世界の最果てに佇む猟犬と新世界の彼方で吼える忠犬

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第49話

公開日時: 2021年6月26日(土) 14:42
文字数:3,565

 牧島市に投入された陸軍戦力は二個中隊。空挺軍が前線を押しており、内陸へ後退した憲兵隊と帝国陸軍を追走し、陸軍は市内に留まっている。


 この戦力が挙って病院に向かってきていると気づいたのは、哨戒中のフェリックスが最上階まで見回りに出た時のことだった。高台に位置する病院からは、市内が一望でき、電力供給が停まって真っ暗になった道路を、ヘッドライトを点けた装甲車が向かってくれば、否応にも目立つ。陸軍からすれば、悪目立ちを許容できるほど戦力に余裕があり、同時にそんなことを構っていられるほど時間的な余裕がないということだろう。


「奴らはマキシマの家族を皆殺しにするつもりだ。この病院に逃げ込んだ市民もろともな」


 二階吹き抜けの通路に陣取ったボーコフ大尉は、集まった現有戦力の面々にその意図を告げ、それをタチアナが通訳した。


「そこまですれば、日本はロシアとの戦争を止めようとはしないだろう。どちらかの息の根が止まるまで、戦争は続くことになる」


「敵の数は?」


 クロナがロシア語で問いかける。


「この街に投入された二個中隊の半分が裏切っていると見積ると、どれだけ少なくても一五〇はいるだろうな。全部敵なら、その倍だ」


「ロシア陸軍三〇〇人相手に、こっちは特殊部隊と帝国陸軍OBの警備員、当主直属の護衛と、公安捜査官にCIAのスパイね」


 戦力差は歴然。それに、ここにいる全員が戦えるわけではない。


「ユリス、仇討ちはあなたに任せるわ。捜査官とスパイのお友達の三人で、最後の一人を確実に仕留めなさい」


 指名を受けたユリスは困惑して、


「クロナ達は?」


「私達はここを守る。あなた、二人とは仲良しでしょ。任せたから」


 一方的にそう言うと、続けて指示を告げる。


「流音は惣治と晴華についてあげて。最後の砦だから、そのつもりでね」


「了解、任せて」


「ヘリと戦車は私とフィラで潰すから、歩兵は他のに任せるわ。まぁ、ギリギリ何とかなるでしょう」


 クロナの見積りと計画に、ボーコフが異議を唱える。


「歩兵だけで三〇〇人だぞ。これだけの人数では押し切られる。当主の息子だけでも逃がしたらどうだ?」


「民間人虐殺なんてされたら同じことでしょ。ここで返り討ちにするしかないのよ」


「せめて航空支援でも要請できれば……」


 そんな弱音を、フェリックスが吐いた時だった。


 遠くから爆発音が響いてきた。ほんの微か、砲撃に似たその響きと同時に、隅に寝かせていたロシア陸軍の無線機が反応する。


「何だ……?」


 君達が持っておいた方が役立つだろうと、惣助に押しつけられたそれは、案の定動くことはなかった。それが次の瞬間、日本語を紡ぎ出した。


『あー、あー! ロシア軍の皆さんへ。どうせ日本語分かんないだろうけど報告です。お前らの電波妨害装置は、公安庁の仕堂と護藤がぶっ壊してやりましたー!!』


 興奮気味の声を聞いた夏目とユリスが顔を見合せる。


『ざまーみろー! これでお前らの快進撃も終わりだからな! 捕虜になったら一人残らずぶっ殺してやるから、覚悟しとけこのバーカ!!』


『おい来たぞ!』


『やっべ! 逃げろ!』


 ありったけの達成感に満たされた罵詈雑言に、銃声が追走する。それでも、二人なら無事だろうと、夏目とユリスはおかしげに笑った。


「何だ、今のは。一体誰だ?」


「すみません、私の部下です」


 夏目はボーコフ大尉にそう答えて、


「とにかく、無線は使えるようになったみたいですね。本部に連絡して、航空支援を頼んでください」


 唐突過ぎる展開に戸惑いつつ、ボーコフ大尉は自身の無線機を取って、本部への通信を試みる。


「本部、こちらチーグル。アシモフ、応答しろ!」


『――こちら本部。ボーコフ、無事だったか!』


 返事が返ってきて、ボーコフは一瞬安堵した。


「現在任務は継続中だが、クリルから送られた陸軍に帝政復古派の裏切り者がいた。そいつらからもうすぐ総攻撃を受けそうだ。大至急航空支援を寄越してくれ」


『了解した。チュグエフカからスホイを送る。三十分で良いから耐えろ』


「急いでくれ!」


 やり取りを終えると、ボーコフ大尉は部下達に力強く告げた。


「任務を果たすぞ!」


 隊員達が銃を取り、雄叫びを上げる。それに軍人上がりの警備員達も感化され、銃を取っていく。


「じゃあユリス、後は頼んだわよ」


 彼らに背を向けて、クロナがユリスに笑いかける。ユリスは左胸に手を当て、


「必ず使命を果たします」


     ◇


