日曜が出勤日で滅入ってしまうのは精々二年目までで、今ではそんな生活にも慣れてしまった。
始業から一時間ばかり経って、仕堂と護藤の二人は課長補佐と係長から呼び出され、執務室脇にある小会議室に連れ込まれた。会議室といえば聞こえは良いが、四人で使う手狭で窓のない空間は、専らやらかした捜査官が締め上げられるためにある部屋で、仕堂は何事かと生きた心地がしなかった。
「昨日、ゲンティアナ管理官と飲みに行ったそうじゃない。どうだった?」
ざっくばらんに切り出したのは、課長補佐の九頭だった。白髪混じりの頭を短く切り揃えた中年で、草臥れたグレーの背広がよく似合う渋味のある男だ。課長よりやや年上に見えるが、同期で同い年らしい。
「彼女について何か分かったことは?」
係長の大野がそれに続く。柔道で鍛え抜いた大柄な身体を持つ、スキンヘッドの男だ。熊を思わせる体躯と強面は、暴力団の用心棒を彷彿とさせ、これまた長く着込んだ濃紺の背広がよく似合っている。
四係の半分を割いて当たっている案件に二人が専念させられている都合上、課長補佐に小言を言われたり、係長に詰められることはなくなったが、その代わりが磯村課長では割に合わないというのが、仕堂と護藤の共通見解だ。
「出身がキーファソで、米帝との戦争に参加した騎士だったそうです」
「あと、酒癖が物凄く悪い」
二人の簡潔な報告に、九頭がため息混じりに頭を掻く。
「酒癖が悪いこと以外収穫なしか……」
「課長に報告できませんね」
「何か知りたいことでもあったんですか?」
護藤が臆することなく質問した。
「連中が持ってる密売組織の情報だよ。中国と韓国の連中にも確認してみたんだが、王立騎士団の奴ら一向に口を割らないんだそうでな。外様のゲンティアナ管理官なら、酒に酔った勢いで何か喋ってくれると思ったんだが」
班長も憤慨していた件だ。二人は顔を合わせて、納得したように頷いた。
「ちょっと訊いてみたんですけど、何も教えてくれませんでしたよ。それどころか、騎士道精神について三十分近く説教されました」
「ほぉー、そりゃお前みたいな軽薄な野郎には堪えるわな」
九頭が笑いながら仕堂に言った。
「しかし参ったな。これ以上ほったらかすわけにもいかんぞ」
「あの、何かあったんですか?」
困ったように顔を見合わせる課長補佐と係長に、護藤が訊いた。
「今朝のニュース観たか? 新千歳空港の爆破事件だ」
「事件?」
メディアの表現との食い違いに、仕堂が首を傾げたが、それが彼の朝の習慣を表していた。
「あ、観てないんだな。あれは今、ロシアのスパイがやった爆破事件じゃないかってことになってるんだよ。どこぞのテレビ局が、死にかけのじいさんにインタビューして、言質を取って放送しやがったんだ」
何ともまずいことになっているらしい。瀕死の老人一人の発言が、そのまま事実として受け止められることなど通常ならありえないだろうが、それが外交上対立を深めているロシアが関わった、しかも空港で何千人と死者を出した謎の爆発となれば、話は変わってくる。
「まさかとは思いますけど、政府がそれを信じてるんですか?」
「一部の連中はな。内務大臣と外務大臣は懐疑的だし、首相も記念式典を優先してるから開戦には消極的らしい。が、困ったことに国防大臣がやる気になってる」
情報元は内務省だろう。この手の厄介な情報は、真っ先に公安庁に下りてくるものだ。
「テロがあったのに式典やるんですか?」
「大東亜共同体と日本の沽券に関わるんだ。テロがあったからって中止にはしないだろう」
大野が当然とばかりに言った。
「内務省からの情報によると、インタビューが報道された直後に、官邸に閣僚が集められたらしい。そこで首相は即時開戦は否定したが、事実確認と最悪の場合の準備はしておけと指示したらしい。もしかしたら、記念式典の場で宣戦布告でもするつもりかもしれん」
冗談のような話だが、パフォーマンスとしては実に見栄えが良い。
「じいさんのインタビューをきっかけに、マスコミは開戦論を叫び出すぞ。件のじいさん、今朝息を引き取ったとも言ってたから、世間はじいさんに同情する。しかも日本が被害者だ、大東亜共同体総出での戦争になる。まさに世界大戦だな」
九頭課長補佐が半ばやけくそ気味に笑って言い、「さて」と切り替える。
「話が逸れたな……空港の爆破事件で変異石が使われたのは明らか。それも三キロは使われているはずだ。ロシアであれどこであれ、この時期にそれだけの変異石を手に入れられるのは、グラディアの連中が追ってる密売組織が関わってたと考えるのが自然だわな」
大野が九頭に続く。
「桐生に伝えろ。本件は引き続き、お前達に任せるが、期限は式典当日までだ。それまでに密売人の居場所を突き止めるか、せめて残りの変異石を回収するんだ。それを過ぎたら、そこから先は我々の領分ではなくなる」
◇
「――式典まであと四日しかないのに、係長も無茶言ってくれるわね」
仕堂から電話で報告を受けた夏目は、ため息混じりにぼやいた。
『仕方ないですよ。しくじればロシアと戦争ですからね』
「時間がないわ。例の学生達から、何としても変異石の入手経路を吐かせるのよ。課長に教わったことをちゃんと活かしてね」
『了解です』
指示を受けた仕堂は、心なしか語気を強めて応答し、それから思い出したように切り出した。
『そういえば、ユリスさんは大丈夫でした? 昨日偉いことになってましたけど』
「大丈夫よ。今朝も朝ごはんをおかわりまでしてたし」
夏目の報告に仕堂は受話器越しに笑った。
「今二人で丸の内に来てるの。ユリスさんの携帯電話と服を買いにね」
『休みを満喫してますね~。何か羨ましいなぁ』
「仕堂くんだって、来週は日曜休みでしょ。まぁ、明日は良い報告が聞けると期待してるから、頑張ってね」
『任せてください。次しくじったら課長にシバかれちゃいますし、何としてでも吐かせて見せますから』
心強い宣言とともに、通話が終わる。夏目は携帯電話をハンドバッグにしまうと、セレクトショップの店内に戻った。
「すみません、お待たせしました」
「いえいえ。お連れの方、よくお似合いですよ」
太い黒縁の眼鏡をかけた大学生らしき店員が、試着室の方へ夏目を促す。
白地にトリプルストライプのドレスシャツに黒のノーカラージャケット、インディゴブルーのデニムパンツという組み合わせは、スレンダーな体格と凛々しい顔立ちによく似合っている。尤も、本人は着慣れない服装に戸惑い、やたら褒めてくる店員に分かりやすいくらい顔を赤らめているのだが。
「ほんと、よく似合ってるわ」
夏目も本心からそう言うと、ユリスの白い肌はますます紅潮した。
「こういう服は着慣れていないので落ち着きません。それに、前が開きっぱなしというのはだらしないように思えるのですが……」
「そんなことありませんよ。ほんと、スタイルが良いから何を着ても似合って羨ましいです」
店員はユリスの着こなしにすっかり魅了されている。
ユリスが試着するのはこれで三着目。一着目がノースリーブの紺ドレスで、二着目がベージュのカーディガンと白の膝丈スカート。普段は縁遠い服を選んでは着せ、その度に違った魅力があった。いつもは肌にぴったりとフィットした青地に黄色ストライプの民族衣装ばかりだったが、そんなものよりずっと彼女に似合っている。
「じゃあ、試着したの全部買っちゃいましょっか」
「ぜ、全部ですか!?」
夏目の提案に、ユリスがすっとんきょうな声を上げた。
「やっぱお洒落には最低三着は持っとかないと。あ、ついでに彼女に似合いそうな靴も選んであげてもらえます?」
「任せてください! すっごいオススメのものがあるんです!」
眼鏡の店員は興奮気味にバックヤードへ駆け込んでいった。まるで猪のような後ろ姿を見て、ユリスはため息をこぼす。
「携帯電話といい、予想外の出費です」
「結構貯めてるんでしょ? 気にしない気にしない」
「私達エルフにとって寿命など、あってないようなものです。だからこそ貯蓄は常に考えなければならないのですよ」
「寿命があってないようなものなら、定年退職だってあってないようなものでしょ? 長生きなんだから細かいこと気にしないの」
適当に言いくるめられるが、釈然としないユリス。
結局この後、店員が持ってきたシューズを二足にコートまで買うことになり、現金が足りずにATMに下ろしに行くことになったのだった。夏目からはクレジットカードを持つことを勧められたが、それは断った。
丸の内には大抵のものが揃っている。衣服も、アクセサリーも、相応のものが手に入るし、一日中ショッピングで歩き回っても飽きは来ない。東京駅にも近くて他のエリアへも気軽に足を運べるのも助かる。
「さすがにこれは買いすぎですよ。両手が塞がってしまいます」
東京駅地下街の一角にある牛タンの名店。角のテーブル席に着いたユリスは、向かいの夏目に弱音染みた愚痴を漏らした。
店の厚意で購入したてのドレスシャツとデニムパンツを着させてもらい、外出用に借りたサイズの合わないワンピースは夏目が引き取ってくれたとはいえ、私服の上下二着分にヒールとスニーカーが一足ずつ。荷物としてはどうしても嵩張る。
夏目はというと、買ってもいないのにもらったハンドバッグサイズの紙袋にワンピースを詰め込んで、随分と身軽そうだ。ボディラインの目立たない白のパーカーと青のチノパンは、何とも色気のない格好なのに、整った顔立ちのせいで愛らしさは担保されている。
「そのくらい普通だって。まぁこれで、東京に来る機会があっても悪目立ちしなくなるんだから、結果オーライってことで」
店員が注いだ水を呷り、喉を潤す。昼時にはまだ少し早いのだが、店内はもう満席だ。
「まぁ、ホテルには近いから我慢しますが……」
「この辺りなんだ。どこに泊まってるの?」
「帝国ホテルですよ。この国では有名なホテルらしいですね。何の気なしに予約したのですが、思いの外高くて驚きました」
自分の生涯で泊まることはないのだろうと考えさせられる一等ホテルだ。そんなところに滞在を許される辺り、さすがは国王直属の騎士といったところか。
「ところでナツメさん、携帯の様子がおかしいのですが……」
ユリスが携帯電話の画面を夏目に見せてくる。韓国の財閥系企業が販売しているスマートフォンだ。どうやら側面のボタンを押してしまったらしく、アプリが起動していた。
「下のボタンを押したら消えるわよ。ほら」
実演して見せると、ユリスは安堵したように頷いた。
「難しいですね……」
「そのうち慣れるわよ」
スマートフォンとにらめっこをするユリスに、思わず笑みがこぼれる。そこへ店員が、注文した牛タン定食を運んできてくれて、二人の前に置かれた。
「帰ったらフォルティさんに電話してあげるのよ。きっと待ってるから」
冷やかすように言って、テールスープの器を取る。
「分かっていますよ」
ユリスもそう言って箸を取り、牛タンを摘まむ。
「彼とは結構長い付き合いだったの?」
テールスープで身体を温めた夏目が、箸を取りつつ話題を振る。
「彼を指導したのは私です。百年ほど前でしょうか?」
「それはまた長いわね」
「エルフにとっては微々たるものです」
ユリスはそう笑って、追憶の中に思いを馳せる。
「要領は悪いし、短慮でしたが、騎士という職務に忠実で、誇りを持って取り組んでいました。本来なら退団させるべきだったのかもしれませんが、残念なことに私には彼を切ることができませんでした」
「でもユリスさんが見切りをつけなかったからこそ、彼は立派な騎士になった」
夏目の賛辞に、ユリスは気恥ずかしそうに笑って、
「彼が立派だと思いますか?」
「勇姿を見たことはありませんけど、そんな気はしますよ。何せ、騎士道精神の権化たるユリスさんが、認めてるくらいですから」
「またそうやって冷やかして……あなたの方はどうなのですか? あのお二人は、あなたの教え子でしょう?」
仕堂と護藤のことだろう。夏目はすぐに察して、困ったように笑った。
「遅刻と書類提出が遅いのさえ何とかしてくれればね。まぁ、二人ともメンタルはやたら強いから、自信なくしたりする心配はしてないけど」
「遅刻の件、昨日言っていましたね。その辺りは何とか記憶にあります」
静かに笑うユリス。今のは自虐ネタなのだろうかと一瞬考えたが、さすがにそれはないだろう。
「昨日の歓迎会で、お二人の人柄はよく分かりました。軽そうには見えますが、善良な方達です」
「それは間違いないわね。まぁ、仕堂くんは昔、やんちゃだったらしいけど」
「腕白なのは男性の性でしょう。フォルティだって、小さい頃は野山を走り回っていたそうですよ」
「あー、そういう意味じゃないんだけど……まぁ、いっか」
牛タンに舌鼓を打ちながら、二人は他愛ないやり取りを続けた。夏目は祖界の文化を話し、ユリスは新世界の暮らしを語らい、そんな暇を一時間ばかり過ごした後、店員に促されて退店した。
「どうだった? 初めての牛タンは」
地下街から地上へ出るエレベーターの流れに乗って、先頭の夏目が感想を求めた。
「新世界の肉にない品のある味わいでした。気に入りましたよ」
「そう、なら良かった」
夏目が得意気なのは、菜食中心のエルフの食文化を話したからだろう。畜産とは無縁で、身を守るためにしか武器を持たなかった種族なだけに、牛の舌を使った料理はやはり新鮮だった。
「向こうにも牛タンのお店はあるんじゃないの? グラディアには日本の料理店もよく進出してるはずだし」
「誰かから勧められない限り、行こうとは思いませんよ。ナツメさんだって、新世界の料理店があるからといって、そう足繁く通いはしないでしょう?」
そういう店を勧めてくれるような人間関係は、新世界の方にはないということか。それなら、この一日は無駄ではなかったのだろう。
「それもそうね」
夏目が相槌を打ち、エスカレーターは地上へ到着する。そこで待っていたのは、老若男女数十人の群衆と、その注目を一身に受ける、街宣車の一団だった。
『今こそ我々は、ロシアの横暴に立ち向かい、それに打ち勝たねばならないのです! 北方領土を奪われ、既に半世紀が経ちました。そして今、新千歳空港を爆破するという暴挙を、ロシアに許してしまった! このままでは我々日本人は、欧州列強にこの日本列島を蹂躙され、アフリカやかつての東南アジアのように、植民地政策の犠牲となるのは明白であります!』
選挙カーを思わせる黒塗りのワゴン車。演説台に登壇している青年二人組のうちの一人が、まるで軍人のような言葉選びで声を張る。いつもなら見向きもされない対欧開戦論も、今日ばかりは勝手が違う。
『三千人の尊い犠牲を無駄にすることは絶対に許されない! 彼らの無念を晴らし、世界に正義を示す方法はただ一つ! それは、ロシアに爆破事件の償いをさせ、そして奴らのこれまでの過ちを清算させることではないでしょうか!?』
「そうだ!」
「ロシアの非道を許すな!」
「戦争だ!」
扇情的で義憤を煽る演説に、小さな群衆が同調する。その熱気が伝播し、聴衆が増え、またボルテージが上がる。
これが共産主義者の演説なら、人だかりができる前に警察が駆けつけて、力ずくで止めさせるのだろうが、国家主義者のそれは往々にして黙認されがちだ。新千歳空港の爆発に、ロシアによる破壊工作の疑惑が急浮上した今、誰も彼らを止めようとしない。
「――ナツメさん」
隣に立って演説を眺めながら、ユリスが切り出した。
「今日はありがとうございました。が、あなたの目的は果たせていないのではありませんか?」
問いかけたその声は、低く、まるで尋問のようだった。
「というと?」
「新千歳空港の爆発は、ロシアの仕業ということになっているそうですね。携帯電話のニュースサイトで記事を読みましたよ」
「もうそんなに使いこなせてるんですか? やっぱり新世界の人は吸収が早いですね」
わざとらしい夏目の返しに、ユリスが苛立つ。
「何故聞き出そうとしないのですか?」
「何を?」
「密売組織の情報をですよ。彼らがあの爆発に関与しているのは明白です。戦争への機運が高まっている以上、一刻も早く真実を明らかにしなければならない。それなら何故私に組織の情報の開示を要求しないのですか?」
「仮に要求したとして、応じてくれますか?」
ユリスは答えなかった。夏目は肩を竦め、そして笑った。
「私だって、ユリスさんのことはそれなりに理解してるつもりですよ。あなたは騎士道と、国家への忠誠心に従って、要求には応じないし、圧力にも屈しない」
それは協調性や協約への理解の欠如から来る嫌がらせではない。彼女の信念故だ。
「まぁ、ここが庁舎の中だったらそうもいかないから、説得してみますよ? でも、今日は休日で、私達はショッピングに来てるの。そんな時に雰囲気が悪くなりそうな仕事の話なんて、私はしたくないんですよ」
「お人好しですね。そんなことではそのうち、テロリストに足下を掬われますよ?」
「あら、心配してくれるの? でも大丈夫、私は身内にしか甘くないから」
得意顔の夏目に、ユリスは肩を竦めた。
二人は帝国ホテルへ向けて歩き始めた。どちらからともなく、ただ扇情的な演説を嫌い、有楽町方面へ向かう。
「私を説得すると言いましたが、どうやって説得するつもりですか?」
拡声器越しの喧しい演説が遠退いていき、東京国際フォーラムの脇を抜けた辺りで、ユリスの方から沈黙を破った。
「それを今訊いちゃいます?」
「何も隠すことないでしょう。大方、戦争回避のためとでも言うつもりだと考えていますが」
「あ、正解」
あっさり見破られて、夏目は苦笑した。
「私の情報で戦争を回避できるとは思えませんね。むしろ決め手となる可能性もありますよ」
「それならそれで、良いことじゃない」
思いがけない反応だった。夏目は続ける。
「ロシアが犯人かもしれないっていう仮説で戦争が始まろうとしてる。それもたった一人の被害者の証言でね。それに比べたら、ロシアが犯人だってはっきりさせた上で戦争を始めた方が、後腐れがなくて良いと思わない?」
「大義名分を重んじると?」
「戦争には必要なものでしょ。あなただって、グラディアが犯人の分からないテロで戦争に巻き込まれるのは、本意じゃないでしょ?」
ユリスは目線を落として、足下を流れていくタイルを見つめる。やがて目を閉じて足を止めると、それに合わせて夏目も足を止め、
「……ほら、空気が悪くなったでしょ」
顔を上げたユリスに、苦笑しながらそう言った。
「職場でなら耐えられるけど、やっぱ休みの日にこの空気は我慢できないわね。あ~あ、せっかくの気分転換が台無し」
「…………」
「まぁ、明日はこういう話から入ると思うから、悪いけど付き合ってちょうだい。じゃないと、課長もうるさいから」
じゃ、私はこっちだから。
夏目はそう手を振って、有楽町駅の改札へ向かって歩き出す。
「――盗まれた変異石の総量は四十キロです」
背中にかけられた言葉に、夏目は足を止めた。
「日本に逃亡した密輸組織のメンバーは二人。出国時の手荷物の記録から、十キロほど持ち込んでいる可能性が考えられます。仮にこれまで使われた変異石が彼らが持ち込んだものだとすれば、残りは約六・五キロといったところでしょうか」
「ユリスさん……」
「国益のためです。もし大東亜共同体を挙げての全面戦争となれば、グラディアは相当数の徴兵を強いられることになります。それは我が国の望むところではありませんので、私が公安庁に貸しを作ったことにして、開戦の際には他国より負担を減らすよう取り計らっていただければ」
澄まし顔で告げた合理的な理由は、果たして本心から出たものか。そんなことは夏目にはどうでも良かった。
「詳しい情報は明日お渡しします。それでよろしいですね?」
「えぇ、大丈夫。本当にありがとう、ユリスさん」
「礼には及びません」
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