ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第二十一話 ロートル冒険者、光を取り戻す

公開日時: 2020年9月13日(日) 18:00
文字数:3,190

 光の射さない、闇に包まれた空間。

 まだ扉は開いているはずなのに、外からの明かりも通さない。


 『スヴァルトホルムの館』の玄関ホールは、そんな場所だった。


 横にも縦にも、それなりの広さがありそうだ。ただ、全員揃って暗視能力を保持していても、正確なところまでは分からなかった。


 がちゃんと、背後から扉が、続けて鍵が閉まる音がした。


 閉じ込められた。


 だが、この程度は想定の範囲内。最も経験の浅いクラリッサも、慌てた様子はない。


「このシチュエーション、レポートで何度も読みましたわ」

「アベル。まずは、状況把握を優先しよう」

「義兄さん、《燈火ライト》の呪文を――」


 ルシェルの提案にうなずこうとした直後、正面にぼんやりとした光が出現した。


 エルミア、クラリッサ、そしてアベルが一斉に武器を構え、ルシェルが呪文書を手にしたまま後ろに下がる。


 その間に、光がひとつの像を結んだ。

 3メートル以上はある、巨大な虚像。


 象牙のように白い肌をした、長い長い黒髪の女。髪の間から垣間見える目も口も漆黒の闇で、首はあり得ない方向に折れ曲がっている。

 生者ではありえない、非実体の存在。

 その身に纏う薄絹よりも白い肌は淡く発光し、足があるはずの場所には無が広がっていた。


 ゴースト。


 恨み、憤り、憎み、哀しみ、嘆き。

 負の感情を残して死した存在のなれの果て。


 巨大さは恐怖を緩和せず、むしろ、マイナスを際立たせる。


「――――OooooOHhhhh」


 闇の入り口のような口からは、怨嗟の声。

 漆黒の虚のような眼窩からは、止めどなく赤い血が垂れ落ちていた。


 吸血鬼ヴァンパイアでも、食欲のそそられない光景。


「俺が前に出る! クラリッサも一緒に!」

「承知しましたわ!」


 アベルとクラリッサが移動を開始したタイミングで、ゴーストが体と同じぐらいの長さの腕を横に振るった。


「――――OooooOHhhhh」


 禍津風。


 風が三つ渦巻き、それが消えると床に同じ数の魔法陣が出現する。

 そこから、糸で引き上げられたかのようにフルプレートを身につけ、ロングソードとラージシールドで武装したモノが姿を見せた。


 そう。人ではない、モノ。


 兜や小手、鎧の隙間から見える白骨。それが、超常の存在であると雄弁に物語っている。


 カタカタカタ。

 カタカタカタ。

 カタカタカタ。


 髑髏しゃれこうべが三つ、狂ったような笑い声を上げた。


「虚仮脅しか」


 だが、それに恐怖を感じる者は誰もいなかった。マリーベルが意外そうな顔をするが、事態は止まらず動き続ける。


「本体を叩く!」

「分かった。だが、それなりに高位のスケルトンのようだぞ、気をつけろ!」


 エルミアが警告とともに矢を放ち、正面のフルアーマースケルトンに命中させた。いや、相手は避ける素振りすら見せなかった。


 矢では、スケルトン相手に分が悪い。脳はなくとも、その程度の認識はフルアーマースケルトンにもあるのだろう。


 もちろん、そんなことはエルミアも分かっている。


 エルミアの矢を受けたフルアーマースケルトンは数メートルも押しやられ、そのまま転倒した。ダメージはほとんどないようだが、戦線復帰には時間がかかるはず。


 ゴーストへの道が開いた。


「いきますわよっ!」


 そこへ飛び込んだのは、クラリッサ。

 真っ直ぐゴーストを目指すが、簡単にはいかない。左右から、フルアーマースケルトンが盾を突き出して迫ってきた。


「えい、やあっ!」


 邪魔されるのは、分かっていた。むしろ、囮になるのが目的。

 クラリッサはタイミングを合わせて、スピアの石突きを床に突き立て、しなりを利用して高く跳んだ。


 闇の中、褐色のダークエルフが銀髪をなびかせる様は、実に絵になる。惜しむらくは、アンデッドたちが賞賛する感性を持ち合わせていないこと。


 突撃をやり過ごしたクラリッサが、飛び降りながらフルアーマースケルトンの頭部を両足で蹴り飛ばす。

 体勢を崩すと同時に、クラリッサが胸を揺らしながら着地。

 倒れてきたスピアを掴んで一回転させ、石突きで突いた。


