「あぁ、その展示会なら知ってますよ。明後日からアリーナを貸し切ってやるやつですよね? 本土からも貴族やらマスコミやらが集まってきてますから」
成り行きで相席することとなった惣治達一行の来訪経緯を聞くと、リールーは頷きながらそう言った。
「この街からも大学や企業から結構出展するらしいですよ。あの展示会、帝国では一番規模が大きいですから、名前を売るために出展したがる新興企業が多いんですよね」
「へぇ……そういえば、参加企業のリストは見せてもらったけど、聞いたことない企業ばっかだったな」
「じゃあ今のうちに唾つけときましょうよ。プスタスクの企業に投資しといて損はしませんよ」
斜め向かいの窓際に座った惣治に、リールーが食い気味に話す。まるで投資を勧める胡散臭い営業マンのような熱気に、夏目は苦笑した。
「うーん、伯父さんと相談かな。僕はまだそういうの、よく分からないし」
惣治も人当たりの良い笑みのまま、上手く営業をかわした。
半年ほどの間に、子供っぽさは随分と落ち着いているように見受けられた。米語も留学経験者のそれとは比較できないにしても、しっかりと意味は伝わっているし、言葉の選び方にも誤りはない。
今回の来訪に向けて相当な練習を積みながら、華族の当主としての緊張感ある日々を過ごしてきたことは、夏目から見ても明らかだった。
「それにしてもこの肉、固いですね」
運ばれてきた馬肉のステーキをナイフで切りながら、惣治がぼやく。
「そこがこの肉の良さなんですよ。固くてジューシー、噛めば噛むほど味が出るってわけ。帝国本土の連中は毛嫌いして食べないけど、もったいないですよね」
「あれ、そうなんですか?」
「エルフは肉食の習慣がないっていうから、アメリカの人が馬肉好きなのかと思ってたけど」
「帝国本土だと馬を食べないんですよ。馬肉を食べるようになったのは、新世界に派兵された部隊が食糧難になった時に、馬を仕方なく食べたのがきっかけらしいです。それが文化として根づいたんですね」
「なるほどねぇ。思ったより上手く文化共生してるわけだ」
ようやく肉を切り終えて一息吐く惣治の隣で、諌矢流音が感心した風に頷いて、ソーンツェ酒を呷る。
「共生ではなく、侵略の証拠ですよ」
その隣に座るユリスが毒づいた。ステーキには手をつけず、オニオンフライとソーンツェ酒ばかりを摂っている。
「ハルファグを食べるなど、私には想像もできませんね。獰猛な魔獣すら蹴散らすような馬ですよ」
「まぁでも、美味しいですからね」
リールーは肩をすくめて応じる。
「ユリスさんでしたっけ? 見たところ戦前の生まれだと思いますから、帝国の文化を受け入れるのに抵抗があるのは分かりますよ。でも、こういうのは相手を知ると案外受け入れられるものです」
「あなたも戦前の世代でしょう? そこまであっさり受け入れられている理由が私には理解しかねますね」
「戦前といっても帝国が新世界に来た時はまだ五歳くらいでしたからね~。記憶にあることといえば、帝国の兵隊さんが魔獣から助けてくれたことくらいですよ」
不快感を隠そうともしないユリスに、ニコニコの笑顔で切り返すリールー。二人の間に同族故の緊張感が走る中、それを和らげようと曙紅が気を遣う。
「皆さんは桐生さんとお知り合いなんですよね? どういった経緯で知り合ったんです?」
「三月にロシアからの侵攻がありましたよね。あの時桐生さんが北海道にいらっしゃって、居合わせた僕らを助けてくださったんです」
三極冷戦が久しぶりに熱を帯びた事件であり、ロシア連邦が窮地に立たされるきっかけとなった出来事だ。新世界でも知らない者はいないだろう。
「ナツメさんって顔広いよねぇ。他所の部署でも結構名前売れてるし。第二局のおばさん課長も、こないだナツメさんのこと話してたよ」
「まぁ、そういう部署だしね。ていうかその人、あなたより年下でしょ。おばさん呼ばわりするのは変よ」
リールーの物言いを聞き咎めた夏目に、ユリスが話題を拾う。
「ナツメさんはこちらで何を?」
「日本にいた時と似たような感じ。仕事の相手はちょっと変わったけど」
「欧州が相手ではなくなったと?」
「欧州なのは相変わらずよ。でも何というか、政治的な人達よりお金儲けが好きな人達が相手になってる感じ」
公衆の場で身分を明かしたり、捜査情報を話すわけにはいかない。その辺りの配慮に気をつけながら答えると、ユリスも察してそれ以上は深掘りしてこなかった。
「ユリスさんはどうなの? あれから何か変わったことは?」
「特にありませんよ。変わらずソウジさんの護衛です」
澄まし顔で答えたユリスは、固い馬肉に悪戦苦闘する惣治の方へ目をやる。
「平日の送迎に、乗馬の練習。特に乗馬の練習は、今回の展示会のために、この半年つきっきりでした」
「展示会って、そこのお坊っちゃんはハルファグに乗るんですか?」
リールーが目を丸くして訊ねると、惣治はナイフを置いて得意顔で答えた。
「そうですよ。ユリスからコツを教えてもらいましたから」
「ハルファグってただの馬と全然違うけど、大丈夫なんですか? まともに蹴り喰らったら身体真っ二つになりますよ?」
子供相手にその言葉の選び方はどうなのかと、夏目と曙紅が聞き咎めようとしたが、惣治は得意顔のまま答えた。
「ユリスに教わったから大丈夫ですよ。乗ってた張本人から教わったんですよ? 完璧ですから」
淀みのない惣治の答えに、隣に座るユリスもどことなく誇らしげだった。
「ハルファグに乗ってたってことは……じゃあユリスさんはひょっとして、遠征騎士団の?」
「えぇ、まぁ」
「へぇ~! じゃあ領主のカレンデュラ様と同じなんだ!?」
わざとらしく声を上げたリールー。ユリスの顔がにわかに曇る。
「カレンデュラ様のこと、知ってますよね? このプスタスクをロシア最大の都市に発展させた貴族です。古参貴族達からも尊敬されてるんですよ。まぁ、帝国本土の貴族からは煙たがられてるみたいですけど」
まるでさっきまでの惣治のような得意顔のリールーに、ユリスは目線を外へ向け、そして乾いた笑いをこぼす。
「彼女は、昔のプスタスクを愛していたはずですがね。あなた方からすれば、ここより遥かに見劣りしたスラキスですら、人混みが多くて息苦しいと言っていましたよ」
「それはカレンデュラ様が?」
「えぇ、そうです。この街が彼女の望んだ姿だというなら、彼女も変わったのでしょう」
ユリスはそう言って、ソーンツェ酒を呷る。
「会って確かめてみれば良いじゃないですか」
リールーが言った。
「変わったかどうかなんて、会って話せば分かるでしょ。カレンデュラ様は帝国本土の貴族達と違って、平民にも分け隔てなく接するから、昔の同僚なら二つ返事で会ってくれますよ」
「そうですか。ですが、会う気にはなれませんね」
提案を素っ気なく却下されたリールーは、困り顔で肩をすくめる。
「カレンデュラ様も喜ぶと思うけどなぁ。遠征騎士団の生き残りなんて、もうカレンデュラ様だけだと思われてるわけだし」
「私は会いたくありません。今の彼女を理解することができませんからね」
「それじゃカレンデュラ様があんまりでしょ。勝手に心変わりしたと勘違いされてさ。ていうか、勝手な印象のまま終わらせるのって良くないですよ。お坊っちゃんもそう思いません?」
問いかけられた惣治はステーキを飲み込んで、
「僕はユリスの好きなようにすれば良いと思うよ。誰に会うかどうかは別に義務じゃないんだし」
「何十年も続いた蟠りなんて、そう簡単に解けるものじゃないわよ。エルフだってそれは同じでしょ」
惣治と夏目がそう言うと、ユリスの表情が少しだけ和らいだ。
「ところでリリさん、それ何杯目? お酒強くないんだから、そろそろ控えたら?」
話題を変えようと夏目が切り出し、それに流音が乗る。
「ユリスもそろそろ、お酒は切り上げないとね。今日相部屋なんだから、いびきかかれたら堪らないわ」
「このくらい、どうということはありませんよ」
「ダメだよ、ユリス。酒癖悪い人は自覚ないんだから」
惣治に窘められ、ユリスはムッとするが、それ以上は言い返さなかった。
◇
食事はそれから三十分ほどでお開きとなり、偶然の相席となった一同はその場で解散となった。
「では、僕らはこっちですから。桐生さん、また」
「えぇ、また」
礼儀正しく一礼して、惣治達は通りを反対側に進んでいく。
「さてと……私達はどうする?」
他の店で飲み直すかどうか、夏目が二人に訊ねる。
「あたし帰るわ。これ以上飲んだら明日起きれなくなるし」
「賢明ね。曙紅さんは?」
「私は大丈夫なんで、お供しますよ」
「じゃあ決まりね」
方針が決まると、リールーとはここで別れることとなった。ちょうど通りがかったタクシーを捕まえて、リールーを乗せて見送る。
「じゃ、行こっか」
「はい!」
時刻は午後九時。ここからマンションへは車で三十分とかからないから、あと一時間は飲めるだろう。
そんな皮算用をしつつ、夏目は路地を進んでいく。
「リールーさんのこと、どう思いました?」
隣を歩く曙紅が唐突に訊いた。
「どうって?」
「あの人、ゲンティアナさんのこと知ってましたよね。なのに他人のふりして接してたから、何か違和感がすごくて」
自己紹介の時にユリスが名乗っても偽名で通し、実母のことを他人のように扱って会話していたのを、曙紅は表情にこそ出さなかったものの、緊張しながら横で聞いていたらしい。
「リールーさん、戦争の時は十歳くらいだったはずだから、きっとユリスさんのことも知ってたでしょうね」
「お母様と引き合わせたかったとかですかね?」
「それもあると思うけど、何だか試してるようでしたね。挑発というか……」
「あぁ、確かに……」
結局のところ、どれだけ考えても真意は分からず、二人はそれから一時間ほど近場のバーで飲んでから帰宅した。
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