インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

第四章「オブ・ザ・デッド(後編)」

アリジゴク・ショー

公開日時: 2020年11月21日(土) 20:00
文字数:4,172


 

 目を覚ますと、首のあたりが物凄く痛かった。

 触ろうとしたけど、両腕が動かない。

 そういえば手首もなんだか痛い。

 延髄のあたりと、全身も結構痛い。

 とりあえず満身創痍というのは確かっぽかった。


「痛いなあ……」


 とはいえ〈去勢〉の影響もあって、多少の痛み程度では僕は恐怖を感じない。


「で、僕を殴ったのは誰かな?」

『ようやくお目覚めかよ。てめえが気絶しているとこっちも情報が遮断されんだよ。せめて寝てるんなら自動的にログも残るってのによ』

「へえ、気絶しているとそうなんだ」


 顔を上げると、僕は談話スペースにある大きめのテーブルに鎖でつながれているようだ。

 見覚えがあるから、さっき久保の死体があった資料室にあった鎖だろう。

 それが首と両手首につながれ、完全な虜囚状態である。

 加えて談話スペースとなると、もう犯人はわかったも同然。

 ただ、主犯がわからないんだけどね。


「藤山さん、起きました」

「そうか。わりと早いお目覚めだな」

「あれだけ殴る蹴るしたのに、頑丈なもんだ」

「―――それが〈キャラクター〉だよ」


 僕の目の前にあるテーブルで話し込んでいた連中が僕のことを評していた。

 ……藤山、川口、土田、北条の四人だった。

 つまり精神的に異常をきたした宮崎を除いたHARAコーポレーションの社員組全員だ。

 本来ならば、こいつらに加えて久保がいたはずだけど、あいつは鬼籍に入ってしまっている。

 しかし、さっき確かに〈キャラクター〉という単語を使っていたな。

 これは予想外だったね。


 ―――まさか、社員組全員がグルだったとは。


 どうやって〈キャラクター〉の特定を誤魔化していたかはわからないけど、事情を知っているもともとのメンバーが共犯だったら、僕はおろか松下でさえ見抜けていたとは思えない。

 首をめぐらせてみると、ここにいないのは女性陣全員と伊野波、小野寺の二人だ。


「おはようございます」

「けっ、呑気な奴だぜ」

「仕方ないんだ。〈キャラクター〉は〈去勢〉されているから恐怖などへの耐性が高くされているんだよ。ああ見えて彼は全然虚勢を張っている訳ではなくて冷静なままなんだね」


 と、藤山が丁寧に解説してくれた。

 それでわかった。

 あいつが〈キャラクター〉だ。

 そして、〈ゲーム〉についての知識をここにいる社員組はみんなで共有している。

 つまり僕の特性についても知られているということだ。


「まさか、藤山さんが〈キャラクター〉だとは思いませんでした。僕はホント駄目な男です。その程度のことも見抜けないようで」

「そうでもないさ。とりあえず、松下みゆきの正体を見破って始末しただけでもたいしたもんだ。私たちは女子大生三人のうちの誰が〈キャラクター〉なのかわからなかったぐらいだからね」


 上から目線で褒められたよ。

 僕と松下の争いの漁夫の利をとったらしい態度だ。

 意識高い系はこうやって鷹揚に負けた相手を褒めたりする。


「で、僕の〈第六感〉をどうやって欺いたんです。ちょっと知りたいので冥土の土産にお願いしやす」


 すると、鼻で笑われた。


「負けた君に情報を得る権利はないさ。むしろ、私は君から情報を引き出すために危険を承知で生かしているんだ」

「それはそうですね。……で、どんな情報が欲しいんです。ついでに言うと命だけは助けて欲しいんですが」

「それは駄目だ。君を殺して私は〈パークサイト〉を手に入れる予定なんでね。そうだな、まず君の〈パークサイト〉の種類だね」


 少し考えてから、殴られないうちに、


「〈第六感〉、〈クライミング〉、〈ライトウェイト〉、〈大ジャンプ〉の四つです」


 すると、藤山も少し黙ったのはあいつの〈プレイヤー〉と会話をしていたのだろう。


「いいね。凄くバランスがいい。野外での活動をするためにはとても優れたチョイスだよ。全部もらおうか」

「……〈パークサイト〉は四つまでって話ですよ。もしかして、+1できる技能とかあるんですか?」

「いや、そんなものはないよ」

「松下さんの分もあるでしょうに」

「あいつは私と同じで〈パークサイト〉を持っていなかったからな。何もとれずにもったいないことをしたよ。だから、君の分ははっきりきっぱりいただこうと思っていてね。君の亡き後も大事に使わせてもらうよ」


 なんだかんだで親切に情報をくれるいい人だよね。


『おい、てめえ』

「うう……ハイは咳で、ノーはううっね」

『わかった。……どうやら謎は解けたな』

「ゴホ」


 藤山たちにばれないように会話をするための合図をしてから、僕はゼルパァールの言葉に耳を傾けた。


『つまり、あれだ、ここにはてめえたち以外二人の〈キャラクター〉がいた。だがよ、両方とも〈パークサイト〉の刺青では発見できなかった。それは、あのエロ女は〈ヒドゥン〉の力だったが、あの藤山の場合は、そもそも〈パークサイト〉をつけていなかったということなんだな』

「ゴホ」


 僕を一週間以上悩ましていた難問の答えはそういうことだ。

 つまり、〈ヒドゥン〉という〈パークサイト〉の痕跡すら隠す〈パークサイト〉のおかげで正体を伏せていた松下と違い、藤山は〈キャラクター〉であっても〈パークサイト〉をつけずにその恩恵を得ていなかったということなのだ。

