ロートル冒険者、吸血鬼になる

小説家になろうで3,000,000PV突破! これがベテラン冒険者の生き様?
藤崎
藤崎

第十九話 ロートル冒険者vsシャークラーケン-地下の遭遇戦-

公開日時: 2020年9月7日(月) 00:00
文字数:3,951

 感情の宿らぬ瞳でアベル――と、マリーベル――を睨め付けたクラーケンが、足を波打つようにしならせてサメの頭部を放つ。


 足を伸ばしただけではない。


 実際に、足先からサメの頭が分離し、水中から飛んできたのだ。大きな。マリーベルはおろか、アベルでも一飲みにできるようなサメの口が。


「どういう生物だよ!」

「マジックミサイルならぬ、サメミサイルじゃなぁ」

「感心してる場合か!」


 一緒に下水の水も飛び散るが、構ってなどいられない。矢のような勢いで迫ってきたそれへ、アベルはカッツから借りたバトルアックスを振り下ろす。

 本人が言っていた通り、魔化されたかなりの業物。それが吸血鬼ヴァンパイアの膂力と組み合わされば、破壊力は絶大。


 慣れない武器だったが、サメの頭を真っ向から両断し、血と脳漿の飛沫がアベルの頬を汚した。

 それはすべて属性石の指輪へ吸い込まれ、わずかながら命血アルケーを回復させる。


「漁師になれるのう」

「え? 漁師って、こんなに命懸けの商売だったっけ?」


 勢い余って下水道の床まで破壊した斧を引き抜き、アベルは微妙な表情を浮かべる。


「言うなれば、シャークラーケンといったところかの」

「頭10個あるのに、サメの含有率低くねえか? 今、9個になったけどよ」

「語呂が優先じゃ」


 心温まる親子の会話に感銘を抱いた様子もなく、また、頭をひとつ失っても痛痒を感じず。シャークラーケンは足を波打たせて、こちらを感情のこもらぬ瞳で見つめている。


 下水の中から動こうとしないのは、本能的なものか。


「そこまで汚い水というわけでもないが、『流水の枷』のある我らには、厄介な相手じゃな」

「……あれ?」


 不意に、アベルの心臓が跳ねた。


 このモンスターと遭遇したのは初めて。

 そもそも、近くに海がないファルヴァニアで活動するアベルは、クラーケンを実際に見た事などない。

 ただ、有名なので噂話で聞いたり、絵姿を見たことがあるというだけ。


「アベル、どうしたのじゃ?」


 そのはずなのに、既視感があった。


「なあ、マリーベル」

「集中せんでいいのか?」

「俺、あいつと戦ったことあるのか?」

「急になにを……いや、その可能性は考えられる……のか」


 シャークラーケンに視線を固定したまま、口調にしては真剣にアベルが問う。

 その横顔を見て、マリーベルは下手なごまかしを放棄した。


「アベル。汝は、もう一度、死んでおる」


 アベルは返答できなかった。

 正確には、それどころではなかった。


 突然、シャークラーケンの足が伸び、今度は、サメの頭をつなげたまま、アベルたちを丸飲みにしようとする。


「でぇいっ。浸る暇もないっ!」


 アベルがバトルアックス横向きに振るった。


 大気を裂き、うなりどころか旋風を巻き起こす一撃。

 技巧は感じられないが、達人をも上回る速度で繰り出された迎撃。


 それは大きく開いたサメの口を捉え、強振した勢いのまま、今度は上下に真っ二つに斬り裂いた。


「ギュオオオオオッ」


 どこから――どれから――発せられたのか分からないが、今度こそ苦悶の声を上げ、シャークラーケンが水中を少しだけ後退する。


 油断なく片手でバトルアックスを構えながら、アベルはマリーベルの言葉を待った。


「なにがあったのかまでは分からぬ。だが、致命傷を負った汝を見つけ、余は抱擁することを決断したのだ、アベル」


 抱擁。抱きしめる。

 もちろん、そのままの意味ではない。抱擁し、血を吸い、アベルを吸血鬼ヴァンパイアにしたのだ。


「恐らくは、その副作用で前後の記憶を失っておったのであろう」

「やれやれ。俺、死んでたのかよ? 五年ぶり二度目だな」

「正確には、死にかけじゃな。そのままなら、遠からず死んでいたのは間違いないがの」

「……なんで、教えてくれなかったんだよ」

「汝を吸血鬼ヴァンパイアにした女が、『死にそうなところを助けてやったのだぞ』と言って、信じるかの?」

「……まあ、それは確かに」


 マリーベルの言葉は一理ある。


 ただ、そのせいで危険なモンスターの存在をギルドに報告できず、危機を招いた。それは紛れもない事実。


 ――と、自責の念に駆られるアベルに、マリーベルが教え諭すように言う。


「ただの個人である汝が、責任を感じる問題はない。そもそも、なんに襲われたか分からないが、死にかけた。今はすっかり治っているが……などと言っても、通じまいよ」

「…………」

「死人も出ておらぬのだからな」

「そうだ……な」

「そうじゃ。クズならクズらしく、余の責任を追及すればいいんじゃ」

「それ、要らなかったよな!?」


 それでアベルは吹っ切って、くるっとその場で後ろを向いた。


「《疾風セレリティ》」


 属性石の指輪を通して命血アルケーを燃やし、アベルは風の素早さを手にする。


 ルストたちは逃がした。


 ある意味、依頼クエストは達成したとも言える、この状況。


「落ちるんじゃねえぞ」


 もはや、シャークラーケンに用などない。少なくとも、一人で戦う必要はない。


「アベル。どうやら、相手に汝を逃がす気はないようじゃぞ」


 肩の上のマリーベルが、アベルの耳を引っ張って強引に後ろを向かす。


「俺じゃなくて、マリーベルが狙いかも……って、うげえっ」


 耳を引っ張られて不機嫌そうにしていたアベルの表情が、なんとも味わい深い物に変わった。


 シャークラーケンは、飛んでいた。

 体を平行にし、十本の足を真っ直ぐに伸ばして。


 どうやら、ひれではなく、足先のサメが推進力を担っているようだ。


「なるほど。サメの頭が切り離されて飛ぶんなら、本体ごと飛んでも不思議はないな……って、バカッ! トンデモ不思議だらけだ」


 サメが飛ぶ。


 その理不尽に、アベルは思わず叫んだ。叫ばずにはいられなかった。


「ぶっ壊したサメの頭も、再生してねえか?」

「恐らく、あれもまたイスタス神に封じられしモンスターのひとつなんじゃろうな。であれば、その程度の芸当をこなしてもおかしくはないの」

「封印って、マリーベルと一緒かよ……って、まさか!?」

「うむ。さすがに、数百年が経って主神の封印も効力が――」

「あーあーあー。きーこーえーなーい! きーきーたーくなーいー!」


 いい年をした男の情けない悲鳴が、下水道に響き渡る


 確かに、冒険者として名を上げなければ仲間たちに顔向けできないと思っていた。

 期せずして吸血鬼ヴァンパイアとなり、力も手にした。


 しかし、それとこれとは話が別だ。


「非常識過ぎんだろ、こん畜生がッ!?」


 このままでは、ルストたちに追いついてしまう。


「《剛力ポテンス》」


 急ブレーキをかけたアベルが、数メートルも床を滑る。

 ブーツから白煙を上げながら、アベルは《剛力ポテンス》――怪物の力を両腕に宿らせた。


 サメを戦闘に空を飛ぶシャークラーケン。

 この下水道は狭すぎたようで、体が天井や床を擦っている。


 だが、自ら水中から出てきてくれたのは、ある意味好都合。


「後で、ショーユかけて食ってやるからな!」


 サメの頭が、一斉に口を大開にしてノコギリのように並ぶ口内をむき出しにする。真っ赤で、段々になって、生々しい。否、毒々しい。


 まるで、花が咲いたようだった。


 それが迫った瞬間、両足の赤い靄――《疾風セレリティ》を維持したまま、アベルは跳んだ。


 さっきまでアベルが立っていた床を、サメが噛み砕く。


 それを視界に収めながら、左手で天井にぶら下がった。《剛力ポテンス》で強化された筋肉で、指を天井にめり込ませたのだ。

 そこにまた別のサメが飛んでくると、アベルはあっさりと力を緩め落下。サメの突進をかわし、何本目かは分からないが、シャークラーケンの足に降り立つ。


「見事な軽業じゃな」

「人間、ひとつぐらいは特技があるもんだからな」

「自分で言うあたり、こう、あれじゃのう……」


 左右から変幻自在に迫るサメを回避しつつ、時折バランスを崩しながらも、アベルはシャークラーケンの本体へと肉薄する。

 それは、遠目には流星のように見えた。近づくと、人形のような少女を肩に乗せた男なのだが。


「俺は、勝てる勝負しか、したくない性質なんだぞ!」


 シャークラーケンの本体へ飛び込み様、バトルアックスを振り下ろす。


 口上はマリーベルを失望させるに充分だったが、《疾風セレリティ》の速度と、《剛力ポテンス》の筋力。そこから導かれる破壊力は、絶大。


「マジかよッ!?」


 にもかかわらず、バトルアックスはイカ特有の柔らかな体にぽんっと跳ね返された。鋭いはずの刃が通らない。


「キュオオオオンンッッッ」


 しかし、封印魔獣であるシャークラーケンも、衝撃までは無効化できなかった。


 ジャイアントが振るう破城槌と衝突したかのように、後方へと吹き飛ばされる。そのまま10メートルほど飛び、壁にぶつかった。その衝撃で、下水道全体が鳴動する。ダイアラットたちが、逃げ惑う声がした。


 着地したアベルは、シャークラーケンを追撃しよう――として、異変を感じ立ち止まった。


「やべ、斧が」


 シャークラーケンを、10メートルも吹っ飛ばした。

 その殊勲を上げたカッツの斧だったが、威力に耐えられなかった。ぴしりと音を立ててひびが入ったかと思うと、瞬く間に広がり粉々に砕け散る。


 美しいが、残酷な終わり。


「ああああ。結局、弁償かああぁっぁっ」


 この世の終わりのような声をあげるアベルに、処置なしとマリーベルが弱々しく首を振る。


「いや、カッツはどうでもいい。適当にごまかせる。それよりも、シャークラーケンが弱ってるうちに畳み掛けねえと。代わりの武器、なにか武器は……」

「あるぞ、とびっきりのがな」


 最悪、素手で挑まなければならない。

 そう覚悟したアベルへ、事も無げにマリーベルが言った。


「どこにだよ?」

「ここにじゃ」


 マリーベルが心臓を叩いて、意味ありげに笑う。


 その自信に満ちた所作に反し、アベルのテンションは面白いぐらい下がっていった。


「最後の武器は勇気とか、そういうのいらねえから!」

「違うわ!」


 まったく意図していなかったからか、小さなマリーベルが飛び上がりながら否定する。恥ずかしかったらしい。少しだけ、頬が赤く染まっていた。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート