そして、また地球時間で1週間が経った。
「いよいよ、今日、2つ目のレランパゴに接近します」
ソラは舞子と共に操縦室でトモ・エの説明を受けた。
「今回のレランパゴは前回の倍くらいの大きさです。とはいえ、やることは同じです」
「ケン・トとかいうやつは?」
舞子がたずねる。
「ステルス機能を使ってはいますが、幾度かレーダーにとらえています。想定したとおり、地球時間で30分程度の差を持って到着できるはずです」
「つまり、のんびりしている時間はないってことね」
「はい。目的地まであと二時間ほどです。2人ともご準備をお願いします」
『了解』
ソラと舞子は声をそろえた。
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ソラは1週間ぶりに宇宙服を着てエスパーダの操縦席に立った。
ケン・トによってつけられたピンク色のセメント弾は全て掃除されていた。
『それでは疑似ワープ航法を終了します。その後発進シークエンスへ。2人とも、大丈夫ですね』
「うん」
『大丈夫よ』
トモ・エの声に、ソラと舞子は答えた。
『では、ご無事の帰還をお祈りいたします。5、4、3、2、1、0』
ソラは足下のペダルを踏み込んだ。
1週間ぶりに宇宙空間に出る。
舞子もソラの後を追って宇宙船から出てくる。
『ソラ、行くわよ』
「うん」
前方の光り輝くエネルギー体に向かい一気に進む。
『2人ともあと2分経ったら、エネルギーコーティングを……』
トモ・エが言いかけ、黙る。
「どうしたのトモ・エ?」
ソラがたずねる。
『そんな、こんなことが……』
トモ・エの声には明らかに動揺があった。
アンドロイドの動揺に、ソラのなかで胸騒ぎが起きる。
『なに? あいつが来たの!?』
舞子がたずねる。
『いえ、計算上、ケン・トの船はまだたどり着きません。近づいているのはもっと別のものです』
「どういうことだよ!?」
『2人とも、すぐに船に戻ってください!! このままでは……』
「え、だって……」
『今近づいているのはヒガンテです!!』
瞬間、ソラはトモ・エの言っていることが理解できなかった。
『ヒガンテって……』
舞子が困惑した声を上げる。
『惑星イスラを食い尽くした宇宙のバケモノです。さあ、早く帰還を!!』
『で、でも……』
舞子が抗弁しようとする。
「舞子、話をしている場合じゃないよ!!」
ソラは叫んで、自機をUターンさせた。
『しかたないわね』
舞子もソラの後を追う。
トモ・エの待つ船に向かって宇宙を駆ける2人。
だが。
『ダメです、間に合わない!!』
トモ・エからのその通信は悲鳴のように聞こえた。
――そして。
ソラと舞子の目の前に、それが現れた。
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それは、ソラと舞子の機体の前に立ち塞がるように現れた。
一見すると、そのゴツゴツとした表層はまるで大きな岩のようだ。
大きさはエスパーダと同じくらい。形はいびつな楕円形。
隕石かなにかだと思いたい。
だが、ソラと舞子の機体に向けて、まるで口を開くように形を変えていくその姿は、明らかに隕石などではない。
開かれる口の周りには触手のようなものがうごめいている。
(バ、バケモノ……)
かろうじてソラが考えられたのはそれだけだった。
――と。
ビービー。
ソラの機体の中に警告音が響く。
(な、なに?)
混乱する頭でモニターを確認すると、前方に正体不明の高エネルギー反応が感知されていた。
そして、バケモノ――ヒガンテの口の中に輝きを見る。
(まさかっ!!)
考えている時間はない。
ソラは『時間制止』を発動。
その場から離脱しようとして、舞子が動けないでいるのに気がつく。
あまりのことに思考が追いついていないらしい。
「舞子!!」
叫び、舞子の機体に近づき、その右手をつかむ。
ヒガンテの口の中のエネルギーはどんどん増している。
(間に合うか!?)
全速力でその場から離脱するソラ。
次の瞬間。
ヒガンテの口からエネルギー波が放たれた。
「くっ」
『きゃぁぁぁぁぁ』
叫ぶ、ソラと舞子。
動揺が『時間制止』を霧散させる。
理解できたことは、叫び声を上げられた以上、まだ自分たち2人は生きているということだった。
(こいつ、あきらかに僕らの機体を狙っていた。でもなんで!?)
ヒガンテの目的はレランパゴではないのか!?
