インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

戦わないと……

公開日時: 2020年11月25日(水) 20:00
文字数:5,143


 

 ガラス張りの談話スペース内に物凄い勢いで飛び込んで来たキャスター付きの机は、北条の右足を砕いただけでなく、藤山たちの度肝を抜いた。

 こういう突発事態には慣れてないのだろう。

 もっとも、僕だって初体験ではあるのだけれど、僕と彼らとは大きな違いがある。

〈去勢〉されているか、されていないかの差だ。

 人間の反射速度の限界は約0,1秒だというけど、それは予想していたことが起きた場合だ。

 普通の人間だったら、予想もしていない出来事が起きれば即パニックになる。

 だけれど、僕ら〈キャラクター〉は違う。

 たいていの事態に対して、恐怖も驚きもなく冷静に対処することができる。

 僕の首と両手に巻き付いている鎖は、おそらくペットの犬用のものだ。

 そのせいもあって、先端の輪っかの部分はともかく、繋がっている鎖の先は巨大なテーブルの足に絡まっているだけだ。

 だから、テーブルを持ち上げて下から抜くことが出きる。

 僕は立ち上がる時にテーブルの天板の下に肩を乗せて持ち上げた。

 そのまま手首を振って、右手を縛る鎖をぬいた。

 おかげで右手は自由になる。

 この時間が約3秒。

 藤山たち四人は僕の動きにまだ気づいていない。

 どうして机が飛び込んで来たのか、足を潰されたことに気がついた北条の叫び、談話スペース内の惨状の確認など、様々なもののどれかに気をとられ過ぎて、僕をまったく注視していなかったからだ。

