あいつに内緒の恋だから

春日すもも
春日すもも

◆男が男に恋をしたら?

公開日時: 2020年11月30日(月) 23:01
文字数:8,102

「うーっす、ミネ」

「おう」


 翌朝、すでに登校している峰岸に挨拶をする。峰岸は喧嘩で授業をサボった前科があり、朝だけはちゃんと来いと言われているらしい。とはいえ、それで午後の授業は帰っていいわけではないのだが、たとえ自主早退をしてもそれでもまだ喧嘩よりはいいと学校からは大目に見てもらっているそうだ。


「なんか今日のおまえは調子が良さそうだな」

「ああ、今日は久しぶりにぐっすり寝たんだ。イケメン度が上がってるだろ?」

「それはわからん」

「おい」


 そこはお世辞でも頷いてほしかったが、峰岸はそういう忖度をしない人間である。自分は"イケメン"からは程遠い人種であるのは認識している。たった一日分の寝不足が解消できたところで、自分の人相の悪さは少しも解消しない自覚もある。それにすでに姉からは次の原稿のスケジュールがメールで届いていたので、明日の夜あたりからまた原稿の手伝いが始まり、寝不足の日々は再開するのだ。


「玉城くん、おはよー!」


 ざわつく教室でも天使の声だけは、しっかりと自分の耳に届き、思わず背筋がピンと伸びる。振り返ると三田村が、花柄の紙袋を片手に玉城の席に向かって手を振りながら走ってくるところだった。ああ、今日も三田村の笑顔は天使だ。


「峰岸くんもおはよう。玉城くん昨日はありがとうね。これ、突然お邪魔しちゃったお詫びに、家で作ったクッキーなんだけど食べて!」

「お、おう」


 三田村は持っていた紙袋から透明の袋にピンクのリボンでラッピングされたクッキーを取り出し、玉城に手渡した。


「あ、峰岸くんの分もあるよ。どうぞ」

「俺の分?」

「うん、たくさん作ったから」


 自分に渡したクッキーよりも、ほんの少し小ぶりな袋を峰岸にも渡す。自分が峰岸といつも一緒にいるから、という気遣いなんだろうが、峰岸にその笑顔をふりまくなんてもったいないだろう、と思ってしまう。もちろん自分の器が小さいのは認める。


「あと、これ、頼まれたやつね」


 玉城の前に差し出された紙袋はずっしりと重く感じられ、開いていた上から中身を見ると、漫画本がぎっしりと詰められていた。タイトルから察するにボイーズラブだろう。


「これってもしかして」

「うん、その……作中で、男性同士が……そうなってるやつね」


 周囲に配慮したのか、やや控えめな声で三田村が囁いた。昨日、自分が『男同士がセックスしてる』ボーイズラブというリクエストを覚えていて、わざわざ持ってきてくれたのだろう。


「そっか、重かっただろ。ありがとな。あ、昨日借りたやつ、まだ借りてて大丈夫か?」

「うん! 僕はもう読んだやつだから平気。それでね……」


 三田村は急に俯いて、もじもじと自分の手をこすり合わせるようにいじりだす。なんだ、その仕草は、かわいいすぎか。


「なんだ?」

「今度、いつ遊びに行っていい?」

「ん? ああ、いつでもいいけどゆっくりするなら週末はどうだ?」

「いいの?」


 三田村の表情は、ぱぁ、と光が射したように明るい顔になった。とても眩しい、目が、体が、焼けそうなくらいに神々しく、そして尊い。自分の中にある黒い闇が浄化されそうだ。


「三田村、呼ばれてるぞ」

「えっ」


 峰岸の言葉で現実に引き戻された。どうやらクラスの女子に名前を呼ばれていたらしく、三田村は振り向き、その声に答えるように手を振った。


「じゃあ、またね!」


 そして小さく手を振って離れてく三田村に、その手を振り返すべきか、否か、迷っているとすでに三田村は女子の集団に戻っていた。あいかわらず女子の輪の中に1人紛れても違和感がない。むしろ、あの五人くらいの輪の中で、ダントツに三田村がかわいい。顔面偏差値のレベルが違いすぎる。至近距離であの笑顔はこっちの体が焼き尽くされてしまいそうなくらい、眩しかった。


