あいつに内緒の恋だから

春日すもも
春日すもも

◆内緒の恋の結末

公開日時: 2020年11月30日(月) 23:16
文字数:4,019

 卒業式に近づき、受験を控えた生徒や内定をもらった生徒が研修に行くなどで、教室に空席が目立つようになった。フリータになる予定の自分は家にいても特にやることがないのと、鉄工所に就職が決まっている峰岸は出席日数が足りないという理由で、ほぼ自習の授業しかない学校に毎日来ていた。

 付属の大学に進学するという三田村はほとんど学校に来ていなかった。あれ以来、まともに話せていない。もしかすると卒等まで、こんなぎこちない関係のままかもしれないとさえ、思い始めていた。


「そういえばな、玉城」

「おー」


 スマホに目を向けながら、玉城は答える。


「通販で届いて読んだぞ、新刊」

「おう、サンキューな」

「あれは最終回なのか」

「さあな。でも二人は結ばれたからいいだろ?」


 自分の中ではあの二人の話を今後描くつもりはない。今はまた描いた新刊をちゃんと読んでもいないくらいだ。


「いや、なんか涼平の気持ちはきっと変わらないままなんだけど、あまりにも淳が一方的過ぎて」

「一方的?」


 そうだっけ、と思わずスマホから顏をあげる。


「なんか、淳が違ったんだよ」

「違ったって何がだよ」

「それは説明できないんだけど、なんていうか、うまく言えん」

「じゃあ、それを作者に言わないでくれよ」


 すまん、と峰岸に謝られた。わかっている。苛立っているのは自分で峰岸は悪くないのだ。

 淳は想ってくれている涼平の気持ちを受け入れた。それでよかったのではないのか。峰岸も、そして何もコメントしなかった姉も、いったい何が言いたいのだ。

 結局、イベントでも通販でも新刊は完売した。もうこれで、まきじゅんとしての漫画は最後だ。肩の荷が下りたはずなのに、どこか心は晴れなかった。


 卒業まで、惰性で過ごす学校生活だったがそれなりにやることはあった。4月から姉のアシスタントをしながら、それでもある程度の収入は確保しなくてはいけないのでバイトを見つけなければいけなかった。

 燃え尽き症候群とでも言うのだろうか。新刊が完売したという知らせを受けて何もやる気が起きなくなった。以前は毎日描いていた落書きのようなイラストもぱったりと描かなくなった。三田村と出会う前の無気力な自分に戻った。それだけなのに、この虚無感はなんだろう。


 いつものように家に帰ると、自宅のマンションの扉の前に人影を見つけた。


「三田村?」


 家の前で立っていたのは私服の三田村だった。確か、今日も学校には来ていなかった気がするが……


「ごめん。話があるんだけど、いいかな」

「ああ。あがれよ」


 持っていた鍵で扉を開けて、中に招き入れる。久しぶりの三田村に、今までどんな距離感で話していたかを覚えていない。


「そういえばおまえさ、まきじゅん先生に画像送ったのか?」

「送らなかった」


 やはりそうか、という答えが返ってくる。


「まぁ、俺はいいんだけど、そもそも先生のためって三田村が言い出したんじゃなかったっけ」

「それはまだ僕がまきじゅん先生が玉城くんだって気づく前だったから!」


 その言葉に、玉城の思考は停止する。


「今、なんて……」


 ゆっくりと振り返ると、三田村はぎゅ、っと唇をかみ締めて突っ立っていた。


「あと、玉城くんは好きな人がいるのに、僕はなんてことをしてしまったんだろうって!」

「え、ええっ?」


 さっきのまきじゅんの話は幻聴だったのか? 新たな話題に頭が追いつかない。


「僕なんかとキスしたくないよね! 好きな人がいいよね!」

「ちょ、ちょっと待て、待って……」

「だって、玉城くん、こういうことは好きな人としようって」

「それはおまえがおまえの好きな人とするべきだって意味で」

「僕の好きなのは、ずっと玉城くんなんだもん!」

「……」


 それはもうマヌケな顔をしていただろうと思う。なんだ、これは夢なのだろうか。


「えーっと、ひとつずつ整理していいか?」

「う、うん」

「おまえ、その、俺のこと……」


 それが何より一番のビッグニュースだ。


「玉城君は覚えてないかもしれないけど、僕は高校一年のとき不良に絡まれていたところを、玉城くんに助けてもらったことがあるんだ」

「ぜんぜん覚えてないんですけど」

「そうだろうね、ものすごく体調悪そうな顔をしてたから」


 それは間違いなく校了明けだ。意識もモーローとしているときだ。


「それ以来、ずっと玉城くんのことが気になってて、話しかけるきっかけがほしくて、体育祭で救護班になったんだ」

「待て、それって俺のために?」

「うん、だからずっと怪我してくれることを祈ってたんだ」


 えへへ、と笑う三田村は久しぶりに見る、かわいらしくて愛しい三田村だった。


「でね、男の人を好きになったらどうなるのかなってBLに興味を持つようになって」

「え、それって俺がきっかけってこと?」


 こくこくと頷く三田村に、玉城は今、全力で頬をつねりたい。そんな気分だ。やっぱり夢だろう。こんな嬉しいことが次から次へとやってきていいわけがない。


「だから、同じクラスになって嬉しくて」

「それは俺もだから!」

「え?」


 三田村が目を丸くする。


「いや、おまえに言わせてるばかりだったから。実は、俺もお前を目で追いかけてたから、同じクラスになれて嬉しかったんだ」

「ほ、ほんと? 僕に気を遣ってない?」

「それは本当だ」


 へへ、と照れ笑いをする三田村は、すっかりいつもの天使に戻っている気がした。


「あと、まきじゅんのこと……どこで気づいたんだよ」

「うん、それはここの部屋に来たときに、あれって」

「は? ここ?」

「ここ、たまあい先生が以前インタビュー受けた自室に似てたから」


 なんというマニアックな記憶なんだ。さすが読者ファンだけある。


「だから玉城くんは、たまきあいこ先生のご家族なんじゃないかって」


 なるほど、そっちからバレたのか。


「もし、弟さんなら絵柄が似てても納得できるよなって」

「あー、ははは」


 ここまで来たら、もうごまかしても無駄だろう。降参するしかない。


「あと新刊で確信を持った。僕と玉城くんしか知らない言葉があったし、撮影した構図もあったから」

「いや、新刊作ってる間に届くかもしれないって思ったから、バレてもいいかって賭けだった」


 結局、写真は届かなかったので、本の内容だけでもバレてしまっていただろう。


「それのことだけど……僕は謝らなきゃいけなくて」

「いや、別に送らなかったこと怒ったりしてないから」

「違うんだ。僕はずるかった。まきじゅん先生にあげるって目的を使って、玉城くんとの写真がほしかったんだ」

「え? それがおまえの目的だったの?」


 またまた予想外の展開がやってきた。


「あのデータは僕の宝物だよ。僕のスマホでも撮っておけばよかったって思ったくらい。でも玉城くん、怒ってたのにデータはちゃんとくれたから」

「そりゃ、おまえがまきじゅんのためにキスまでしようとしたから、そこまでするなら協力したくて」

「あのシーンは僕にとって憧れだったから……」


 それって相手は自分だと、うぬぼれていいのだろうか。


「改めて玉城くんの気持ち、聞いていい? 淳は玉城くんがモデルでしょ?」

「そうだけど、でも俺、あんなに爽やかじゃないしさ!」

「そんなことない。僕にとって玉城くんは淳よりもずっとかっこいい」


 これは夢か。夢なのか。もうそろそろ覚めて欲しい。本当に夢だったら現実に戻れる気がしない。


「でもな、男同士の恋愛とボーイズラブは違うんだ。あれは一種のファンタジーだ。いつかおまえも女に目覚めて……」

「僕、玉城くんよりもずっと女の子に囲まれてるんだけど?」

「へ?」


 確かにそうだ。


「それでもずっと玉城くんが好きだった僕のほうが、間違いないと思わない?」

「それは確かにそうかもしれない」


 なんだろう、この説得力。


「新刊の中で、淳は涼平の気持ちを受け入れたんだよね。玉城くんもそうなの? 僕が好きだから受け入れてくれたの?」

「それは違う」


 言葉を待っている三田村の目を見つめる。


「俺自身が自分の気持ちに素直になれなかった。だからこんないい加減な気持ちをおまえに言いたくなかった。でもこのまま卒業式を迎えて、離ればなれになるのは嫌だった」


「それは僕も……嫌だよ」

「見ているだけで幸せだった。でも共通の話題で話ができたときは嬉しかった。そうなるとどんどん貪欲になってきて、今は三田村を誰にも渡したくないくらい……」

「それって……僕、素直に喜んでいいのかな」


 三田村の瞳が、ふるふると揺れる。これはおびえているのではない。今にも泣き出しそうだ。


「僕も、玉城くんの良さに誰かが気づいちゃうの、怖かったんだよ」

「そんなこと、あるわけないだろう」

「そんなことないもん! 玉城くんはいつも寝不足で、それを見た女子たちが心配してた。話しかけられないだけで、みんな玉城くんがかっこいいこと気づいてる。見た目だけじゃなくてこんなに優しくていい人だって知ったら、きっと!」

「関係ねぇよ。俺はおまえしか見てない」

「え」


 玉城は自然と三田村の腰を自分に引き寄せていた。そして耳元で囁いた。


「俺は、好きな三田村のことしか見えてない」

「本当に、夢じゃない?」


 自分だって、何回それを疑ったことか。でも、きっとこれは現実なのだ。


「ははは、姉ちゃんの漫画のせいだな。告白したら抱き寄せるんじゃないかって」

「じゃこのあとは?」

「……キスかな」

「僕もそう思ってた」


 同じように少女漫画を見て育ったのなら、こうしたい、こうされたい、がきっと同じなのだ。 

 片手で腰を引き寄せて、もう片方は頭を撫で、そのままゆっくりと自然に唇が重なった。三田村の唇は柔らかかった。これも漫画には載っていないことだった。


「やっぱり、こういうことはお互いの気持ちを確認してからしないとダメだな」

「そうだね」


 二人は再び唇を重ねる。ついばむように、何度も何度もキスをした。今の二人はこれしか、愛を伝える手段を知らない。そして改めて、三田村には付き合ってほしいと伝えた。三田村は、喜んで、とまるでプロポーズのような返事をくれた。

 これで、ようやく二人は恋人同士になった。



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