世界の最果てに佇む猟犬と新世界の彼方で吼える忠犬

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第67話

公開日時: 2022年8月20日(土) 10:20
文字数:5,881

「――私達を見張っていたのが、本国出身の木偶の坊だったから、一芝居打ってやった。そうしたらまんまと騙されて油断したから、一瞬で皆殺しにしてやったというわけだ。私達ダークエルフが普通のエルフのような愚者と同類だと刷り込まれている本国人は扱いが容易くて助かる」


 黒スーツのダークエルフは、ホールの壇上脇で治療を終えた夏目に、ここへ来るまでの経緯を説明した。


 曰く、隠し持っていた魔法石をわざと見つけさせて取り上げるように仕向け、返すように迫って見張りの兵士に発砲させ、その銃弾を呪術で弾き返したのだという。一見すればダークエルフが射殺されたように見えるため、他の見張り役は事態をすぐに把握することができず、その隙に奪ったライフルと拳銃を、率いてきた首相の護衛に渡してあっという間に制圧したのだという。


 当然、この急襲と大立ち回りで犠牲者が出ないはずもなく、兵士が銃を乱射したこととその混乱とで、捕まっていた護衛の中で動けるのは三十人足らずだったという。


「じゃあここに連れてきたのが全戦力ってことですか」


 ユリスのおかげで傷も癒えた夏目は、ホールを固める護衛達を見渡してそう言った。ここへ来るまでに敵から奪った銃で武装しているものだから、戦力としては申し分ない。


「息があって動けない者は下に置いてきた。今頃もう命はないだろう。賓客を連れて、すぐに脱出しろ」


「一応、合流しに行きません? どうせ地下から逃げるから通りかかるんだし」


「無駄に割ける人員と暇はないだろう。奴らは捨て置く」


 それは最適解ではあるのだが、ずいぶんと冷酷な物言いだ。敵地の真ん中に捨てていくというのは、公安の人間が考える発想ではないし、軍人でも早々あるまい。


「私は戻る」


 と、そこへ割り込んだのはユリスだった。キーファソの民族衣にACRを携えた姿は、改めて見ると妙な新鮮味がある。


「二階にはルネが残っています。彼女を置いてはいけません」


 ダークエルフはユリスの方へ向き直って、


「あのフランス人の女か。それよりも自分の飼い主の心配をしたらどうだ、王の槍よ?」


 ダークエルフが皮肉混じりに告げると、ユリスは毅然と睨み、


「堕落したあなたには分からないだろうが、仲間を放って逃げるわけにはいかない。それに、ソウジさんがここにはいない。見つけなくては」


「どういうこと?」


 問いかけた夏目に、ユリスの傍にいた牧島惣一郎が答える。


「さっき軍人が来て、惣治くんを連れていったんです」


「惣治さんを? 何のために?」


「それは分かりません……ただ、軍人は惣治の名前を知っていたようです。だから、何かしらの理由があるとは思うんですが……」


 もし見せしめに処刑でもしようと思うなら、それこそ適当に連れていけば良いだろう。わざわざ指名したのであれば、それ以外の理由があるはずだ。


「私は北条さんの護衛の方に守ってもらうことにしましたから、気にしていただかなくて結構です。どうか、惣治くんと流音を助けに行かせてください」


 深々と頭を下げる惣一郎に、ユリスが続く。


「私一人でも構いません。皆さんは各々、然るべき行動を取ってください」


「そういうわけにいかないでしょ」


 夏目が窘める。


「私も行くわ。避難誘導は他の人に任せれば良いしね」


「いや、ナツメさんに迷惑をかけるわけには……」


「怪我治してもらったでしょ? それに、惣治さんが助からなきゃ意味ないからね。セルーさんに怒られちゃうの」


 いたずらっぽく言った夏目に、ユリスは苦笑した。


「ヒースクリフ様」


 白人と黒人の一団が駆け寄ってきて、ダークエルフに声をかけた。


「アルバス様がどこにもいません。ワシントン卿によると、軍に連れていかれたと」


「殿下もか。老人の企てというのは厄介極まるな」


 吐き捨てるようにダークエルフは言って、


「皇帝官房とゲンティアナは、私についてこい。殿下とお前の主を探す」


「二階に置いた者達とも合流する」


「邪魔なだけだ、却下する」


 喰い下がろうとしたユリスから顔を背け、ダークエルフは夏目に訊いた。


「脱出経路は?」


「地下駐車場に警備員の詰所があるでしょ? あそこに侵入経路があるので、そこから出る手筈です」


「脱出の合図は?」


「これを起動させるよう言われてます」


 屋敷で渡されたプラスチックの携帯電話を見せると、ダークエルフは部下達の方へ向き直って、


「お前達で出口まで賓客を誘導しろ。地下二階の警備員詰所だ。途中で二階に向かい、生きている者達を可能な限り連れていけ。できるな?」


「承知しました。殿下はヒースクリフ様が?」


「この二人を連れていく、問題ない」


 一方的にそう告げて、今度は夏目に訊いた。


「起動後の段取りはどうなっている?」


「十分で爆撃を行います。第五世代型の変異石爆弾です」


「なるほど、地下に逃げただけでは生き埋めになるな」


 納得したように言って、夏目から携帯電話を取り、部下の一人に渡す。


「使い方は分かるな? 出口到着から五分で起動させろ。避難はアジアの貴族を最優先し、その後帝国貴族、護衛、マスコミ・職員の順だ」


「ごねる奴がいたら?」


「喋れなくしろ。貴族でなければ捨て置け」


「了解」


 ダークエルフが手で払うと、それを合図に護衛達は駆け出して、ホールの人質と護衛達を誘導し始めた。軍人さながらの統率と、千人を超える大所帯に有無を言わせない牽引力で、夏目の当初の予想に反して、避難はスムースに始まった。


「我々も行くとしよう」


 ダークエルフが言って、剣を抜いた。夏目も傍に立て掛けていたクリス・ベクターを取った。


     ◇


 コンベンションセンター一階の資材搬入路では、ホープ達SASの四人と、応援に駆けつけた地上部隊との戦闘が佳境を迎えていた。


「さっさと観念してくたばれよ!!」


 悪態とともに手榴弾を投げたマリーデルは、それが弾除けに使っているトラックの向こうで炸裂するのを認めて、物陰から飛び出して間合いを詰めにかかる。


「サイモン、マリーデルに続け! ヘンドリクセン、援護しろ!」


 ホープが叫んで、サイモンが駆け出す。


 マリーデルが投げた手榴弾で、残っていた四人は全員吹き飛んでいた。まだ息がある者は弱々しく蠢いているが、頭が半分吹き飛んでいたり腹を爆風で抉られていたりと、助かる見込みのなさそうな有り様だった。


「クリア」


 M60の銃口を下ろしたマリーデルが、駆け寄ってきたホープに言った。ホープも足下の惨状を一瞥すると、M4を下ろして腰のホルスターからM45を抜き、死に損なった二人の頭を撃ち抜いた。


「お、隊長やっさしー」


 冷やかすマリーデルには応じず、ホルスターに拳銃を戻し、建物を見上げる。


 現在地はコンベンションセンターの裏側。南に面した資材搬入路だ。通路を道なりに進んで辿り着き、ちょうど応援に駆けつけた敵部隊と鉢合わせてしまったが、逃げ損ねた業者のトラックを盾に何とか返り討ちにできた。