 クリョア・ミッシの居場所は夏目に心当たりがあった。


「ここにある中古車販売の店に、芦川少尉が匿われてる。クリョア・ミッシが来るとすれば、ここで間違いないわ」


 休憩室のテーブルに広げた中標津の地図に、赤のマジックで丸をつける。


 場所さえ分かれば、セルーを頼って、そこへ移動することができる。これも西方の呪術だ。


「ボーコフ大尉の仲間がヘリで迎えに来る予定で、そろそろ着くはずよ。そこでクリョア・ミッシを迎え撃って、芦川さんも助ける。それで良いわね?」


「分かった。少尉の身柄はどうする?」


「保護するわ。大尉の部隊も加勢してくれれば、鬼に金棒でしょ」


「交渉はお前がやってくれ。ロシア語はそこまで喋れん」


「任せて」


 ところで、と夏目は課題に触れる。


「クリョア・ミッシはどうやって倒すの?」


 セルーがその手段を持っていることは知っているが、それを自分達でもできることなのかは知っておきたかった。


「これを使う」


 取り出した短剣は、何の変哲もない。ユリスが振っていたグラディアの剣やキーファソの宝剣のように、刀身が透き通っていて、切っ先は鋭い。


「あの寄生植物の樹液を染み込ませてある。あれは同族同士が傷つけ合うと、相殺して枯れてしまう。これを喉にある核に突き刺せば、確実に殺せる」


 他者に寄生するよう進化した結果、競争相手の同族を殺すようになったのだろう。工作員に仕込むからには、さすがに対処法はあったらしい。


「じゃあ、セルーさんに止めを刺してもらうとして、私とユリスさんで陽動ね」


 役割を決めると、ユリスは澄ました顔で適当な相槌を打った。


「どうかしたの?」


「いえ、何でもありません」


 剣をベルトに差すユリスに、セルーが地図を見たまま独り言のように呟く。


「私と組みたくないのなら来なくて良いぞ」


「は?」


「剣に迷いのある者は邪魔だ。よく他所の騎士に言っていたな?」


 挑発的な物言いに、ユリスは唇を噛む。


「そういえば、セルーさんの短剣も透けてるんだ。ユリスさん、グラディアで使ってた剣も透けてたわよね? これ、新世界のトレンドなの?」


 不穏な空気を察して、間に入ろうとする。


「グラディアの剣はどうせ透過岩の安物だろう。あれは切れ味が悪い。キーファソの剣には敵わん」


「米帝の犬に成り下がった者がグラディアを語るな。不愉快だ」


「事実を述べたまでだ。逃げたお前は、キーファソのことなどもう覚えていないのかもしれんがな」


「あー、そういう喧嘩は後にして!」


 二人の間に割って入って、詰め寄ろうとしたユリスを押さえる。


「ユリスさん、使命を果たすんでしょ? 堪えて」


「……分かっていますよ」


 夏目の手を振りほどいて、


「さっさと連れていけ。すぐに決着をつけてやる」


「精々足を引っ張るなよ」


 セルーはそう吐き捨てて、右手をかざす。


 呪詛を紡ぐと、黒い空間の歪みが、セルーの前に現れる。セルーはそれを認めて、左手を差し出す。


「手を握れ。私と触れていないと、通れないぞ」


 差し出された手を、AK-12を取った夏目が握る。ユリスも少し悩んでから、夏目の手の上から触れた。


「行くぞ」


 黒い歪みに、セルーが踏み込むと、そのまま三人は吸い込まれていった。


     ◇


 一階から銃声が聞こえてくるのを認めて、流音は地下二階へ急いだ。


 惣助の遺体を寝かせたままの詰め所には、セルーから携帯電話を受け取った惣治と、母の晴華が待っていた。


「みんなは?」


「ここを守るために戦ってます」


 AKを壁に立てかけて、流音は惣治の方へ向き直る。


「惣治さん、準備は良い?」


「うん、大丈夫」


 惣治は頷いて、眠る父の方へ向く。


「父さん、僕と母さんを守ってください」


 そう言ってから、携帯電話に登録された番号をダイアルする。


 セルーの魔力を注ぎ込んでいるが、持ち時間は精々三十分。それまでに日本政府に、報復を止めるよう説得するのが、牧島家当主としての最初の使命だ。


『――もしもし』


 流暢な日本語が電話を取ると、惣治は深呼吸を一つして、


「牧島惣治と言います。アルバス殿下ですか?」


『電話をくれてありがとう、惣治くん。君の助力に、帝国首相として感謝する』


 アルバスは穏やかな声色で告げ、


『今から日本の首相官邸に繋ぐ。向こうは首相以下、主要閣僚が揃っている。私は立場上、助けてやることはできないが、君ならやれる。自分を信じなさい』


「ありがとうございます、殿下。よろしくお願いします」


 そして、電話がほんの一瞬の間を置いて、祖界に繋がった。

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