「タイムリミット……ですか」
全身フルプレートのローティアが、意外なことを言われたと考え込む。
「人が来なくなったら決行するつもりだったので、あまり意識したことがありませんでしたね」
「覚悟決まりすぎだろ」
「自己保存本能よりも、使命遂行を優先する傾向にありますですね。なにせ、船ですので」
それは次元航行船ジョークだったが、アベルも、エルミアも、ルシェルも笑わなかった。
マリーベルなど、さらに視線が鋭くなっている。
厳しい反応を突きつけられ、ローティアは慌てて話を戻す。
「ええと……。今すぐどうこうというわけではありませんが、一週間も余裕があるわけではありませんね。準備が整えば、今すぐ決行したいぐらいです」
「今すぐどうこうじゃないけど、今すぐ決行したいって」
「それ以上かけると、ワームホールから出る眷属への対処も、制御した自爆もできなくなりますですから」
ローティアは、そう、客観的な事実を伝えた。まるで、他人事のように。
「それしか猶予がない状況だと、ギルドに報告しても……」
「方針を決めてる間に、タイムリミットになりそうだ」
アベルの懸念に、エルミアも同意する。
冒険者ギルドから、領主へ報告。そこで方針を決め、調査し、戦力を派遣。どの段階でも、紛糾しそうだ。
クラリッサという切り札はいるが、ここまで重大な話だと、本当に切り札たり得るか分からない。
「こうなると、クラリッサが、アベルをギルドマスターにというのも、理解ができる」
「俺を買いかぶり過ぎじゃねえ?」
「頼りになると信じているだけだ。クラリッサも、私もな」
「私も! 私もです!」
アベルがやる気なら問題ないとルシェルも賛成する。どちらかというと、姉やクラリッサに負けじという面が強かったが、アベルへの信用は誰にも負けていないつもりだ。
一方、それを向けられたアベルはたじろぐばかり。
「なんだこの展開……と、そうだ。今はそれどころじゃないだろ」
「そうですね。ローティアさん、これはあくまでも確認ですが……。自爆をすると、どの程度の範囲に被害が及ぶものなのでしょうか?」
目の前のローティアと黒い帆船のローティアとを交互に見つつ、ルシェルが現実的な問いを投げかけた。
「う~ん。やってみないと分からない部分もありますが、せいぜい、この山が吹き飛ぶ程度ではないでしょうか」
「じゃあ、ファルヴァニアの街までは、直接被害は出ない……?」
「いや、爆発そのものは良くても、土砂や岩石がどうなるか分からないぞ」
「それも、次元の歪みも、なんとかこっちで抑えるですよ」
それでも、危険があることは確か。
理想は、アベルたちだけで、迅速に。
なおかつ、自爆以外の方法で、解決を。
都合の良すぎる結論に、全身フルプレートのローティアが首を振った。
「それが……」
「できたら苦労はせぬか?」
先回りして、マリーベルがフルプレートのローティアを上から睨めつける。
「解決策はふたつあろう。ひとつは、あの次元門をどうにかすること」
「破壊も封印も、できればやっていますですよ」
「ならば、船のほうをなんとかすべきであろうな」
「なんとかできるのか?」
「知らぬ」
希望を見つけたと勢い込むアベルに、マリーベルは肩すかしを食らわせる。
思わず、コフィンローゼスと一緒に倒れそうになった。
『遠慮せず倒れて どうぞどうぞ』
『今、真面目な話してるんで、あとでな』
『言質ゲット』
スーシャは、どこまでも前向き。
空気は読めていないが、それにアベルもマリーベルも緊張がほぐれた。
「余は分からぬが、ローティア。おぬしは、知っておろう?」
「……所詮、机上の空論ですよ?」
「それは、余らが判断することよ」
見た目とは裏腹に有無を言わせぬマリーベルの迫力と威厳に、ローティアが右往左往した。
「うう。創造主の女神様を思い出しますねぇ……。もちろん。悪い意味で、ですよ?」
「それはいいから、さっさと話さぬか」
「はい!」
背筋を伸ばし――全身鎧だが――直立不動でマリーベルに返事をするローティア。まるで、上官と部下のようだ。
「おお、マリーベル。なんかすげぇ」
『すごくなんかないご主人様 マリーは初対面の相手には最強』
『ああ、分かるな、それ。付き合いが長くなると情が移って、強く出れなくなるんだな』
『そうそうそうそう さすがご主人様よく分かってる』
『ええいっ。黙って話を聞けい!』
そんな裏の会話を知るよしもなく、ローティアが宙に浮く黒い帆船――次元航行船を指さした。
「表面上は普通の船ですが、船尾には第五世代型次元航行船の心臓部であるエレメンタル・リアクターが収められていますです」
「エレメンタル・リアクター? ルシェル知っているか?」
「いえ、初めて聞きました」
「そうでしょう、そうでしょう」
空と星の間。エーテルの海を駆けるための動力源であり、各種兵装を使用するためのパワーソース。
そこから抽出したエネルギーを元に、衝角攻撃を敢行し続け、ワームホールを抑えていた。
「それが、エレメンタル・リアクターです」
そう、ローティアが誇らしげに説明を終えた。
「メンテナンスは欠かさず行っていましたが、180時間ほど前に事故が起こってしまい、現在は暴走を抑制するのがやっとです」
ローティアが、うつむきながら言った。
事故さえなければ、現状が維持できたはず。忸怩たるものがあるのだろう。
「それは分かった」
驚きつつも、アベルは逆に納得していた。
起こったことは仕方がない。重要なのは、これからのことだ。
「なら、どうにかする方法もあるのじゃな?」
「ありますが、不可能なのです」
「そりゃ、できるんならローティアが自分でやってるんだろうけど。不可能って、具体的にはどういうことだ?」
「エレメンタル・リアクターが収められた隔壁内は地水火風光闇の源素力が荒れ狂い、とても近づける状態ではないのです。この船外活動体が何体も跡形もなく破壊されたと言えば、理解してもらえると思うですが」
「そっか」
詳しくは分からないが、相当に危険な場所であるらしい。
表面上は、そんなことが起こっていると感じさせないが、内部は酷いことになっているようだ。
それを押さえ込めるからこその、次元航行船なのかもしれないが。
「でも、エレメンタル・リアクターの場所に行こうとしたってことは、どうにかできる方法があるんだよな?」
「物理的に、コアであるエレメンタル・ストーンを入れ替える。それができれば制御を取り戻し――」
「――現状維持に戻せる?」
「です」
認めたくはないが嘘はつけないと、ローティアは肯定した。
「ですが、最後の最後。方法としては存在しても、実行は想定していない。そんな手段です」
それならまだ、自爆したほうが人道的。
「アベルさんたちとお会いできたのは幸いでした。周囲に人的な被害が出ないよう避難の指示を出して――」
「なんだ、そんなことか」
アベルが、ローティアの言葉を遮った。
なにを言っているのか分からない。
表情が見えないのではなく、そもそも存在しないのに、ローティアが狼狽しているのが分かる。
「もっとなんか難しい手順とかがあるのかと思ったぜ」
「アベルさん? なにを言っているです?」
「俺にぴったりの仕事じゃねえか」
ローティアの戸惑いを置き去りにして、アベルが、サメのように笑う。
自己犠牲ではない。適材適所。アベルにしかできない役割。
無意識に、吸血鬼の牙が口から伸びていた。
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