 だから、刺青で探すということが無意味になって当然。

 僕はあまりにも〈パークサイト〉に頼り切っていて、そもそもつけないという発想を持っていなかった。

 藤山だって〈パークサイト〉は喉から手が出るほどに欲しかっただろう。

 しかし、あいつの狙いからして〈パークサイト〉をつける利点よりもつけない利点の方がでかかったのだ。

 それは、非常に簡単だ。

 この要塞ビルの存在だ。


 いや、要塞ビルというよりも、ここは牢獄―――狩場だったのである。


 藤山がその仲間たちと手を組んで、同じフィールドにいる〈キャラクター〉たちを招き寄せてから、落ち着いて仕留めるための。

 ……松下はこのビルの誰かからメールがきたといっていた。

 それは生きているものを引き寄せ、可能ならば自分たちの王国を築き、もし生きている〈キャラクター〉が来たならば秘密裏に処分するための罠だったのだ。

 僕たちも実のところは同じ手に引っかかった。

 薙原のところに来た伊野波からのメールがそれだ。

 あいつがここにいないところを見ると仲間ではなさそうだが、言われるままに大量のメールを流して生き残りを探していたのは藤山の指示だったのだろう。

 そう考えれば色々と納得できる。

 HARAコーポレーションの社員と非社員組とで階級を作る理由。

 僕から銃をとり上げようとしたこと(あの段階で僕の素性はバレていたのだから武装解除しようとして当然だ)。

 さっきの僕と薙原の勝手な行動を許したこと。

 などなど、いっぱいだ。


「……ナギスケとナナンの命だけは助けてやってくれないか」

「うるせえぞ、バケモノ!」


 川口ががなったが、藤山は大物ぶりたいのだろう、余裕を見せて、


「いいさ。君の彼女と従妹はたすけてあげるよ。ただ、まあ、女としてだけどね。そろそろ私たちも性欲が限界でね」

「そうっすね、さすが藤山さん!」


 川口が腰を突き出す真似をする。

 下品だよね、ホント。


『おい、あいつらチビ餓鬼が〈キャラクター〉であることに気がついていないぞ』

「ゴホ」

『……エロ女が〈ヒドゥン〉を使っていたことにも気づいていないようだし、あいつの〈スキャン〉も取られていないみたいだな。なんだ、余裕こきすぎなのか?』

「ううっ」

『なるほどな。このビルにじっとしすぎていたせいで、〈ゲーム〉にまだ慣れていないのか。あの調子だと、ゾンビともまともに戦ってもいないんじゃねえのか。まったくとんだチキン野郎だ』


 ゼルパァールの意見はほとんど正解だろう。

 HARAコーポレーションの社員が最初からここにいる以上、きっと〈ゲーム〉開始からほとんど動いていないはずだ。

 ずっと獲物を待ち続けていたはず。

 だいたいもっと穿って考えてみると、藤山の〈プレイヤー〉は最初からこの会社の社員を〈キャラクター〉にすることを狙っていたのではないだろうか。

 僕が最初に抱いた違和感。

 つまり、こんな会社にゾンビから逃れるための装置や食糧庫がふんだんにあるのはおかしいという発想はある意味では間違っていたのだ。

 この会社の準備は〈ゲーム〉とはまるっきり関係のないところでされていたものであり、それに〈プレイヤー〉がのっかっただけなのではないか。

 そして、どうにかして藤山というHARAコーポレーションの社員を〈キャラクター〉にした〈プレイヤー〉は、安全な場所から他の競争相手を駆逐するための作戦を開始する。

 同じ会社の社員を家臣として、自分は〈パークサイト〉を外して〈キャラクター〉でないふりをしながら獲物を待ち続けたのだ。

 アリジゴクのように。


「君は松下みゆき以外に何人の〈キャラクター〉を倒したのかね?」

「二人です」


 取り巻き達がどよめく。

 つまり僕は三人倒していることになるからだ。


「さすがだね。だが、私だって始まってすぐに一人を倒しているから、ここで君を殺せばあと一人でフィールド・クリアーということになるんだよ」

「あと一人?」

「ん、知らなかったのかね。あらあら、いらない情報を提供してしまったぞ。ここで死ぬ君に教えるのはちょっと酷な話だというのに」


 僕が黙っていると、


「実はこのフィールドに配置された〈プレイヤー〉の数は七人なんだよ。これは確かな数値でね―――ザックアが―――私の〈プレイヤー〉なんだが―――があるルートで仕入れてきた確定情報なのさ」

「初耳です」

「そりゃあ、そうさ。ザックアは〈運営〉にちょっとしたコネがあるらしくて、いくつか情報を流してもらえるらしい。やっぱりコネは大事だよ。君も平和になったら、コネを使って就職したまえ。いや、その時にはもう死んでしまっているか!」


 面白いギャグだと思ったのか、取り巻きどもが爆笑する。

 全然面白さがわかんないんですけどね!

 だが、おかげで助かった。

 つまり、もしここで僕がおまえを倒せば、僕がこのフィールドのトップにたつということだ。

 ナナンの扱いがどうなるかはわからないけれど、間違いなく朗報と言えた。

 あの大学生。

 三郎。

 松下みゆき。

 藤山。

 藤山が殺したやつ。

 ナナン。

 そして、僕。

 七人の〈キャラクター〉で行われた生き残りゲームはついにここが正念場となった訳だ。


 ただ、問題は……一つ。



 僕には逆転の目がまったくないということ、である。


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