世界の最果てに佇む猟犬と新世界の彼方で吼える忠犬

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第66話

公開日時: 2022年8月13日(土) 22:55
文字数:6,068

「総員、敬礼!」


 コンベンションセンター二階の一室に入ったトムを、二十数名の部下達が迎える。都市型迷彩の戦闘服を着込んだ面々は、全員直立して敬礼をし、それにトムも敬礼で応じた。


「ピエリス中佐、状況を報告してくれ」


 指名を受けて、エルフの女が一歩踏み出す。


「人員及び機材の配置は完了しました。人質の収容については、ローランド大尉から」


 続いて黒人の将校が前へ出て、力強い語気で報告する。


「人質は護衛と賓客をそれぞれ分断して収容しています。護衛は一階の研修室に収容し、賓客は三階のホールに詰め込みました」


「どちらも見張りは怠るな。少しでも不穏な動きをしたら始末しろ」


「イエッサー!」


 威勢良く答えた部下に小さく頷くトム。そこへエルフの中佐が、


「迎撃についてですが、ご指示の通り地対空装備を配置しました。地下駐車場とその先の下水道にも、探知機を設置の上、リンドバーグ少佐の部隊を置いています」


「十分だ。リンドバーグには、油断しないよう伝えておいてくれ」


 コンベンションセンターへのルートは地上、地下、上空からの三つ。地上を包囲している以上、正面から突っ込むことは考えにくいし、そもそもそれだけの戦力もないだろう。となれば、敵が攻め込むルートは空か地下の二つに絞られる。


「各自、油断することなく任務を果たせ。以上だ」


 トムがそう告げると、直立していた兵士達が持ち場に戻り、作業を再開する。


「少将、よろしいでしょうか?」


 広間の奥に用意させた簡易の個室へ向かうトムに、ピエリス中佐がついていく。絹のような白髪を軍帽で隠した長身のエルフだ。白い肌の中で左の頬の下半分が特に白く、その部位だけがシリコンのような冷たい質感で、血色をまったく受けつけていなかった。


「何かね?」


「人質ですが、やはり早々に処分すべきかと。千人規模での収容ですし、もし集団で脱走でもされたら対処が困難です」


「それはそうだな。だからこそ警備を強化しているんだ」


 窘めるようにそう言って、トムはパイプ椅子に腰を下ろす。


「奴らの粛清は然るべき時に行う。それまでは手出しするな。軍の規律を乱すような行為も認めん」


 言い切ってから、トムはピエリスの左手を取った。


「今日は痛むか?」


「いえ、今日は然程」


「そうか。なら良い」


 穏やかな笑みでトムが頷いた。 


「一つ、頼まれてくれるか? 貴族の中に、ソウジ・マキシマという子供がいる。連れてきてくれ」


「了解しました。しかし、何故?」


 怪訝な顔で訊いた中佐に、トムは穏やかな表情で答えた。


「少し、話がしたくてな」


     ◇


 コンベンションセンター地下二階。駐車場の奥にある四畳半の警備員用詰所の壁の向こうで、分厚い耐火性の扉が重々しく開かれる。


 市民にも秘匿されてきた地下避難路を進むこと四時間弱。ホープ率いるSASの面々と夏目による強襲部隊が、目的地に到着した。


「この壁の向こうがコンベンションセンターの地下駐車場だ。敵も配置されているだろうな」


 冷静に告げたホープは、サイモンに顎で促す。


 起爆装置を備えつけたC4を円形に壁に張りつけ、小走りで戻ってきたサイモンとともに、防火扉の奥に隠れる。


「壁を吹き飛ばしたら、マリーデルとヘンドリクセンの出番だ。派手に暴れてやれ」


「了解、任せな」


 ヘンドリクセンが牙を剥いて笑みを見せ、AA-12の銃把を握る。マリーデルもM60を提げて、深呼吸を一つした。


「桐生さん、準備は良いですね?」


 ホープの問いかけに、クリス・ベクターを提げた夏目は頷いて応じる。


「よし、やれ」


 それを受けてのホープの指示とともに、サイモンが起爆し、炸裂音とともに壁が吹き飛ぶ。


「皆殺しだ!」


 爆風に巻き上げられた砂埃を蹴散らして、ヘンドリクセンとマリーデルが飛び出し、引き金を絞る。


 12ゲージの散弾と7.62mmのライフル弾が掃射され、配置されていた兵士を薙ぎ払っていく。駐車していた自動車も巻き添えで弾痕を穿たれ、爆発し、黒煙を上げる。


「良いぜ隊長!」


 ヘンドリクセンの合図で、ホープ達が駐車場へ出てくる。


 倒れている歩兵の数は目算で十数人。地下から来ることを読んでの配置だろう。


「非常階段から地上階に向かう。前進」


 ホープが指示を出して、一斉に駆け出す。


 駐車場を進んでいき、エレベーターと併設されている非常階段に辿り着く。ACRを右手に携えたサイモンが壁に着いてノブを回し、そっとドアを開ける。


 照明が点いた踊り場に人気はなく、物音もしない。サイモンを先頭に足音を殺して階段を駆け上がった。


「ここからは別行動です」


 一階のドアを前に、ホープが夏目に告げる。


「僕らは一階から突入します。桐生さんは騒ぎに乗じて、三階へ向かってください」


 三階中央に配置されたコンベンションホールは、千人以上を収容することができる。大人数の人質を一ヶ所で管理するとしたらそこしかないというのが、ホープの見立てだった。


「なるべく派手に暴れますから、安心して人質を救出してください」


「えぇ、頼りにしてますよ」


 夏目の軽口に頷くと、ホープはサイモンに合図を送る。サイモンは頷いてドアを開けると、廊下の奥へ手榴弾を投げ込んだ。


「よし、行け!」


 手榴弾の炸裂とともに、四人が廊下へ雪崩れ込む。まもなく銃声が響き始め、夏目もそれを合図に階段を駆け上がった。


 三階に着いて、ドアを開ける。廊下に人の気配はなく、階下から銃声が鈍く響いてくる。


 出発前に刷り込んだ見取り図の記憶を頼りに、現在地から進むべき方向を導き出し、走り出す。


 コンベンションホールの出入り口は東西の二ヶ所に配置されている。


 両開きの扉がある西側に出た夏目は、そこで接敵した。出入り口の前を固めていた兵士と、ホールから出てきたであろう二人組。三人ともACRを提げて、視界の隅に飛び込んできた侵入者に剣呑な表情を向けた。


 夏目はクリス・ベクターの銃口を向けて、引き金を絞った。減音器を介さないけたたましい銃声が五つ連なって、二人の米兵を薙ぎ倒す。


「侵入者だ! 応戦しろ!」


 ホールに逃げ込んで仕留め損なった兵士が叫ぶ。身を隠すと同時に銃声が連なって、銃弾が壁を抉る。


 夏目は腰に提げていた閃光手榴弾のピンを外し、通路に投げ込んだ。壁にぶつかって床を転がり、敵の傍で炸裂して閃光が閃くと、喧しかった銃声が一瞬にして収まる。


 再度物陰から飛び出す。両開きの扉から右半身を飛び出させ、閃光をまともに喰らって棒立ち状態の兵士を視界に捉え、銃口を向ける。ダットサイトの照準は適当に合わせて、銃口を二度閃かせると、腹と膝を貫いて敵を弾き飛ばした。


 銃声が途絶えた通路に、ホールから悲鳴が漏れ聞こえてくる。ホープの見立ては当たったらしい。


「ッ!」


 一歩踏み出した夏目は、背後から響いた銃声と、背中を点いた衝撃に倒れ込んだ。骨身に響く重い一撃と、強烈な熱を伴う鈍い痛みには心当たりがあった。それを証明するかのように軍靴の床を踏み鳴らす音が駆け寄ってくる。


「こちらシエラ6。侵入者を確保。まだ息がある」


「アジア人だ。護衛が逃げたのか?」


 二人組の敵兵が頭上でやり取りを交わす。被弾の衝撃で呼吸も覚束ない夏目は、そのやり取りに耳を傾けることもできず、這おうと手を伸ばす。


 そこへ兵士の一人が脇腹を蹴り上げた。夏目は呻きながら床に倒れ、咳き込みながら仰向けに転がる。


「本部、侵入者はまだ息がある。指示を」


 一人が無線に吹き込み、もう一人が夏目に銃口を突きつける。


「こいつ護衛じゃないな」


 夏目の装備を見て、銃口を向ける兵士が言った。嫌悪感を露にした表情だった。


「何でアジア人が?」


「さあな。おい、お前何者だ? 答えろ」


 問いかけとともに腹を踏みつける。容赦のない圧力に、夏目は短く悲鳴を漏らし、縋るように足に手を触れる。


『本部からシエラ6へ。侵入者は排除しろ。規律は守れ』


 釘を刺されて、兵士がため息を漏らす。


「シエラ6、了解。アウト」


「余計なことはするな、ってか? まぁ、見せしめにするくらいなら良いよな」


 兵士がそう言って足を退かし、もう一度脇腹を蹴り飛ばす。苦しげに呻いて、芋虫のように丸くなった夏目の髪を掴むと、ホールへ向かって引きずっていく。


「貴族どもの前で処刑してやる。ベリォ達の仇だ」


「おい、もう良いよ。さっさと始末しちまおう――」


「冗談じゃねぇ。役得もなしにやってられっか。おら、さっさと行くぞ……」


 振り返った米兵が見たのは、首だけになった仲間の間抜けた顔と、それを掴むダークエルフ、そして玩具のように床に崩れる仲間の身体だった。


「これだからランリファスの人間は役に立たない」


 ダークエルフは剣を薙いだ。刃が空を切ると、夏目を掴んでいた右腕が切り落とされて、米兵が悲鳴を上げて尻餅をつく。


「クズは世代が変わってもクズのままだな」


 黒のスーツを纏ったダークエルフは、声にならない声を震わせて床をのたうち回る米兵を指差すと、聞き取り難い言葉をいくつか紡ぐ。米兵の声が呼吸とともに止まり、くぐもった音を喉から漏れ聞こえさせながら硬直すると、それからまもなく、苦悶の表情のまま息絶えた。


 その光景を視界の隅で見守った夏目は、ようやくまともに働き始めた思考で、それが西方の呪術の類だと察したが、目の前で剣を握るこのダークエルフの立ち位置を見定めかねていた。


