ロートル冒険者、吸血鬼になる

小説家になろうで3,000,000PV突破! これがベテラン冒険者の生き様?
藤崎
藤崎

第四話 ロートル冒険者、受付嬢と面談する(後)

公開日時: 2020年9月8日(火) 18:00
文字数:4,902

「マリーベル、出てきていいぞ」


 クラリッサに押される形で談話室に入ったアベルが、マントを脱ぎながら血の親に呼びかけた。


「そうか。では、遠慮なく」


 そのまま隠れているつもりだったようだが、許可が出れば別。漆黒のドレスと、同じ色のツインテールをなびかせ、小さなマリーベルが談話室に姿を現した。


 冒険者ギルドの談話室は、2~3メートルほどの縦長の部屋だ。

 中央にテーブルが置かれ、向かい合う形で椅子が二脚。どちらも木製の、実用的なもの。


 部屋自体も飾り気はない。球状の玻璃鉄クリスタルアイアンに明かりの呪文を封じ込めた壁掛けの燭台が、唯一の調度品だった。


「あら、マリーベル様も一緒でしたの」

「ああ。ここんとこずっと同行者だな……って、待て。マリーベル様?」

「アベルの恩人は、わたくしの恩人も同じですわ」

「どこぞのうだつの上がらない冒険者と違って、クラリッサは見所があるのう」


 うんうんと、宙に浮かんだまま感心したようにうなずくマリーベル。


「ご無沙汰しておりましたわ」


 クラリッサがマリーベルへと手を伸ばし、その手の甲にそっと口づけをした。

 付け焼き刃ではない。堂に入った所作。そういったことに疎いアベルには、その行為のふさわしさは判断できなかったが、淀みのない美しさだけは理解できた。


「うむ。大義である。アベル、汝もこれくらい自然とできるようにならんとな」

「いや、俺がやってもキモイだけだろ」

「それもそうじゃな」

「少しは、考える素振りを見せような!?」


 血でつながった親子の心温まる会話に笑顔を浮かべ、クラリッサがアベルへ席を勧めた。

 椅子の背にマントをかけ、アベルは観念して腰を下ろす。それに続いてクラリッサも対面に座り、石板タブレットをテーブルの上に置く。マリーベルは、ツインテールをなびかせて、適当に浮かんでいた。


「早速ですが、アベルはもう、パーティを組むつもりはありませんの?」

「あー。それは、ちょっとなぁ」


 冒険者を続けることが前提になっている。


 それに気づきながらも、アベルは反射的に言い訳を口にしていた。


「いくらなんでも、秘密が多すぎるだろ」


 わざわざ、確認するまでもないはず。

 しかし、クラリッサの認識は、アベルとはやや異なっていた。


「ですが、エルミアさんやルシェルさんとなら、パーティを組めるのでは?」

「……は?」


 今の流れで出てくるとは思わなかった名前に、アベルは動揺する以前に戸惑いを隠せない。


「エルミアは森林衛士だし、ルシェルには自分のパーティがあるだろ」

「元妻は分からんが、あのたまに目から光が消えるエルフは、汝と一緒に冒険する気満々ではなかったか?」

「そういう憶え方、止めろよ? な?」

「どうやら、ルシェルさんのパーティは、解散するようですわね」


 角筆スタイラス石板タブレットの表面をなぞりながら、クラリッサが衝撃的な事実を告げた。


 解散? なぜ? 順調にランクアップしたのに?


 そんな疑問とともに、クラリッサを見つめると、軽くうなずいてから詳細を語る。


「というよりもむしろ、Bランクに上がるまでの暫定パーティだったようですわね。メンバーは皆、次のパーティへ移りつつある状態ですわ」

「それで、あのときも一人だったのか……」

「パーティの円満解消か。冒険者性の違いで解散などではないのじゃな」

「ああ、たまにあるからなぁ」


 ダンジョン探索自体を目的とする者、危険な依頼は避けて確実性を重視する者、ただ己の向上を目指す者。

 冒険者と一口に言っても、その目指すところはひとつではない。


 その溝が埋めきれなくなると、冒険者性の違いでパーティ解散という悲劇が起こるのだ。


「今回は違うようですわね」

「となると、ルシェルとアベルのパーティ結成に支障はないの」

「ちゃんと名前憶えてるじゃねーか」


 いつのまにか、外堀が埋まっていく。

 それになんとか抗おうとするが、流れは止まらない。


「今のアベルなら、前衛の撃破役も充分務まりますわよね」

「いや、心臓破壊前提で話を進められたくないんだが……」

「なにを言う。理論上、永久機関じゃぞ」

「だから、ガバガバ理論止めろって言ってんだろ!」

「我が一族の秘奥を舐めるでないわ。いざとなれば、吸血用の従者レンフィールドから命血アルケーを補充すれば良いではないか」

「まず、心臓を壊さない方向でどうにかして欲しい」


 となると、《剛力ポテンス》に耐えられる武器も必要だろう。


 当たり前のように浮かんだ思考を、アベルはあわててかき消した。

 先走りすぎだ。


「それはともかく、ルシェルがそんなことになってるとは思わなかったな」

「ルシェルさんと同じパーティというのは、正直、不安もあるのですが……」

「それ、実力以外の部分で不安を感じてるよな?」

「アベルが活躍できるのであれば、多少の不利益には目をつぶりますわ。やはり、アベルにはギルドマスターを目指して欲しいですから」


 こうも繰り返されては、アベルにもクラリッサの気持ちは伝わってくる。

 だが、仮にアベルにやる気があっても、実際になれるかは別の話。


「元Cランクのギルドマスターじゃ、腕っ節が足りなすぎるだろ」


 冒険者は荒くれ者というイメージだが、これは少し違う。

 冒険に出れば、自分と仲間しか頼れない彼らは、自力救済の傾向が強い。ゆえに、暴力に訴えるまでの閾値が低い。


 そんな冒険者たちを形式的とはいえ従えるには、実力が必要だった。


「その代わり、人望。いえ、人徳がありますわ」

「人徳のう?」

「なんで、そこで疑問形なんだよ。あるよ。ありまくるよ」

「そもそも、わたくしは、指導者に戦闘能力が必要だとは思いませんわ」


 石板タブレット角筆スタイラスを机の上に置き、クラリッサがアベルの瞳を正面から見つめて言った。


「弱者の心を知り、寄り添える。そんな人間こそが、トップに立つべきですわ」

「……寄り添えるかどうかは知らないが、弱者の心を知ってるのは間違いねえな」

「ええ。そこは、アベルが担当した訓練生トレイニーの喜びの声を聞けばよく分かりますわ」

「え? なにそれちょっと喜びの声? 初耳なんだが?」


 驚いて身を乗り出すアベルに気を良くして、クラリッサが再び石板タブレットを起動した。

 そして、天上クラウドに保存されたアベルの評価データを読み上げていく。


「『説明が具体的で、たとえ話も面白く分かりやすかった』、『失敗をしても、頭ごなしに怒鳴らず、きちんとどこが悪いか指摘してくれた』、『姉さんと別れたと知ったときは、チャンスだと思いました』、『パーティ全体ではなく、個々の性格や適正に合わせて指導してくれたと感じた』。正直、べた褒めですわよ」

