要塞ビルには、三つのグループが存在することになった。
一つは、もともとこのビルにいた藤山をリーダーとするグループ。
次に、クーパーに乗ってここまでやってきた女子大生三人組。
そして、僕たち三人。
合計で十五人である。
「ようこそ、HARAビルへ。私がここでの暫定的な仕切り役を任せてもらっている藤山だ。どうぞよろしく」
藤山は丸い顔をした、ちょい悪オヤジっぽいアゴヒゲの男だった。
三十代半ばといったところだ。
電話での印象よりも大人な感じがする。
「ここにいるのは、あとから助けを求めにきた数人を除けば、この大災害が起きた時に、たまたまこのビルにいたHARAコーポレーションの社員がほとんどでね。その中で私が課長という役職であったから、暫定的ということなのさ」
「年功序列なら、土田さんの方が上だけどな」
「おれはそういうのは断るよ。ゾンビ相手に何をしたらいいかなんて、年寄りにはわからん」
「おじいちゃんは心配性だぜ。―――俺は川口な。もとここの社員。営業だった。で、あっちのガードマンの格好が土田のじいさん」
次に名乗ったのは、チャラい茶髪の男性だった。
この状況でもサラサラとした髪の毛が妙に気になる。
「おれはここのガードマンだからこの制服でいいんだよ。よろしくなお嬢さんたち」
「あとは、順番に自己紹介してくれ。覚えられなければそれでいい。じっくり記憶してくれ」
藤山の指示にしたがって、藤山グループが挨拶を始めた。
だが、ある中年女性のところで詰まった。
彼女は涙ぐんでいた。
その対象はきっとさっき亡くなった水沼だろう。
僕が介錯したときにも水沼の名前を呼んでいた。
「……この人たちが来なければ水沼さんは死ななかった。この人たちのせいで……」
当たり前の反応だ。
彼は僕たちがここに押しかけなければ死ぬことはなかっただろう。
少なくともシャッターを開けずに済んだのだから。
正確に言えば、僕たちというよりも女子大生三人組のせいなんだけど、ここに逃げるように言ったのは僕だし、同罪ではある。
「そうだ、水沼の死の原因を作った奴とすぐに仲間になれだって? 冗談じゃない!」
女性の涙に同調したものがいる。
おかげで藤山グループは二つに割れそうな塩梅だ。
これをどうまとめるかでリーダーの資質がわかるから、僕としては興味深い。
「ちょっマテよ。水沼のおっさんが亡くなったのは確かに痛手だけど、脂ぎったおっさん一人で四人のピチピチした女の子と女子小学生が助かったんだぜ? 差し引きで考えたらチョーお得じゃん」
「なんだと、てめえ! 川口!」
僕は無視ですか。
そうですか。
「だいたいさあ、水沼のおっさんも仙台さんも小野寺さんも、うちの社員じゃねえじゃん。伊野波のガキんちょと一緒に俺が助けてやったから無事だったんだぜ? それが俺らのリーダーの藤山さんの決定に何文句つけてんの? あんたらが喰っているものって、もともと俺らの食料のおすそ分けなんだぜ?」
「それは……」
「運が悪かったってだけじゃねえか。いちいち、絡むんじゃねえって。どうせあんたらだって、あの時に散々色々と見捨ててきたんだろ? 自分らのことを棚に上げんなって」
川口の意見はわりと正論だ。
口の悪さはゼルパァールっぽいが、話の内容自体はもっともな内容である。
さりげなく、文句をつけた女性―――仙台と、男―――こっちは小野寺か―――の弱みをつき、上下関係をだしている。
つまり、ここではもとHARAコーポレーション社員の方が立場は上だということだ。
明らかに10は年下の川口が、偉そうに喋っている。
藤山の腰ぎんちゃくポジションということかもしれない。
つまり、川口の暴言は藤山の意向という可能性が高い。
ならば、藤山グループは社員と非社員という括りで分けられるな。
前者は6人、後者は4人(今は3人だけど)。
「で、でも、あの子は危ないでしょ!! 拳銃なんかを持っているのよ、それで水沼さんを殺したのよ!!」
