世界の最果てに佇む猟犬と新世界の彼方で吼える忠犬

退会したユーザー ?
退会したユーザー

第51話

公開日時: 2021年7月11日(日) 05:58
文字数:7,470

 黒い空間の歪みから一歩踏み出すと、夏目の目の前では炎上するヘリが空を舞っていた。


「逃げて!」


 荒れ狂う羽音と爆発音に紛れて、ユリスが叫ぶ。夏目はその声に反応して、路地に飛び込む。


 仮死状態の電線を巻き込んで墜落したMi-24は、二階建てのビルに頭から突っ込んで、ようやく落ち着いた。機体は燃え盛り、曇の残る夜空に黒煙を昇らせている。


「そんな……」


 このヘリが芦川を保護するために合流するはずだった部隊のものと、夏目はすぐに察しがついた。そして、それを証明するかのように、銃声が前方から迫ってくる。


「ロシア軍だ! 一旦退くぞ!」


 向かいの建物の中に隠れたセルーが叫ぶ。だが銃声と、続けざまに起こった機体の爆発の音に遮られ、夏目はその指示を聞き逃す。


「ナツメさん!」


 セルーと一緒に墜落をかわしたユリスが叫ぶ。攻勢が強まるのを察知して、夏目はその声に耳を傾ける余裕もなく、AKで応戦を始めてしまった。


「裏に回る。ついてこい!」


 セルーは夏目を諦めて、ユリスの腕を掴んで走り出す。


「待て、ナツメさんを援護しないと!」


「この間合いではどうにもならん。裏から回って接近戦に持ち込む」


 自宅兼用の文房具屋の戸を開けて、居住スペースに入る。台所の勝手口を開け、塀を飛び越えると、幾分静かな路地裏に出た。


「芦川はまだ生きている。希望はあるぞ」


 セルーが先導しながら告げた。


「あのヘリは着陸前の救援部隊だろう。でなければあんなに撃ってくるはずがない」


 落ち着いた声で考察するセルーに、ユリスは懐かしさを覚えた。何事も冷静に判断し、最適解を導き出して助けてくれる。それが、ユリスのよく知るセルーという人物だった。


「お前、銃はあるか?」


 角を曲がってロシア軍の背後につくと、ユリスに訊ねた。ユリスは拳銃を抜いて見せる。米帝のS&W社が開発した、公的機関向けの自動拳銃だ。


「良い銃だ」


 セルーはそう言うと、短剣を抜いて飛び出した。ユリスも剣を抜いて、それに続く。


 銃撃戦を繰り広げているロシア兵は六人。その誰もが、ユリスとセルーには気づいていない。


 軽トラックに身を隠す兵士に、セルーが背後から刃を突き立てる。うなじを貫いた一刺しで致命傷を与えると、すぐさま引き抜いて、隣で弾倉を替えようとするもう一人の脇腹に膝を叩き込む。怯んで倒れかかったところを押し倒して、無防備な喉をめった刺しにした。


 そこに至って、残りの四人も奇襲に気づく。


 道路の真ん中でPKPを掃射していた兵士が、銃身を薙ぐ。そうして空いた脇腹に、ユリスが剣を立てて突っ込む。


 肋を砕き、肺と心臓を串刺しにした手応えを認めると、ユリスは剣を突き立てたまま、左手の拳銃を残党に向ける。AK-12を持った兵士が二人に、腰の拳銃を抜いた兵士が一人。


 手前の一人に鉛を三発撃ち込んで制圧し、次いでAKを構えたもう一人に銃口を向ける。だがユリスが引き金を引くより早く、ヘリを包んだ黒煙の向こうから飛んできた銃弾にこめかみを貫かれて、ロシア兵は弾き飛ばされた。


 奥に残る一人が、拳銃をユリスに向ける。引き金を絞ろうとしたその時、ユリスは背後から呪詛を聞き取った。そして自身に向いた銃口が持ち主のこめかみに向くのに気づいた次の瞬間、ロシア兵は自分の頭を撃ち抜いて死んだ。


「一つ貸しだ」


 その声に振り返ると、セルーは右手をかざして立っていた。彼女が紡いだ西方の呪術。それに助けられたと知ると、ユリスの胸中は複雑だった。


「西方の呪術などどうして覚えた?」


「役立つからだ。我々エルフにとっては、対価などあってないようなものも多かったからな」


 騎士と魔道士の二つの道を歩んでいたセルーは、西方の呪術を「邪法」と吐き捨て、話題に出すことすら避けていた。そんな彼女が、今となっては躊躇いなくその邪法を頼りにしていることが、ユリスには受け入れがたかった。


「お前の友達と合流するぞ」


 そんなユリスの心境など気にも留めず、セルーは奥へ進む。


 炎上するヘリを挟んだ向かい側から、夏目が駆け寄ってくる。そしてセルーとユリスを認めると、敵の制圧を確信して、芦川達が待機していた中古車販売店に目をやる。


 ショーウィンドウはブラインドごと吹き飛び、店内が剥き出しになっている。荒れた店内には死体が三つ転がっていて、それがボーコフ大尉の部下達だと気づくのに時間はかからなかった。


「芦川さん!」


 必死の声で夏目が叫ぶと、奥のカウンターで動きがあった。ヘリの炎に照らされた人影は、見慣れた憲兵隊の制服を着ている。


「桐生さん……?」


 顔を出した芦川のもとへ、夏目が駆け寄る。肩を抱いて全身を見渡し、目立った怪我がないのを認めて、安堵した。


「良かった……無事だったのね」


「彼らが僕を守ってくれました」


 芦川はそう言って、店内に倒れる三人の遺体に目をやる。


「ついさっき襲撃を受けたんです。それで僕を裏に匿って戦ってたんですけど……」


 ヘリで居場所がバレたのだろう。それなら、敵の増援が来るのも時間の問題か。


「ここを離れましょう。歩けますか?」


「大丈夫です」


 芦川は立ち上がって、自分のために命を散らした兵士の遺体からAK-12を取る。


「無事だったか?」


 店内にセルーが入ってきて、芦川に一瞥繰れてから夏目の方を向き直る。後から入ってきたユリスは、憲兵隊の制服を着た芦川を見て、一礼する。


「お久しぶりです、アシカワ様」


「牧島さんの護衛の方ですよね? どうしてここに……?」


「芦川さんを助けに来た……っていうのは、少し違うか」


 ユリスに代わってそう言うと、


「とにかく、話は後。ここを離れるのが先決よ」


 夏目は芦川を急かし、入り口の方へ向き直る。


 依然勢いを衰えることなく燃え盛るヘリを背に、男が立っていた。ロシア陸軍の迷彩戦闘服を着て、しかし防弾ベストを着ず、ヘルメットも被らずに手ぶら。その代わり腰には、現代の軍服には似つかわしくない大剣を引っ提げている。


「お出ましだな」


 四角い輪郭の平坦な顔に、無表情を貼りつけた茶髪の白人。それがクリョア・ミッシだと、その場にいる全員が容易に看破した。


「捜査官、裏から逃げろ」


 セルーが短剣を手に言った。


「絶対にその男を死なせるなよ」


「死んでも守るから、二人とも死なないでよ」


「心配は無用です」


 剣を抜いたユリスの声を受け取ると、夏目は芦川の手を引いて裏へ走る。


 クリョア・ミッシはその背中に向けて、呪詛を紡ぐ。黒い氷柱のような槍が彼の周りに姿を表すと、その切っ先が芦川の背中に向いて、そして放たれた。


「パリエ!」


 セルーはすかさず詠唱する。ほんの一言の詠唱。それは西方の呪術ではなく、キーファソに伝わる防御魔法。キーファソの言葉を刻んだ魔法陣が展開し、壁となって黒い槍を受け止め、弾き飛ばす。


 全て受けきって魔法陣が砕けると、それを見越して呪詛を編む。再び産み出される黒い槍が放たれると、今度はユリスが飛び出してきて、剣を薙ぐ。


「お前の相手は私達だ」


 槍を切り伏せ、芦川と夏目を逃がしたユリスが、敵意を露に告げる。クリョア・ミッシはそこで初めて、表情を変えた。


「ユリス・ゲンティアナに、セルー・カレンデュラ」


 まるで生まれて初めて笑ったかのような不自然で歪な笑みを浮かべて、クリョア・ミッシは言葉を紡ぐ。


「キーファソで最強と謳われた遠征騎士団の筆頭を同時に相手できるとは、戦士として誉れだな」


 大剣を抜いたクリョア・ミッシは、それを首の高さまで持ってくると、柄を握る手が顔の横に来るよう構えて、刀身を寝かせ切っ先をユリスに向ける。まるで相手を殴り倒そうとするかのような、野蛮で雄々しいその構えに、ユリスは見覚えがあった。


