ロートル冒険者、吸血鬼になる

小説家になろうで3,000,000PV突破! これがベテラン冒険者の生き様?
藤崎
藤崎

第十六話 ロートル冒険者、嗤う

公開日時: 2020年9月20日(日) 00:00
文字数:2,972

「タイムリミット……ですか」


 全身フルプレートのローティアが、意外なことを言われたと考え込む。


「人が来なくなったら決行するつもりだったので、あまり意識したことがありませんでしたね」

「覚悟決まりすぎだろ」

「自己保存本能よりも、使命遂行を優先する傾向にありますですね。なにせ、船ですので」


 それは次元航行船プレインクラフトジョークだったが、アベルも、エルミアも、ルシェルも笑わなかった。

 マリーベルなど、さらに視線が鋭くなっている。


 厳しい反応を突きつけられ、ローティアは慌てて話を戻す。


「ええと……。今すぐどうこうというわけではありませんが、一週間も余裕があるわけではありませんね。準備が整えば、今すぐ決行したいぐらいです」

「今すぐどうこうじゃないけど、今すぐ決行したいって」

「それ以上かけると、ワームホールから出る眷属への対処も、制御した自爆もできなくなりますですから」


 ローティアは、そう、客観的な事実を伝えた。まるで、他人事のように。


「それしか猶予がない状況だと、ギルドに報告しても……」

「方針を決めてる間に、タイムリミットになりそうだ」


 アベルの懸念に、エルミアも同意する。


 冒険者ギルドから、領主へ報告。そこで方針を決め、調査し、戦力を派遣。どの段階でも、紛糾しそうだ。

 クラリッサという切り札はいるが、ここまで重大な話だと、本当に切り札たり得るか分からない。


「こうなると、クラリッサが、アベルをギルドマスターにというのも、理解ができる」

「俺を買いかぶり過ぎじゃねえ?」

「頼りになると信じているだけだ。クラリッサも、私もな」

「私も! 私もです!」


 アベルがやる気なら問題ないとルシェルも賛成する。どちらかというと、姉やクラリッサに負けじという面が強かったが、アベルへの信用は誰にも負けていないつもりだ。


 一方、それを向けられたアベルはたじろぐばかり。


「なんだこの展開……と、そうだ。今はそれどころじゃないだろ」

「そうですね。ローティアさん、これはあくまでも確認ですが……。自爆をすると、どの程度の範囲に被害が及ぶものなのでしょうか?」


 目の前のローティアと黒い帆船のローティアとを交互に見つつ、ルシェルが現実的な問いを投げかけた。


「う~ん。やってみないと分からない部分もありますが、せいぜい、この山が吹き飛ぶ程度ではないでしょうか」

「じゃあ、ファルヴァニアの街までは、直接被害は出ない……?」

「いや、爆発そのものは良くても、土砂や岩石がどうなるか分からないぞ」

「それも、次元の歪みも、なんとかこっちで抑えるですよ」


 それでも、危険があることは確か。


 理想は、アベルたちだけで、迅速に。

 なおかつ、自爆以外の方法で、解決を。


 都合の良すぎる結論に、全身フルプレートのローティアが首を振った。


「それが……」

「できたら苦労はせぬか?」


 先回りして、マリーベルがフルプレートのローティアを上から睨めつける。


「解決策はふたつあろう。ひとつは、あの次元門ゲートをどうにかすること」

「破壊も封印も、できればやっていますですよ」

「ならば、船のほうをなんとかすべきであろうな」

「なんとかできるのか?」

「知らぬ」


 希望を見つけたと勢い込むアベルに、マリーベルは肩すかしを食らわせる。

 思わず、コフィンローゼスと一緒に倒れそうになった。


『遠慮せず倒れて どうぞどうぞ』

『今、真面目な話してるんで、あとでな』

『言質ゲット』


 スーシャは、どこまでも前向き。

 空気は読めていないが、それにアベルもマリーベルも緊張がほぐれた。


「余は分からぬが、ローティア。おぬしは、知っておろう?」

「……所詮、机上の空論ですよ?」

「それは、余らが判断することよ」


 見た目とは裏腹に有無を言わせぬマリーベルの迫力と威厳に、ローティアが右往左往した。


「うう。創造主の女神様を思い出しますねぇ……。もちろん。悪い意味で、ですよ?」

「それはいいから、さっさと話さぬか」

「はい!」


 背筋を伸ばし――全身鎧だが――直立不動でマリーベルに返事をするローティア。まるで、上官と部下のようだ。


「おお、マリーベル。なんかすげぇ」

『すごくなんかないご主人様 マリーは初対面の相手には最強』

『ああ、分かるな、それ。付き合いが長くなると情が移って、強く出れなくなるんだな』

『そうそうそうそう さすがご主人様よく分かってる』

『ええいっ。黙って話を聞けい!』


 そんな裏の会話を知るよしもなく、ローティアが宙に浮く黒い帆船――次元航行船プレインクラフトを指さした。


「表面上は普通の船ですが、船尾には第五世代型次元航行船プレインクラフトの心臓部であるエレメンタル・リアクターが収められていますです」

「エレメンタル・リアクター? ルシェル知っているか?」

「いえ、初めて聞きました」

「そうでしょう、そうでしょう」


 空と星の間。エーテルの海を駆けるための動力源であり、各種兵装を使用するためのパワーソース。

 そこから抽出したエネルギーを元に、衝角攻撃ラムアタックを敢行し続け、ワームホールを抑えていた。


「それが、エレメンタル・リアクターです」


 そう、ローティアが誇らしげに説明を終えた。


「メンテナンスは欠かさず行っていましたが、180時間ほど前に事故が起こってしまい、現在は暴走を抑制するのがやっとです」


 ローティアが、うつむきながら言った。

 事故さえなければ、現状が維持できたはず。忸怩たるものがあるのだろう。


「それは分かった」


 驚きつつも、アベルは逆に納得していた。

 起こったことは仕方がない。重要なのは、これからのことだ。


「なら、どうにかする方法もあるのじゃな?」

「ありますが、不可能なのです」

「そりゃ、できるんならローティアが自分でやってるんだろうけど。不可能って、具体的にはどういうことだ?」

「エレメンタル・リアクターが収められた隔壁内は地水火風光闇の源素力が荒れ狂い、とても近づける状態ではないのです。この船外活動体が何体も跡形もなく破壊されたと言えば、理解してもらえると思うですが」

「そっか」


 詳しくは分からないが、相当に危険な場所であるらしい。

 表面上は、そんなことが起こっていると感じさせないが、内部は酷いことになっているようだ。


 それを押さえ込めるからこその、次元航行船プレインクラフトなのかもしれないが。


「でも、エレメンタル・リアクターの場所に行こうとしたってことは、どうにかできる方法があるんだよな?」

「物理的に、コアであるエレメンタル・ストーンを入れ替える。それができれば制御を取り戻し――」

「――現状維持に戻せる?」

「です」


 認めたくはないが嘘はつけないと、ローティアは肯定した。


「ですが、最後の最後。方法としては存在しても、実行は想定していない。そんな手段です」


 それならまだ、自爆したほうが人道的。


「アベルさんたちとお会いできたのは幸いでした。周囲に人的な被害が出ないよう避難の指示を出して――」

「なんだ、そんなことか」


 アベルが、ローティアの言葉を遮った。


 なにを言っているのか分からない。

 表情が見えないのではなく、そもそも存在しないのに、ローティアが狼狽しているのが分かる。


「もっとなんか難しい手順とかがあるのかと思ったぜ」

「アベルさん? なにを言っているです?」

「俺にぴったりの仕事じゃねえか」


 ローティアの戸惑いを置き去りにして、アベルが、サメのように笑う。

 自己犠牲ではない。適材適所。アベルにしかできない役割。


 無意識に、吸血鬼ヴァンパイアの牙が口から伸びていた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート