夢見る頃を過ぎても

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母達のセンス

公開日時: 2021年5月21日(金) 21:48
文字数:4,591

清香と一緒に、新郎側親族席に小笠原一家が着席してから、改めて会場内を見回しつつ席次表に視線を落とした勝が、半ば呆れた様に呟いた。


「しかし……、新婦側の出席者の顔触れは納得できるが、新郎側のそれも負けず劣らず凄いな。ざっと見ただけでも経済界の重鎮に、法曹界の人間や若手官僚に、文壇や芸能界で活躍中の面々ときている。一体どういう経緯で知り合ったんだか……」

「すみません……。私にも、お兄ちゃんの交友関係は謎なんです。と言うか、今回のこれで、謎が一層深まりました」

「そうだろうね」

 由紀子を挟んで清香とそんなやり取りをしてから、全員で幾つかの雑談をしているうちに披露宴開始時刻になったらしく、スタッフの手で静かに扉が閉じられた。そして反対側の前方隅に設置してある、細長い演台でスタンバイしていた男性が、マイクの電源を確認してから厳かに披露宴の開始を告げる。


「それでは、只今より佐竹家柏木家の結婚披露宴を開催致します。そちら中央の扉から新郎新婦が入場されますので、皆様拍手でお迎え下さい」

 その宣言と共に拍手が沸き起こり、落ち着いたBGMが奏でられる中、開いたドアの向こうで並び立つ白無垢に角隠し、紋付き羽織袴の二人が綺麗に一礼した。そしてゆっくりと前方中央の雛壇に向かって歩き出す。

 テーブル横を通り過ぎて行った主役二人を惚れ惚れと見送った清香は、思わず溜め息を吐いた。


「うわ~、やっぱり白無垢も素敵~」

「本当ね。披露宴では花嫁が主役だと相場が決まっているし、お色直しが楽しみだわ」

 微笑んで感想を述べた由紀子に、清香も満面の笑みで頷く。


「はい。この後色打掛になってから、ドレスが三着なんですけど、それ以外の着物やドレスも含めて試着した時の写真をみせて貰ったら、どれも素敵でした! 真澄さんは美人で上背もあるから、何を着ても似合います!」

「本当にそうね」

 そしてこれからどんな衣装になるのかを清香が熱く由紀子に語っている姿を、丸テーブルを囲んでいる勝と聡が微笑ましく見守っていると、出席者がほぼ到着した為、スタッフに引き継いで受付を引き上げてきた恭子が、目立たないようにやって来て同じテーブルに着いた。


「失礼します」

「恭子さん、お疲れ様です」

「ご苦労様です、川島さん」

「いえ、こちらこそお邪魔させて頂きます」

 自分に続いて由紀子まで恭子に笑顔で声をかけ、恭子もそれに応じて会釈したのを見て、清香は不思議に思って問いかけた。


「あれ? 恭子さんはおばさまと知り合いなの? そう言えば受付の時、おじさまも恭子さんの事を知っている感じだったけど」

 それを聞いた恭子が、幾分怪訝な表情を見せる。


「あら、先生から聞いていない? 実は私、三月から先生の指示で小笠原物産の営業部に勤務しているの。その勤務前、ちょっとした打ち合わせとご挨拶の為に、社長ご夫妻とお会いしてるのよ」

「え? そんな事、一言も聞いてないんだけど!?」

 本気で驚愕の声を上げた清香に対し、由紀子と勝が横から口を挟んでくる。


「そうだったの? 私達はてっきり清人か聡から聞いているとばかり」

「何と言っても、今は聡の同僚だしな」

「……同僚、って、え?」

 思わず振り返って聡の顔を見やると、なぜか相手が視線を逸らしており、清香の顔が引き攣った。そして恭子の悪気が無さそうな声が響く。


「先生ったら、引っ越しや今日の準備とかで慌ただしくて、清香ちゃんにこの事を話しそびれてしまったみたいね。小笠原さんや私は、先生や聡さんから聞いていると思い込んでいたし。清香ちゃんも先生の元を離れて、小笠原さんのお宅に下宿し始めたし、タイミングが悪かったのは確かでしょうけど」

