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第27話 苦悩する柏木会

公開日時: 2021年4月3日(土) 15:33
文字数:4,910

「再会しても、香澄さんは実家と和解する気はサラサラ無かったので、主に子供同士で遊ぶ事が多くて。でも他の皆は遊び慣れてる事が俺にとっては初体験な事が多くて、真澄さんの前で無様な姿を晒さない様に必死でした」

「例えばどんな事?」

「スキーやスケート、サーフィンにダーツやテニス、ビリヤードにボーリングとかです。開始三十分で何とかモノにしました」

「……どの程度モノにしたのか、怖くて聞けないわね」

 列挙された内容の事を学生時代に清人と一緒にした経験があり、その腕前は把握していた翠が呻いた。それには構わず、清人が冷静に続ける。


「真澄さんは良い家のお嬢さんですが、偉ぶった所は無いし周囲の心配りとかを欠かさない女性です。それは翠先輩だってご存知でしょう?」

「勿論分かってるわよ? そうでなかったら長年友人付き合いなんてしてないし」

 問われた翠が真顔で同意を示すと、清人は自分が誉められた様に嬉しそうに笑った。

「そうですよね。普段は控え目で、滅多に周囲に我が儘を言いませんし。言ったとしても、相手が出来る範囲内の可愛いものです」

「そうねぇ、確かに真澄が無理難題を口にしたって記憶は皆無だわ。大抵の事は自分で解決するし」

 記憶を振り返りつつ頷いた翠に、清人は真剣な表情で言葉を継いだ。


「だから真澄さんに『清人君、お願い』と言われた事は、他人から見て多少無茶な事でも全てこなしてきました。弟や他の従兄弟達では無く、俺の力量を判断した上で頼ってくれたんですから。真澄さんを失望させる訳にはいきません」

 力強く言い切る清人に、翠は何気なく尋ねてみた。

「多少無理って、例えばどんな事?」

「そうですね、例えば……、地上十メートル位の高さの枝に引っかかった風船を取るとか、複数のヤクザっぽい連中に絡まれた従兄弟達を助けるとか、海の中に落としたブレスレットを探すとか、食べきると無料になるジャンボパフェを食べるとか」

「清人君、それ、普通無理だから」

「そうですか?」

 頭痛を覚えた翠が思わず清人の台詞を遮って指摘したが、清人は不思議そうに見返したのみだった。そして思い出した様に付け加える。


「普通の人にできても、真澄さんには無理って事も有りましたね。真澄さんの家には使用人の方が何人も居ますから、家事は殆どできませんから」

「ああ、それは確かにね」

「皆でピクニックに行った時、俺が山ほど弁当を作って行ったら『清人君のお弁当は家のシェフの物より美味しい』って手放しで誉めてくれましたし、家に来たとき服にジュースを零して染みになった時、預かって染み抜きをして返したら『跡形も無いわ。凄い、魔法みたい』と感動してくれました」

「なるほどね」

 半ば呆れつつ相槌を打っていた翠だったが、清人が尚も嬉しそうに話を続けた。


「真澄さんの高三の夏休みに課題として出された浴衣も、俺が縫って真澄さんに渡しましたし」

「ちょっと待って。どうして真澄の課題を、清人君が代わりに引き受けるわけ?」

 流石に道義上聞き流せない内容を耳にした翠が、幾分表情を険しくして清人に問いただしたが、清人は翠以上に険しい顔で訴え始めた。


「本当に非常識にも程がありますよ! 幾ら良妻賢母教育を売りにしている名門女子校だからって、受験の追い込み激しい高三の夏休みに、浴衣を縫えだなんて! 第一、針で指を刺した所から化膿でもしたらどうしてくれるんですか!?」

「そう言われても……、エスカレーター式の女子大に進学する他は、受験生なんて数える程しか居なさそうだもの。それに化膿とかは」

 清人の剣幕に驚いて幾分体を後ろに引いた翠に向かって、清人が真剣に言い募る。


「それにしたって人数が少ないなら余計に、そういう生徒に配慮してくれても良いのでは? 真澄さんが『予備校の講習に通ったり予習復習で時間が取れないから、潔く諦めて不提出でE判定を貰うわ』って笑って言ったので、浴衣の生地と教科書を送って貰って縫ったんです。俺の真澄さんにE判定を取らせるなんて、真澄さんが納得したとしても俺が我慢できません!」

「ふぅん……、頑張ったわね~、エライエライ」

 思わず棒読み口調になってしまった翠には構わず、清人は当時の事を思い出しながら小さく笑った。


「その後『清人君のお陰でA判定だったの』と喜んで貰えましたし、翌年の夏はそれを着て家に遊びに来てくれました。……とても似合っていて、素敵でした」

 既に酒を飲むのを止めて、用意しておいたご飯と味噌汁で黙々と食べていた面々は、そこまで聞いて深い溜め息を吐いた。


(そこで、一人で頬を染めて照れるなよ……)

(年下男子高校生に課題丸投げ……。お前には女としてのプライドは無いのか、柏木)

(あの名門女子校でA判定って、どんだけ凄いのを作ったんだよ)

(威嚇するドーベルマンから、尻尾を振っている柴犬に見えてきたわ)

 もはや何を言うのも馬鹿馬鹿しくなった面々の前で、延々と清人が真澄にして来た事を語り続けた。


「……こんな風に色々してきたんです」

「凄いわね。その勢いで、これまで散々真澄に貢いで来たわけ?」

 一区切り付けた清人に、翠が皮肉っぽく、些か突き放す様に尋ねると、予想に反して清人は首を振った。

「いえ、実はこれまで真澄さんに、プレゼントらしいプレゼントを渡した事はありません」

「はあ? どうして?」

 本気で驚いてみせた翠に、清人は真顔で理由を述べた。


「真澄さんの家はさっきも言った様に相当な資産家ですから、大抵の物は持っています。加えて真澄さん自身物欲があまり無い人なので、プレゼントしたら取り敢えず笑って受け取ってくれるとは思いますが、陰でこっそり捨てられたり、迷惑に思われたりしたら堪えられません」

「そうよね。親との仲を疑っても、問い詰められないチキンだったわね、清人君って」

 清人が真剣に理由を説明すると、翠は遠い目をしながら呟いた。それを半ば無視して清人が話を続ける。


「ああ、でも今年の真澄さんの誕生日には、欲しがってた作家の絵を贈る事にしたんです。あれなら絶対喜んでくれる筈ですから」

 そこで満面の笑みを清人が浮かべた為、翠は思わず尋ねてみた。

「へぇ、良かったわね。因みに誰の作品?」

「来生隆也の作品です。国内であまり出回ってなくて、納得できる作品を探していたら、最近良い出物がありまして。四百万強で購入しました」

 そう言って変わらずニコニコ笑っている清人から、他の面々は静かに視線を逸らした。


(馬鹿決定だ、こいつ)

(何だか柏木が、年下男を弄ぶ稀代の悪女に思えてきた)

(その金、マンション購入の頭金に無利子で貸してくれ)

(真澄、もうちょっと清人君に気を配ってあげても……)

 そこでその場全員を代表して、翠が疲れた表情で問い掛けた。


「清人君、真澄の事を好きなのは良く分かったし、清人君が真澄に対してどんな事をして来たのかも随分聞かせて貰ったけど……、それならどうして真澄に告白して付き合ったりしないで、他の女性をとっかえひっかえしてるわけ?」

 そう言われて、清人は流石にたじろいだ様子を見せたが、すぐにその理由を口にした。


「真澄さんは……、俺の事を義理の従兄弟、良くて弟みたいにしか思ってませんよ。さっきも言った様に親父の系統が好みですから、親父が死んだ九年前以降、目に見えて家を尋ねてくる回数も減りましたし……」

 ボソボソと告げられた内容に、翠は思わず考え込みながら指摘した。


「その時期って、入社して三年目よね? 仕事がぐっと忙しくなる頃だから仕方が無いんじゃない?」

「それに……、会長は元々俺達親子に対して良い感情を持っていなかったんですが、父と真澄さんが事故死した時に『あんなろくでなしに騙されたせいで、貧乏暮らしの末に早死にさせられたわ!』と激昂して」

「ちょっと待って。会長が清人君に面と向かってそんな事を言ったの?」

 聞き捨てならない台詞に翠が驚いて問いただすと、清人は淡々と続けた。


「いえ、通夜に出向いた時に停めた車の中で取り乱して、思わず喚いてしまったみたいです。ですが偶々そこを通りかかった近所の人が耳にして、親父が結婚する前に嫌がらせを受けた事も知ってましたから、『例の香澄さんの身内らしい人が、葬式をぶち壊してやるとか喚いてた』と血相を変えて俺に報告してくれまして」

