マカロフ―――というか拳銃弾では絶対に届きそうもない距離だったけど、威嚇のために一発親子に向けてぶっ放す。
銃声を聞いて、大男と二郎がびくりと反応した。
いきりたっていた頭に氷柱が刺さったように。
僕が銃を持っているという事実を認識したのだ。
一郎だか三郎だか、どちらかよくわからないものの死体を見たって、撃たれたかどうかはわからなかったのかもしれないが、これで一目瞭然のはず。
「パパ、あいつ、銃を持ってやがる!」
「あれで息子を殺ったのか!」
「そうだよ、あの人殺しめ!」
今日のおまゆう大賞だね。
「あんたらに言われたくないなあ」
とはいえ、こちらも手詰まりだ。
猟銃をもったものと暴力的なものの男二人、男以上にガタイのいい女一人、計三対一では彼我戦力差は歴然としている。
僕の〈パークサイト〉は移動には便利だけど戦い向きじゃないし……。
「ねえ、ゼルパァール。妙案は?」
『ないな。なんとかして、ここからずらかれ』
「……使えない」
『聞こえてんぞ。まあ、いい。〈キャラクター〉を一人始末できたのは御の字だ。始めたのは三日遅れだが、二日連続で他の〈プレイヤー〉の〈キャラクター〉を消せれば、そうとうなもんだ。遅れは十分に取り戻せている』
「珍しい。もっと無理を言うもんだと思っていた」
『引き際ってのはあるだろうが』
「ここにもおまゆう大賞がいたよ」
とにかく僕の〈プレイヤー〉は役に立たないのが判明したので、窓から様子をみつつ、後ろへと撤退する。
従業員口から逃げるのが一番だろう。
レジのところへきたあたりで、その裏にある店長室の戸が開いていた。
更衣室の隣にあるということは、さっき連中が揉めていたところだ。
「あっ」
大事なことを忘れていた。
僕は店長室に入ると、さっきの会話に出ていたトランクを探す。
あった。
確かに一人の子供を監禁できるサイズの頑丈そうなのが端に寄せてある。
鍵がかかっていたが、隣にキーもついていたので問題なく開けることはできた。
一郎達だとキーを無くしそうだから、わざわざ紐で結び付けておいたのだろう。
ガチャとトランクを開いた。
やはり予想通りだった。
そこには両手を革の手錠で縛られ、窮屈な体勢で横たわる私立小学校の制服姿の女の子がいた。
歳は十歳ぐらいか。
口には布での猿ぐつわが、さらに可哀想なことに首には犬のものらしい首輪がはめられている。
肩甲骨当たりまである黒髪が汚れのせいでべたついていて、不潔そうに見えるが、元々いいところのお嬢ちゃんらしく品のある顔をしていた。
突然、暗闇から明るいところに引っ張りだされたせいか、眼の焦点があっていなかったが、次第に回復していき、僕を見て目を丸くする。
「大丈夫?」
猿ぐつわを取ってあげると深い呼吸を繰り返す。
それから、咳き込みながら、
「あ、ありがとう……ございました」
と礼を言われた。
とりあえずあの一家の仲間とは思われていないようだ。
「僕は君を助けに来た。わかる?」
「はい。あの人たちとお兄さんがまったく違うことはわかります」
はっきりという子だな。
しかも丁寧だ。
敬語っぽいのも好印象だ。
しかも、本当に可愛い。
派手さのまったくない地味な見た目のように思えるが、この子ぐらいの年齢なら容姿が少々落ち着いている方が将来的には化けることが多い。
……化粧でも変わるけどね。
『……おい、てめえ。気を付けろ』
「なんでさ?」
『その餓鬼……〈キャラクター〉だぞ』
「えっ」
慌てて、手錠のあたりをさすっている幼女の左手を見ると、確かに蒼い刺青がついていた。
驚いた。
まさか、この子が……僕たちの探していた〈キャラクター〉なのか。
だったら、一郎はなんだったんだ。
〈パークサイト〉を使っていたじゃないか。
いや、途中からゼルパァールは〈キャラクター〉が二人いると言い出していた。
それならば筋は通る……のか?
ただ、今の問題はこの子だ。
話を聞かないと……。
「お兄さんは、〈キャラクター〉なんですか?」
「へっ」
先手を取られた。
狙いすましたかのようなタイミングで。
「わたしも一応、この〈ゲーム〉の〈キャラクター〉なんです。えっへん」
「ああ、ああ、うん。そうだよ。よくわかったね」
「はい。お兄さんの左手に〈パークサイト〉が見えましたから」
「そ、そうなの」
会話の主導権を握られてしまった。
しかも、この状況において年齢に似つかわしくない落ち着きよう。
「あ、もしかして君も〈去勢〉されて……」
「はい。正直なところ、あんまり怖くないんです。だから、お兄さんが助けに来てくれてただ嬉しいんです。怖さはあまり感じません」
「そっか……」
このぐらいの年頃にありそうな振る舞いでないのは、そういうことか。
でも、逆に助かったかもしれない。
泣き喚く小学生女児を連れて歩くのは随分と大変そうだし。
「君の〈プレイヤー〉は、なんていうの? 僕のはゼルパァール。もう超がつくほどの嫌な奴」
『おい』
「私の中にいるのはモエスタンさんです。お兄さんのゼルパァールさんみたいな嫌な人ではありません」
『おい』
「……でも、〈ゲーム〉が始まって、私にルールとかを教えてくれてすぐにどこかに言ってしまわれました」
変なことを言う。
どこかに行った?
〈プレイヤー〉が?
「それは……おかしいね」
『アカウントがBANされたんじゃねえか。それか、最初ちょこっとやっただけで〈ゲーム〉にあってねえと判断して止めちまったか』
「区別はつくの?」
『BANされたんなら、〈ゲーム〉機能そのものが動かないはずだ。そいつに、聞け』
僕は女の子に向き直り、
「君、名前は?」
「わたしは、卯之川ナナン、です」
「僕は塁場キョウ。よろしくね」
「はい、こちらこそ」
「で、君と同じ〈キャラクター〉なのは間違いないんだけど、僕の〈プレイヤー〉が色々と質問しているんだ。答えてもらえるかな」
「どうぞ、なんでもお答えします」
「ありがとう。―――君の〈プレイヤー〉はうんともすんとも言わないの?」
「はい」
「それでも、〈パークサイト〉は使える?」
「わたしの〈レーダー〉は普通にゾンビさんの位置がわかります。……あの人たちもわたしのレーダーを頼りにここまで来たぐらいです」
今、さらりと凄いことを言ったな。
この子が〈レーダー〉持ちなのか。
「君はあいつらの仲間なの?」
「いいえ、違います。わたしは八王子の出身なのですけど、そこで〈ゲーム〉に参加しようとしていたら誘拐されてしまって……」
「誘拐!」
「はい、あの人たちの中に〈キャラクター〉の方がおられまして、その方に見つかって、そのままです」
「さっき助けてって叫んでいたのはそのせいか……」
「はい、……あの人たちの不潔な食べ物を無理に食べさせられそうになって、さすがに抵抗させていただきました」
店長室の事務机の上を見ると、皿があってそれらしい残骸が乗っていた。
確かにあれは食べたくない。
下手すると人肉の可能性もあるし。
「君はあいつらがどういう連中か知っているの?」
「……おおよそは。トラウマになりそうなところですが、どういうわけか、もうあまり気になりません。きっと、これが〈去勢〉の効果なのでしょう」
ナナンは子供にしてはしっかりしているということもあるが、なかなかにタフな性格の持ち主のようだ。
どう見てもただの女子小学生だというのに。
もしかしたら、この子はかなり頼りになるかもしれない。
「じゃあ、〈パークサイト〉が使えるのなら、アカウント自体はそのままということか。〈プレイヤー〉が〈ゲーム〉をしなくなったというだけ……。やめようとか、つまんねえとか、言ってなかった?」
ナナンは首を振り、
「いいえ。それはそれは楽しそうにわたしとお喋りをしようとされていました。どうも、わたしのように年端もいかない幼女みたいな子が好みの変態さんだったみたいです。……お小水のときに眼を閉じてしなければならないのが大変で困りました。着替えの時とかも……」
「……ああ、それは災難だったね」
迷惑をかけるロリコンはどこでも困りものだね。
「でも……わたしの頭の中から離れるとき、誰かに呼ばれたみたいなことを言っていましたのでお仕事かもしれません」
「仕事ね。―――どう思う、ゼルパァール」
『わからねえが、その餓鬼をわざと選択したってんなら……もしかして……』
「何さ?」
『ちょっと聞いてみろってことがある』
そして、ゼルパァールがこの場を凌ぐ窮余の策を献上するのであった。
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