 だが落ち着いていられる状況ではなさそうだ。建物の中から微かに聞こえてくる銃声と慌ただしく動き回る人の気配が、戦況の機微を伝えてくる。


「どうするよ、隊長」


 ヘンドリクセンがAA-12の銃身を肩に乗せて方針を訊いた。魔族の怪力で軽々しく取り回されるフルオート式の散弾銃は、その長身と相俟って玩具のように見えてしまう。


「皇帝官房さんが失敗した可能性は?」


「なくはないが、交戦しているということはまだ無事だろう」


 サイモンに答えて、ホープはよしと小さく頷く。


「予定変更だ。三階まで行って、桐生さんと合流する。片づけはその後にしよう」


 三人ともに異論はなし。無言の了解に、ホープは建物へ入っていく。


 職員用通路には逆賊となった米兵の死体がいくつも転がっていた。ホープ達は狩り尽くした獲物を跨いで、ロビーへ出る。


 黒い石床を翳らせる曇り空が、ガラス張りの玄関の向こうで広がる。屋内から黙視できる範囲に戦車や装甲車は見当たらず、ロビーには上階からの銃声が響いてくる。


「外の反逆者ども、降伏でもしたのか?」


「それなら手間が省けて助かるんだが」


 玄関を横切り、職員用通路の反対側にある階段へ向かう。


「湧いてきやがったなぁ!」


 二階から階段を駆け降りてきた米兵の一団を目視すると、ヘンドリクセンが牙を剥いた。


 走りながらAA-12を構え、引き金を引く。本来ならばこの大型散弾銃は、取り回しの不便なドラム式の弾倉を必要とするが、ヘンドリクセンのそれにそんなものはついていない。次元接続魔法を応用したリモート給弾によって、弾はセルーの邸宅地下に配置したものが直接薬室に装填されるようになっているのだ。その数概算で二〇〇〇発。弾切れの前に銃身が熱に耐えられずに破損すること間違いなしだ。


 弾切れを顧みない掃射で、階段から降りてきた分隊が吹き飛ばされる。


「マリーデル、ヘンドリクセンと先行しろ」


「了解!」


 マリーデルとヘンドリクセンが階段を駆け上がり、フロアへ侵入する。途端に銃声が激しくなると、ホープとサイモンも急いで後に続く。


 青のカーペットを敷き詰めた二階のフロアには、無数の薬莢と空になった弾倉、それに米兵の死体が転がっていた。ホープが着くのとほぼ同時に最後の一人がM60に薙ぎ払われ、銃声は収まった。


 ホープは静まり返ったフロアの中で、両開きの扉が開きっぱなしにされたホールへ目をやった。無数に弾痕を穿たれた扉の奥にはテーブルでバリケードが築かれ、その奥にスーツを着たアジア人が何人も、ホープ達を警戒しながら様子を窺っている。