「それで、どうなったの?」

 思わず心配になって尋ねた翠に、清人はただ小さく肩を竦めた。


「会長の立場としては無理の無い言葉とは思って聞かなかった事にして、近所の人達には『偶々虫の居所が悪かっただけだろうし、そんな非常識な事はしませんよ』と説明しましたが、通夜と翌日の告別式では『葬儀をぶち壊そうと考える輩なんか許せないわ!』と近所の奥様方達が、物々しい雰囲気で警戒に当たって下さいました」

「大変だったのね……」

 しみじみと述べた清人に対し、翠が心から同情する声を出した。すると色々振り切る様に、清人が話題を元に戻す。


「そういういきさつがあった俺が真澄さんに言い寄ったりしたら、会長が激怒するに決まってます。俺はそれでも構わないと思ってますが、真澄さんは基本的に家族思いですから、間に挟まれたら可哀想です。香澄さんの事もありますから、やっぱり家族に祝福して貰う結婚をして貰いたいですし。それに」

「悪いけど、要は、真澄にきっぱりざっくり振られるのが怖くて、それらしい御託を並べてる様にしか、聞こえないんだけど?」

 言葉を並べる清人の台詞を翠が鋭くぶった切ると、清人は如何にも気分を害した様に相手を睨みつけた。


「意外にきつい性格をしてたんですね、翠先輩」

 その睨みにも怯むことなく、翠が言い募る。

「はっ! 悪いけどチキン野郎に睨まれても、怖くも何ともないわね。それで? 大方真澄の代わりになる女を求めて、あっちにふらふらこっちにふらふらってとこでしょう? その挙げ句、どれも違うってあっさり別れてばかりで。真澄といままであんたが付き合って来た女性達全員、双方に失礼だと思わないの!?」

「自分で積極的に口説いた覚えは無いです……」

 翠から視線を逸らしながら弁解がましく清人が呟くと、翠が傍らにあったお盆に腕を伸ばして取り上げ、清人の頭を力一杯それで殴りつけた。

 そしてガコンという間抜けな音と共に、清人の抗議の声が上がる。


「って! 何するんですか!?」

「そんな事が言い訳になるかっ! ぶち当たって玉砕する勇気も無いヘタレ野郎に、跨がせる敷居は無いわよっ! 達也さん、この馬鹿さっさと叩き出して!!」

 これまで我慢強く諸々を聞いていた翠だったが、とうとう堪忍袋の緒が切れたらしく、憤怒の形相で一喝した。それに思わず溜息を吐いて、達也が取り成そうとする。


「翠、あのな……」

「ぐずぐずしてるとそのヘタレと纏めて叩き出すわよ? 慰謝料と陽菜の養育費は、給料天引きにして貰うから宜しく」

 すこぶる冷静に妻に脅しをかけられた達也は、無言で立ち上がって移動し、清人の腕を取って立たせた。


「清人、お前、悪酔いしてるからもう帰れ」

「なんですか先輩。女房の尻に敷かれて恥ずかしくは無いんですか?」

「うだうだして未だに告白すらできないお前にだけは、言われる筋合いは無い」

 憮然としながら清人が文句を言ったが、達也は静かに言い返した。それに他の面々も声を被せる。


「おい、今タクシー呼んだから。五分ぐらいで来るとさ、下で待ってろ」

「ほら、鞄持って。今日はさっさと休めよ?」

「はい、ジャケット羽織って。暫くお酒は控えた方が良いわね。気を付けてね~」

 清人はそんな生温かい目に見送られ、半ば達也に強引に連行されて鹿角邸を後にした。

 そして清人が居なくなった後で、一同がうんざりした表情で密談を始める。


「どうするよ? 今の話」

「どうもこうも、うっかり口滑らしたら即制裁ものだろ? あの様子だと、絶対本人喋った事覚えてないぜ?」

「そうよね……、今まで頑として口を割らなかったんだし。面白半分で真澄にチクったりできないわ」

「怖い事考えないでよ!」

「取り敢えず、秘密にしておくしかないよな?」

「そうだよな、取り敢えず本人が動かないと、フォローのしようがないし」

 そうして柏木会の面々は、陰鬱そうな顔を見合わせて深い溜息を吐いたのだった。


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