「それでは新郎新婦が退場いたします。皆様拍手でお見送り下さい」
それを合図に、清人は真澄に声をかけつつ、屈みながら彼女の背中に腕を回す。
「じゃあ真澄、首に腕を回してしっかり掴まっていろよ?」
「え? きゃあっ!! ちょっと! 離して、降ろしてよ!」
素直に自分の首に腕を回した真澄を、清人は軽々と横抱きにした。そして狼狽する真澄に苦笑いする。
「無理。大人しくしてろ」
「それこそ無理だから!!」
ジタバタと清人の腕の中で真澄が無駄な抵抗をしているうちに、ホテルのスタッフがライスシャワー用の米が入ったカゴを幾つも参列者に配り始めたが、何故か段ボール箱を抱えたスタッフがまっすぐ浩一の元に歩み寄り、苦笑いしながら足元に置いた。屈んでその中身を確認した浩一が物騒に両眼を光らせ、蓋を開け放ちながら楽しげに弟と従弟達に号令をかける。
「よし、予想通り清人が姉さんを抱え上げたから皆やるぞ! 好きなだけ持って行け!」
「それ! このチャンスを逃すか!」
「清人さんを狙い撃ちだぜ!」
口々にそんな事を言い合いながら、箱の中身を鷲掴みして片腕に抱えていく面々に、浩一は一応釘を刺した。
「皆、間違っても姉さんに当てるなよ!?」
「分かってますって! それ、背中と後頭部狙え!」
「任せろ、球技は得意だったんだ! 脚の方がダメージ大きいぜ!」
他の参加者から米粒が降り注がれる中、明らかに質量を伴った痛みを複数背中や脚に感じた清人は、振り返ってそんな悪ふざけをしそうな面々を怒鳴りつけた。
「って! こら! お前ら何しやがる!! それは米じゃ無いだろう!?」
その手にピンポン玉位の大きさの、細いリボンで括られた布の包みを見ながら清人が素の口調で叱責したが、友之達はどこ吹く風で言い返した。
「中身は、れっきとした米ですよ?」
「ライスシャワーならぬ、ライスボムですけどね~」
「俺達の祝福、全身で受けて下さい、清人さん!」
「ほら、両手が塞がってる今がチャンスだ! 目一杯普段の鬱憤晴らしといくぞ! なぁ清人? まさかお前、今更姉さんを下ろして一緒に走らせて逃げたり、姉さんを置き去りにして一人で遁走なんて、甲斐性無しと思われる事はしないよなぁ?」
右手で小さな包みをわざとらしく弄びつつ、にこやかに、しかし嫌味たっぷりに尋ねてきた浩一に、清人は歯軋りせんばかりの表情で怒鳴った。
「お前ら~! 首謀者は浩一、お前か!?」
しかしそんな恫喝にも怯む事無く、浩一が言い返す。
「はっ! 人を嵌めてくれた報復措置にしては、可愛いもんだろうが!! ほら行くぞ! 気合い入れて背中向けて逃げやがれ! ぐずぐずしてると姉さんに当たるぞ?」
「っのやろう!」
盛大に舌打ちして清人が真澄を抱えたまま庭を突っ切って本館内に逃げ込もうとしたが、友之や玲二が進行方向を塞いだ。それを避けて右往左往している清人を見ながら、柏木会の面々や清人の大学時代からの悪友達が浩一に向かって吠える。
「俺達も混ぜろ!」
「浩一課長! こんな楽しそうな事、身内だけで独り占めにするな!」
「そこら辺に置いてある段ボールの中身は全部これです! 好きなだけ使って下さい!」
包みを抱えて清人を追い掛けて駆けずり回っている浩一から叫び返された男達が周囲を見回すと、中庭内にいつの間にか同じ段ボール箱がバラバラに四つ置かれているのを認め、目を輝かせた。
「グッジョブ、浩一課長!」
「抜け駆けするな! 俺もやるぞ!」
「じゃあこれもだな。よっしゃ、任せろ!」
「浩一! お前どれだけ準備したんだ!? 俺は節分の時の鬼じゃないぞ!」
「五月蝿い! 黙って的になりやがれ!」
途端に追っ手が増えた為、憤慨した口調で叫び声を上げ、それでも真澄を抱えたまま清人は中庭を逃げ回っていたが、それを呆然と眺めながら、聡が隣に居る清香に素朴な疑問を呈した。
「……普段温厚な浩一さんがあれだけ怒るなんて、兄さん一体何をしたんだろうね?」
「さぁ……」
そうこうしているうちに、埒が明かないと判断した清人は、片腕で真澄をしっかりと抱え直した。
「真澄、しっかり掴まっていろよ!?」
「ちょっと何する気……、きゃあぁぁっ!」
いきなり清人が太腿辺りまでの高さの生け垣に突進し、空いている手で腰位の高さの常夜灯に勢い良く手を付きながら体を跳ね上げて生け垣を飛び越える。そしてその離れ業に皆が呆気に取られているうちに、清人は相変わらず真澄を抱えたまま猛然と走り去り、瞬く間に庭に出入りするためのガラス張りの扉の向こうに入り込み、本館内へと姿を消した。そして中庭に一瞬奇妙な静寂が満ちてから、爆笑と歓喜の声が湧き上がる。
その「思い知ったか、清人!」「正義は勝つ!」などの、微かに伝わってくる笑いや叫びを耳にしながら、清人は慎重に廊下に設置してあるソファーに真澄を座らせてから、床に座り込んで粗い息を整えた。
「くそっ、油断、したっ……。無礼講って、言っても、限度ってものが……。浩一の、奴……、こっそり、あんなのを、仕込みやがっ、て……」
汗ばんだ額を拳で拭いながらの悪態に、真澄は思わず溜め息を吐いて応じる。
「浩一を怒らせた例の《あれ》は、私にも連帯責任があるけどね……。披露宴は無理でも、せめて式位は穏便に済んで欲しいと思ってたのに……」
「今更だな。潔く披露宴も諦めろ……、真澄」
悟りきった清人の口調に真澄は何も言えずに項垂れ、遅れて泡を食ってやってきた自分達の担当スタッフに促されて、二人はそれぞれの控え室へと向かった。
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