「ちょっと待て。なんか、変なの混ざってなかったか?」

「気のせいですわ」


 いたずらっぽく微笑むクラリッサに、アベルは追及を諦めた。

 まあ、単なる冗談だろう。冗談に違いない。だから、あえて確認する必要はない。


「それに、職員の扱いも上手ではないですか」

「……まあ、付き合いはそれなりに長いとは思うけどよ」

「わたくしが孤立しかけたときも、あえてわたくしに声をかけて選んでくれたではありませんの。見ていられなかっただけだとは思いますけど、感謝はしていますのよ?」

「いや、それはクラリッサだからだな」

「……どういう意味ですの?」

「話も処理も理解も早い。担当してもらえば分かるが、実際、有能だろ」


 思いがけずべた褒めされ、クラリッサの頬が緩みかける。

 クラリッサとしては、新人時代にアベルに助けられたことから始まったのだが、まさか、その当時から評価されているとは思ってもいなかったのだ。


「ふ~ん。そう、そうですの……」


 必死に無表情を取り繕うとするクラリッサに気付き、マリーベルは、「こやつら、割れ鍋に綴じ蓋なのではないか……?」と疑念を募らせる。


 しかし、二人とも、そんなマリーベルには気付かない。

 アベルとしては、それよりも新人教育の評価が気になって仕方がない。


「というか、そんな評価、今まで聞いたことないんだけど?」

「面談から逃げるからですわ」


 正論過ぎて、なにも言えない。

 だが、ここでアベルは大事なことに気づく。


「評価はいいとして、そもそも、今の俺は吸血鬼ヴァンパイアだぞ?」

「隠しておけばいいではありませんの。万一明るみに出ても、ヒステリックな事態にはなりませんわ」

「そりゃ、今時、『吸血鬼ヴァンパイアだ! 殺せ!』なんて言うのは、ないけどよ……」

「それに、わたくしもダークエルフですから、長く君臨できますわよ」


 これは、根回しでどうとでもなるということなのだろう。


 今のクラリッサは、ただのギルド職員ではない。完全に、権力者の顔をしていた。


「まあとりあえず、ギルドマスターの件は中長期的な目標ですわね。今のギルドマスターもまだ引退しそうにないですし」

「必要があれば、引退させるって言ってるように聞こえるんだが……」

「アベルには、短期的な目標はなにかありませんの?」

「そこはスルーか」

吸血鬼ヴァンパイア関連の地下の探索は一段落でしょう?」

「まあ、それはそうだが」


 そもそも、そんな探索はしていない……とは言えないので、マリーベルと共謀し、経緯をでっち上げてある。


 吸血鬼ヴァンパイアの財宝を見つけたが、最初にシャークラーケンに襲われ、そのショックで襲われた記憶共々財宝があった場所も思い出せなかった。

 そのため、ギルドへは報告せず個人的に探索を続けていた。

 シャークラーケンと遭遇して、この経緯を思い出したが、逃げるのに必死だったようで財宝の場所はよく分からない。

 封印が緩んだ財宝が発見されたのであれば、封印の補修によって二度と見つかることはないのではないか――と。


 それはともかく、もう、下水にこもってダイアラットを狩る必要がないのも確か。


「目標か……」


 アベルはクラリッサから視線をそらし、背もたれに体重を預けて殺風景な天井を見つめた。


 しばらくなにもせず過ごせるどころか、家を買う金もある。

 仲間たちへの精神的な負債も、ルストたちを助けられたことで軽くなった気がする。

 力も手にしたが、それは、なにもしなくていいという自由も同時に手にしたのではないか。


 アベルは気づいた。


 今まで自分を突き動かしていたものが、なくなりはしないが、随分軽くなっていることに。

 吸血鬼ヴァンパイアとなったことで、逆に、自分を見失っていたようだ。


 だから、無意識に、家を買うという選択を口にしたのかもしれない。


「家……だな」


 そうだ、やっぱり、家を買おう。

 家を買って、一緒に酒もしこたま買って、あぶく銭を使い果たしてから、本当に自分がなにをしたいのか見極めよう。


 家を買ってから、決めるんだ。


 俺は、冒険者を続ける――と。


 そう決意したアベルは、いつになく真剣な表情をしていた。


 かつて、エルミアが惹かれた表情を。


「家、ですの?」


 それを目の当たりにしたクラリッサの瞳に、閃光が走った。

 しかし、天井を見ていたアベルは気づかない。気づいたマリーベルは、わざとやってるんじゃないかと、逆に感心していた。


「ま、前から言ってますけど、別に、わたくしが口を利いて上げますから、城館に部屋を用意してもいいんですのよ?」

「いや、自分の家を買おうかなと考えていてな」

「それは、やはり、準備ですの?」

「準備……。そうだな。新しい生活への準備だな」


 目を閉じ、深く息を吐いて。自分の気持ちを確かめるように、アベルは言った。


「そう、そうですの。新生活ですの」


 声は浮つき、視線はあちこちに飛び。挙動不審で、クラリッサは言った。


 またしても、溝が発生している。深刻な溝が。

 マリーベルは空中で頭を抱えたが、指摘することはできない。そんなことをしたら、溝が亀裂にまで進化することは目に見えていた。


「では、伝手のある業者に依頼して、売り出し中の物件情報を集めさせますわ」

「いや、それはさすがに公私混同だろ」

「なにを言うのです。これもパートナーとしての務めですわ」

「なるほど。パートナーか」


 どうやら、クラリッサが自分に好意を持っているのはというのは誤解だったかと、アベルは赤面した。思い違いも、はなはだしい。

 ギルドマスターにというのも、やはり、彼女の冒険者ギルドをより良くしたいという使命感から出た言葉なのだろう。


 専任職員パートナーとなって、アベルをサポートするつもりなのだ。


 アベルは、そう解釈した。


 今のクラリッサは、ただのギルド職員でも、権力者でもない。


 完全に、乙女の顔をしていたというのに。

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