 捕囚の安否確認なんか、だいたいは後回しなのは当然だけど。

 右手が自由になったので、今度は首輪の鎖の先っぽを、同じテーブルの足から引き抜いた。

 よし、順調。

 だが、この段階で10秒は経過していた。

 ふいにこちらに視線を送った川口が僕の行動に気がついた。

 気がついて事態を把握するのに2秒かかったのが、やはり通常人。


「おまえ、何しているんだ!?」


 叫ぶだけで行動しないのはバッド・チョイスだ。

 僕はその間に左手を縛っている鎖から解放されるために動いていた。

 輪っかを外すのは大変だけど、鎖を絡みつかせている先をなんとかするのは非常に簡単だ。

 鎖の穴に通したT字型の金具を外せばいいだけのこと。

 僕は普通ならば焦って進まなくなるような場合でも、冷静に落ち着いて指を動かし、時間をほとんど掛けずに外すことに成功する。

 ただ、さすがに最終的な解放まで20秒近くは掛け過ぎた。

 走り寄ってきた川口が手にしていた鉄パイプの一撃をまともに肩に受ける。

 激痛が走った。

〈去勢〉は痛みへの耐性もあるが、すべてを麻痺させるほどではない。

 もしかしたら、今の一撃で肩のどこかの骨にひびが入ったかもしれなかった。

 それでも、もう僕は解放されている。

 意識さえ失っていない状態ならば、反撃はできる。

 二度とおまえたちなんかに捕まってたまるものか。

 振り向きざまに鎖を鞭のようにしならせて川口の顔面に叩き付けた。

 嫌な手応えとともに血が飛び散る。

 金属製の鎖だ。

 まともに当たれば顔の肉ぐらい裂けるだろう。


「ぎゃあ!!」


 あまりにも痛いのか、ほとんど叫び声もあげずに川口は蹲った。

 顔を押さえて僕を見ようともしない。

 痛がっている振りをしている訳ではないだろうけど、痛がっている暇があったら反撃しないとどうにもならないよ。

 これはジャージの貸し借りのレベルじゃない、本当の争いなんだから。

 僕はヤクザキックの要領で川口を蹴った。

 膝立ちだった彼は体勢を崩し、後ろにつんのめる。

 この段階になってようやく藤山と土田も僕の行動に気がついた。

 二人とも北条の様子を見るのに必死で、川口の動きを眼で追うことすらしていなかったのだ。

 机に右足を潰された北条を助けようと、手を貸していたのが災いした。

〈キャラクター〉と元警察官。

 一般人であったろう川口よりもわずかは場慣れしていたせいで、明らかに重傷を負った北条のところに駆け寄ってしまったのが裏目に出たのだ。

 人間として傷ついたものを助けるのは正しい。

 しかもそれが仲間であるのならば。

 この二人の行動はいかにも人間的といっても過言ではない。

 でも、僕にとってはただのタイムロスにすぎない。

 どんなことがあっても、猛獣を野に解き放ってはいけないのである。


「貴様っ!」


 藤山が床に置いてあったマカロフを掴もうとする。

 人の愛銃を勝手に使わないで欲しいな。

〈キャラクター〉である彼ならば何の問題もなく銃を使えるだろうから、僕はそれを阻止する必要があった。

 運がいいことに距離があっても使えそうな武器は、僕についていた。

 しかも威力は実証済みだ。

 僕は右手にくっついている鎖をピッチャーのように振りかぶり叩き付けた。


 パシっ


 一説によると達人が鞭を振るうと、その先端はマッハを越えるらしい。

 僕は達人ではないけれど、それでも時速100キロはくだらないだろう。

 その速度の金属製の鎖が命中すれば、藤山の腕の肉も弾ける。

 藤山は痛みのあまりに床で転がり始めた。

 声もあげられない状態らしい。

 ただひぃひぃ喚いている。

 安心したのがさすがに油断だったか、次の瞬間に僕は腰に強い衝撃を受けた。

 不完全ながらタックルを喰らったようだ。

 相手は、消去法でいけば土田しかいない。

 警察官であったということから、きっと柔道ぐらいはやっていただろう。

 この年齢にしては鍛えられた身体だと思っていたから、普通に殴り合いになったら不利だ。

〈キャラクター〉は運動能力の向上はしていても、筋力自体はそれほど変わらない。

 体力も平均よりは上になるみたいだけど、つかみ合いや殴り合いでは〈ゲーム〉前とは変わらないのが現実だ。

 だからゾンビとの格闘はあまり推奨されていない。

 いや、まともにやりあったらゾンビには負ける程度のゲーム・バランスということなのかもしれない。

 そんなリアリティいらないのに。

 だからか、土田を振りほどけず、柔道の寝技の経験のある彼との取っ組み合いではまず勝ち目がない。

 伸し掛かられ、肘で顔面を抉られた。

 続いてガンガンと二発殴られる。

 マウントポジションをとられるとまずい。

 僕も組み敷かれた体勢で暴れるけど、どうにも力が入らない。

 加えて、鎖が今度はマイナスに作用した。

 土田は僕の首に巻き付いている鎖を両手でつかみ、絞め始めたのだ。

 しまった、これだとすぐに窒息死する。

 死に物狂いの老人の力が僕を圧迫した。

 僕は意識がなくなりそうな中、鎖の先端のT字金具を掴み、その先を土田の顔面に押し付けた。


「ぐぎゃああ!!」


 血が滴り、僕の咽喉のあたりを濡らす。

 金属の先が眼球を貫いたのだ。

 痛みによって怯んだ土田の背中を僕は下から膝で蹴りあげる。

 それから、両手で殴って引き剥がした。

 立ちあがりながら、他の三人の様子も確認する。

 北条、川口は、いる。

 一人足りない。

 どこだ。


『―――キョウっ! 右斜め前のイスの陰だっ!!』


 ゼルパァールの怒鳴り声は脳に響いて極めて不快だ。

 だけれど、おかげで僕は間一髪のところでしゃがみ込んでマカロフの銃弾を回避し、ほぼタイムラグなしで〈大ジャンプ〉した。

 ついさっき松下相手に使った、天井を使った二段ジャンプのために。

 藤山は下手な鉄砲、数撃ちゃ当たるとばかりに引き金をひきまくる。

