ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第十九話 ロートル冒険者、到着する

公開日時: 2020年9月13日(日) 06:00
文字数:3,689

 さわやかな風が、頬をくすぐる。

 頭上から降り注ぐ、柔らかく暖かな光。

 ファルヴァニアが夜だとは思えない状況。


「まさかまた、太陽の光が浴びられるとはなぁ……」


 嬉しそうに森を駆ける巨狼の背中で寝転がるアベルが、眩しそうに手をかざした。

 巨狼の毛はごわごわかと思いきや、予想外に寝心地がいい。良く干した布団のような匂いもする。

 スピードの割に揺れも少なく、今はエルミアに見張りを任せているが、下手をするとこのまま眠ってしまいそうだ。


 アベルの隣にいるのはマリーベルだけ。寝転がることはせず、なにか考え込むように、うんうんとうなっていた。


 アベルほどリラックスしているわけではないが、少し離れた場所にいるエルミアたちも、巨狼の背で、思い思いに休息を取っている。


 エルミアは周囲への警戒を怠らず、ルシェルは残りの呪文を確認し、クラリッサは武器の手入れに余念がない。


 ただ、いずれも、アベルの側にいてもできる作業だ。となると、アベルの近くに彼女たちがいないことを不思議に思うかも知れない。


 しかし、もし神々が下界を見下ろしていたなら、アベルを中心に、等間隔に並ぶ三人の女性の姿を目にしたことだろう。


 つまり、そういうことなのだ。


「人工の太陽なぁ……。スヴァルトホルムってのも、なかなかすごいことを考えるもんだ」

「うむ。同感じゃ」

「そうか。マリーベルなら、懐かしさは俺の比じゃないよな」

「まったく、悪趣味なことよ」

「は?」


 横から聞こえてきた意外な答えに、アベルは思わず起き上がった。

 急な体勢の変化にも、吸血鬼ヴァンパイアの体は悲鳴を上げたりしない。腰も腹筋も痛くなったりしないのだ。

 正常すぎることに、時折違和感を憶えるほどなのだが……。


 今はそれよりも、マリーベルだ。


「悪趣味って、どういうことだよ」

吸血鬼ヴァンパイアは夜に生き、闇を同胞とする者ぞ。太陽の光を浴びたいなどと考えるとは、噴飯物よ」

「ええ……」


 マリーベルの顔を見れば、本気で言っていることが分かる。


 吸血鬼ヴァンパイアにもかかわらず、太陽を礼賛するその感覚。それもまた、吸血鬼ヴァンパイアの基準では悪徳になる……ということだろうか。


「……やっぱ、吸血鬼ヴァンパイアっておかしいな」

「汝がそれを言うか! 言うのか!」


 頬どころか、口の端を持ってマリーベルが引っ張る。吸血鬼ヴァンパイアになっても、痛いものは痛い。

 アベルはマリーベルを引きはがそうとせず、こちらも頬をつねりにいった。


「こにょ、びゅりぇいにゃ!」

「しゃきに、てぇおだひたんは、ひょっちだりょ!」


 無礼な、先に手出ししたのはそっちだと、血でつながった親子が醜い争いを演じる。

 イメージと違う幼稚な行動に、警戒していたエルミアですら思わず凝視してしまった。


「義兄さんって、子供ができたら、とても子煩悩になりそうですよね」

「なるほど。一理ありますわね」

「今さら気付いたのか」


 私は、もっと前から知っていたぞと、エルミアが胸を張った。

 それだけなら好きにしろと言いたいところだが、マリーベル自身が発端とあっては看過できない。


「ええいっ。妄想に浸るのは良いが、余を子供扱いするでないわっ」

「その姿で、そりゃ無理ってもんだろ。こんな子供ごめんだけど」

「余の子は汝じゃ、バカモンッ」


 再び小さなマリーベルが突っかかってくるのを、アベルは両手を突き出して止めた。

 これ以上は、いくらなんでも不毛すぎる。


「それよりも、あれだ。結構走ってるけど、まだ『スヴァルトホルムの館』に到着しないのって、おかしくないか?」


 巨狼が進むと、森の木々は自ら枝をしならせ道を作っている。

 そこを全力ではないが疾走しているのだ。すでにかなりの距離を踏破していることになるはず。


「おーい。このままで、大丈夫なのか!?」

「ゥワオンッ」


 気になって巨狼に話しかけるアベルだったが、返ってきたのは上機嫌な鳴き声。

 言葉が分かると言うよりは、伝えようとしている意思を感じ取れるといったところだが、言いたいことが理解できるのは同じ。


「問題はないらしいけど……」


 ならば、こんなに時間がかかっているのは、どういう理由なのか。


「……もしかして、この森を抜けられなくて外に出るのを諦めたとか、そんなことないよな?」

「スーシャは、そんなに愚かではないはずじゃがな……」

「逆に考えましょう」


 巨狼の背を這うように移動したルシェルが、アベルの正面に回って言った。どういうわけか、息も弾んでいる。


「元々は、外敵を寄せ付けないための措置かもしれません」

「噂に聞く、ハイエルフの森林迷宮メイズフォレストみたいなもんか」


 実際の広さと内部の広さが異なってる。

 その可能性はあるなと、アベルはうなずいた。


 主神の粛正を逃れるための避難所なのだから、侵入されたときのことを考えるのは当然だ。


「となると、この子に出会えなかったら、水場を求めて彷徨っていたかもしれないのか」

「エルミアの言う通りだぜ。空から偵察しようとしてくれたマリーベルのお陰だな」


 余を囮扱いするとは、どういう了簡じゃ!


