ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第十話 ロートル冒険者、夢を見せられる(後)

公開日時: 2020年9月18日(金) 12:00
文字数:3,121

「……なんだ?」


 そこは、広い草原。見渡す限りの緑の絨毯が広がっていた。

 空には、太陽。空の青は深く、白い雲とのコントラストで、より青く見える。

 風はさわやかで、このまま寝っ転がって昼寝をしたくなるほど穏やか。


 武器もウェストポーチもなく、アベルは普段着で、草原の中にいた。


「あれ……?」


 違和感に、アベルは頭を抑えた。

 つい、最近。ほんの少し前に、同じ光景を見た気がする。


 既視感。


 その出所を探ろう……として、重要なことに気がついた。


「って、太陽!?」


 吸血鬼ヴァンパイアとなったアベルには、毒でしかない陽光。遮るものはなにもない。直射日光に身を晒している。


 しかし、それがアベルを蝕むことはなかった。


 暖かく、すべての生命を祝福している。


「館がある場所と、同じような感じなのか……?」


 そもそも、館のベッドで寝ていたはずではなかったか。

 いつの間に、きちんと着替えてこんなところに来たのだろう?


「やっぱり、同じことを考えたことがあるような……」


 違和感。


 得体の知れないなにかに、襲われているような気味の悪さ。


 とにかく、警戒は怠らない。

 そして、この草原を抜けよう。


「ゥワンッ!」


 分からないなりに今後の方針を定めたアベルの耳に、聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。

 咄嗟に、聞こえた来た方向――背後を――を振り返る。


「ゥワンッ!」


 美少女が、背中まで伸びる赤い髪をなびかせ、走っていた。


 そう。少女だ。


 顔いっぱいに満開の花のような笑顔を浮かべ、ヴェルミリオ神がもたらしたブラジャーも付けていないようで、大きな胸が上下に忙しなく動いている。

 頭からは犬の耳が生え、興奮にぴくぴくと揺れていた。


 ふさっとした尻尾と一緒に両腕をぶんぶんと振って、アベル目がけて駆け寄ってくる少女。


「な、なんだ!? 獣人!?」


 満面の笑顔を見るに、危険はなさそうだ。


 その敵意のなさが、逆に、アベルの行動を狭める。


「ワォンッ!」


 数メートル離れた場所からジャンプし、アベルに飛びかかる。まるで、肉食獣と、獲物だった。


 受け止める格好になったアベルは数歩たたらを踏み、そのまま草原に押し倒される。

 ふたつの膨らみが胸板で潰れるが、努めて無視。

 草の青臭さが鼻孔をくすぐり、視界には獣人の美少女が大写しになった。


「もしかして……」


 押し倒された衝撃や危機感よりも、デジャヴにかられ、そちらのほうが気になる。

 どこが……というわけではないが、全体的に見覚えがあった。


「まさか、クルィクか!?」

「ゥワンッ!」


 正解と! 言いたげに吼え、押し倒す態勢でレロペロレロペロとアベルの頬を遠慮なく舐める。

 見た目は美少女だが中身がクルィクだと思うと、くすぐったいだけ。


「クルィク! 本当にクルィクかよ! マジか。えええ、どういうことだよ」


 匂いはないどころか、どこかさわやかな香りすらする。

 くすぐったさはあるが、決して不快ではなかった。


 知り合いに出会えた嬉しさで、アベルが遠慮なく髪と耳をくしゃくしゃに撫でる。力一杯。


「フゥゥゥン……」


 すると、獣人化したクルィクから力が抜け、アベルの胸板に顔をこすりつけながら気持ちよさそうな声を出す。


 調子に乗ってあごや首筋も撫でながら、アベルはどういうことなのかと考える。


 部屋で寝ていたはずが、草原にいて。

 太陽を浴びても、なんともなくて。

 草原には、獣人化したクルィクがいた。


 わけが分からなかった。


「というか、クルィク。お前、メス……女の子だったのかよ」


 知らなかったというか、確かめてもどうなるものでもなかったのでスルーしていたと言うべきか。

 思わぬ形で性別が明らかになり、アベルはしみじみと驚く。


 クルィクは、それに傷ついたような表情を浮かべた。


「ご主人様、ひどい」

「しかも、喋った……だと……?」


 さっきまで、鳴き声だったのに。


「お話ししたいと思ったら、できた」

「ええぇ……」


 それ、できていいやつなんだろうか?

 アベルは逆に心配になるが、できているものはどうしようもない。


「まあ、元々、こっちの言葉は分かってたみたいだもんな……」


 それに、話がしたいと思っていたというのは素直に嬉しかった。健気だ。


「ところで、クルィクはどうしてこんな姿になったんだ?」

「なんか、頑張ったらできた!」

「そっかー」


 努力は素晴らしい。

 それが報われたのなら、なおさら。


「そりゃすごいな」

「えらい? えらい?」

「ああ。偉いぞ」


 アベルが褒めると、クルィクがばっさばっさと尻尾を振った。


「クルィクは分かりやすくていいな……。しかし、ここはどこで、一体、なにが起こってるんだろうな?」

「うううん……?」

「まあ、分からないよな」


 仕方がないことだ。アベルだって、どうして太陽が平気なのか分からないのだから。


 アベルはクルィクを体からどかして、立ち上がった。このまま、クルィクと遊んでいるわけにもいかない。


「クルィク、人かなんかいる場所、分かるか?」


 ごまかすように言ったが、重要なことでもある。


「こっち!」


 そう声を上げると、クルィクがアベルの背中を押した。


「こっちでいいのか? ていうか、走るのは確定なのか?」

「……ダメ?」

「ダメじゃないけど……」

「やった!」


 主人と二人きりで、思いっきり走れる。

 その喜びに、クルィクの顔は輝いていた。





「……なんだ、この夢」


 唐突な覚醒。


 クルィクが人間になった夢。それも、性別違いで二種類。どういうことなのか。さっぱり、理解できない。


 しかも、なぜ赤毛だったのだろうか。クルィクは黒い狼だというのに。


 わけが分からなかった。


「……水。いや、酒でも飲むか」


 変な夢など忘れるに限る。そして、二度寝だ。至福。


「……おや?」


 しかし、起き上がろうとしたところで、妙な重みがかかっていることに気付いた。

 眠い目を擦りながら、暗がりを見通す吸血鬼ヴァンパイアの視覚で見れば……。


「クルィク……?」


 大型犬と遜色ないほどの大きさになった、巨狼がいた。


「ゥワンッ! ゥワンッ!」

「え? は? なんだ? どういうことだ?」


 起き抜けのアベルにのしかかり、頬から鼻から目から口から。ペロレロペロレロとなめ回すクルィク。

 戸惑いながらも、それを受け止めあごの下を撫で、顔全体を包み込むようにマッサージするアベル。

 ぶんぶんと、クルィクの尻尾が左右に揺れた。


 夢で見たのと、同じように。


『ご主人様 夢アンケート調査にご協力ありがとうございました』

「あの夢はスーシャか!」


 コフィンローゼスからの念話に、アベルは思わず叫んでいた。

 撫でる手は止めなかったのはさすがだが、いきなりの大声にクルィクが「キュゥウン」と不思議そうに鼻を鳴らした。


 撫でてなだめつつ、アベルはスーシャへ念話を送る。


『アンケートって、どういうことだよ』

『クルィクの進路?』


 スーシャは、人の夢に潜って命血アルケーを得る吸血鬼ヴァンパイアだという。

 ならば、望む夢を見せることも可能なのだろう。


 進路というのは、ちょっと意味が分からなかったが。


『その結果ショタやケモミミ美少女に有意な反応がなかったので』


 クルィクを、人化ではなく小型化させたらしい。


『つまり、有意な反応ってのを示したら……』

『どっちかになってた クルィクも同意の上で』

『なんて危険なことを……』


 恐怖しかなかった。


『冒険の邪魔にもならないお手頃サイズ スーシャともども存分に使って 愛して』

『使うのはコフィンローゼスであって、スーシャじゃないんだが』

『些事』


 普段は早口で句読点がない喋り方をするのに、一言で切って捨てられた。


『……ところで、こんな状況でも、棺から出てこないのか?』

『必要?』

『いや、そういうわけじゃないけど……』

『不要 スーシャは不要 はぁはぁ』

『念話で息荒げる必要ないよなぁ!』


 経緯は、とても他人に話せるものではないが。


「ゥワンッ! ゥワンッ!」


 とにかく、クルィクもパーティに加わることになりそうだった。

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