世界の最果てに佇む猟犬と新世界の彼方で吼える忠犬

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第52話

公開日時: 2021年7月17日(土) 11:22
文字数:7,881

 一階エントランスのカウンター裏に陣取ったドミトリー・ボーコフ大尉は、正面から進軍してくる陸軍の銃火に怯むことなく、ダットサイトを覗いて引き金を絞る。


 急所を狙う余裕はない。大まかでも胴体に赤い点を合わせると、すぐに発砲する。倒れる者もいれば、照準がずれて怯むだけの者もいる。それでも、少しだけでも足を止めさせられれば儲けものと割り切っていた。


『正面からBTR! 二台来てる!』


『ミルだ! 撃ち落とせ! RPG!』


 無線機にはロシア語と日本語が交錯する。混乱の中で、誰もが必死に抗っている。


『ボリスが撃たれた! タチアナ、来い!』


「くそがぁッ!」


 カウンターに身を隠し、弾の尽きた弾倉を引き剥がしながら、無線に吹き込まれた部下からの通信に吼える。その咆哮はMi-24から放たれたロケット砲の炸裂音に掻き消され、弾頭に粉砕された吹き抜けの通路の瓦礫が、頭上に降り注ぐ。


 大尉は最後の弾倉をポーチから抜いて、装填する。落ちてきたコンクリート片で額を切られ、垂れてきた血を乱暴に拭い、カウンターから身を乗り出す。


 侵入してきた陸軍の裏切り者達に、指切りで銃弾を叩き込む。その視界を影が通り抜けたかと思うと、視野から外れていた敵兵が三人、幼児に弾かれた積み木のように吹き飛んで、壁に飛び散った。


 肉眼で下手人を確認する。和服を血と土埃で汚したクロナだ。枯れ木のように細く伸びた両手の鋭い指先から、血を滴らせている。


 呆気に取られた大尉は、次いで聞こえてきた悲鳴のようなヘリのローター音に目をやる。ロケットランチャーで二階の通路を吹き飛ばしたMi-24が、回転しながら玄関前の駐車場に墜落し、爆発炎上した。


「怯むな! 押し返せ!」


「さっさと働きなさい」


 弓矢を携えたフィラが崩れかかった二階から日本語を力強く響かせ、クロナがロシア語で続いた。上階からは銃声がまた聞こえてきて、外から押し寄せてくる無数の敵を牽制する。


「とんだ化け物どもだ、全く!」


 異世界の護衛達に鼓舞される。そんな現状を恥じるのは止めた。そして西側の玄関からエントランスに入ってきた敵を三人認めると、クロナよりも先に反応して、擲弾を撃ち込んで蹴散らした。


『西側から敵! バリケードを突破された!』


「チーグル隊! 誰でも構わんから東西の入り口を固めろ! 絶対に地下に通すな!」


 焦った調子の日本語を状況から察して、誰が残っているのかも分からない部下に命じる。


『タチアナ、フェリックス、西へ向かう。グレゴリーは東へ!』


 タチアナの落ち着いた応答で残存戦力を勘定する。


『他の入り口は私らが守りますから、警備員の皆さんは玄関を守ってください』


『了解!』


 タチアナの日本語に、警備員が応答する。


 正面から突っ込んできたBTRが、フィラの弓矢に前面を射抜かれて停車する。そこへRPGが撃ち込まれ、車体が爆発する。


 深夜の暗がりが掻き消され、後方で蠢くロシア兵の姿が炙り出される。同胞で戦友のはずの陸軍に、こうも敵意と殺意を向けられると、怒りにしか湧いてこなかった。


 ボーコフ大尉はコッキングレバーを引いて、AK-12を構える。ダットサイトを無数の敵の胴体に向けたその時、無線機に待ち望んだ声が吹き込まれた。


『――チーグル01、支援部隊がまもなく作戦区域に到着する。攻撃対象を示せ』


「遅かったなアシモフ! 待ってたぞ!」


 大尉はそう言ってカウンターに隠れると、無線機でフィラに吹き込む。


「あいつらを吹っ飛ばすぞ! やってくれ!」


『待ってましたよ!』


 フィラが弓矢を駐車場に射る。新世界産の炸薬を仕込んだそれは、ロータリーに打ち捨てられたタクシーに直撃し、白い光を放った。


 空に放って周囲を照らすための、信号弾代わりのそれは、惣助との狩猟で不測の事態に陥った時に用意していた代物だ。


『総員退避! 物陰に隠れろ!』


 フィラが日本語を叫ぶと、それに大尉が続く。


「そこにいる奴らは全員敵だ! 一人残らず吹っ飛ばせ!」


 銃声に負けない叫びとともに、カウンターに身を隠す。


 暗い視界が空対地ミサイルの爆発で明るく閃き、瓦礫と弾痕にまみれたカウンターを照らす。炸裂音がいくつも反響し、着弾の衝撃が地面から骨身に伝わり、内臓を叩いて吐き気を催させる。


 不快な時間は僅かに四秒足らず。暗闇が戻ってくると、迫ってきていた銃声とBTRの駆動音は沈黙し、病院上空を横切ったスホイのジェット機の咆哮が静寂を切り裂いていった。


『司令部からチーグルへ。全弾命中を確認した』


「了解、司令部。助かった」


 AKを杖代わりにして立ち上がる。静まり返った玄関の向こうは、爆煙と土埃に遮られて何も見えないが、何の気配もない。街にいたロシア軍はここに集結し、そして殲滅されたのだろう。


『西側玄関から侵入してきた敵は制圧しました』


『東側もだ』


 部下からの報告を受け取り、ボーコフ大尉は安堵から座り込む。


『敵地上部隊の掃討を確認。繰り返す。敵は殲滅した』


『こちら地下部隊。敵の侵入はなし。引き続き警戒する』


 日本語のやり取りが続く中で、そこかしこから生き延びた警備員の安堵した声が聞こえてくる。それを聞いて、ボーコフは深いため息とともに脱力した。


『こちら別働隊。ボーコフ大尉、応答を』


 無線から、日本語訛りのロシア語で呼ばれる。芦川の確保とテロリストの迎撃に向かった公安だ。


「こっちは今片づいたぞ。警備員の奴らが浮かれてやがる」


『さっきの爆発、仲間のものだったんですね。肝が冷えましたよ』


「そっちは? アシカワとは合流したか?」


『芦川さんは保護しました。負傷しましたが、応急措置はしたので、容態は安定してます』


 目的は果たせたらしい。ボーコフ大尉は安堵した。


『部下の方達は亡くなっていました。芦川さんを守るために、身体を張ったそうです』


「そうか」


 部下の死を呑み込み、相槌を返す。悲嘆に暮れるのは、落ち着いてからで良い。


「アシカワが負傷してるなら、さっさと戻ってこい。米帝のエルフなら連れてこれるだろ」


『そのつもりです。では、また』


 通信を終えると、ボーコフは今さらになって疲労感を覚えた。


「司令部、終わったぞ。任務完了だ」


 続けて無線を取り、モスクワの本部で指揮を執っていた二十年来の腐れ縁に愚痴をこぼす。


「政府のバカどもをさっさと黙らせて、引き上げさせてくれ。俺はしばらく休むからな。早く迎えを寄越してくれ」


『済まないボーコフ、それはできそうにない』


「何だと?」


 まだ何かやらせるつもりか。キレかけたボーコフに、無線の向こうにいるアシモフが続ける。


『日本海に展開していた艦隊が壊滅した。太平洋側の艦隊も旗艦と空母が撃沈、撤退している。その上、二時間前に韓国軍が国境を越えて進撃してきた。現地部隊は敗走を続けている。ホッカイドウの上陸部隊も、攻勢をかけられて戦線が崩された』


「救援を出す余裕はないってことか」


『そういうことだ』


 達観したかのようなアシモフの態度に、ボーコフは乾いた笑いを返すことしかできなかった。


「なら捕虜になるのも時間の問題だな」


 軽口を叩きながら、重たい身体を起こす。荒れ地に変わり果てた駐車場から、日本の戦闘服を着た一団が続々と入ってくるのを認めた。


「捕虜になる時は、マツヤマって言えば良いんだったか? 試してみるか」


 AKをカウンターに置き、両手を挙げる大尉に、帝国陸軍の兵士が駆け寄った。


     ◇


 芝塚内務大臣が召集を受けて、首相官邸を訪ねたのは、夜空が微かに白み始めた午前五時頃のことだった。


 首相の執務室に通されると、応接ソファには五十嵐国防大臣と神原外務大臣の二人が先着し、天城総理大臣と向き合って着席していた。


「揃いましたね」


 天城がそう言って、神原の隣の席へ着席を促す。


「この後閣僚会議で正式に報告しますが、お三方には事前に状況を伝えておきたかったのでね。朝早くに申し訳ありません」


「いえ、お気になさらず」


 形式的な気遣いに、芝塚も申し訳程度の良識で応じる。つい五時間ほど前にも呼び出されていたし、今は有事なのだから、国内の行政を所管する身としてこのくらいで不満は言えない。


「それで、ご用件は?」


 三人の真ん中に座る神原外務大臣が本題を促す。こちらは後期高齢者に差し掛かった年齢というのもあって、やはり疲れが見える。


「まずは、私からお話しします」


 五十嵐国防大臣が切り出した。


「三時間前、日本海沿岸に集結していたロシア艦隊と交戦しました。戦果としては、原子力空母に駆逐艦四隻、旗艦を含む巡洋艦三隻に原潜二隻を撃沈。駆逐艦二隻と巡洋艦四隻は大破後、海軍艦隊により拿捕。残る潜水艦二隻は、現在原潜四隻で追尾中です。我が方の損害としては、巡洋艦が三隻撃沈したものの、帝政中華海軍含め、その他の艦船に損害は報告されておりません」


「凄い、圧勝ですな。海の守人の面目躍如だ」


 神原外務大臣が賛辞を贈る。若手の頃に北方領土紛争の後始末をさせられた経験があるだけに、軍人を毛嫌いしていることで有名だが、やはり自軍の吉報は喜ばしいのだろう。


「これで制空権と制海権を取り戻し、一時間前に本州に上陸したロシア軍部隊の拠点を爆撃し、無力化しました。中央即応連隊と第二師団レンジャー部隊による攻勢も、効果的に作用したようです」


「太平洋の艦隊はもう追い払ったし、これで北海道奪還の障害は取り除かれたというわけですね」


「えぇ、ここからは攻勢に転じます」


 強気な五十嵐大臣の物言いに、天城総理が続く。


「日本海のロシア艦隊排除後、大韓帝国海兵隊はロシア連邦へ侵攻を開始しました。帝国海軍も大韓帝国海兵隊を、ウラジオストクへ向けて輸送しています。太平洋連邦に対しては、上陸部隊は派兵せず、軍港へのミサイル攻撃に留める予定です」


「となると、ウラジオストクを占領したタイミングで、講和交渉を開始といったところですかな。仲裁はアメリカに?」


「はい。先方のトマス宰相からは、快諾をいただいています」


 先に攻撃してきた相手への報復としては不足もなく、そこで第三国の仲裁を挟めば、欧州連合も交渉の席に着かざるを得ない。身内でも中立国でもない、三極の一つがその役割を担うのなら、なおさら交渉の席に着かざるを得ないだろう。


「もし牧島卿からの進言がなければ、太平洋連邦を占領するつもりでしたけどね」


 天城総理が笑みを見せる。冗談めかして言ったのは、その先にある末路を知っていて、それを回避できたからこそだろう。


「ここからは文民私達の戦場です。特に皆さんには、奮っていただきますよ」


 天城総理は笑みのまま、三人の大臣に指示を告げる。


「神原さんには、トルコやモンゴルと連携し、欧州連合との講和交渉をお願いします。ロシアの攻撃で破壊された都市や遺族への補償、そして北方領土の返還をこの期に実現してください」


