「もしもし、どうぞ」
『もしもし、こちら藤山。塁場くんかい? どうぞ』
不安定な場所で風を受けながら、僕は何度目かの交信を藤山とする。
こっちは周囲を警戒しながらなので、やや話をしづらい。
「えっと、要塞ビルの傍にまで来ました」
『要塞ビル? ああ、HARAビルのことかい。まあ、確かに知らない人からすると要塞に見えなくはないか。……方角を教えてくれ』
「北側ですね。駅の前のロータリーをまっすぐ甲州街道方面に行って、いなげやのあるあたりです」
『了解。だいたいわかった。周りにゾンビはいるか?』
「二から三体ってところです。こっちのトラックがのろのろなのであまり注意をひいていないようです」
『そのまま、うちのビルの前にまで来てくれ。通用門は開いている。うちのビルは搬入口というものはないので、打ち合わせ通りに直接玄関に横付けしてくれ』
「わかりました」
『こちらでも君たちを捕捉できたら、人をやってすぐに玄関のシャッターを下ろす。いいかい、チャンスはそうないから急いで慎重にやってくれ』
「はい」
藤山からの通話を切ると、僕はもう一つの携帯で薙原を呼び出した。
「ナギスケ、様子はどう?」
『特にないです。ナナンの運転も問題なし』
「わかった。周囲には警戒して。打ち合わせは完全に頭に入っているね」
「はい、センパイ」
僕は自動販売機オペーレート用の3tトラックの上部に伏せた。
こういうトラックの上は、ゴミ箱の中の空き缶を回収したりするときのために、自在に動けるスペースになっている。
僕はいざという時に備えて、バットやら尖った竿やらをたんまりと上に乗せておいて、ゾンビの襲来に備えていた。
移動に使うトラックの運転はナナン。
さすが〈キャラクター〉だけあって、そつのないドライビングテクニックだ。
トラックの中にはギリギリまで水の入ったペットボトルなどが詰められているので、はっきりいって重すぎて扱いが難しいのだが、それをほぼ自在に操っている。
本来ならば、僕が運転するのが筋なんだけど、万が一のことを考えると、ナナンに任せた方がいいという判断だった。
運転席に三人も乗るのは狭かったというのもある。
ちなみにゾンビが襲ってきたときのために、要所には有刺鉄線を巻いたりして、それなりの備えはしてあった。
作戦についても藤山と何度も話し合った。
あちらとしても僕たちを仲間にするために、危ない橋を渡るのだから当然といえば当然。
その代わりに、僕らからは水と補充品を提供するという取り引きなのである。
……作戦の概要は簡単だった。
僕らと物資を乗せたトラックを、要塞ビルの通用門から侵入させ、玄関に横付けさせる。
同時に藤山の仲間が玄関の扉を内部から開く。
とりあえずそのまま僕らはビルに入り、ゾンビがいなくなったら頃合いを見計らってトラックから物資を回収するというものだ。
藤山からの報告では、ビルの周りにいるゾンビの数はそう多くはない。
奴らの習性は、まず人の糞尿等の臭いを嗅ぎつけるか、生活音を聞きつけて、その傍を徘徊し、そのまま動くものを見つけて襲い掛かるというものである。
要塞ビルというのはその点、臭いや音が漏れないぐらいにがっちりとした構造になっていて、しかも自家発電による光も外部にはわからないように密閉されているらしい。
そのせいもあって、内部に十人ほどの人数が隠れていても、ゾンビどもは気がつかないで傍には寄ってこないということだ。
だから、隠れ家としては申し分ないっぽいね。
「……むしろ、完璧すぎて胡散臭いレベルだけど」
アメリカならばともかくこの日本にそんなシェルターみたいなものを備えた、しかも商社のビルがあるだろうか。
そこがどうにも怪しい。
アメリカには核戦争が起きた時に備えて、こういうシェルターめいたものを用意する信心深い連中がいたりするけど、日本でそんなことをする奴はいないと思う。
1999年が過ぎた時に、ノストラダムスは死んだのだから。
「でもまあ、何もしないでいるよりはマシかな」
少なくとも薙原の引受先を探していた僕としては渡りに船なんだし。
ブルブルブル
スマホが震えた。
薙原からの着信だ。
「どうしたの?」
『ナナンが後ろからゾンビが追ってくるって言ってます』
慌てて振り向くと、僕らのトラックに追いつくかのように一台の自動車が走ってくる。
ミニのクーパーだ。
人が運転してるのか?
