転生するのがゴリラだったら

かみとであったゴリラ
ぱちぱち
ぱちぱち

ゴリラ死す

公開日時: 2020年9月1日(火) 16:16
文字数:1,933

はじめまして、ぱちぱちと申します。


「すまん。わしのミスでお主を間違えて殺してしまったんじゃ」

「ウホッ」


何もない空間。いっそ清々しいまでに白が続くその場所に、一人の人間らしき存在が立っていた。


人間、という存在について彼はよく知らない。彼の住処は森の奥深く。人間達の活動圏とは接する事のない場所だったからだ。


だが、群れの中でも図抜けて賢いと言われていた彼は、群れの長老が胸を叩きながら語った人間という大きな猿の特徴をしっかりと覚えていた。


二本の足で立ち、ひらひらとした葉っぱのようなもので体を覆い隠す。毛並みに自信が無いのだろう、可哀そうな生き物。


そこに立つ人間は、彼の想像していた通りの姿をしていた。


「むぅ、失礼な。これは服と言う物で……いや、言うても詮無い事か」

「ウホ?」


はぁ、とため息を吐く様に人間が首を振る。何か悩み事でもあるのかもしれない。末は長老とまで言われた彼は賢い。大体の悩みなどはバナナを数本食べれば片付くことを彼は理解している。


「悩みという訳じゃ……いや。悩みか。人間相手に転生する前に練習をと思うたが、ううむ。やはり同じ猿の進化でも勝手が違うのぅ」

「ウホッホ」


おいおい俺を猿と一緒にしないでくれ、と彼は抗議の声を上げる。彼の腕は太い。猿など物の数分で空に光る星まで投げ飛ばしてしまえるだろう。


「ほほっ。勇ましい事じゃ。まぁ良いわい。ではお主にはチートをくれてやる。ああ、チート、というのは便利な力の事じゃ……後は知的生命体と会話できるようにしとかないかんの」

「ウホ!」


便利な力とは食べ物が手に入る様なものだろうか。ならば是非バナナをいつでも食べられるような能力にして欲しい物である。


「あー。うん、確かにいつでも食い物があるのは良い能力……かのぉ」


納得がいかないような顔を浮かべる人間。ここまで話をすればこの目の前の存在がただの人間ではなく凄い力を持った人間であることは彼には理解できた。何故なら、彼は賢いからだ。


凄い力を持った存在に敬意を表するのは大自然に生きるものとして当然の事だった。故に彼は感謝を込めて両胸をドンドンと叩く。一日一万回。感謝のドラミングである。


「ああ。うんありがとう……これで信仰ポイント溜まってきとるわい。釈然とせん……」

「ウホ! ウホ!」


さぁ見るがいい人間よ。この肉体美、この弾ける音。これを見たメス共はたまらず発情期となり、群れのボスは俺に嫉妬したものである、と彼は猛りながら胸を叩きつづける。


「お主、それが理由で死んだんじゃが。ごほん、ま、まあ感謝してくれるというなら受け取ろう。では、お主に新たな生を与えよう……人間にじゃが


最後にボソリと人間が呟いたようだがドラミングの音に紛れてよく聞こえなかった。はて、人間はなんと言おうとしたのかと彼が尋ねようとした時、彼の視界は暗く塗りつぶされていった。




「というのがこのバナナである」

「嘘くせぇ」


もぐもぐとバナナを食べ続ける彼の言葉に、幼いころから共に育った群れの友人はそう返す。


別に嘘をついているつもりはないのだが。むぅ、と彼は食べ終わったバナナを握りつぶす。こうすると何故か皮が消えるのだ。


以前、これを怠ってバナナの皮で転んだ長老――この群れでは村長と呼ばれている人間――が腰を打ちしこたま怒られたため、彼はそれ以降バナナの処理を怠る事は無くなった。何故なら、彼は賢いからだ。


「さて、腹もくちた。見回りに戻るとしようか」

「お、おお。相変わらずお前素手なんだな。モンスター相手なんだから剣くらいもてよ」

「なにをいう」


彼は今、この村、という名の群れの中で生活している。彼はかつて森の賢人と呼ばれる賢い種族だったが、今ではひ弱な人間になってしまったからだ。


人間は一人では生きられない。何故ならひ弱だから。だから、その中でも強い彼のようなオスは群れを守るために戦う必要がある。


だから、今の彼は戦士である。群れを守る誇り高きオス。その中でも、他のオスは剣という棒切れを振り回さなければいけない。


だが、彼にはそんなものは必要ない。


「俺にはこの右腕がある。この左腕がある。これ以上の何が必要と言うのか」


竜すらもひねりつぶす剛腕を握りしめ、彼はにやりと笑い――その両腕で胸を叩き始める。


一日一万回。感謝のドラミング。生まれ変わってからも欠かしたことのない祈りの動作。


飢える事なく過ごせるようにしてくれた凄い人間への感謝を今日も捧げながら、彼は己に課された仕事を熟すために友人と歩き始める。




ある森の奥深く。魔境との境目にあるとある村に、一人の男の噂があった。


竜すらも絞め殺す剛腕と、魔法の剣すらもはじき返す強靭な肉体。


そして、どこからか取り出す不思議な果物を常に食べるという。


そんな彼の名は、ゴリラ。


深き森の勇者――ゴリラ。

新しい小説サイトの開設という事で居ても立っても居られず過去に書いた短編を持ってきました賑やかしですごめんなさい。

こちらのサイトでは基本読み専たまに短編を書くくらいですがよろしくおねがいします。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート