俺とネネコは宿屋に到着した。
普段から俺が泊まっている宿屋だ。
「よう。帰ってきたぞ」
「おかえりなさいませ、リキヤ殿」
宿屋の女将が、俺を出迎える。
すっかり常連になったので、名前を覚えられている。
「いつも通り、部屋を掃除しておきましたよ。ゆっくりおくつろぎください」
宿泊料金はある程度前払いしているため、この宿屋の一室は半ば俺専用の城になっていると言ってもいいだろう。
俺はネネコを連れて宿屋の奥に向かおうとする。
しかし……。
「おや? ちょいとお待ちを。そっちの子は……」
「ああ。俺の奴隷だ。名前はネネコ。よろしく頼む」
「は、はい! ネネコといいます。よろしくお願いします」
「ほほう。獣人の奴隷ですか」
女将が目を細めてネネコを見る。
「何か問題でもあるのか?」
奴隷は泊めないという方針などがあるのかもしれない。
「そうですねえ……。奴隷を泊めたとなると、うちの宿の格が落ちる恐れがありましてねえ……」
「なんだと?」
思わず『ふざけるな』と怒鳴りたくなったが、思いとどまる。
この女将は悪くない。
差別意識からではなく、あくまで宿屋としての利益を追求しているだけだ。
悪いのは、差別意識を持つ一般民衆全体の意識だろう。
俺が武力で脅して無理やり泊まらせてもらうのもいいが、ここは……。
「これでどうだ?」
俺は彼女の手のひらにたくさんの金貨を置き、握らせた。
「おおっ! これはこれは……。宿泊をお断りするわけにはいかなくなりましたねえ……」
彼女が満足げな笑みを浮かべながら、硬貨を数える。
「いやあ、まいりましたね。こんな大金をいただけるとは。さすがです」
「うむ。では、利用させてもらうぞ」
俺はネネコを連れて、今度こそ部屋に向かおうとする。
「ちょいとお待ちください」
「まだ何かあるのか?」
まさか、まだ足りないとでも言うのだろうか。
たくさんの金貨を渡したのに、強欲なものである。
俺が若干顔をしかめると、彼女は慌てて手を振って否定する。
「いえいえ。お金の問題ではありません。ただ、最低限体は清潔にしてほしいと思いましてね……」
「むっ。そうか……そうだな。確かに、種族や身分に関係なく清潔感は大切だ」
ネネコは、奴隷商館であまりいい待遇を受けていなかったようだ。
体が全体的に薄汚れている。
俺が女将の言い分に納得していると、今度はネネコが口を開く。
「あの……アタシも、水浴びがしたいと思います」
「ふむ。では、そうするか」
「裏の井戸をご利用ください。今の時間なら、利用者はほとんどいないでしょう」
女将が微笑んで言った。
「よし。では行くぞ」
「はいっ!」
ネネコが元気よく返事をする。
そして、俺たちはタオルを持ち、宿屋の裏手に向かったのだった。
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