「護衛の方達ですか? 救援部隊です、安心してください」


 銃把から手を離して、被筒を掴んで手を上げて見せるが、表情から警戒の色は消えない。


 迂闊に近づいては却って危険。どうしたものかと考えていると、バリケードの奥から見知った顔が見えた。


「あ、皇子!」


「惣治の護衛の方ですね」


 諌谷流音が気づくと、ホープは安心したように手を下ろした。


「みんな、この人達は味方だよ」


 流音がバリケードの向こうにいる面々に呼びかけると、ようやく緊張が解ける。


「こちらの状況は?」


「ここに残ってるのは怪我人と死人だけ。動ける人は三階に行きましたよ。宰相の護衛の人が連れていっちゃいました」


「ヒースクリフの野郎だな」 


 ヘンドリクセンが流音に苦い顔をした。


「あのケチクソエルフが。怪我人の手当てくらいしてやりゃ良いのにな?」


「え? えぇ、まぁ」


 見た目ですぐ分かる魔族は初めて見るのか、流音はヘンドリクセンに気圧されつつ相槌を打つ。


 演壇側の扉がノックされた。ホープはM4を構えるが、規則性のある叩き方と、それを聞いた護衛達が身構えないのを認めて、銃を下ろす。


 扉が開くと、スーツ姿の白人がACRを提げて姿を現した。ホープも見覚えのある、アルバスの護衛だ。


「殿下!」


 護衛はホープを認めるなり駆け寄ってきた。


「ヘンドリクセン、流音さんの怪我の手当てを」


 ヘンドリクセンにそれだけ告げると、駆け寄ってきた護衛の男に訊いた。


「人質は?」


「無事です。しかし、アルバス殿下とマキシマの当主が連れていかれ、合流できず」


 安堵しかかったところに重い現状を知らされ、ため息が漏れかけた。


「それで、ヒースクリフは?」


「アルバス殿下とマキシマを探しに。マキシマの護衛と皇帝官房の捜査官も一緒です」


 案内役の夏目が離脱して、残る二人の捜索に向かった。想定とまるで違う事態に、今度こそため息を吐いた。


「ほらね。皇帝官房はこういうのがあるから嫌なんだよ」


「まぁ、宰相の護衛がいれば大丈夫だと判断したんでしょう。皇帝官房らしからぬ軽率さだとは思いますが」


「サイモン、お前皇帝官房がどんな組織か知ってんのか? あいつらマジでクソ無能だよ」


 背後で好き勝手に貶す部下二人は差し置いて、


「桐生警部から何か預かっているか?」


「装置を預かっています。電磁パルス爆弾ですよね」


 護衛がそう言ってプラスチックの携帯電話を取り出して見せる。


「ヒースクリフ様からは、出口に着いてから五分後に起動させるようにと言われています」


「出口の場所は聞いているか?」


「地下二階、警備員詰所と」


「それだけ分かっているなら十分だな」


 ホープはそう言ってからヘンドリクセンの方を向く。足を挫いたらしい流音が、テーブルと死体から剥ぎ取った防弾着で作ったバリケードに、内出血した左足を乗せている。ヘンドリクセンは腫れ上がった左足首に手を置いていて、魔族らしからぬ光で患部を癒している。


「治療にはどのくらいかかる?」


「まぁ、あと二分だな。全員治すとなると、まぁサイモンと二人で二十分そこそこか?」


「なら歩ける程度で良いから十分で済ませろ。怪我が治った奴から順次出口へ案内するんだ」


 ここから先は別行動。そう言いたげな提案に、ヘンドリクセンは顔を上げた。


「おい隊長、あんたどうするんだよ?」


「首相を探す。お前達は人質の護衛をしてくれ」


「そりゃねぇだろ隊長。あんた一人で探すなんて無茶だ」


「マリーデルは連れていく。心配ない」


「いやこんなの弾除けにもならねぇって!」


「うっさいクソ魔族!」


「真面目な話してんだ黙ってろやちびゴリラ!」


 一喝されて、押し黙るマリーデル。ヘンドリクセンは鼻を鳴らし、隊長の方へ向き直る。


「こいつらなら問題ない。それより、あんたにもしものことがある方が困るんだよ。既得権益まみれの連中以外はどいつもこいつも、隊長に皇帝になってほしいと思ってんだ。こんなとこで死にたがんのは止めてくれ」


「死ぬつもりはないさ。これは任務遂行のための最善策だ」


 ホープは落ち着いた声で続けた。


「賓客に死人を出せば、その責任を追及されるのは母さんであり、僕だ。そうなったら僕が帝位に就くこともなくなる。お前もそれは困るだろ?」


「そりゃそうだがよ……」


「自分の身くらいは自分で守れる。だが賓客はそうもいかない。だからお前達に頼んでるんだ。賓客達にもしものことがないよう、言うとおりにしてくれ」


 肩を叩いて、強く握る。時代錯誤な人間のコミュニケーションの取り方に、ヘンドリクセンはとうとう重たいため息を吐いた。


「おいちびゴリラ、隊長死なせんなよ。死なせたらお前、殺すだけじゃ済まさねぇぞ」


「大きなお世話なんだよバーカ。お前こそ油断すんなよ」


「しねぇわカスが。おいサイモン、行くぞ」


「了解。じゃあ少尉、馬鹿は程々にしてくださいね」


「だから大きなお世話だって!」


 ヘンドリクセンとサイモンに吼えるマリーデル。いつもの三人に笑みをこぼすホープに、


「ありがとう、皇子。惣治さんのこと、お願いします」


「えぇ。あなたも、どうかご無事で」


 流音にそう告げると、ホープは踵を返して、マリーデルとともにホールを駆け出ていった。


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