確かにエスパーダのエネルギー源もレランパゴだが、近くにもっと輝くレランパゴがあるのだ。それに、自分たちの宇宙船も……
と、そこまで考えて、ソラは宇宙船のことが心配になった。
宇宙船には武器がないとトモ・エは言っていたではないか。もし他にもヒガンテがいて、襲われていたら……
『ソラさん、舞子さん、無事ですか!?』
ソラの心配に答えるように、トモ・エから通信が入る。
「うん、そっちは!?」
『こちらには奴らは来ていません。理由は分かりませんが』
その言葉に、ほっとする。
だが。
『今2人の目の前にいるのはおそらく先兵隊のようなものです。船のレーダーはさらなる大群の襲来をキャッチしています』
とてもほっとしている場合ではないようだ。
『できれば船まで逃げてきていただきたいところなのですが……』
トモ・エが言う。
「無理だろうね」
今のソラとヒガンテ、宇宙船の位置関係はちょうど正三角形の頂点にそれぞれがいる状況だ。
目の前にいるバケモノは一瞬で現れた。どう考えても自分たちの機体よりも最高速度が上だ。
船にたどり着く前に、また回り込まれるのがオチである。
「やっつけるしかないんだろう?」
『はい、申し上げにくいのですが、この状況下、それ以外に2人が助かる方法がありません』
「だってさ、舞子。やるしかないみたいだよ」
ソラは自分の声が震えているのが分かった。
それが恐怖のためなのか、それとも興奮のためなのかはよく分からなかったが。
『ヒガンテ集団の本隊が来れば勝ち目はありません。そいつを倒したらすぐに帰還してください』
「OK。舞子……」
答えてはじめて、ソラは舞子が先ほどから黙ったままであることに気がついた、
「舞子、どうしたの?」
『無理よ……』
通信越しに聞こえてくる舞子の声はいつもの活発な彼女のものとは違った。
『あんなの、あんなバケモノ……これはゲームじゃないのよ……』
舞子の声には明らかな恐怖があった。
「舞子、今は戦わないと!!」
『だって、トモ・エは言ったじゃない、私たちは戦いに行くわけじゃないって。
それなのに、いきなり、こんな……』
舞子の声にはあからさまな恐怖と混乱があった。
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トモ・エは状況の危うさを認識する。
(まずいですね)
舞子は明らかに錯乱状態だった。
無理もない。
いきなり命がけの実戦になってしまったのだから。
イスラ星人の心理分析による知識でいえば、こういった状況に陥った場合の人間の精神は大きく2つのパターンに分けられる。
すなわち、ありえないくらい冷静になるか、あるいは混乱の極みになるか。
今のソラは前者で、舞子は後者である。
2人の前にいるヒガンテだけなら、計算上は2人の機体の力でなんとか倒せる。
それこそ、あの決勝戦で2人が見せたような動きができれば。
だが、それは両パイロットが最善の戦闘行動をした場合だ。
今の舞子にそれを望むのは無理だろう。
なんとか、舞子の精神を落ちつけたいが、その方法が分からない。
アンドロイドの自分が下手に声をかけても逆効果だろう。
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舞子は自分でも何を言っているのかわからないほどに混乱していた。
今、舞子の心を支配しているのは圧倒的な恐怖、それだけだ。
ヒガンテが放ったエネルギー波は、舞子やソラの機体を一撃で溶かすほどの威力であったことが、モニター上に表示されている。
(もしも、もう一度あれを撃たれたら? そして、今度こそ当たったら? 私はこの地球から遠く離れた漆黒の宇宙で消えていくの?)
そう思うと恐くて恐くてたまらなかった。
『舞子、しっかりして』
通信越しに聞こえるソラの声も、今の舞子にはとても遠いものに感じる。
「ごめん、私、ダメ、恐い……」
舞子は自分の中の恐怖心に戸惑っていた。
私はこんなに弱い人間だったの?
もっともっと強い人間だと思っていた。
ソラなんか問題にならないくらい、強い人間だと思っていた。
なのに、現実はどうだ。
ちょっと『本当の』戦いになっただけで震えが止まらない。
機体を操作するレバーを握ることも出来ない。
私はなんて情けないんだろう。
『……わかった。舞子は船に戻ってよ。あとは僕が何とかするから』
「……え?」
ソラが舞子の機体をトモ・エが待つ船の方へと押した。
『速く逃げて、こいつは僕がやっつけるから!!』
ソラはそう言うと、ヒガンテに向かって行く。
「ソラ!!」
叫びながら、舞子は自分が宇宙服のヘルメットの中で涙を流していることに気がついた。
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