『おい待てよ、てめえ。何を気色悪いこと言ってんだ? この惑星って、同族食いって肯定されてんのか?』
「この日本だけでなく地球全体で禁止だよ。まあ、一部の地域ではつい最近までやっていたかもしれないけれど。人間に文化というものが始まってからは、どんどん廃れていった野蛮な風習だし」
『じゃあ、なんであいつらが―――同種族の死体食らいだってわかんだよ』
「……あのゴミ袋の中に箸と料理した後が混ざっていたから」
『それだけか?』
「ううん」
僕は少し前に聞いた怖い話を思い出した。
日本中を旅しながら、大きな車に乗りながら人を殺して回っている家族がいて、通称『人肉レストラン』なるものがあるという話を。
その話を聞いたのは文芸部の合宿という名の旅行のときだったはず。
夜になってみんなで怖い話をしようということになって、僕と数人と……薙原が披露した中の一つだった。
いや、あれは確か、薙原が持ってきた話だったかな?
筋だけを聞くと、古いスプラッター映画の設定をパクってきただけの内容だったので、僕たちはわりと茶化しながら聞いた覚えがある。
とはいえ、あいつは説明がうまいので最後まで聞いてしまったかな。
その時の詳細までは覚えていないが、キャンピングカーと人肉を喰らう集団ときて連想したのはまさにそれだった。
多少、想像力の飛躍はあるかもしれないが、僕の見た光景から推理するとこういう結果になる。
『……おいおい、おまえの国って治安とかはものすごくいいってことだろ? そんな連中がうろちょろしていたらすぐ御用じゃねえのかよ? いくらなんでもありえねえんじゃねえのか』
「そうでもないさ。都市部には近寄らないで、田舎道ばかりを使えば警察には遭遇しないし、証拠だって残さないようにすれば問題はなくなる。今みたいに警察が麻痺している状況なら、好き放題にやれるしね」
『だが、そんな連中が……こんな傍にいるってのは現実味がねえんじゃねえか』
「そういう連中だからこそ、君らの〈キャラクター〉に選ばれるような人間がいたっておかしくないわけだろ」
何が現実味だ。
おまえたちの〈ゲーム〉のせいでこの地球からはまともな現実はぶっ飛んでしまっているのに。
僕という人間は普通の高校生だった。
でも、それはゼルパァールのリクエストに近いタイプだったというだけのこと。
もし別の〈プレイヤー〉の中に、「殺人鬼みたいなのがいい」って変態がいたとしたら、ああいうのが〈キャラクター〉に選ばれるかもれしない。
いや、むしろハック&スラッシュで、現地のNPC的モブやらゾンビやら相手に殺戮劇を繰り広げたいというキチならば、絶対に選択するかもしれない。
ゼルパァールはクリアを優先する〈プレイヤー〉だが、こいつの言う通りにセックスやりたい放題がしたいスケベもいるだろうし、ゲームでしかできない悪事に手を染めたがるバカがいるかもしれない。
むしろ、〈ゲーム〉にかこつけて自分の欲望を満たしたいやつが大量にいたっておかしくない。
それに〈プレイヤー〉は〈キャラクター〉を基本的には操れないのだから、〈キャラクター〉が暴走を始めたら止められないという背景もある。
「……やっぱり近づかない方がいいか」
『待てよ。やっぱり俺としてはてめえが動くべきだと思うぜ』
「どうしてさ」
ゼルパァールはいきなりやる気になっていた。
さっき散々同族殺しかもしれない相手を気味悪がっていたのに。
『よく考えれば、さっきのキャンピングカーがうまくゾンビを避けまくっていたのは、〈パークサイト〉のおかげかもしれないぜ』
「〈パークサイト〉ってどんな?」
『ゾンビの接近に気がつく、〈レーダー〉ってのがあるはずだ。距離はわからねえが、前後左右のどっちに何匹いるかは把握できるっつうすぐれもんだ』
「……確かに良さそうだけど、じゃあどうしてゼルパァールは僕につけなかったのさ」
『そりゃあ、てめえ、欠点もあるからに決まってんだろ。―――〈レーダー〉はな、動いているゾンビしか捉えられないだよ』
なるほど。
止まっているゾンビはわからないのか。
というと、この〈ゲーム〉のゾンビのように人間の臭いを嗅ぎつけて寄って来て、人間が潜んでいそうな場所の前でじっと立ち尽くしている連中相手にはやや使い勝手が悪いかもしれない。
ただし、自分も動いていてゾンビを引きつけている場合には比較的便利なのだろう。
「要するに、あのキャンピングカーの連中は常に車で移動することになっているから、寄ってくるゾンビ対策をしたほうがいいということかな?」
『だろうな。最初から仲間がいるんだったら、そうした方が逃げるにも戦うにも都合がいい』
あのキャンピングカーにいた〈キャラクター〉は、僕みたいに〈第六感〉をつけるより、仲間をゾンビから助けるために〈レーダー〉をつけるのを優先したのか。
仲間想いなのかもしれない。
―――人殺しの共食い野郎だけど。
『〈レーダー〉は欲しいな。スロットは埋まってるが、獲れるものなら手にいれてえ』
「欲しがるのは勝手だけど、僕はやらないよ。……ただでさえ、人殺しは嫌だってのに、あんな殺人鬼もどきの可能性のある連中の相手なんてしてらんないよ」
『ちょっ、マテよ!』
僕は当初の予定通りに西が丘の倉庫街目掛けて歩き出した。
あのあたりはマンションとかが多くて、屋根を伝わって動くという真似が難しいから集中しないとならない。
あんな気色悪い連中のことはさっさと忘れるに限る。
◇◆◇
ところがそうは問屋が卸さなかった。
『……縁があるようだぜ』
「縁なんて概念、よく知っているね」
西が丘へと続く広くて見渡しのいい幹線道路を歩いていると、一軒だけ途中にあるファミリーレストランの脇に、あのキャンピングカーが停車しているのが見えた。
従業員出入り口のあたりに、後部座席のドアがぴったりとくっついている。
中の連中がファミレスに入っているのだろう。
ゾンビは見当たらない。
つまり、あそこに立て籠もっている生きている人間はいないということだ。
生きている人間の臭いにつられて奴らがやってくるのは、距離にもよるが、だいたい半日ぐらいは見ておいたほうがいいというのはわかっている。
つまり、キャンピングカーの連中以外はいないということだった。
しかし、さっさと僕たちの街から出ていかずに、こんなところに居座っているとは……。
『この街は狭い住宅が密集してもいるが、意外と広い道路も多いからな。あのでけえ車を動かしやすいんだろ。ここにしばらく居座る気じゃねえか』
「だろうね。―――岡山ナンバーだったから、ここに元々住んでいたという訳でもなさそうだし」
『あと、このフィールド内で〈プレイヤー〉が勝利しないと他のフィールドには移れないという仕様のせいではあるだろうよ』
「同じ〈キャラクター〉である僕を始末しないと、ここから移動するのもできないということかな。日本全国を旅しているのなら、じっと一か所に留まっているのは大変なんだろうね」
要するに、あの連中は僕のいるこの街からしばらくは出ていってくれないということか。
ただでさえゾンビが蔓延っていて危険極まるのに、あんな連中まで徘徊するようではおちおち眠ってもいられない。
となると、もう仕方ないのかな。
僕は暴力団の自宅で拾ったホルスターの中からマカロフを抜いた。
『おお、やる気になったのかよ』
「まだそうと決めた訳じゃない。多少、無理してでも様子を探っておいたほうがいいと思っただけさ」
『まあ、好きにしろや。てめえは〈キャラクター〉だからな』
「ふん」
僕はこの期に及んで殺意を持つことに、良心の呵責を覚えるということはなかった。
コンビニであの大学生を殺した時からか、いや、それよりももっと前、〈キャラクター〉に選ばれた時、もしくは……その直前。
真純さんを手に掛けた、あのとき。
その時点で僕はもう人間というよりは、見るものの望む英雄的な行動を自在にできるゲームの登場人物に成り果ててしまっていたのだろう。
だから、街にやってきた人食いの殺人鬼たちかもしれない連中と戦うことなんて、ほとんど緊張さえも感じなかった。
ゾンビを見つけ次第始末するように―――敵のなるかもしれない人間を殺すだけなんだから。
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