ふと、坂本の視線が揺り動いた。
動いた視線の先にあったのは、キョウカが生み出した氷の“膜”、——雪月花の表層だった。
「雪月花」の内部に含まれる氷の密度は、物質としての質量に紐づけられた魔力の強度が、物体自体の硬さ(変形のしにくさ)や濃度をある一定の範囲に閉じ込めるように構成されている。
キョウカの魔力効率、及び魔法生成に際する熟練度によってその性質は多面的に変容し、エネルギーの大きさ自体も、空間単位あたりで考えれば常に断続的な変化を伴っている。
その立体的な構造の内側には、魔力の使用に伴うエネルギーの質や純度が深く関わっており、言ってしまえば、魔法特有のルートを介して生成された氷の花は、キョウカのコントロール下にある“仮想物質”と言い換えることも可能であった。
通常の氷に比べて遥かにその強度は増大しており、かつ、「氷」としての基本的な性質は損なわれていない。
これは他の属性、他の魔法形式に於いても同じことが言えるが、断層を覆った「雪月花」の“硬度(物質としての剛性率や圧縮応力なども含む)“は、キョウカの実力を鑑みれば、それ相応の強度や度合いを持っていることが容易に想像できた。
元々は攻撃手段に用いられる広範囲への“範囲魔法”であるが、魔力の向きや内的情報を書き換えれば、シールドとしての性質に特化させることにも対応可能である。
そうそう打ち破られることはない。
夜月にもいったように、キョウカのことを毛嫌いしているとは言え、彼女の扱う魔法が敵の攻撃によって破られることを想定してはいなかった。
いかなる可能性にも常にアンテナを張り巡らせておかなければならないが、まさか、とは思った。
異変。
それが「異変」と捉えるかどうかは、個人の感覚によるところが大きいだろう。
見た目上は、何か大きな変化が伴っているわけではなかった。
むしろ、変化はなかった。
ただ、ただならぬ気配を感じていたのは事実だった。
咄嗟に視線が動いたのは、氷の中に隠された亀裂の内部から、巨大な魔力が近づいてくるような“軋み”を感じたからだった。
なにかが、来る。
坂本の視線を追うように、サユリも天守閣を見上げた。
咲き誇る雪月花の花弁が、その優雅な曲線の内側に、透明な質感をうず高く伸ばしていた。
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