ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第四部 ロートル冒険者、封印に挑む

プロローグ

公開日時: 2020年9月22日(火) 00:00
文字数:2,969

 この世界であって、どこでもない場所。

 吸血鬼ヴァンパイアの王と、その執事が語り合う。


「まったく……。油断したとは言いとうないが、不覚を取ったことは認めねばならぬの」

「私めの責任でございます、マリーベルお嬢様」

「気にするでない。本当に奴等が動くとは、思いもせなんだ。余と同じく、時代の徒花となれば良かったものを」


 吸血鬼ヴァンパイアの王、忌々しいと、盛大なため息。


「それでも、私めはマリーベルお嬢様の執事でございますので」

「分かった。次はない……これで良いな?」

「承知いたしました」


 男装の執事、頭を下げる。


「しばらく、引っ込んでおらねばならぬの」

「安全のためには、それが一番かと」

「……アベルは、大丈夫かの」

「恐らくは」


 吸血鬼ヴァンパイアの王、再び盛大なため息。


「じゃが、スーシャもおるし、エルミアもルシェルもクラリッサもあれじゃし、スーシャもおるし……」

「マリーベルお嬢様」

「な、なんじゃ?」

「僭越ながら、アベル坊ちゃまとはいえ、今は他人の心配をしている場合ではないかと」


 吸血鬼ヴァンパイアの王、不満げに執事をにらみつける。


「なにを言うか。余がおらなんだら、アベルが――」

「どちらかといえば、助けが必要なのは、こちらでございます」

「それはそうじゃが……」


 吸血鬼ヴァンパイアの王、勢いがしぼむ。


「まずは、ご自分の心配をなさいませ」

「……それは苦手じゃな」

「分かっております」


 男装の執事、間髪入れずに答える。

 吸血鬼ヴァンパイアの王、不満げに頬を膨らます。


「そもそも、余を探そうとするかどうか。それが、問題ではないか?」

「それは杞憂でございましょう。アベル坊ちゃまは、いい人でございますよ」

「まあ、それは余も認めるがの」


 吸血鬼ヴァンパイアの王、無力感に苛まれ天を仰ぐ。


 そして、時は過ぎゆく。





「分かりましたわ」

「え? マジで分かったのか?」


 巨人の坑道から、館へ戻った翌日。

 アベルは、館の応接室で、アベルは時折壁際をちらちらと見ながら、クラリッサへ依頼クエストの顛末を語り終えた。


 肉体的にも精神的にも疲れ果て、報告ができるようになるまで一日が必要としたのだ。


「わたくしの理解を超えていることが、分かりましたわ」


 しかし、語られたクラリッサは、たまったものではない。


 アンデッドナイトだと思われていたローティアが、実は次元航行船プレインクラフトの船外活動用端末だった。


 この時点で、クラリッサは途方に暮れた。続きのほうが衝撃的だと、誰が想像するだろう。

 その次元航行船プレインクラフトは、絶望の螺旋レリウーリアの眷属を押しとどめ。なおかつ、巨人の坑道そのものとも言える存在だったなどと。


 巨人の坑道の仕組みと秘密が明らかになったが、まったく嬉しくはなかった。


 しかも、アベルが――そして、スーシャも――いなければ、次元航行船プレインクラフトは自爆していたところで、様々な方面に被害が出かねなかったのだという。


 アベルが、コフィンローゼスを――嫌々ながら――足置きにするというご褒美を与えているところから、間違いないようだとクラリッサは判断していた。


「どうして、アンデッドナイト退治の依頼が、こんな大事になるんですの?」

「それを言われると、なにも言い返せねえんだよなぁ……」

「そもそも、次元航行船プレインクラフトというだけで、もう……」


 同時にため息をつく二人。

 なぜか、視線が床に伏せるクルィクへと向いた。無意識に、癒やしを求めていたからかもしれない。


「ゥワンッ! ゥワンッ!」


 当のクルィクは、理由も分からず注目され、散歩に行くのかと歓声をあげていた。


「違うからな」

「クゥン……」


 クルィクが哀しそうな鳴き声をあげ、尻尾をだらんと垂らす。


 可哀想だが可愛い。


 クラリッサは、心が軽くなる思いがした。この気持ちが、ヴェルミリオ神の言うMPが回復した状態ということなのだろうか。


『クラリッサ奥様が癒やしを求めるのも分かる』

『なぜ、俺を省いた?』

『ご主人様にはスーシャがいるから常時癒やしの泉状態のはず』

『その自信、どっから溢れてくるんだ。その毒の沼地を埋め立てるぞ』

『あふん』


 スーシャの言い分はともかく、クラリッサに心労をかけていることは、アベルも理解していた。


 ローティアの件だけであれば、紆余曲折色々あったが、とりあえず現状維持には持ち込めた。


 しかし、重傷を負ったエルミアは吸血鬼ヴァンパイアとなり、マリーベルとウルスラは行方が分からない。


 一度に、処理しきれるはずもなかった。


 ちなみに、吸血鬼ヴァンパイアに転化したばかりのエルミアはベッドで眠りについており、ルシェルはそれに付き添っている。


「こうなったら……」


 こめかみを揉みながら、クラリッサが言う。


「お父様に、直接、説明をしてもらうしかありませんわ」

「えおうふッ?」

「え? そんなに驚くことですの?」


 クラリッサとしては、当然の結論だった。


 ローティアの存在を明らかにするわけにはいかないが、かといって完全に隠蔽もできない。

 下手に冒険者ギルドを通じて報告するぐらいなら、個人的なコネクションを用いてトップ……即ち責任者である領主に事情を説明するのが手っ取り早い。


 もちろん、話せる部分と、そうでないところを切り分けた上での話ではあるが。


「いや、ほら。あれだ。明日になっても戻ってこないようなら、マリーベルを探しに下水に潜るつもりだったからよ」

「ですわよね。そこも心配ですわよね……」


 アベルの、本心ではあるが完全に真実ではない言葉に、クラリッサが考え込む素振りを見せる。


「あまり表に出たくはありませんが、お困りなら説明に行きますですが?」


 そこに、ずっと壁際で控えていたローティアが割り込んできた。


「うわっ。そういえば、いたのでしたわね……」

「あの存在感なのに、どうして忘れられるのか」

「いえ、鎧が壁際に立っていると、調度品のようではありません?」


 アベルには、まったく共感できない感想だった。


「実家の城館にも、ありますし」

「分かります、分かります。立派なお屋敷ですから、廊下に置いてもらいたい衝動に駆られるですよ」


 どういうわけか、クラリッサとローティアが分かり合ってしまった。

 とりあえず、正常化した今は次元航行船プレインクラフトから離れても大丈夫……というよりは、エレメンタル・リアクターが暴走した状態がイレギュラー。


「この館に長期滞在しても、まったく問題ないですよ?」

「人の家を幽霊屋敷にしようとするの、やめてもらっていいですかねぇ!」


 せっかく、ゴーストを退散させたのに、元に戻してどうするというのか。


 それはともかく。


「でも、そうですわね……」


 少し冷静になったのか。クラリッサが人差し指で唇を軽くなぞる。


「下手にアベルの存在を表に出すぐらいなら、ローティアさんに協力してもらったほうがいいかもしれませんわ」

「それ、まずいんじゃ……。いや、そうか」


 反対しかけたアベルだったが、話の展開を予想して即座に結論を覆す。


次元航行船プレインクラフトの話をするのなら、どっちにしろローティアと会わせろという話になりそうだしなぁ」

「まあ、何事も無ければ今後200年か300年は維持できそうですから、急がなくてもいいですよ」


 というわけで、領主――クラリッサの父親――との会談は、先送りが決まった。


「その分、Bランクへの昇格もずれ込むことになりますわよ?」

「いいさ」


 コフィンローゼスから足をどけながら、アベルは言った。大変な思いをしたわりには、あっさりとしたもの。


「他に、やることがいくらでもあるからな」


 エルミアのこと、マリーベルのこと。

 アベルにとって、どちらもこの上なく重要だった。

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