ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第十話 ロートル冒険者、情報を交換する

公開日時: 2020年9月24日(木) 12:00
文字数:3,160

「アベル坊ちゃま、紅茶をどうぞ」

「あ、わりい」

「とんでもありません」


 再会したデュドネ家の生き残りたちは、場を城の中庭に移した。

 広大な庭園には、薄闇の下ではあったが、様々な種類の薔薇が咲き誇り、見る者を楽しませる。


 白く丸いテーブルに、同じ色をした木製の椅子。いずれも精緻な彫刻が施されていた。冒険者としてこの地を訪れていたならば、持ち帰って売り払っていたはずだ。


 庭を観賞するためにしつらえられたスペースで、ウルスラが淹れてくれた紅茶を口にする。


 さわやかな風味が口に広がった、気がした。


 だが、どこから手に入れたのかという疑問以前に、味がよく分からない。美味しいのだろう。そのはずだ。

 マリーベルが、満足気に口にしているのだから。


 つまり、味が分からないのはアベルが悪い。


 再会の喜びと余韻が過ぎ去った今、この状況は、緊張の一言。


 まず、スーシャが、コフィンローゼスに出たまま隣に座っている。

 スーシャが棺でない。それだけで、アベルにとっては、大きなサプライズ。


 落ち着かない……とまではいかないが、違和感はあった。マリーベルの大きさも、また。


「そういえば、次元航行船プレイン・クラフト……ローティアの件は、どうなったのじゃ?」

「ああ、そうか。途中で、いなくなったんだったな……」


 違和感の源である大きなマリーベルに問われ、アベルはかいつまんで説明をする。


「まあ、スーシャのお陰でなんとかなったぜ」

「スーシャの?」

「ああ……って、それどころじゃねえ!」

「では、時間短縮のために、お互いの情報を交換いたしましょう」


 思わず立ち上がったアベルが、そのまま、すとんと椅子に戻る。


「確かに、すぐに戻れるような状況なら、マリーベルもずっとここにはいねえか」

「恥でしかないが、説明せぬわけにもいかぬな」


 物憂げに髪をかき上げ、マリーベルが可憐な唇を開く。


「余が引きこもらざるを得なんだは、狩人ハンターに寝所まで侵入を許したからよ」

「間一髪でございました」

「ウルスラのお陰で、胸に白木の杭を突き立てられることはなかったが、逃がしてしもうてな」

「超大事じゃねえか」


 吸血鬼ヴァンパイアが源素王から与えられた六つの呪い。

 その中で、最も致命的なのが、地の源素王による『自然の慈悲』。不老不死を誇る吸血鬼ヴァンパイアも、問答無用で滅びを迎える恐ろしい呪いだ。


狩人ハンターなら、まあ、俺も襲われはしたけどよ。そこまで追い詰められなかったぜ?」

「襲われた? アベルがか?」


 がたんと椅子を鳴らして、マリーベルが立ち上がった。

 テーブルを飛び越えそうな勢いで顔を近づけ、アベルの安否を確認する。


「大丈夫じゃったのか?」


 切れ長の瞳、長い睫、すっとした鼻梁。

 美人はエルミアやルシェルやクラリッサで見慣れているとはいえ、いきなり近づかれるとびっくりする。


 小さなマリーベルならなんでもなかっただろうが、今は、複雑な感情を呼び起こすに充分だった。


「近え。近えよ」

「お嬢様。サイズをお考え下さい」

「むう……。不便な……」


 ペースを掴めないマリーベルが、不承不承席に戻る。

 それを見届けてから、アベルはクロスボウで撃たれた腕を見せた。


「狙撃されたけど、それだけだ」

「痛そうだったり傷の治りが遅かったりしたけど大丈夫 マリーちょっと心配しすぎ 落ち着いたほうがいい」

「むう……。スーシャにまで言われるとは……」


 先ほどと同じつぶやきをもらし、マリーベルはティーカップを手元で回した。

 黒髪の楚々とした美女と、不満そうに唇を突き出す所作が、ミスマッチで可愛らしい。マリーベルだというのに。


「よもや、この地が嗅ぎつけられるとは思わなんだからの。その点は、余が無防備であった」

「牢獄は出られないけど外から見れば鉄壁の守り 油断しても仕方がない」


 白磁のカップを両手で持ってふーふーしていたスーシャが、マリーベルを擁護した。


「まあ、とりあえず、狩人ハンターなら、今はエルミアが囮になって引きつけてくれてるから心配ないぜ」

「うむ? なぜエルミアが囮になるのじゃ?」

「そりゃ、俺が――」


 吸血鬼ヴァンパイアにしたから。

 そう言いかけて、アベルの舌が止まった。


 マリーベルがいなくなってから、自分一人でやったこと。


 怒られるかも知れない。


 いや、絶対に怒られる。


「ご主人様が抱擁した」

「スーーシャーーー!」

「……ふむ。そうか」


 封印の地にアベルの絶叫が響き渡ったが、マリーベルは冷静だった。


「そうか……」


 紅茶を飲み干し、タイミング良くウルスラがおかわりを注ぐのを眺めながら、おもむろに口を開く。


「アベル。余がおらんところで、よく頑張ったの」

「……あれ? 勝手に吸血鬼ヴァンパイアにしたこと、怒らねえの?」

「エルミアの意思を無視して強行したのか?」

「それはないけど、同意は取ってねえな……」


 正確には、それどころではなかったと言うべきか。


「良い。それもまた、天命よ」


 湯気の立つ紅茶を口にしながら、達観した様子でマリーベルは言った。

 そうしていると、確かに吸血鬼ヴァンパイアの王の風格がある。


「恐らく、緊急事態だったんじゃろう? むしろ、側にいてやれなくてすまぬ」

「いや、謝られることじゃねえけど……。俺の時とは、エルミアの様子が違って、困ったぜ」

「才能の違いであろうな」

「スーシャだけでなく、マリーベルまでも……」


 どうやら、アベルに吸血鬼ヴァンパイアの才能があるのは確定らしかった。まったくもって、嬉しくない。


「話を戻すかの」

「……とりあえず、あの狩人ハンターをどうにかすれば、元通りになるのか?」


 マリーベルは薄く小さく微笑んだ。

 アベルには、その理由が分からない。


「マリーベルお嬢様は、良いお子をお持ちになりました」

「さすがご主人様」

「ほめられてる割には、反応が生暖かいな!」


 当たり前に元通り――マリーベルのいる日常を望んだアベルの言葉が嬉しかった。

 などと、マリーベルは口にしない。ただ、艶やかな微笑みを浮かべ、説明を続ける。


「アベルとの血の絆を用いて、余は、この封印の地を抜け出しておった」

「その経路パス狩人ハンターに突かれ、補修された封印を破り、マリーベルお嬢様の胸元へ杭を突きつけたのでございます」


 忌ま忌ましさと悔しさがない交ぜになった状態で、男装の執事が唇を噛んだ。

 普段の態度からは想像できない、真剣な後悔。それだけで、主従の絆が分かる気がした。


「不意を打たれなければ負けはせぬが、それは相手も分かっておるからの」

「つまり、不意打ちに警戒して、俺たちのほうに出てくるのを控えてたと」

「その間に、まさか、アベルが襲撃を受けるとは思いもせなんだがの」

「それは、どうってことはないんだが……」


 はたと、アベルは気付く。


「今なら、出て行っても問題ない?」

「そういうことよ」


 にやりと笑って、マリーベルが立ち上がる。同時に、二杯目の紅茶も飲み干した。


「余の寝所に侵入した狩人ハンターに、鉄槌を食らわせてやろうではないか」


 王の威厳で命を下すが、アベルはそれには乗らない。訝しげに、首をひねる。


「今回はそれでいいとしても……。狩人ハンターも、一人じゃないんだろ?」

「それは、そうじゃが……」


 それでは、同じことが繰り返されるのではないか。

 アベルは、そう疑問を呈した。


「おっしゃる通りですが、不可能です。アベル坊ちゃまが、狩人ハンターを一人残らず狩り尽くすとでも?」

「いやいやいや。それは無理だろ」


 なんでそうなるんだと、アベルは慌てて首と手を横に振る。


「それなら、封印だけ解いたほうが早いだろ」


 マリーベルの不肖の息子は、事も無げに言った。


「なるほど。それは面白い」

「だろ……って? あれ?」


 思わず返事をしてしまったが、その声は、マリーベルともスーシャともウルスラとも違う。


「そこまであからさまに反旗を翻されては見過ごせぬな。うむ。早速、条件が整ってしまったな」


 いつの間に、現れたのか。


 魔法銀ミスラルの鎧に籠手と一体化した盾を装備した、女騎士。


 伝承に謳われるイスタス神。


 それと同じ姿をした光輝く美貌の聖堂騎士パラディンが、中庭に佇んでいた。

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