ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第五話 ロートル冒険者、家を見て回る(後)

公開日時: 2020年9月17日(木) 06:00
文字数:3,639

 図書室を訪れたアベルを出迎えたのは、食堂とは異なる柔らかな照明だった。


 壁一面に書棚が設置され、蔵書の一部は床にまで進出している。アベルは、興味がなかったが、貴重な本もあるようだ。

 この部屋に関しては窓がなく、なにかのマジックアイテムが働いているのか、気温は低めに抑えられていた。


 幽霊屋敷だったと思うといかにも不気味だが、ゴーストが退治された今では、静かで、落ち着いた空間。


 しかし、ルシェルの姿はどこにもなかった。


「どっかに移動したのか……」


 中央に置かれた机には、読みかけの本などもない。

 ウルスラがこんなことでわざわざ嘘をつくとも思えず、入れ違ってしまっただけだろう。


 図書館をあとにし、アベルは応接室の扉をノックした。


「……ここにも、いないか」


 念のため中を確認したが、ルシェルも、他の人間の姿もなかった。

 座り心地が良さそうなソファや豪華な彫刻が施された煖炉も、使用された形跡はない。


 応接室が必要になる未来も思い浮かばないが、この部屋を見たときに、アベルは閃く者があった。


「そうだ。落ち着いたら、ここで酒と煙草を飲もう」


 煖炉の前で紫煙をくゆらせ、グラスを一人傾ける。


 良い。


 まさに、大人のラグジュアリー。


 そう。想像は自由だ。


 一人で傾けるのは難しそうだなと苦笑しつつ、アベルは遊戯室へと移動する。


「そういや、ゴーストを素手で撃退できた理由はマリーベルが説明してくれたけど、なんでダイスとか包丁に宿ってるか気付いたのかは、なんにも言ってなかったような……」


 四面ダイスに宿っていたゴーストを、エルミアが射抜いた場所。


 そこに、ルシェルがいた。

 ようやく会えたことで、アベルは些細な疑問を投げ捨てる。


 ルシェルは入り口に背を向け、チェステーブルに向き合っていた。


 なにやら熱心な様子で声をかけるのを躊躇してしまうが、それでは目的が果たせない。


「ルシェル」


 アベルは意を決し、正面に回って元義妹の名を呼んだ。

 集中していたようだが、ルシェルははっと顔を上げた。


「ああ……。義兄さん……。もう、そんな時間ですか」


 ギルドで模擬戦をすると言っていた、アベルが目の前にいる。

 そのこと自体で、ルシェルは時間の経過に気づいたようだ。


「集中しているところ悪いが、そろそろ食事の時間だってエルミアが」

「いえ、ちょっと呪文の運用に関して研究していたので、気晴らしをしていただけです」


 そう言って、ルシェルはアベルに対面の席を勧めた。


「運用の研究?」

「はい。『スヴァルトホルムの館』の探索で、未熟なところが見つかりましたから」

「なにかあったか?」


 アベルが見る限り、ルシェルは攻撃も支援もしっかりと行ってくれていた。特に不満点も見当たらない。

 ……と、思ったが、ひとつだけ言いたいことがあった。


「自爆覚悟で前に出るのは、金輪際やめろよ」

「いえ、それしか方法がないなら、躊躇はしません」

「えええ……」


 思わず、チェステーブルに頭をぶつけそうになった。


 その覚悟は、どこから出てくるのか。

 ためらわず言い切ったルシェルに、冗談めかした部分は見当たらない。真剣そのもの。


「とはいえ、それは最後の手段。問題は、正直なところ、今までは敵を倒せばそれで終わりだと思っていたことなんです」

「それは、まあ、間違いじゃないんじゃねえの?」


 短絡的で力押しと思われるかもしれないが、冒険者にとってはひとつの真理だ。下手に長引かせれば、それだけ怪我のリスクが上がり、継戦能力も失われる。

 慎重さと消極的の境界は紙一重。


「ですが、兄さんを守れませんでした」


 チェステーブルに視線を落とし、アベルを見つめ、ルシェルが唇を噛む。

 年若いエルフの相貌は、悔恨に彩られていた。


「棺を開いた時の話か。あれは……」

「義兄さんを守ると誓ったのに、私は……」

「別に、痛かったけど致命傷では――」

「取り返しがつかなくなってからでは、遅いのです」


 問題を矮小化しようとするアベルから視線をそらさず、ルシェルが強い口調で言った。

 アベルからするとすでに過ぎ去ったことなのだが、守れなかったルシェルからすると、それでは済まされない。


 悔しそうに、悲しそうに、ルシェルは続ける。


「それに、レヴナントの攻撃を受けて、義兄さんに心配をかけてしまいましたし」

「あれは、どうしようもなかっただろ」


 黒い棺――コフィンローゼスがなければ、アベルだってどうなっていたか分からない。

 相手が規格外だったと言うしかなかった。


 しかし、ルシェルは、それで済ますわけにはいかない。


「そのための、理術呪文です」

「そこで、運用の話につながるのか」

「はい。今まで想定していたのとは異なる事態に直面すると、同じ呪文でも違った運用法が見えてきます」


 アベルの了解を得ず、研究結果を語ろうとするルシェル。

 まるで、新しく見つけた法則を親に報告する子供のようだった。


「今までは、敵からの直接攻撃は《鏡像リフレクト・イメージ》などで対処すればいいと思っていましたが……」

「……レヴナントの衝撃波なんかには、意味ないな」


 幻影のデコイごと吹き飛ばされて終わりだ。


「その通りです。攻撃を受けないほうが安全だと考えていましたが、ダメージを軽減するほうが確実だったとも言えます」

「だけど、万能な呪文なんてない……」


 と、言いかけて、アベルは気付く。


「だから、そのための研究か」

「はい。これは一例ですが、敵からの攻撃に対する防御膜を発生させる《聖域サンクチアリ》という呪文があります」

「ああ、聞いたことあるな。防御は高まるけど、こっちから攻撃すると効果が消えちまうんだろ?」


 それでは意味がない。使えない呪文だと思ったものだ。


「しかし、それはこちらから攻撃する意思――害意に反応して解除されるだけですから、たとえば、罠を調べたり解除する状況では有効なままなんです」

「おお、言われてみたら、そうだな」


 コフィンローゼスのような罠とそうそう遭遇するとは思えないが、もしあれをどうにかできていたら、その後の展開も変わっていたかもしれない。


「私自身が火属性ということもあって、攻撃にばかり意識が向いていましたが、兄さんを失いかけて初めて本当に大切なことに気がつきました」


 大げさなと言いかけて、アベルは口をつぐんだ。

 ルシェルの瞳も表情も、真剣そのもの。


 気軽に触れたら、どうなるか分からない。


 だからアベルは、別方面から攻めざるを得なかった。


「でも、簡単に呪文を増やせるわけじゃないだろ?」

「……レパートリーは増やせますが、一日の使用回数は、確かにそうですね」


 魔術師ウィザードが使用する理術呪文は、術者が記憶している呪文の構成式を呪文書へと転写し、自動的にそのページが切り離されることで発動する。


 記憶できる呪文数は術者の学習次第で増やせるが、発動は別。


 呪文の発動には多大な精神力と集中力を要するため、自ずと、一日の使用回数も制限を受けるのだ。

 また、呪文の難易度と効果の大きさにより第一から第九までの階梯に分けられているが、高ければ高いほど一日に使える回数は少なくなる。


「これでも、昔よりは使いやすくなっているという話なのですが」


 かつては、睡眠や瞑想など休息したあとに、その日に使用する呪文を決め、自らの手で呪文書に書き込む必要があった。

 この理術呪文の変革は、ヴェルミリオ神ではなく、その配偶者であるダニシュメンド神が主導して行われたのだという。


「お陰で、リーズナブルになって、一部の呪文も強化されたらしいです」

「いいことずくめじゃねえか」

「もっとも、その過程で失われてしまった呪文も多いのですが。中には、えげつない効果の呪文もあったそうですよ」

「それは、失われて良かったんじゃねえか?」


 そのほうが安全ではないか。なぜ残念がるのか、アベルには理解できなかった。


「なるほど。そういう見方もありますね」


 さすが義兄さんとアベルを賞賛するルシェル。


「単なる素人考えに、そんな感心されても」

「いえいえ、ご謙遜を。しかし、吸血鬼ヴァンパイアになったら、一日の呪文使用回数も増えたりしないでしょうか」

「それは……。マリーベルに聞いてみないと、分からないな」


 なんとなくだが、増えそうな気がする。


 だが、あえてアベルは血の親へ判断を丸投げした。


「マリーベルさんですか……」


 ルシェルも、マリーベルとスーシャの事情は知っている。

 知っていて、選考結果を聞かないでいた……はずだったのに。


「ところで、血の花嫁ブラッド・ブライドの件は、いつ頃、結論が出るのでしょうか?」

「さあ? マリーベル次第だしな。そもそも、保留なんじゃなかったのか?」

「いえ、今回、義兄さんと冒険をともにして、非常に興味が出てきました」


 え? と、アベルは固まった。

 なぜ? どうして、そんなことになったのだろうか?


「懸念材料だった陽光に対する防御も、避難場所を手に入れてなんとかなりそうというのが、一番大きいですね」

「コフィンローゼスのことか?」

「はい。いざとなったら、義兄さんと一緒に中に入ればいいんですから」

「そんなはしたない真似、させられるはずがないだろ」


 吸血鬼ヴァンパイアになるかどうかは別にして、アベルは、真顔でそう言った。

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