インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

死が迫る

公開日時: 2020年11月28日(土) 20:00
文字数:2,778


 

 私とナギスケお姉さんたちは、階段まで脇目もふらずに走りました。

 ゾンビさんたちは走ることはあまりないので、ダッシュしたりはしないことから、距離をとるのはそう難しいことではありません。

 ただ、私たちを助けてくれた宮崎さんと仙台さんを置いていくことについてだけは悲しくて仕方なかったです。

〈去勢〉されて、辛いことや悲しいことについてもあまり考えなくなった私でも、命を助けてもらったことや優しさへの感謝は昔のままです。

 だから、宮崎さんたちへの想いは捨てられなかった。


「ごめん、ごめん、ごめん……!!」


 ナギスケお姉さんは泣きながら謝っていた。

 この人は〈去勢〉されていない。

 だから、ダイレクトに苦しみを受ける。

 でも、足を止めたりはしない。

 きっと、私のためだろう。

 私という子供を抱えているから、お姉さんは勇気を振り絞っているのです。


「おい、おまえら!!」


 顔を上げると、下の階から藤山さんの元・手下の社員さんたちがやってくるところでした。

 足が潰れた北条さんを脇から抱え込んで引っ張っています。

 やったのは私なのだけど、そのことについての罪悪感はないです。

 ごめんなさいとも思わない。

 談話スペースで抵抗もしていないお兄さんを蹴っていたこの人たちがどうなろうとしらない、とさっきまでは思っていたから。

 そんな冷たい私でも、ほとんど所縁のない私たちのために身体を張ってくれた宮崎さんたちのことを思うと、生き残った人間だけでも仲良くすることは必要なんじゃないかと考えられました。

 ヒトの嫌な姿を見たけれど、いい姿も見てしまったからです。


「―――何があった!?」


 監禁場所から必死に逃げてきた私たちについて尋ねてくる。


「ゾンビだ! 襲われた!」

「まさか、階段は一つしかないんだぞ!」

「違う、階段じゃない! 搬入用のエレベーターだ!!」


 小野寺さんが答えました。

 手には消火器を握っています。

 消火するためではなく鈍器として使うためにです。

 残った女性の二人、今野さんと加地さんは川口さんたちを見て怯えていました。

 やっぱり怖いんでしょうね。

 さっきの監禁されていたときの話を聞いていたから、女の人に酷いことをする男性というイメージがついてしまっているんだと思います。

 だから、距離をとろうとしているんでしょう。

 そんな女性陣の様子に気づく素振りも見せませんでしたが。


「センパイはどうしたの!? なんで、ここにいないの? もしかして、あんたたち!!」

「ち、ちがう! キョウくんは下で時間を稼いでいてくれている! わ、わしらを逃がすために!」


 土田さんが叫んだ。

 このお爺さんは私に優しくしてくれたが、どことなく嫌な雰囲気を出すこともあって、あまり近寄らないようにしていました。

 裏表がありそうなお爺さんだと感じていたこともあります。

 ただ、今の叫びには本心からの叫びのような必死さがありました。


「キョウくんは……わしらに先に行けと……。本当だ」

「また、嘘をついてセンパイを見捨ててきたんじゃないですか! もう騙されませんよ! この卑怯者たち!!」


 お姉さんは激昂していました。

 そもそも、私を助けに来たお兄さんを後ろから武器で殴って気絶させたこの人たちを憎んでいたお姉さんには容赦というものがありません。

 また、お兄さんに酷いことをしたのではないかと疑っているのです。

 でも、今度ばかりはさすがに悪人みたいに人たちも違っていました。


「マジだよ! あいつは俺たちを先に行かすために……残ったんだ! 嘘じゃねえ! 信じてくれよ!」

「信じられるもんですか! あんたたちみたいな最低男たちのことなんか!」

「本当だ!」


 でもお姉さんは許しません。

 さっき目の前で気を失うお兄さんを見て半狂乱になっていたお姉さんを知っている私としては、納得できる態度です。

 でも、そうもいきません。

 私の〈レーダー〉は、宮崎さんたちを食べて満足したのか、こちらに向けて動き出したゾンビさんたちと下で一か所に固まっているゾンビさんたちを捉えていました。

 ここからわかることは、下のゾンビさんは少なくとも、何かに食い止められているということであす。

 バリケードも何もない階段ですから、その障害物の役割を演じているものとして考えられることは一つしかありません。

 お兄さんが時間を稼いでいてくれているのです。

 その貴重な時間を浪費している場合ではありません。

 一刻も早く屋上に行かないと。

 屋上ならばまだ立て籠もれるはずです。


「お姉さん、早く逃げましょう! 口喧嘩している場合じゃないです!」

「でも、ナナン、センパイが!」

「お兄さんはちょっとやそっとでは死にません! あの身軽な人がそう簡単に死ぬわけないです! それよりも足を引っ張らないように私たちも逃げないと!」

「……ナナン、あんた!」

「我慢してください!」


 私はお姉さんの足を蹴りました。

 アニメや映画なら、顔を叩いちゃうところですが、私の背だとお姉さんには届きませんから。

 お姉さんは一瞬、きっと顔を鬼みたいにしましたが、すぐに真顔に戻りました。

 一瞬だけ眼を閉じて。


「わかった。センパイの邪魔をしちゃいけない」


 それから、土田さんたちを見て、


「あんたたちのしたことは忘れないし、センパイにもしものことがあったら絶対に許さないから!」


 と、叫びました。


「ああ、わしらも彼には借りがある。そんなことはしないさ」

「どうだか」


 お姉さんはだいぶやさぐれていましたが、非常事態の今では仕方のないことかもしれません。


「来たよ!!」


 加地さんが私たちの逃げてきた方向からゾンビさんたちがやってくるのを指さしました。

 ついに宮崎さんたちを食べきったので、こっちにやってくる気になったみたいです。

 とても嫌なことに、少し離れたところにお二人の遺体が転がっていました。

 壁と廊下が血で汚れていました。


「上へ行け!」


 小野寺さんの言う通りに私たちは五階の階段から6階へと逃げ出しました。

 三人を庇うように小野寺さんが最後尾につきました。

 ただ、それよりも速くゾンビさんが近づいてきます。

 消火器の底で頭部を殴ると、ゾンビさんは怯みました。


「今だ!」


 加地さんたちを先頭にして、階段を上がると、ゾンビさんたちは段差をうまく登れず転びました。

 やっぱり上下動は苦手なようです。

 やったと思っていたら、


「うわっうわああああ!!」


 小野寺さんの足にがっしりとタックルのように一体が張り付きました。

 そのまま、足首に噛みつきます。

 耳にしたくない嫌な音が聞こえました。

 一緒に彼の叫びも。

 ただ、その中に、


「早く! 早く逃げるんだ!!」


 自分が襲われているのに私たちに逃げるように促す優しさを感じました。

 その言葉を裏切れず、私たちはそのまままた足を動かし始めます。

 背中にぐちゃぐちゃという耐え難い咀嚼音と、喉も張り裂けんばかりの叫びを聞きながら。

 ごめんなさい、小野寺さん。

 あなたを助けられない私たちを、見捨てる私たちを、許してください。


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