 タイミングも、踏み込みも、力の入れ方も、完璧。


 衝撃がそのまま浸透し、フルアーマースケルトンたちが抱き合うように倒れ伏す。


「もしかして、わたくし天才だったのでは?」


 調子に乗っているのではなく、自分がやったことが信じられないというクラリッサ。

 とりあえず、任せても問題ないだろう。


 その間に、アベルはマリーベルに問いかける。


「まさかあの幽霊がスーシャって娘じゃないだろうな!?」

「似ても似つかぬわ!」

「そいつは、安心したぜ!」


 ゴーストには、司祭プリーストの祈祷と相場が決まっている。


 では、それがない場合は、どうすればいいのか。


「ルシェル!」

「《魔器マジックウェポン》」


 純粋魔力の力場が、アベルのハルバードを包み込んだ。打てば響くような反応に、アベルは自然な笑顔を浮かべた。


 魔法の支援を受けた上で、殴る。

 これこそ、司祭プリーストがいない場合のゴースト対処法。

 もう一度死ぬまで、殴るのだ。


「《疾風セレリティ》」


 温存は悪手。

 ルシェルの呪文を確認した瞬間、アベルの姿がかき消える。


「なんと……」


 その場に置いていかれたマリーベルが、関心とも驚きともつかない声をあげた。

 それは闇に溶けて誰にも届かなかったが、闇に紛れたのはアベル自身も同じ。


 超高速で移動しても、この闇の中でも超知覚で認識するゴーストが見失うことはない。

 それを意識してか、アベルは無意識に《影惑オブスキュア》の血制ディシプリンを発動させていた。


 以前、エルミア、ルシェル、クラリッサの包囲から逃げ出した後、そういうときには《影惑オブスキュア》の血制ディシプリンを使えと冗談交じりで言っただけなのに。


 アベルがどこにいるのか、血の絆で結ばれたマリーベルにも分からない。


「――――OooooOHhhhh」


 それが、ゴーストであれば、なおさら。

 突然、反応が消え去ったことに、虚無の瞳をさらに大きくさせた。


 そんなことなどつゆ知らず、ルシェルの支援を受けたアベルは、エルミアとクラリッサが確保した道を駆け抜ける。


 ゴーストにとっては、真っ正面からの奇襲。


「――――irhoi!?vh;aehfi!?」


 助走をつけて飛んだアベルが、ハルバードを大きく振りかぶった。

 生命の属性石から溢れ出た命血アルケーが両腕を靄のように覆い、闇の中でアベルを輝かす。


「《剛力ポテンス》」


 必要なのは、力と勢い。技巧は置いてきた。

 ハルバードが壊れるかもしれない。そんな心配も意識の外。アベルは、買ったばかりの武器を全力で振り下ろした。


「なにがなんだか分かんねえが、天に帰れ!」


 叩き付けた瞬間、アベルが感じたのは反発。恨みや妬みを物理的な力に変換したら、こうなるのだろうか。

 ゴーストの眉間に突き立てた斧頭が、気を抜いたら浮きそうになった。押し返そうとする力を、アベルは、さらなる力で抑え付ける。


「俺が言えたことじゃないけどなッッ!」


 皮肉とともに、ハルバードを振り切った。その衝撃で、ポールアームが半ばから砕け散る。


「――――fjijvfa@]^ZHoa;la!!!!!!!!」


 意味をなさない悲鳴が衝撃波となって、アベルを吹き飛ばす。


 だが、それは崩壊の序曲。


 使い物にならなくなった武器を片手に着地したアベルが見たのは、眉間からひびが広がっていくゴーストの姿。


 そのひび割れから、さらに光が吹き出す。


 ゴーストは、恨み、憤り、憎み、哀しみ、嘆きがこもった視線をアベルに向けると、それを最後に非実体の体が崩壊した。


 後に残ったのは、煙。

 煙のように消えたという比喩ではない。


 文字通り白い煙になって、何処かへと逃走したのだ。


 それを合図にしたかのように、玄関ホールに、光が戻る。


 明るくなって、初めて気付いた。


 壁には、肖像画が掛けられていた。描かれているのは、優しげに微笑み、子犬を抱いている少女。

 淡い水色の髪は目元まで伸び、同じく色素の薄い瞳を覆い隠していた。十代半ばほどだろうが、実際の年齢は分からない。


 花がほころぶような笑顔を浮かべた、儚げな美少女。


「スーシャ……」


 それは、この『スヴァルトホルムの館』の女主人の肖像画だった。

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