「見覚えのある顔だ」


 ダークエルフは自身の顎を撫でながら思案し、


「皇帝官房に来ている日本人だな。セルーの遣いか?」


「えぇ。あなたは?」


「お前の主の腐れ縁だ」


 そう告げて米兵の首を投げ、剣を鞘に収める。


「ナツメさん!」


 聞き覚えのある声に顔を向けると、曲がり角から民族衣姿のエルフがACRを手に駆け寄ってきた。


「ユリスさん、やっぱり会ったわね……ッ」


 起き上がろうとした夏目は、脇腹の鈍痛に顔を歪めて床に沈んだ。被弾の衝撃と、散々蹴られたせいで傷めたらしい。


 ユリスの背後からは、続々と武装した背広姿の男女がやってきて、夏目達に一瞥を繰れてからホールへ入っていく。どうやら貴族の護衛達らしく、ホールからはさっきまでの

悲鳴から打って変わって、安堵の入り雑じる歓声のようなものが聞こえてきた。


「ユリスさん、回復魔法とかってお願いできる? できたら折れた骨が治るようなの」


「わ、分かりました」


 ユリスの傍に寄り添って、魔法石を手に夏目の脇腹に触れた。


     ◇


 コンベンションホールから連れ出された惣治は、二階の一室に通された。


 小規模なセミナーを開くための縦長の部屋には、軍人らしいOD色のコートを着た白人の老人が一人、席に着いていて、惣治が入るなり碧眼でじっと見据えてきた。


「お連れしました」


 エルフの女性将校が米語を紡ぎ、惣治の背中を押す。妙に固い感触に痛みを覚え、惣治は思わず振り返って、エルフの方を睨んだ。


「君は牧島惣助の息子だな?」


 立ち上がった老人が日本語で問いかけると、向き直った惣治は一瞬戸惑ってから、日本語で返した。


「父を知ってるんですか?」


「あぁ。君の父親が小さい頃に、護衛をしたことがある」


 老将は無表情でそう告げてから、エルフの将校に目で合図を送る。女エルフは敬礼で応じて、部屋を後にした。


「掛けなさい。少し君と、話がしたい」


 促されるまま、惣治は老将のもとへ向かう。


「私はトム・アンダーソン少将だ。今この建物を占拠している部隊の指揮官だ」


 テーブルを挟んで対峙した老人は、淡々とそう名乗った。


「君は私達が何故このような強硬手段を採ったか、分かるかね?」


「分かりません」


 惣治は考えるまでもなく答えた。


「アメリカ帝国の意思じゃないとは思いますけど、こんなことされる心当たりがありません」


「そうか。そうだろうな」


 トムはやはりといった風に苦笑した。


アメリカ帝国我々大東亜共同体君達との国境線で起きる軍事衝突がどれほどのものか、想像したことはあるかね? 朝のニュースで流れても、国境線を挟んでパラパラと銃を撃ち合って終わりだと、寝惚けた頭で適当に想像してたんじゃないか?」


 小馬鹿にしたような物言いにムッとするが、惣治は反論できず、押し黙る。


「君を連れてきた中佐は、二年前の国境線での戦闘で左半身を失くしている。韓国軍の兵士が投げ込んだ手榴弾から私を庇ってな」


 背中を押された時のあの妙な固さは、義手が理由だったらしい。惣治は冷静に悟った。


「国境線で行われる戦闘は、毎回そんなものだ。一度の戦闘で何人も死に、それ以上の人数が負傷する。みんな、私の部下だ。彼らを激励するために前線を視察に向かい、私は部下を苦しめることになってしまった」


「これはその復讐ですか?」


「物分かりが良いじゃないか。君の父親はアルバスにくっついてばかりの子供だったのにな」


 皮肉か称賛か。トムは雑じり気のない笑みで言った。


「現場の兵士が傷つき、死んでいっても、帝国は何もしなかった。アジアとの戦争を回避するために、アルバスのような連中は我々に報復をさせなかった。これはその報いだ」


「僕達を殺して死んだ人達が浮かばれるんですか?」


「さあ、どうだろうね。だが、君達の祖国を苦しめることにはなるだろう。それが巡りめぐって帝国のためになり、亡き戦友達の慰めになるはずだ」


「戦争になるかもしれないのにですか?」


 惣治は語気を強めて問い質した。


「戦争になったら、あなたの部下の家族が死ぬかもしれないのに、本気でそんなこと考えてるんですか? 間違ってますよ。そんなの、おかしいですよ」


 つい今まで努めていた冷静さをはね除けて、非難の言葉を並べる。怒りすら感じるその語調に、トムは聞き入る。


「僕の父は帝国に殺されました。あなた達に殺された。でも僕は復讐しようとは思いませんでした。そんなことを望んだら、僕のように大切な人を失って、悲しむ人がたくさん出てくるからです。それが分からないんですか」


「子供の君には分からんだろう。分かって堪るか!」


 白い肌を紅潮させて、トムは吼えた。


「最前線で死んでいく者の気持ちなど分かって堪るか。死んでいった戦友や部下に何もしてやれず、悲しみに暮れる遺族に何もしてやれない無力さが分かるか? 自分の痛みなど毛ほども感じない政府の連中が机上の正論を並べて、勝手に外交で解決する様を見届けるしかない無念が、貴様のような貴族に分かって堪るか!


 家族が巻き込まれるだと? そんなこと私が許さんよ。私にはそれだけの力がある。帝国は貴様らに屈するような弱い国ではない。私が帝国を守るのだ。この作戦こそが帝国を頂点に導くのだ!」


 まるで狂信者のように叫ぶトムに、惣治は気圧されることなく対峙する。


 睨み合う少年と老将。そこへ鈍い炸裂音が割り込み、程なくしてあのエルフの将校がドアを開けた。


「少将、襲撃です」


「来たか、ホープ」


 トムはそう呟いて頷くと、


「状況は?」


「一階のロメオ小隊が交戦中です。人数は四名」


「B中隊のアルファ、ブラボー、デルタを応援に向かわせろ。チャーリーとエコーは三階に急行。C中隊は地下に送れ」


「了解!」


 エルフの将校が敬礼とともに退室すると、


「さて、小僧。お話は終わりだ。私についてきてもらおうか」


 拳銃を抜いたトムが、惣治に告げた。

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