「こいつはランリファスの亡霊だ」


 セルーがその既視感を確信に変える。


「突撃隊を覚えているか? こいつはその生き残りだ。たった一人のな」


 総勢五〇〇万を数えたランリファス帝国軍の中で、最強と恐れられた軍団の名だ。国境を接するキーファソにも幾度となく侵攻してきて、その度に追い返してやったのを今でもよく覚えている。


「米帝の都合で生かされ続けたというわけか。哀れだな」


 西方の呪術で当時の身体を残したまま、工作員として育てられ、利用されてきたランリファスの戦士。その境遇に対する些細な同情も、かつての敵国の者という出自と、今の主を手にかけた事実が、容易く蹴散らした。


「ここで切り捨ててやる。お前の企みも、全てな」


 剣を振り、空を切る。そうして覚悟を決めると、ユリスはセルーとともに飛び出した。


     ◇


 社員用の通用口から外へ逃れた夏目と芦川は、止まることなく東へ進む。


「ここから一キロほど進んだ先に、憲兵隊の分署があります。そこの地下シェルターに隠れましょう」


 芦川が提案して、先導する。


 静まり返る街の南側から、絶え間なく銃声が響いてくる。牧島記念病院のある方角だ。


「攻撃されてる……」


 火竜の死体が乗ったワゴンの陰に身を隠し、進行方向の敵影を確認しながら、夏目がそう呻く。


「あれだけ銃声が聞こえるんだったら、病院側が持ちこたえてますね」


 芦川はそう言って夏目の不安を拭った。


「もし制圧できそうなら、あんなに撃たないはずです。それに、隊長の部隊はかなりの精鋭ですよ。三人で五倍近い人数を相手に戦い抜いたんですから」

 自分のことを守ってくれた空挺軍の精鋭。芦川は彼らのことを思って続けた。


「ここから生還したら、彼らのご家族にお礼を言いたいと思ってるんです。可能なら、ロシアに出向いて直接。良かったら、桐生さんもついてきてくれませんか? ロシア語はあまり得意じゃなくて」


 誘いに夏目は頷いて答える。


「良いですよ。ロシアには旅行でも行ったことがないので」


 芦川は嬉しそうに口許を綻ばせ、


「じゃあ、行きましょうか」


「えぇ。後ろは私が見ますから、先導をお願いします」


「了解」


 車の陰から出て、通りを進む。


 四車線の開けた真っ暗な道道の奥に、目的地を見つけた。周りの建物より一回りは年代の若い、コンクリート打ちっぱなしの二階建てのビル。路肩に無数の弾痕を撃ち込まれた軍用トラックを停めたその建物こそ、憲兵隊中標津分署だ。


「憲兵は陸軍との合流を目指して、釧路まで後退したはずです。あの暗さを見る限り、ロシア軍もいなさそうですね」


 暗がりに溶け込んで、微かな月明かりに照らされた建物に、人の気配はない。到着した矢先に襲われることはないだろう。


 芦川が先行し、駆け出す。後に続こうとした夏目は、背後に感じた気配に振り返る。


「危ない!」


 叫ぶと同時に、振り返った芦川に飛びつく。道路に倒れ込んだ二人の頭上を、ロケット弾が通り抜けて、分署のガラスを突き破って炸裂した。


 爆発音と爆風に、意識が乱される。暗い視界の中で耳鳴りが響き、そこに間延びした銃声と芦川の声が入り交じる。


「桐生さん起きて! 桐生さん!」


 霞んだ視界が鮮明になっていく。芦川が腕を引っ張りながら、懸命に呼びかけてくる。片手でAKを抱えるようにして、的を狙うようなことはせず、一方向に乱射している。


 やがて弾が切れて、AKを投げ捨てた芦川が銃弾に倒れる。芦川が掃射していた先に目をやると、ロシア軍の兵士がいた。数は目算でも最低八人。全員が重装備で、その後ろにはBTRもいる。