「おまえらいつのまに、仲良くなったんだ?」

「えっ、ああ。……実は、昨日、三田村が家にきてボーイズラブ談義をした」

「持ち帰ったのか」

「その言い方、なんかイケイケなパリピみたいだからやめてくれ」


 実際はBLトークしかしていないし、至近距離で顔を拝ませてもらったくらいで指一本触れていない。


「やっぱりBLを描いてるやつの恋愛対象は男なのか」

「な、なにをいうんだ、みねぎしくん」


 動揺のあまり、カタコトな受け答えになってしまう。


「まぁ、三田村ならそのへんの女よりも容姿の完成度が高いからいいのか」

「べ、別に俺は三田村をそういう目では見てないんだからな」


 我ながらツンデレのテンプレートな台詞すぎて呆れる。


「三田村は、まきじゅん先生のファンみたいだし、いいじゃないか」

「そのことだけど、俺がまきじゅんだってことは三田村にはまだ黙っておいてくれ」

「昨日も気にしてたな。別に隠すことはないんじゃないか?」

「いや、マジで三田村は、まきじゅんという漫画家に敬意を払ってくれているから夢を壊したくない」

「夢を壊すから、言えないのか」

「そういうことだ」


 それだけは譲れない。


「まぁ俺から言うことではないかもしれないが、おまえはもう少し自分に自信持ってもいいと思う」

「え?」


 峰岸に聞き返したところで始業のベルが鳴った。峰岸が何を言いたかったのはわからなかったが、授業の合間も休み時間も、特に峰岸からはその言葉の続きは聞けなかった。そして例によって峰岸は午後の授業の前に帰ってしまったので、玉城もそのことを忘れてしまった。

 三田村に借りた本は紙袋にぎゅうぎゅうに詰まっており、帰る途中、紙袋の紐が手のひらに食い込んで痛かったが、これは三田村の優しさの重みだ、と噛み締めながら玉城は帰路を急いだ。


 帰宅してから、買い置きしてあった惣菜パンをかじりながらベッドに寝転び、三田村に借りた漫画を一冊ずつ読んでみた。姉の漫画ほどではないが、性的に際どいシーンも多かった。漫画を読んで興奮するというよりも、こんな"えっち"な漫画を三田村が好んで読んでいるということに興奮してしまう自分がいて、なるべくそれは考えないようにする。

 全部読み終わったあとで、漫画のワンシーンを三田村の横顔を思い出しながら自分の絵柄で描き起こしてみる。相手のキスを待っている顔なんて、漫画やドラマくらいで今まで実際の人間の顏を見たことがない。こんな顔、本当にするのだろうか。もし相手にこんな顔をされたら自分はどうしたらいいのだ。今まで姉の原稿の手伝いで数多くの男女のキスシーンを描いてきたが、自分がキスをするところは想像できない。

 今度は男二人が抱き合っているシーンを描いてみる。男女が抱き合うシーンは何度かペン入れしたことがあるが、体格のいい男同士の体を抱き合わせるなんて、当然はじめてのことだ。緊張感に満ちた二人、鼓動が伝わってくるような臨場感――とは、どんな感じだなのだろうか。当然、ニュアンスはわかるが理解はできてない。


「だめだ、わからん」


 玉城はそのままベッドに、ぼすんと体を預け、天井に向かってため息をついた。


「経験したことがないものは描けないなんて、プロじゃ通用しないんだろうな」


 それは頭ではわかっている。漫画を読者としてイメージすることはできても、自分が描くとなると筆が止まる。構図をただトレースしただけではダメなのだ。二人の温度、息遣い、そういった身体的な変化や、思わず出てしまう言葉、それを聞いた相手の反応などのひとつひとつの台詞、それらに不自然な部分があると読者はついてこれない。現実を思い起こさせてはいけないのだ。

 漫画の中で、そんなにうまいこといくはずがない、という展開はいくらでもある。特にボーイズラブの世界には現実とは違うことが多い気がする。けどその真実を明らかにすることよりも、その矛盾した世界にどれだけ引っ張り込むことができるか、疑問を持たせないようにするか、それができた漫画こそが評価に値するということを姉の元で学んできた。だからこそ、今の自分が未熟であることもわかる。