「恭子さん……、ほ、本当に? 営業一課勤務?」

 恐る恐る清香が恭子に確認を入れたが、恭子はそれに直接答えず、聡の方に顔を向けながら、どこか楽しげに声をかけた。


「そうですよね? 角谷さん?」

「…………はい」

 わざとらしく聡が職場で使用している通称で呼びかけた恭子の問いかけに、聡は軽く項垂れつつそれを認める返事をした。その様子を見て、清香は内心で悲鳴を上げる。


(聡さん、何か顔色が悪い。職場で現在進行形で色々あるんじゃ……。今まで秘密にされてた事も含めて、絶対お兄ちゃんの裏の意図を感じるんだけど!?)

 そうは思ったものの、当事者の一人である恭子がいる席で問いただす事も出来ず、清香は新郎妹として、披露宴の終了まで笑顔を保つ事に集中する事にした。


 披露宴の予定開催時間は四時間強と、一般的なそれより長時間の設定がされていたが、変に間延びしたり退屈な祝辞のみがダラダラ続いたりはせず、順調な滑り出しを見せていた。

 それは絶妙なタイミングで少量ずつ料理や飲み物を配るスタッフの目配りや、熟練の司会者の手腕によるものも大きかったが、それより何より絶妙な間隔を空けて次々繰り出される演出に、出席者一同感嘆したり笑いを誘われていたからである。


「どうして酒樽が、四つも出てきたのかと思ったけど……」

「ゲスト扱いで出なくて、本当に助かったな」

 前方の空いているスペースに酒樽が運び込まれ、和装の新郎新婦と司会者から指名を受けた招待客が一樽に二・三人ずつ付き鏡開きをしたのだが、息を合わせて蓋を木槌で割って開封した途端、中の一つから大量の白煙と共にキラキラと輝く物が噴出し、一時会場は騒然となった。しかしすぐに単なる演出分かり、由紀子達の様なしみじみとした感想と失笑がそこかしこで漏れていたが、さすがに看過できなかった聡が清香に問いかける。


「いや、確かに大した害はないかもしれないけど、それにしたって! あの樽に付いた人達、柏木産業の重役さんとか、沢木工業の社長とか、青原コーポレーションの会長だよね? ラメや紙吹雪まみれにしてしまって良かったの?」

「ロシアンルーレット形式は、さすがに止めた方が良いと私も言ったんですけど……。お兄ちゃんも真澄さんも、自分達は運が良いから、絶対当たらない自信が有るとか言って……」

「あの、それ絶対論点がずれてるから」

 清香がもじもじと弁解がましく口にした内容に、聡は激しく脱力したが、驚愕の演出は勿論それだけでは終わらなかった。


 お色直しを経て色打掛に変更してから、前方のテーブルに設置したキャンドルに主役二人が点火すると、そこに設置されていたハートやら天使やらのフレームに沿って燃えるだけかと思いきや、いつの間にか這わせていた導火線を伝って炎が天井まで燃え上がり、更に会場の上方を縦横無尽に伝って、星や花などの模様を照明を落とした暗い会場内で無数に華やかに浮かび上がらせたのだった。


「ちょっと驚いたわ。凄いわね……、メッセージが燃え上がる位だったら、まだ平気だったけど」

「派手なシャンデリアに隠れて、導火線を這わせて有るのが全然分からなかったな」

「というか! 頭の上から火花が散ってくるって危ないだろ!?」

 心底感動したらしく呑気な感想を口にした両親に聡は噛みついたが、清香が慌てて弁解する。


「えっと、あの……、これは火花が熱くならない特製だそうですから、触っても大丈夫です! ほら!」

「そういう問題じゃなくて……」

 そこで立ち上がり、火花に手を伸ばして握りこんだ清香を見て、一気に疲労感が増したらしい聡を、恭子は僅かに気の毒そうに見やった。

 そして更に真澄が深い蒼色のカクテルドレスと清人がグレーのタキシードにお色直しをした後も、その手の派手な演出は続いた。


「シャンパンタワー自体は見た事があるけど……、あんなに高くまで積み上げたのを見たのは初めてだわ」

「スタッフの執念と心意気を感じるな。新郎新婦が上っている階段も、特注だろう」

 既に感心するのを通り越し、微妙に呆れた口調で述べ合う両親と同様に、ピラミッド形に十五段積み重ねられたグラスの頂上部分へと景気良くシャンパンを流し注いでいる兄夫婦を見ながら、聡は素朴な疑問を呈した。