もしかして、藤山たちの仲間が迎えに来ただろうか。
いや、そんなことはしないだろう。
いらない危険だし、藤山の態度からするとあいつらは安全なビルからは一歩も外に出る気はなさそうだった。
では、普通に僕らと同じ生き残りだろうか。
でも、どうして今というタイミングで?
用意しておいた双眼鏡を覗き込む。
助手席にも一人、どうやら後部座席にも一人乗っているようなので、計三人。
さらに奥を見ると、ゾンビが数体追ってきている。
しかも、横の道からもわらわらと顔を出しながら群がってくる。
「ちっ」
舌打ちをした。
飛ばし過ぎてゾンビたちの注意を引きすぎている。
単純なスピードでは車の方が上だとしても、もし事故でも起こしたりしたら、すぐに囲まれるぞ。
しかも僕たちを巻き添えにして。
そして、案の定、僕らのトラックもゾンビどもに認知されたらしく、ノロノロ走っていた僕らの方にもよってくる。
「ナギスケ、ナナンに飛ばすように言って!」
『はい!』
どうしようもない。
目的地まであと少しだから、ここは一気に到着するようにしよう。
道順は地元だからよくわかっている。
次の信号を右折して、ほぼ直進で要塞ビルの真ん前に出る。
あのクーパーがどうなるかはわからないが、あの無茶な速度ではすぐに自爆するだろう。
巻き込まれたくない。
3tトラックの脇をクーパーが物凄い勢いですり抜けていく。
しまった。
このままではあいつらが呼び寄せたゾンビのすべてがこっちに向いてくる。
最悪なことをしてくれる。
僕はあのクーパーの中の三人を呪った。
だが、実のところ、僕らが被った面倒事はそれだけでは済まなかった。
トラックを追い抜いたクーパーがなんと右折したのだ。
普通ならば、この通りをまっすぐにいくものは、少し先の甲州街道まで抜けるものだ。
わざわざ右折することはない。
右折したって、そっち方面にはたいしたものいなのだから。
僕らの目的地である、要塞ビルぐらいしか。
「マジか!!?」
つまり、あのクーパーの行き先は僕らと同じということか?
そんなことは藤山も伊野波もいってはいなかった。
同じ日に生き残った人間同士が示し合わせたように同じ場所に向かうなんて偶然がありうるものなのか。
はっきりいってありえない確率だ。
何か裏があるとしか思えない。
だが、僕たちはもう行動を起こしてしまっている。
今のところは変更ができるものではない。
「ナナン、今の車の後を追え!」
『だって!!』
トラックが右折する。
ボディに張り付こうとして迫って来ていたゾンビが轢かれて吹き飛んだ。
やばいぞ。
意外と接近されてしまっている。
上から見渡すと、このあたり一帯に蠢いていた群れが音を聞きつけて迫ってくるのがわかる。
倉庫の傍にいた連中よりも焦げ跡の多い連中ばかりだ。
〈ゲーム〉開始時に駅前の集中的な火災で燃えたのだろう。
それでも死にきれないなんて、因業な話だね。
僕はトラックの後ろに近づいてきたゾンビ目掛けてブロックを投げつけて遅れさせる。
予定は狂ったけれど、まだ間に合う。
速くビルの玄関前に行かなければ。
その瞬間、耳に派手な音が轟いた。
振り向くと、要塞ビルの通用門の門柱にクーパーが激突して、横転しているところだった。
前輪の上のライトの基部が削り取られ、そのショックで回転したのだろう。
あの速度だ。
テクニックがなければ避けられなかったのかもしれない。
ただ、すぐにドアが開き、よたよたと人が脱出しはじめた。
遠目でもわかる。
全員が華奢で小さかった。
三人とも若い女性のようだった。
そして、僕たちに向けて手を振った。
「助けてちょうだい」
と。
僕らの計画を無駄にしかけておいて、まったくなんて言い草なんだか。
「……ナギスケ、計画通りに動いて君たちはビルに入って」
『センパイは?』
「時間稼ぎをするよ」
僕はバットを抱えたまま、トラックから飛び降りた。
ゾンビどもの前に立ち塞ぐことができるように。
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