「桐生さん……!」


 肩の貫通銃創を押さえながら、芦川がその腕を伸ばしてくる。夏目は重たい身体に鞭打って、左手を伸ばす。


 炸裂音が、意識を叩き起こした。


 ロシア軍の一団に顔を向けると、BTRが炎上していた。そしてその前に陣取るロシア軍の歩兵達は、足下に着弾したグレネードで弾き飛ばされ、続く自動小銃の掃射で次々薙ぎ倒される。


 燃え盛るBTRの陰から加勢した二人の乱入者。見知った彼らの姿を認めると、夏目の意識が一気に覚醒する。


 右手でホルスターから92式拳銃を抜く。部下の二人を相手に弾幕を張る、残った一人のロシア兵に、横たえたまま引き金を絞った。


 耳を貫き、脳を潰す。そうして最後の一人が倒れ、銃声が途絶えると、自動小銃を提げた仕堂と、RPG-32を抱えた護藤が駆け寄ってきた。


「班長、大丈夫ですか!?」


「私は大丈夫。それより、芦川さんを」


 仕堂に応じて、よろよろと立ち上がる。


「くそ、腹に一発もらってるな。早く手当てしないと」


 芦川を仰向けにして、制服を脱がせた護藤が呻く。


「少尉、分署って医務室と手術道具は揃ってるよな?」


 芦川は重苦しく頷く。


「よし、だったら安心だ。仕堂、少尉を運んでくれ!」


「おぉ!」


 仕堂が芦川を背負い、RPGの炸裂で荒れた建物に駆け込む。夏目は足を引きずって、その後を追った。


     ◇


 ユリスが薙いだ剣が、クリョア・ミッシの大剣と火花を散らす。


「たあぁぁぁぁっ!」


 鍔競り合いを押しきり、剣を弾くと、大きく一歩踏み出して間合いを詰める。


 刃を寝かせ、切っ先が喉に伸びる。ランリファスの鎧を掻い潜るための一突き。剣を弾かれた相手に、かわす術はない。


 過去の実績を、クリョア・ミッシは呪詛で跳ね除ける。西方の呪術を紡ぐと、切っ先は喉に触れようとした瞬間、石の壁を叩いたように跳ね返された。


 態勢が仰け反る形で崩れたユリスに、クリョア・ミッシが剣を薙ぐ。


 ユリスは咄嗟に足を崩した。横薙ぎの斬撃を間一髪かわし、砕け散った壁の破片が降り注ぐ。


 砂埃を払う暇もなく、頭上から鋭い殺意が降ってくる。それを気取って身を翻し、大剣を刺されて揺れる地面に手をついて起き上がり、剣を構える。


 鉄筋コンクリートの壁を紙のように両断した大剣は、今アスファルトを砂のように穿ち、ヒビ走らせて食い込んでいる。それを引き抜いたクリョア・ミッシは、生気のない無表情に微かな笑みを浮かべ、血を払うかのように大剣を一振りし、地面を蹴った。


 懐かしい剣戟はユリスを怖じ気づかせ、そして奮い立たせる。滲んだ冷や汗を払うかのように剣を振ると、殴りかかるように繰り出された刃とぶつかり、火花が散る。


 打撃に近い大剣の一振り。グラディアの剣なら折れていただろうに、キーファソのそれは刃こぼれせず、耳障りな摩擦を起こす。重たい一打を受け止めた細い腕は軋み、肘が鈍く疼く。


 ユリスはその痛みを押して、大剣を弾く。そしてクリョア・ミッシの態勢が崩れかかると、利き腕めがけ剣を振り抜く。


 下から上へ、撥ね飛ばすような斬撃に、クリョア・ミッシの腕が飛び、大剣が地面を滑る。無防備となったその胴体に、ユリスは切っ先を向ける。


「ッ!?」


 刺突の瞬間、ユリスの身体は瓦礫に弾き飛ばされた。肘から下を失ったはずのクリョア・ミッシの右腕。そこから蔦が伸びて束となり、腕を形作っていた。


「さっさと起きろ!」


 痛打に意識を失いかけるユリスに、セルーが檄を飛ばし、地面を蹴る。


 クリョア・ミッシは仮の腕で大剣を拾うと、セルーの刺突を受け流す。背後へ回った瞬間、セルーは短剣を裏手に持ち変えて、右腕を薙いだ。


「ぐっ……!」


 かわされざまに繰り出された変則の一突きに反応が遅れ、左の肘の付け根に刃が食い込むと、クリョア・ミッシの顔が歪む。短剣が抜かれ、セルーが跳躍して間合いを取るが、それを追撃する余裕はない。