 玉城は頭を抱えた。主人公である涼平と淳の想いが通じた先の描写を、いかにリアリティを持って描けるかが重要になってくるだろう。


「埋まらない経験と漫画の描写の差が、今後の課題だな」


 そうひとりごちて、再び玉城は作業机に向かう。今はただ多く描いてみるしかない。その日の夜はひたすら練習に励んだ。



「なぁ、ファーストキスってレモンの味なのか」

「どうした。頭でも打ったのか?」


 次の日、玉城が購買で購入したパンをかじりながら峰岸に尋ねてみたが、教えてくれるどころか、頭を心配されるとは。


「ダメなんだよな。そのあたりを参考にするにも少女漫画はあまりにも夢見がちだし、かといってAVはそのあたりをすっ飛ばしてるし」

「AVは絶対に参考にならないだろ」


 実際、参考になればいいとゲイビデオのサンプルをのぞいてみたが、やはり現実に男同士の絡みは受け入れられなかった。つくづくボーイズラブとゲイは同じようで異なるものなのだと実感する。


「俺はタバコの味だった」

「タバコ?」


 峰岸は確か、煙が得意ではないと言っていて喫煙家ではなかったはずだが。


「相手は県を牛耳っていた元女番長で喫煙者だったからな。とにかくタバコ臭かった」

「そ、そうか」


 そういえば峰岸と恋バナなんてしたことがなかったが、さらりと経験済みであることをほのめかされ、経験のない自分が未熟に感じる。しかし、ファーストキスがたばこの味だなんて現実にそうだったとしても、漫画の台詞として絶対にナシだろう。経験談は参考になるものと、ならないものがあるな、と学んだ。


「なんの話?」

「うわっ!」


 玉城の背後には、きらきらとした笑顔の三田村が立っていた。


「お、驚かすなよ」

「ごめんごめん。なんかタバコの話が楽しそうだったから」


 そこから聞いていたなら、ひと安心だ。しかしこうして三田村が教室で挨拶以外に話しかけてくれるなんて、嬉しいを通り越してくすぐったいような気がしてしまう。少しは距離が縮まっていっているのかもしれない。


「あ、そういえばこれ借りてたやつ。サンキューな」


 玉城は昨日持ち帰った紙袋を三田村に差し出した。


「ちょ……! こ、こんなとこで返さないでよ!」


 紙袋からはBL漫画だとわからないと思うが、三田村はちらりと峰岸を見て、その存在を気にしているようだ。


「あぁ、ミネはBLには理解があるから大丈夫だ」

「理解があると言っても、俺はおまえのやつしか読んだことないぞ」

「おまえの?」

「うぉっ、ちょっ!」


 なにげない峰岸のひところに慌てふためく。そもそも三田村の前で『俺のBL』なんて存在してはいけないのだ。


「俺が貸した『ボーイズラブは突然に』な!」


 我ながらナイスフォローだったと思う。


「えっ、まきじゅん先生の本、峰岸くんも読んだことあるの?」

「ああ、ある。そういえばおまえ、涼平に似てるな?」

「おい、ミネ!」


 本人に指摘するのは絶対にダメやつだ。


「え? ほんと? タレ目なとこは同じかなって思ってたけど……好きなキャラだから嬉しいなぁ」

「いや似てるっていうか、もうほとんど同一人物……」

「あー、ミネ! ちょっと一緒にトイレ行こうかぁ! 三田村、またな」

「え、あ、うん……」


 目の前の峰岸の腕を掴み、有無を言わさず無理やり立たせ、教室を出た。


「おまえ、どういうつもりだ」


 廊下に出るなり、峰岸に問いただす。


「思ったままを言ったまでだ。やっぱり涼平は三田村なのか?」

「そ、それは……」

「淳って"じゅん"とも読めるよな。おまえの名前は潤也だったっけ。ああ、そういうことか」

「いや、その」


 玉城の弁解が追いつかない。峰岸はもとから、こういう察しが良すぎる。喧嘩が強いくせに脳が筋肉ではない。番長のくせに空気が読める番長だ。


「で、おまえ三田村のこと好きなの?」


 オブラートに包むということをしない峰岸の質問は直球だった。


「好きって……や、でも俺はホモとかゲイとかそーゆーんじゃ……」

「でも漫画に描くくらい、なんだろ」

「自分でもよくわかんねぇんだよ……」


『三田村に想われてみたい』たしかにそれがあの漫画を描くキッカケだ。けれど、改めてそれくらい自分は三田村のことが好きなのかと言われると、答えを出したことがない。


「悪かった。こういうことは外野が、けしかけていいもんじゃないよな」

「あ、いや……」


 煮え切らない玉城の態度を察してくれたのか峰岸に素直に謝られ、肩透かしを食らう。空気の読める番長は引き際も、ちゃんと知っている。鋭いくせに、深いところには触れないでいてくれる。峰岸はいつもそうだった。


「あまり男だから、とか考えなくてもいいと思う。俺から言えるのはそれくらいだ」

「うん、ありがとな」


 二人はとりあえずトイレで用を足したが、峰岸はそれ以上追求してくることはなかった。

 三田村はかわいいし、愛らしい存在なのは間違いない。けれど、それはボーイズラブ漫画のように、気持ちを通わせて、付き合ってキスをして、もしかしたらその先の関係を三田村に望んでいるのかというと、正直即答はできない。

 見つめているだけだった今までから、今のように教室で話しかけてくれるまでが急展開過ぎて、まだ頭が追いついてないのも当然ある。漫画まで描くほどなのに、と峰岸は思っているだろう。それでもこの三田村への気持ちを「恋」という名前をつけたくない自分がいる。認めてしまったら、きっとその気持ちを届けたくなってしまう。伝えたくなってしまう。せっかく縮まった距離のまま卒業を迎えたいと思うのはいけないことだろうか。

――『恋をすると人は臆病になる』

 そんなフレーズを過去に何度か描いたことがある。ああ、こういうことかもしれないと、改めて実感するのだった。



「くん、……三田村くん」

「えっ、何?」


 呼ばれて我に返った。玉城の部屋のリビングで隣には三田村がいる。そして部屋の中央にあるテレビ画面は、DVDの再生が終了しているのか、真っ黒な画面になっていた。


「ボーッとして、どうしたのかなって」

「ああ、悪い。考え事してた」


 玉城は慌てて手を伸ばし、デッキからDVDを取り出した。

 今日は三田村が家に来る日だった。こないだ借りた漫画で実写化された映画のDVDを持っているから、と鑑賞会をすることになった。漫画とは違って実際の人間が動いているところはとても参考になった。ゲイビとは違って心の揺れも演技というカタチで表現されていて、ところどころ一時停止をしてデッサンの参考にしたいくらいだった。

 しかし男同士の恋愛に葛藤している二人を見ていて、自分の気持ちまで引き込まれてしまったのか、画面を目で追いながら、心はどこか遠くにいた。気づけば画面すら目に入らなくなっていたようだった。


「面白くなかったですか?」

「いや、それはない! 自分でも買おうかなって思ったくらいだ。さすが三田村が選ぶだけはある」

「そんな……なんか恥ずかしいな」


 褒められて恥ずかしいのか、照れくさそうに目を背けている三田村をまた愛しいと思う。この短い間に見ているだけでは気づけなかった三田村のいいところを沢山知った。そのひとつひとつを挙げて褒めたいくらいだ。


「なぁ、三田村ってこういうの見て、どう思う?」

「どうって?」


 玉城の問いに三田村は首をかしげた。


「その、実際の男同士の恋愛ってやつ?」

「あー……」


 生ぬるい相槌が返ってくる。ボーイズラブと現実は違うということは、当然三田村も理解しているのだろう。


「え……っと、僕、最近はBL中心に読んでるけど、もともと少女漫画で恋愛を知ったところがあるから、キラキラした恋愛に憧れてるだけかもしれない」


「そっか」


 それは自分と同じだな、と頷く。


「現実はなんていうか、うまくいかないんだと思う。この映画みたいに男同士で恋人になるって世間の目もあるだろうし、二人がいいだけではダメなんだろうな、とか」

「それはそうだろうな」

「でも、男の人にも魅力的な人はいるし、絶対にない、とは言い切れないかも」

「それって男を好きになる可能性もあるってこと?」

「うん……」


 三田村の答えは肯定ではないが、その言葉に玉城の胸が高鳴るのを感じた。


「じゃあ男とキスしたり、その先もできる?」

「す、好きな人とならしたいと思う……」


 三田村の好きな人、という響きに、高鳴った玉城の胸は急に現実を突きつけられたようで、ちくんと傷んだ。


「経験がないと、わかんないだろ?」


 イチかバチかで返してみる。経験がないだなんて決めつけて、否定されたらきっと傷つくのは自分なのに。


「それはそうだけど! でもドキドキする気持ちとか、そういうのはわかる……気がする」

「じゃ三田村は……ゲイビとか見る?」


 本当は『三田村は好きな人いるの?』――という質問のはずだったが、声に出すと別の質問になっていた。それを聞く勇気は自分にはない。


「そ、それは見ないよ!」


 ボーイズラブが好きでもゲイビは違う。そのあたりも自分と同じようだ。


「ボーイズラブ描いてる漫画家はゲイビ見てるかもしれないぞ、まきじゅんとか」


 まぁ、見れませんけど。


「やめて! まきじゅん先生は絶対にそういうのは見ません!」


 おまえ、どれだけまきじゅんを聖人君子だと思ってんだよと言いそうになる。なんなら、昨日はAVのサンプルサイトで一人でしたというのに。


「どうしたの?」

「いや……なんでもない」


 そういえばお気に入りのAVに出てくる美少女が三田村に似ていたことを思い出し、勝手に自己嫌悪に陥る。しかもちょっとだが下半身が反応してしまった。思い出したのがAVだからなのか、三田村だからなのか。


「じゃその、まきじゅん先生に三田村の裸の写真とか送ってやればいいんじゃないか」

「ええっ、それって参考にしてください、みたいな感じで?」

「姉ちゃんも確か、男のポーズ集みたいな写真集とか持ってたぞ」

「姉ちゃん?」

「あ、いや姉も漫画家目指してたことがあってな」


 ナチュラルに姉の話をしてしまい、必死でごまかす。滑るように姉の話をしてしまうのは気をつけなければ。


「でも、もし僕の体の写真を送って、先生の参考になるなら嬉しい」

「は……?」


 予想外だった三田村の前向きな発言に絶句する。そこは否定してもいいところなのではないだろうか。


「玉城くんが、僕の裸の写真撮ってくれるならいいよ!」

「な、なんで俺が……」

「えー、だって言い出しっぺじゃない?」


 写真を撮るだけなら構わないが、その空間に自分が耐えられるのだろうか。目の前で三田村が服を脱ぐなんて、どうしたらいいんだ。いや、写真を撮ればいいだけの話なんだが。


「ファンレターの宛先は、たしかたまあい先生の事務所でよかったはずだから、参考になりそうな構図の写真を撮って、ファンレターと一緒に送ろうかな」

「ま、まじで言ってる?」

「それでまきじゅん先生の役に立てるなら、僕の裸くらいどうってことないよ」


 三田村の表情は真面目だし、本気のようだ。それにしてもここまで思ってもらって、まきじゅんは幸せ者すぎるぞ。うらやましいぞ。


「早い方がいいかな、先生の新刊に間に合うようにさ。もしよければここで撮影してもいいかな」

「それは構わないけど、スマホよりも解像度のいいデジカメ借りてきてやろうか」

「え、いいの?」

「ああ、姉ちゃんが持ってるから」


 確か、以前姉と取材旅行に行ったときに使った遠隔シャッターリモコンつきの優秀なデジカメがあったはずだ。三田村が妙に乗り気で、その心意気に水を差すより、応援したい気持ちになるから不思議だ。

 作家にプレゼントをする読者というのは昔からいる。姉が何かの雑誌のインタビューで呟いたほしいものが事務所に届くなんてこともよくある。今の三田村は、まきじゅんのためにという損得勘定なしで行動に移そうとしている。そんな純粋でまっすぐなところがまた三田村のいいところであって、好きなところでもある。

 そして玉城もまた、まきじゅんとして新刊の準備もそろそろ始めないといけない。写真が届くことを想定して書いた方がいいのだろうか。

 まきじゅんの元に届く予定の三田村の写真を、自分が撮影するということになってしまうが、せっかく三田村がやる気になっているのなら、出来る限り協力したいと思う。自分にできることはそれくらいなのだから。



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