「何でグラスは透明なのに、注いでいるうちに上から下に向かってグラデーションで色調が変化してるんだろう? 照明の当て方とか?」

「え、えっと……、何かグラスに特殊な試薬を仕込んで、イオンとかpHの変化で見た目の色が変わるみたいで。でも流れているうちにどんどん混ざって、最終的にまた本来のシャンパンの色に戻るとか……」

「それじゃあ、飲めなくなるじゃないか。シャンパンを何本空けたんだ? 全く。あまり正気を保っていたくないから、こっちに少しよこせ」

 控えめに種明かしを述べた清香から僅かに視線を逸らしつつ、聡は幾分やさぐれながら、手にしていたグラスの中身を煽った。

 そんなこんなで招待客の度肝を抜く演出が、祝辞や食事の間に切れ目なく続き、お色直しを三回経て祝宴も終盤に差し掛かった辺りで、聡が徐に清香に問いかけた。


「清香さん……」

「はい」

「さっきから思ってたんだけど、色々な意味で派手な演出が目白押しだよね?」

 一応控え目に言ってはみたものの、聡の言いたい事は清香に十分伝わったらしく、清香が勢い良く反論してくる。


「こっ、これでもお兄ちゃん、結婚早々離婚されるのを回避する為に頑張ったんだから! 宝塚系の電飾衣装とか、二人の出逢い再現寸劇とか、スモークゴンドラ登場とか、他にも色々却下させて! その他にも会場の都合で断られた物が有ったらしいけど!」

「……そうなの」

「それはそれは……」

 思わず呟いた両親の反応は無視し、聡は再度確認を入れた。


「じゃあ、今までのって、兄さんや真澄さんの趣味じゃ無いわけだ」

「当たり前ですっ!」

「それなら誰の意向?」

 首を傾げつつ聡が尋ねると、清香は「うっ……」と言葉に詰まってから、物凄く言いにくそうに言葉を絞り出す。


「それが、その……、お母さんと玲子伯母さんと、佐和子おばあちゃんの希望がベースで……。それでお兄ちゃんも無碍には断れなくて、真澄さんと結構揉めちゃって……」

「…………」

 自分の発言のせいで、自分のテーブル付近だけ静まり返ってしまったのが分かった清香は、心の底から申し訳なく思いながら頭を下げた。


「すみません! 何か招待客の皆さんが呆れちゃって、さっきから親族席の方に向けられる視線が、何となく生温かいというか、いたたまれないというか……。おじさま達にも、肩身の狭い思いをさせてしまったみたいで」

 先程から感じていた事を口に出して清香が謝罪すると、由紀子と勝が苦笑いで宥める。


「それは清香さんが気にする事じゃ無いから良いのよ?」

「そうだとも。やはり故人の遺志は尊重しないとな」

 しかしそこまで寛容になれなかった聡は、思わず疑念に満ちた声をかける。


「……嫌がらせの一環じゃ無いよね?」

「多分……」

 若干自信なさげに聡に応じてから、清香は隣に座る恭子に向き直った。


「恭子さんもすみません。『新郎親戚』の肩書きで同席して貰ってますから……」

「気にしないで、清香ちゃん先生の下で働き始めてから、羞恥心とか常識とか自己保身なんてものは、綺麗さっぱり捨ててるから。そうでなければ『十代二十代先祖を遡れば、日本国中二十親等位の親戚だらけになってるぞ』なんて放言して私を親戚扱いにするスチャラカな人に、一々付き合っていられないもの」

「……ご苦労かけてます」

 謝罪したものの恭子に明るく笑い飛ばされてしまった清香は、却って気が重くなってしまった。

 そんなこんなで披露宴は順調に進行し、ケーキカットを行う事になった。


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