 だけど、〈ガン・ファィター〉の〈勲章〉持ちの僕とは拳銃の経験値が違う。

 まともに命中するはずもない。

 だから、肩から突っ込んだ僕の体当たりを撃ち落とすことなんてできなかった。

 僕らは一緒に仲良く吹き飛んで、床に転げ落ちる。

 ただ、宙に舞ったマカロフがまるで吸い込まれるように僕の手の中に戻ってきたのは本当に偶然だった。

 藤山には魔法のように見えたかもしれないけれど。


「はい、これで終わりだね」


 マカロフを突き付けた。

 藤山は驚愕の表情を浮かべていた。

 たった30秒程度の時間で、圧倒的な立場の違いが覆されたのだから。

 だけどこれが〈ゲーム〉の展開なんだ。

〈キャラクター〉が命がけで〈プレイヤー〉たちを愉しませるためのね。


「こ、殺さないでくれ……」


 ここで命乞いされても。


「もう遅いよ」


 そのまま引き金を引こうとした時、今度はナナンの声が聞こえた。


「お兄さん、後ろ!」


 僕は振り向きざまに、マカロフを構え、後ろに近づいていた誰かに向けてぶっ放した。

 誰であろうと構わない。

 ナナンが危機を察知して僕に教えたということは、そいつは敵なんだから。


「ぎゃあ!」


 肩を撃たれてひっくり返ったのは伊野波だった。

 手には僕の予備のベレッタを手にしていたが、痛みのあまり取りこぼしていた。

 まさか撃たれると思っていなかったわけではないだろうけど、僕の顔を見て、恐怖のくちゃくちゃとした歪みを浮かべている。


「まだ、やるの?」

「いてえ、いてえよおお!」

「やるの?」


 痛いという自己申告を聞いていても仕方ないので、ちょっとだけ凄んでみるとやけに効いたらしく伊野波は脇目もふらずに逃げ出していった。

 ベレッタを捨てたまま。

 これ以上の厄介ごとは懲り懲りなのでその予備の銃を拾い、安全装置をかけてベルトに差した。

 それから、もう一度藤山に銃口を向ける。


「えっと、今ので打ち止めかな」

「……っつつ」


 川口も、北条も、土田も、もうこちらには敵意を向けていなかった。

 自分の痛みだけでもう反撃する気力をなくしているのだ。

 勝った、と思ったけど、油断は絶対にしない。

 油断したら、今の藤山のようになるから。


「言い残すこととか、あります?」

「い、命だけは助けてくれ……!」

「あなたの分だけ? えっと部下の皆さんは?」

「私だけでいい! 他は……どうでもいいから!」


 酷い命乞いを聞いたよ。

 さっきまでとは裏腹すぎて、周りが可哀想になる。


「……ところで、あなたの敗因ってわかりますか。はい、藤山さん」

「敗因だって……」

「それはですね。絶対的に有利な環境で徒党を組んでいたことによる、経験値不足です。〈パークサイト〉の使い方も知らないし、それがどれだけ有用なのかも知らない。作戦としては正しいかもしれないけれど、もっと以前から〈パークサイト〉を使っていれば僕の動きに対処できたかもしれないのに」


 あと、他にもある。


「それに、あなた、さっきもう一人の〈キャラクター〉を斃したとか言っていたけど、あれは嘘でしょ?」

「……どうして、それを? な、何故、わかったんだ!?」

「だって、松下さんが正体不明の〈パークサイト〉を持っていたみたいだから、あなたのいう〈プレイヤー〉が七人というのが正しければ、松下あのひとがもう一人を斃していたはずだもの。松下さんはそれを有効利用できなかったみたいだけれど」


 今、ナナンがつけているはずの〈パークサイト〉は多分それだ。

 僕との一対一のときに使わなかったのは、おそらくまだ使い方を把握しきっていなかったとかその辺だろう。

 さっきの印象だけだと力技用の〈パークサイト〉だから勝手がわからなかっただけかもしれないが。


「松下さんですら、ここに来るまでにもう一人の〈キャラクター〉と戦って生き延びてきたのに、あなたはこんなところでぬくぬくと王様気取り。それじゃあ、勝てる勝負も勝てないというものですよ」

「……このビルさえあれば生き残れるだろ。なんで無理をして外に出なくてはならないんだ?」

「だからあなたの〈プレイヤー〉に聞いたんです。〈ゲーム〉に勝つつもりなのかって。……でも、あなたは答えなかった。もし勝つつもりがあるのなら、もっとアクティブに動かなくてはならないのに、あなたはここから出ようとしなかったんでしょ。あなたの〈プレイヤー〉は序盤を有利に進めるためだけに、このシェルターみたいなビルの社員を選んだのに、肝心のあなたは〈ゲーム〉クリアーに消極的だった。安全なここから一歩も出る気にならなかったんでしょうね」

「それがどうした? 別に文句を言われることじゃないだろ!」

「女性の松下さんやナナンでさえ戦ってきたのに、あなたは戦おうとさえしなかった。だから、それが敗因なんです」


 最後に僕は言った。


「きっとこの世界に絶対安全な場所はないんですよ」


 そして、引き金を引いた。

 額にちっさい穴が空いて藤山は死んだ。

 脳漿はゾンビと違って白かった。


「さて、あとはどうするかな」


 リーダーを失った連中を見渡した。

 この人たちの処遇をどうしようか。

 夢見が悪くなりそうなので僕のこの手には掛けたくないし、だったら外のゾンビの餌にしてしまおうか。

 傷ついて怯えた三人組を前にして考えていると、


「ゾンビさんです!」


 と、ナナンが叫んだ。


「ゾンビの餌にしろって言うの?」


 まるで僕の思考を読んだかのような言葉だったのでナナンの方を向くと、彼女は階段の方を指さしていた。


「伊野波さんが逃げ出そうとして1階のシャッターを開けてしまいました! そこから、ゾンビさんたちが入ってきます! お兄さん、ここはもう危険です!」


 くそ、なんてことをしてくれたんだ、あのバカは!

 僕たちには息をつく余裕すらも与えられていないようだった……。

 


 

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