空気を読んで自分が不利になったのを悟ったらしい中年女性・仙台が僕をやり玉にし始めた。
彼女の指摘はごもっともだ。
ゾンビ以前の社会なら御禁制の拳銃を使ってゾンビを斃し、なおかつ変貌しかけた水沼の頭を撃ち抜いたのだから。
おかげでさっきから僕の傍には薙原とナナンしか近づいてこない。
二人に話しかけるものはいても、僕はずっと遠巻きに見られている。
『うわ、ぼっちだよ、こいつ。嫌だねえ、根暗な奴って』
頭の中でクソみたいな揶揄いの言葉を張っているゼルパァールがうざすぎて仕方がない。
「そ、その銃をどこで手に入れたのよ! 人殺し!」
「ちょっとおばさん、酷くない!? センパイになにを言うのさ!」
薙原が噛みついた。
さすがに人殺しというのは暴言だ。
僕がまともだったら相当のショックを受けただろう。
とはいえ、僕はとうの昔に例の食人家族を皆殺しにしているし、ゾンビだって覚えていないほど手に掛けている。
今更だね。
薙原の義憤は嬉しいけど。
「お兄さんに酷い事いわないでください!」
ナナンも参加した。
彼女は僕の従妹ということになっているし、同じ〈キャラクター〉として本当の兄妹のように思っていてくれるらしいので、これも嬉しい。
「でも、普通の人は拳銃なんて……!!」
「いまがどういう世界なんだかわかっているの! どんな人だって自衛のために武器を持たなきゃならないんだよ! 平和だったころの理屈なんか持ちださないで!」
オバサンは薙原の勢いに飲まれた。
さっきの自己紹介からすると、彼女たちは相当初期の段階でこのビルに逃げ込んで難を逃れたようだ。
僕たちのようにゾンビの真っただ中を逃げ回ったわけではない。
まだ今一つ世界の混乱を呑み込めていないのだろう。
だから、まだ前の世界の常識を語れるのだ。
もっとも、僕にいたっては彼女の常識のさらに外側にいる存在なんだけどね。
「……これは僕が逃げ回っていたときに、暴力団員の人が持っていたものです。使ったことはないけれど、生き残るためにやむなく手にしました」
ぶっちゃけ嘘だけど別に本当のことを教える必要はないし。
「それに、水沼さん……でしたっけ? あの人はもうゾンビになりけていました。僕らはあれ以来何度も人がゾンビに噛まれて、怪物になるシーンを見てきました。そして、一度でもゾンビになってしまったら、ここにいる人たちには想像もできないほど暴れ出します。その前に止めるのが一番なんです。だから、僕は……」
ここで泣ければいい演出なんだけど、人を撃った程度で涙を流すことはもうできなかった。
沈鬱な面持ちで下を見るのが精いっぱい。
腹の中で舌を出している訳じゃないので勘弁してほしい。
「……もうよしたまえ。彼は私たちができそうもなかった人助けをやってくれただけだよ。それに、新しくここにきた、みんなは私たち以上の苦労をしてきたに違いない。地獄を生き延びてきた人に安全な場所にいた私たちがとやかくいうのは筋違いだ」
藤山が口を出してきた。
ようやくというか、機会をうかがっていたというか。
自分がうまく話をまとめられるタイミングを計っていたのだろう。
なるほど、こういう手口でリーダーシップを発揮するのか。
「……すいません」
僕は藤山に頭を下げた。
別に感謝のつもりはない。
だって藤山は僕を利用して自分の人格を高く見せているだけなのだから。
でも、僕としてはここで下手に出て、藤山に利する選択をするのがベターだと判断した。
薙原とナナンの立場もあるしね。
「いいさ、気にしないでくれ。今日から君たちは私たちの仲間なのだから」
笑顔で話しを締めくくる藤山。
これで彼は水沼を失った責任についても問われなくなるだろう。
まあ、僕の方はちょっと恨みを買った可能性はあるけど。
「さあ、自己紹介の続きをしようか」
さて、15人のかりそめの仲間の数日間はどうなることやら。
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