インベーダーにゾンビ・ゲームの舞台にされた地球で僕はクリアのために戦う

第一部〈フィールド〉編
陸 理明
陸 理明

アジト

公開日時: 2020年11月1日(日) 12:00
文字数:3,205


 

 レジの奥に転がっていたバッグを見ると、値札の付いた工作器具のようなものが詰まっていた。

 おそらく、僕が手に掛けた彼のものなのだろう。

 異変が起きてすぐにホームセンターに駆け込んで集めた必要だと思われるものばかり。

 きっと僕にとっても役に立つだろうと、そのまま持っていくことにした。


「よいしょっと」


 持ち上げてみると、バッグの側面のポケットに奇妙な膨らみがあった。

 開いてみると財布が入っていた。

 わずかなお金と―――免許証と学生証。

 一緒に入っていた何葉かの写真を見る限り、すぐそこの近所にある大学のサッカー部の学生だったようだ。

 仲間との写ったものを大事にしていたのだろう。

 そして、彼女との写真。

 幸せそうな笑顔だった。

 僕は彼の痛みに苦しむ顔と恐怖にひきつった顔しかしらないのに。

 とても胸が苦しい。

 ついさっきまで生きていた彼もただの人間だったのだ。

 普通に生きて、普通に死んでしまう、ただの定命の人間たちの一員。

 それが、こんな目にあって僕なんかの手にかかって死んでしまうことになるなんて……。

 やりきれないだろうな。


「でも、仕方ないか」


 僕はバッグをもって、コンビニをざっと回った上で必要だと感じたものを詰め込むと、そっと表に出た。

 ゾンビたちはどこにもいない。

 急いで電柱まで向かうと、いつものように〈クライミング〉を使って屋根まで上った。


「センパイ」


 膝を抱えて僕を待っていた薙原が顔を上げる。

 目元が赤い。

 泣いていたのかな。


「お待たせ。待った?」

「待ちましたよ! 一時間ぐらい出てこないし、ピストルみたいな音もしたし!」

「ごめんね、ゾンビが一匹いたんでね」


 僕は嘘をついた。

 間違っても心細い思いをしていた後輩に、「人を殺してきた」なんて言えるわけがないから。


「……でも、センパイが無事でよかったです」

「そうだね」


 僕は自分のボストンバッグとサッカー部の彼のものを持ち上げると、薙原を促がした。

 早く行こう、と。

 もう陽が暮れる。

 どこかに安全な宿を見つけないと。


「何処に行くんですか?」

「適当に夜を過ごせるところ」

「……チャンスはあげませんよ」

「いらないから」


 初めて気がついたが、薙原は僕を男として認識しているらしい。

 部活ではそういう態度を見せたことはないのに。

 なるほど、極限状態に陥って僕の頼りになるところを見たので意識してしまったということか。


「僕、彼女いるし」


 こっちは嘘。

 もう真純さんは三日も前に死んじゃっているから。


「え、そうなんですか?」


 なんか非常に吃驚している。

 そうですか、僕なんかに彼女がいたりしたらおかしいですか。


「……そうですね。だって、センパイ、いつもボケっとしていて抜け作だから。一生童貞のまま三十歳で魔法使いになるもんだとみんなで賭けていました」

「なんて酷いディスられ方だ! しかも、みんなで!」


 むしろそっちの方がショックだよ。


「でも、ホント、どんなもの好きな人なんですか? 二次キャラとかじゃないんですか? でも、センパイは漫画とかアニメ観ないから……アイドルですか! アイドルは現実ですけど、センパイなんかじゃ釣り合いませんよ!」

「うん、君はちょっと黙りなさい」


 これ以上傷つけられると立ち直れなくなる。

 とりあえず、さっさと動きだそう。

 僕は薙原の手を引いて歩き出した。

 とはいえ、屋根の上を飛び回るのは〈ライトウェイト〉持ちの僕ならばともかく、薙原にはかなり難しいんだよな。

 ゾンビに気をつけつつ道路を行くしかないか。


「……じゃあ、センパイ、あたしの隠れていたところに行きましょう」

「そういえば、ナギスケはどこに隠れていたの? 三日間も」

「結構、穴場があるんですよ」

「安全なのかい? ゾンビに対しても?」

「ええ。じっとしていれば。お水もたくさんありますし」

「水があるのか……」


 僕みたいな〈ゲーム〉の〈キャラクター〉でない女の子が三日間を無事にやり過ごせたというのなら、身を隠すには意外といい場所かもしれない。


「じゃあ、どうしてそこを出たの? 水はあるんでしょ」

「食べる物がなかったから。あと、一人は寂しくて」

「ゾンビがうろついていることはどうして知ったの?」

「最初の頃はまだスマホが使えたから、そこで。結構、早い段階でインターネットでは警告が流れていたんです。一日ぐらいで電気が届かなくなってもう使えなくなっちゃったけど」