 あるはずのない痛覚が悲鳴を上げ、左腕が重くなっていく。そして血に染まった戦闘服の袖の下から、肘から下が腐ったように落ちた。


「バカな……そんなバカなことがあるかッ!!」


 クリョア・ミッシが吼えて、右手だけで大剣を振りかざしてセルーに迫る。


 自身に寄生する植物は万能。そう信じて疑わない。だからこそ痛覚を捨て、人間性を捨て、この身体となることを受け入れたのだ。銃弾を受けても死なず、半身を吹き飛ばされても、首を切り落とされても息絶えることのない不死身の肉体。そう信じていた身体が、痛みに悲鳴を上げ、腐り落ちた左腕は死んだままだ。


「何をした、貴様あぁぁぁぁぁッ!」


 咆哮し、大剣を振り下ろす。鉄筋コンクリートを砕き、アスファルトを容易く貫くそれは、小柄なエルフの女など、真っ二つになる前に潰してしまうだろう。


 それをセルーは、静かな一言で、魔法石を手にした左手で弾き返す。


「ラル・パリエ」


 敵の攻撃を防ぎ、その威力に魔力を加えて弾き返す、キーファソの上位魔法。大剣は自重によって粉砕し、そしてカウンターによって右腕の蔦が潰され、クリョア・ミッシが倒れ込む。


 そこへ、持ち直したユリスが迫った。


「はあぁぁぁぁぁ!!」


 横薙ぎの一撃で両足を切り飛ばし、地面に倒れた胴体に剣を突き立てる。心臓を貫き、身動きを完全に封じたところへ、セルーが喉元に短剣を突き込んだ。


「かッ……」

 声とも音とも判別のつかない断末魔を残して、クリョア・ミッシは目を見開いたまま、白く石化していく。やがてその身が砕けると、ようやくユリスとセルーは脱力し、その場に座り込んだ。


「思ったより鈍っていなかったな」


 瓦礫の散らばるアスファルトに尻餅をついたユリスに、セルーが言った。


「私はずっと騎士で居続けたんだ。鈍るはずがない」


 乱れた呼吸を整えながら、ユリスは凛然と答える。


「私は騎士でないとでも言いたいのか?」


「米帝に仕える騎士とでも名乗るつもりか。私は認めん、そんなもの」


「相変わらず強情だな。だがまぁ、帝国がお前にしたことを思えば、それも仕方ないか」


 呆れたように苦笑して、セルーは視線を投げる。墜落したMi-24は燃料を燃やし尽くして、次第に火の勢いが衰えつつあった。


「お前が生きていたことは知っていたよ。日本に助け出されるまでに何があったのかも、教えてもらった」


 その火を眺めながら、セルーは静かに言った。


「遠征騎士団の中で、私が生存を確認できたのはお前だけだ。キーファソに呼び戻したかったが、お前が帝国にされたことを考えると、とてもではないができなかった。いっそ遠征騎士団のことを忘れて、帝国から離れて平穏に暮らしてくれればそれで良かった」


「……お前は、どうして米帝なんかに仕えているんだ?」


 罪滅ぼしのような気遣いの言葉に、ユリスは不満を込めた問いを投げかける。セルーはユリスの、悲しみまで孕んだ表情を認めて、目を背ける。


「お前は帝国から、大切なものを奪われた。私もそれは同じだ。だが全てではなかったし、与えられたものもあった。だから、お前ほど帝国を憎むことはなかったし、こうして帝国に仕えているんだ」


 睨むユリスから目を逸らし、セルーは静かに立ち上がる。


「私は一足先に帰らせてもらう。まだやらなければならないことがあるからな。また会おう、ユリス」


 黒い歪みを作り出すと、セルーはそこへ入っていった。その歪みが消え、旧友の姿が見えなくなると、ユリスは苦しげに呻いて項垂れた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート