごく使う時だけはガソリンが必要らしいですけど、ビルの数階分を賄う程度なら屋上に設置してある太陽光発電で足りるそうですよ」
「なるほど」
いざという時に備えて、かなりしっかりしたもののようだ。
だが、いざという時ってどういう時なのか。
「ねえ、HARAコーポレーションって何の会社なんだっけ」
「商社って聞いてますけど。まあ、商社が何をしているのかは、あたしにはわかりませんけど」
「勉強しておきなさい」
ナナンが隠れ場所に選ぶかというと納得できないものがあるが、とりあえずの探索としていくのは悪くないチョイスだろう。
「よし、行くか」
僕たちは中央の階段を下って、地下まで下りる。
LEDの電灯が薄く省エネのためについているだけの薄暗い地下だった。
そもそもこのビルは自然の太陽光を取り入れるための窓が極端に少なく、外付けの非常階段すらない、かなり窮屈な環境になっている。
エアコンなどが豊富に活動しているおかげで過ごしやすかったろうが、よくよく考えてみると密閉され過ぎた環境とも思えた。
1階の玄関と2階フロアが吹き抜けになっているぐらいで、あとは風通しもよくなさそうだ。
「ナナンちゃん、いるかい!!」
「ナナーン、いるのー!!」
二人で声をかけてみたが、虚しく反響するだけで終わった。
もし、彼女がここにいるとしたら、この薄暗がりの中で僕たちの声が届いているのに出てこないということはないはずだ。
あるとしたら、自分だけでは動けない状態か……もしくは死んでいるか……
「ゼルパァール」
『なんだよ』
「〈第六感〉での〈キャラクター〉の反応は幾つ?」
『おお、そういう手もあるか。……まだ三つあるな。チビ餓鬼は生きているぜ。もっとも場所までは特定できないのはいつものことだぜ』
「わかった」
死んでいないのは確認できた。
なら、彼女は現時点で動けない状態でいるはずだ。
速攻で探さないと。
「ナギスケ、後ろから僕の死角に気をつけて」
「はい」
僕を先頭にして、まず浄水器の方に進む。
色々とごっちゃになっていて足場なんかも作られていて、何かが隠れていたらわからない。
ざっと見渡してみても、ナナンらしい影はない。
じゃあ逆だ。
貯蔵庫の方を探してみよう。
また、マカロフを構えつつ用心して進む。
こういう狭い場所だと僕の〈パークサイト〉はどれも使い勝手が悪い。
用心深ければ、隠密行動用の〈パークサイト〉も準備しておくべきなんだろうけど……。
実際に4つしかつけられない以上、自分の得意とする場所に特化したものをチョイスするしかないのが実情だろうね。
ブラウンさんとこの犬も言っている。
「配られたカードで勝負するしかない」のだと。
「……そうはうまくいかないけれどね」
持ち手を折りたたみもせずに放置された台車を蹴って隅っこに押しやって、僕は貯蔵庫の扉の前に進む。
中に巨大冷凍庫もあるからか妙に肌寒い。
例のファミレスのドッキリビンキーのものより大きいだろうから、冷気が漏れているのだろうか。
ノブに手を掛けて、開けた。
奥に―――小さな影が倒れていた。
ナナンだ。
しかも、ほとんど裸のまま。
靴下とスリップだけの痛々しい姿で。
「ナナン!」
僕が駆け寄ろうとした時、銃声と共に僕の胴体が吹き飛ぶ。
いや、肩の肉を抉っただけだ。
少し前傾姿勢をとっていたおかげで胴体の中心を狙われて、致命傷にはならずに済んだだけだ。
だが、弾丸に抉られた衝撃で後方に吹き飛んで倒れる。
撃たれたとわかったと同時にナギスケを突き飛ばし、なんとか貯蔵庫の扉の外に出た。
逃げるときに右の太ももも撃たれた。
こちらも芯に命中していないので助かった。
もっとも2箇所もやられれば戦闘力は極端に落ちる。
いくら〈キャラクター〉といえど限度というものはあるからね。
「誰だ!?」
なんとか扉に身を隠して僕は叫んだ。
答えてくれるはずはない。
逆に生きていることを教えてしまったかもしれないと後悔した。
マカロフを構えて内部にぶち込もうとしたけど、やめた。
跳弾で寝ているナナンに命中してしまうかもしれない。
それに敵のいるのは―――冷凍庫の中だ。
あの厚い冷凍庫の扉を盾にして僕を狙い打ちしたのだ。
しかも、ナナンを見つけた僕が油断するのを見越して。
あの敵はこのために、ナナンを誘拐したのだろう。
今まで思案していた推測が雪崩のように頭に押し寄せてくる。
ナナンは拉致されて囮に使われていた。
狙いは僕―――つまり敵は〈プレイヤー〉に操られた〈キャラクター〉。
ということは、これは仕組まれた罠だということだ。
「君がこのビルにいた〈キャラクター〉?」
「……」
返事はない。
自分の正体ですら駆け引きに使えるかもしれないから、わざわざ明かしたりするつもりはないのだろうね。
かといって、この段階でわからないほど僕もバカじゃない。
〈去勢〉によって恐怖という感情が消されている僕にとって、自分が撃たれて死にそうな状況であったとしても脳みそはブンブンと音をたてて回転する。
なんといっても、相手は初撃で僕を殺し損ねているのだ。
まだ運は味方している。
そして、もう敵の〈キャラクター〉の正体はわかっていた。
「別に隠さなくてもいいよ。策に溺れちゃって逆に不利なんじゃないかな、あなたのほうがね。―――ね、松下さん」
冷凍庫の中で動揺する気配がした。
見抜かれているとは思っていなかったのだろう。
だけどすぐに諦めたのか、彼女はこう言った。
「―――たいしたものね、ガンマンさん。私の秘密をこうも簡単に見破るなんてね」
「どうも」
冷凍庫からややくぐもったように聞こえてきたのは、間違いなく三人の女子大生の一人―――松下みゆきの声であった。
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