「そっか」


 ゼルパァールの話では世界中に同時多発でゾンビが発生しているはずだ。

 十人に一人がランダムに。

 軍事的・政治的に重要な地点もほとんど全滅するだろうから、そこから人類が盛り返すということは奇跡でも起きない限り不可能だろう。

 インターネットで情報を集められる時間もあまり多くなかったはずだ。


「それで落ち着いたころに誰かに助けてもらおうと道にでたら、すぐに気持ち悪いやつらに見つかっちゃって……」

「ちょっと待って。なに、君が隠れていたのってすぐそばなの?」

「あれです」


 屋根の上から薙原が指差したのは、こじんまりとした倉庫のような小さな建物だった。

 分厚いシャッターが閉められていて、確かにここのゾンビの力では侵入できそうにない。

 ただ驚いたのは、その周りに停まっているトラックの山だった。

 色々な場所で見たことがある、自動販売機のジュースを詰めて代金を回収するためのトラックだった。

 普通に日常を送っているとほとんど意識しない、自動販売機のオペレーターの会社の倉庫のようだった。


「なるほど」


 僕は膝を叩きたい気分になった。

 中身はわからないけど、あそこならば一定のジュースや水を確保しているはず。

 駐車場も含めれば二十台近くが停車しているし、それだけを賄える分が保管してあるに違いない。

 しかも、なんだかんだいっても倉庫なのでしっかりとした造りだろうし。

 居住性はともかくこういう騒ぎになったときにはいい隠れ家かもしれない。


「よく気がついたね」


 普通ならばあんな施設は気にも留めないだろう。

 水があると確信しての行動なのか?


「お兄ちゃんがあそこでバイトしていたから……」


 薙原の表情が曇ったので、僕は目を逸らした。

 説明されなくてもわかるよ。

 世界がこんな有様だというのなら、あの倉庫でバイトをしていたというお兄さんがどうなったのかおのずと知れるというものだ。

 再会した時から、この後輩が無理をしていることはわかっていた。

 僕らのように感情を去勢されている人間とは違って、この子たちは実際にあのゾンビどもの襲撃に晒されて、想像もできない恐怖を味わって来たに違いない。

 いつも通りに振る舞うなんてきっと無理なのだろう。


「……よし、とりあえずあそこに逃げ込もう。食べるものはもらってきているからね」

「そうですね。あたしも疲れちゃいました。あと、食べ物ってなんですか?」

「缶詰とか」

「おおお、缶詰ですかあ!」

「どうしてそんなに喜ぶのさ」

「だって、あそこには食べ物ってカロリーバーとエネルギーメイトしかなかったんですよお、水はたくさんあるけど……」

「それはそうだよ。自動販売機のオペレーターなんだから、食べ物はあってそんなものだろうしね。でも、今の状況だと水が手に入るのってものすごく重要なんだ」

「……そういえば水道は止まってました」


 そう水分はとても大切だ。

 こういう世界においては。

 だから、逆にいえばあの倉庫はかなりいい隠れ家なのかもしれない。


「とりあえず行こうか。走ればいけるね」

「はーい」

「入口はどこ?」

「右の……あのトラックの裏に出入り口があります。重しにブロックを置いてきたので、ゾンビは入っていないと思いますし」

「じゃあ、まず僕が先に行って様子を見るから、合図したら降りてきて。それじゃあ」


 僕が電柱を伝わって降りようとしたとき、


「センパイ、ありがとうございます」

「何が」

「助けてくれて」

「ついでだから、気にしないで」


 お礼を言われるのは結構いいことだね。


 ……しかし、さっきからゼルパァールが全然口を利かないなあ。

 お喋りな奴にしては珍しいことがあるものだ。



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