 そんな怒声が飛んでいる来るものと身構えていたアベルだったが、ノーリアクション。逆に、驚かされることとなった。


「マリーベル。なんか、あったのか?」

「いや。先ほどから、少し、引っかかっておるものがあってな……」

「分かる分かる。年を取ると、人の名前とかから、出なくなってくるんだよな」

「人を曖昧な老人扱いするではないわ! ……いや、名前。そうか!」


 突如として飛び上がり、巨狼の耳の間でマリーベルが声を張り上げる。


「汝、もしや、クルィクではないか?」

「アオオォンッッ」

「お前、名前あったのかよ」


 巨狼――クルィクから肯定の意思を感じ取り、アベルもさすがに驚いた。

 マリーベルが名前を知っているということは、なんらかの関係があるということにもなる。


「マリーベル様、この狼をご存じですの?」


 アベルではなくマリーベルへ問う形で、クラリッサも近寄っていく。

 実質的に同じことなのだが、建前が重要なときもある。


「うむ。昔、スーシャが拾った子狼じゃ」

「それが、こんなに大きく?」


 ルシェルが驚きに目を丸くした。素の感情が表れていて、それがまた可愛らしい。


「嘘ではないぞ。余の手のひらに載るくらい小さかったのじゃ」

「いや、それはいくらなんでも小さすぎだろ」

「今の姿の話ではないわーー!」


 クルィクの頭から背中へ舞い戻ったマリーベルが、上空から飛び込むようにしてアベルへ迫る。

 正確には、その頭へ。


「少しは反省せい」

「止めろ、マリーベル。大罪を犯すんじゃない!」


 髪の毛を掴むマリーベルに、アベルは悲鳴をあげた。それ以上やったら、戦争だ。


「拾われた子狼が、主人を守るためこの空間に残った……ということか」


 見かねたエルミアがマリーベルをひょいと掴み、アベルから遠ざける。結局、アベルの周りに、全員が集まってしまった。


「ありがとよ。だけど、それも変なんだよな……」

「アベル、変とはどういうことじゃ?」


 とりあえず矛を収めたマリーベルが、エルミアに吊られたままアベルに問う。


「ああ、細かいことは言ってなかったか」


 自分一人で分かったつもりになっていたと、アベルは反省する。情報共有は大事だ。


「さっき、《支配ドミネイト》でクルィクの心に触れたときなんだが――」

「――そんなこともできるのかっ」

「お、おう。偶然な感じだけどな」


 なぜか食い気味で聞いてくるエルミアに動揺しつつ、アベルは咳払いをしてごまかす。

 いろいろあったし、初めてではないが、美人過ぎて緊張してしまう。


「そこで、ずっと一人で寂しいって感情が伝わってきたんだ」

「そうなると、スーシャに本格的になにか――」


 厳しい表情を浮かべたマリーベルだったが、最後まで言い切ることはできなかった。


「――アオオォォンッッ!」


 クルィクが突然遠吠えをあげ、全員の注目が前に集まる。


「義兄さん、マリーベルさん。壁です!」


 慎ましやかな胸部を揶揄したわけでは、もちろんない。

 行く手に、いつの間にか、見上げるような城壁が出現していた。


「掴まれ!」


 そう指示すると同時に、アベルは俯伏せになってクルィクの毛皮を掴んだ。


 飛び越えるつもりだ。


 クルィクの意図を正確に把握したアベルの行動に、全員が続く。

 アベルが意図したのとは異なる行動で。


「うぐっ」


 体の右側に、重量がかかった。そちらを見れば、なぜかルシェルがクルィクではなくアベルの腕を掴んでいた。


「うぐぐっ」


 続けて、左腕と腰にも重量がかかる。犯人が誰かは、確認するまでもない。

 そして、今さら違うとは言えない。


 不意に、体が傾いた。


 吹きすさぶ風。

 そして、浮遊感。


 スピードとスリルに、悲鳴もあげられない。


 永遠に続くかと思った数十秒を耐えきり、クルィクが着地。その衝撃に三半規管がダメージを負うが、大ジャンプに比べたら大した問題ではない。


「ここが……」


 クルィクの背中に捕まったまま、顔だけ上げたアベル。

 その視界に飛び込んできた白亜の館。継ぎ目が一切存在ない石造りの邸宅は左右対称で、どっしりとした印象を受ける。窓はすべて頑丈な鎧戸で覆われていた。


「アオオオンンンッッッッッ!」


 到着を知らせる遠吠えが、周囲に響き渡った。


 間違いないだろう。


 アベルたちは、ようやく『スヴァルトホルムの館』に、到着したのだ。

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