「お任せください」


「五十嵐さんは引き続き、北海道奪還へ向けた指揮をお願いします。万一フランスが介入してきた時に備え、イスラエルやブラジルの駐留軍との連携も密にしておいください」


「分かりました」


「芝塚さんは国内政治団体の監視に加え、例の件、徹底的に追及をお願いします」


 語気を強めた天城に、芝塚は「承知しました」と一礼しつつ、


「しかし、本当によろしいのですか? 場合によっては、総理のお立場や華族という制度そのものも危うくなりかねませんが」


「構いません。陛下と臣民を見ず、私欲に走る者ばかりだというのなら、華族などもうこの国には必要ないでしょう」


 決然とした総理の言葉を、芝塚は静かに受け止めた。


     ◇


「――さっき日本政府から正式に、今回の件の仲裁を要請された。ウラジオストクを攻略したタイミングで、間に入ってきてほしいそうだ」


 皇宮三階の窓のない広間。そこに集まった三人の皇族は、宰相・トマスから告げられた言葉に唖然とした。


「私は帝国政府として、この要請を受諾した。よって、今回のアジアと欧州の争いに、我々が当事者として参戦することはない。皇帝陛下にもその旨をお伝えするつもりだ」


「おい待て、トマス。馬鹿なことを言うな」


 声を荒げたのは実兄であるハロルドだった。


「この戦争の仲裁などしても、得るものなどない。それなら大義名分のある方に参戦して、我々も戦後講和に当事者として参加すべきだ」


「私達が参戦する大義名分とは? 日米同盟は形骸化しているし、ロシアとは揉めてばかり。我が国が戦火に加わる大義名分などあるまい」


「日本の華族が戦火に巻き込まれているのであれば、そうとは言い切れないでしょう?」


 従姉妹のグレースが口を挟んだ。


「日本の華族には、私達テューダー家と懇意にしている者も少なくありません。彼らが被害を被ったのであれば、我々は彼らのためにロシアを制裁する義務がある。違いますか?」


「それについては、私の耳にも届いているぞ。マキシマの当主が、ロシア軍に殺されたそうだ」


 ハロルドがグレースの進言に乗る。


「あの一族とは新世界開拓からの付き合いだし、当主のソウスケとはよく知った間柄だ。仇を討つのは我々の責務だと思わんか?」


「兄さんはどうやってその事を知ったんだ? 北海道は通信設備が破壊されて、日本政府も情報収集が難航しているのに」


「そんなもの、軍の情報機関から聞いたに決まっているだろ!」


 怒鳴りつけて、テーブルを殴る。怯んだホレーショが、おずおずと提案した。


「日本側で参戦できないのなら、ロシア側につけば良い。ルクセンブルク大公とは我が一族の傍系に繋がりがある。謂わば親族だ」


「いい加減にしないか。戦争は手段であって、目的ではないんだぞ」


 参戦ありきで話を進めたがる三人を、トマスは辟易した様子で諫めた。


「これ以上戦争が長続きすれば、冷戦は最悪の形で終わりを迎えることになる。祖界の帝国臣民十億、新世界の臣民二十八億の命を核で焼き払うことになるんだぞ」


「戦争には大義がある。それこそが国家の宿命であり、そのためならば帝国臣民も喜んで命を差し出すはずだ!」


「もうそんな時代じゃないんだ。我々の自分勝手な野心のために命を差し出す帝国臣民などいない。軍のトップにいながらそんなことも分からないのか」


「分かっていないのは貴様だトマス! 帝国は強い者が率いなければならんのだ。お前のような軟弱な思考こそ、この国を滅ぼすぞ!」


「あぁ、そうだ。少なくとも私は、父上の後を継げる器でないことくらいは自覚しているさ」


 だが、とトマスはグレースとホレーショを見渡して続けた。


「兄さん達のような、臣民の命より野心を優先するような者が玉座に着くことは、あってはならないんだよ」


 広間のドアが開いて、黒い影が飛び込んできた。ハロルド達の視線が集まると、手に持った短機関銃の銃口が閃き、金属音が八つ、立て続けに響き渡った。


「な、なんっ……!」


 憲兵に守られた皇宮。そこに踏み込んできた黒いローブの侵入者は、スライド式の銃床を伸ばしたMP5SDを手にする、橙色髪のエルフ。ホレーショとグレースの胸と腹に四発ずつ撃ち込んだその狼藉者を、ハロルドはよく知っていた。


「ザナヴォ・カルテルの武器庫から持ち出したものだが、中々使い勝手が良さそうだな」


 セルー・カレンデュラの後に続いて、悠然とした足取りで広間に入ってきたのは、新世ロシアの首相を務めるアルバス。トマスの隣の椅子を引き、そこに座ると、ハロルドに笑みを向けた。


「ドイツの技術力は大したものだな。ブリティンガムが目標にしたというのも頷ける。マフィアには過ぎた代物だ」


「アル、貴様どういうつもりだ!」


「理由を聞きたいなら教えてやる。私はこいつら二人が殺したいくらい嫌いだったんだよ」


 アルバスはそう言って、死に行くホレーショに侮蔑の表情を向ける。


「ザナヴォ・カルテルを使ってエルフの子供を誘拐していたのはお前だな? 第六世代核弾頭の生け贄に使ったんだろう。ふざけた真似をしてくれたものだ」


 吐き捨てるように言って、グレースの方を向くが、こちらは既に息絶えていた。


「グレースは……まぁ死んだならもう良い。この大馬鹿者の若作りのために、何人のエルフが犠牲になったのか、考えただけでも気分が悪い」


 アルバスはセルーの方へ向いて、


「この死に損ないにもう二、三発くれてやれ」


 セルーはMP5SDの銃口をホレーショに向けて、引き金を絞る。両方の肺と、止めに眉間を撃ち抜くと、ホレーショは眠たげな目のまま息絶えた。


「さて、あとはお前だけだ」


 セルーの銃口が、上座に座るハロルドへ向く。


「誰か! この狼藉者を排除せんか!」


 廊下に向かって怒号を響かせるが、近衛兵が来る気配はない。


「ここには誰も来ないよ。今頃オズワルドのもとで閲兵中だ。あいつにはなるべく時間をかけるよう頼んである」


 トマスが真相を告げると、ハロルドの顔面が紅潮する。


「貴様ら三人手を組んで、謀ったのか!? セリューまで唆して!」


「手を組んでいたのは兄さん達もだろう。それを非難される覚えはない」


「黙れ! 身内といえど、皇族を手にかけるなど許されることではないぞ。分かっているんだろうな?」


「全てはザナヴォ・カルテルの仕業ということにすれば良い。あれは使い勝手が良いからな。そうだろう?」


 息巻くハロルドに、アルバスが挑発的に言った。


「スポルとミッシを使って爆弾テロと華族暗殺を実行、日露の軍事衝突を激化させ、華族との繋がりを理由に加勢し、先制核攻撃によって欧州連合を壊滅、世界の覇権も一挙に奪い取る。そのための準備に色々と使い走りとしてザナヴォ・カルテルを使った。提案したのはカーツワイルだな」


 歯を剥いて、怒りを滲ませるハロルド。


「あいつが全て教えてくれた。爆弾の手配にジリツォフとかいうイカれた過激派との橋渡し役、見返りの生物兵器に日本へ渡航するための身分証の手配、金に困った華族どもの買収に、その他諸々の小遣い。CIA長官を抱き込めば簡単だったろ? だが残念。ロマノフ家の帰還を願っているロシア人は、何も頭のおかしい連中ばかりではないんだ」


「GRUを焚きつけたか。私の邪魔をするためだけに、奴らに大きな借りを作ったな」


「連中に声をかけたのはお前もだろう? 尤も、彼らは身の程をよく知っている。今後のことも考えて、お前に手を貸さなかったようだがな」


 そこまで言ってから、アルバスは立ち上がって、ハロルドのもとへ向かう。懐からコルトの軍用拳銃を取り出してスライドを引くと、それをテーブルに置いた。


「ロジャーを慕った者同士として、最後に情けをくれてやる。これで自決するか、セリューに殺されるか、好きな方を選べ」


 減音器を取りつけた銃口が、ハロルドの方を向く。実弟のトマスはとうに覚悟を決めているらしく、目を閉じて、結末を待っていた。


 ハロルドはそんな弟を見限り、アルバスの決然とした目と向き合った後、観念したようなため息を漏らてセルーの方を向く。


「死んでくれ、ハロルド。ロジャーと夢を分かち合ったお前は殺したくない。できることなら、お前にはこっち側にいてほしかった」


「私はロジャーとの誓いを忘れてなどいない。ただ、叶える方法が違っただけだ」


 セリューにそう答え、ハロルドは拳銃を取り、アルバスの方へ向き直る。


「私が死ねば、軍は誰が率いる? 奴らを統率できなければ、皇帝の座などただの飾りだ」


「ホープなら問題ない。貴族や他の皇族の言うことを聞かん連中でも、あいつの言うことなら喜んで従うだろう」


「そうか。やはりお前達の駒は、あいつか」


 拳銃を下顎に宛がい、銃爪に指をかける。


「私の死を精々無駄にせんことだ」


 銃声が響き、脳天を貫いた銃弾が、鮮血とともに天井を穿つ。力なく椅子に崩れたハロルドの手から、拳銃が滑り落ちた。

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