ロートル冒険者、吸血鬼になる

小説家になろうで3,000,000PV突破! これがベテラン冒険者の生き様?
藤崎
藤崎

第二話 ロートル冒険者が引退を決意した経緯(前)

公開日時: 2020年9月2日(水) 18:00
文字数:2,805

「アベル、ようやく来ましたわね」


 スイングドアを押して冒険者ギルドに足を踏み入れた途端、カウンターから待ちかねたと声をかけられた。


「相変わらず、お前のところは空いてるな、クラリッサ」

「わたくしにも、選ぶ権利はあるというものですわ」


 絹のように白い髪と褐色の肌をしたダークエルフの受付嬢が、なぜか得意げに大きな胸を張った。どことなく得意げな表情と所作が、よく似合っている。


 しかし、そのクラリッサをまともに見ようとする冒険者は、皆無だった。


 能力もあり、容姿端麗でもある。

 だが、性格に難がありすぎるがゆえに。


 最初は期待の美人受付嬢ということで担当を希望する冒険者も――主に男性に――多かったのだが、今では、この通り。


 クラリッサとまともに会話をしている。それだけで、アベルに尊敬の視線を向ける者もいるぐらいだ。


 そんな彼女が受付嬢を続けられているのは、ギルド七不思議のひとつだった。


「いや、受付嬢が客を選ぶ時点で間違ってるからな」


 案の定、アベルに冒険者たちだけでなく、他の受付嬢からも注目が集まる。


 アベルの心は、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。

 途中で、今日は宿に帰って寝直そうと思ったぐらいなのに、ギルドに入ってしまえばいつも通り。


 ここに来るまではささくれだった心を持て余していたが、彼女の傍若無人な台詞を聞いていると、自分の悩みなど些細なことに思えてくるから不思議だ。


「そう思うよな、ジョルジェ?」

「え? 俺に振るのかよ。……まあ、クラリッサはクラリッサだからな」

「確かに、その通りだ。ところで、今度おごれよ」

「この前の貸しを返してもらったら、その金でな」

「そんなのあったっけ?」


 他の受付窓口に並ぶ、顔なじみの冒険者たちと拳を付き合わせて挨拶を交わす余裕もある。


 馴染みの――馴染みになってしまった――受付嬢と会話をする余裕も。


「というか、クラリッサが相手を選ぶんなら、俺は真っ先に落第にらなくちゃおかしいだろ」

「もう。また、そんなことを言うんですの?」


 クラリッサは頬を膨らませ、アベルをにらみつけた。そうすると、繊細な美貌が、一気に愛らしくなる。


「まあ、俺みたいな万年Cクラスを相手にするってことは、慈愛に満ちているってことかもしれないけどな」


 冒険者のランクは、訓練生トレイニーから始まり、Cクラス、Bクラス、Aクラスと昇格していき、その分、受けられる仕事の幅や報酬が上がっていく。


 ただ、昇格に明確な基準があるわけではなく、概ね担当の受付嬢の推薦を受けてギルド内部で査定が行われ昇格が決まる。

 それ以前に、「そろそろ昇格だろ」という空気が醸成されているものだ。


「ランクは目安であって、絶対ではありませんわ」

「そりゃそうだが……」


 そうは言っても、気になるものだ。

 アベルも、昔はBクラスやAクラスを目指していた時期があった。


 しかし、ある一件を契機にドロップアウトし……。


「いや、俺はランクなんかどうでもいいわ」

「さすがは、Cランクの門番ですわね」

「どうでもいいんだって。それよりも、手続きを頼む」

「分かりましたわ。今日も、下水でのダイアラット駆除で?」

「ああ。いつも通りだ」


 西の大平原でのモンスター退治、南の大森林での薬草採集と並ぶ、俗に三大常設依頼と呼ばれる依頼クエスト

 対象は、50cm~1mほどの大ネズミ――ダイアラット一種のみという誤解しようのない内容。


 ダイアラットは、そのレベルとは裏腹に厄介なモンスターだ。


 駆除を怠れば下水道から溢れ出て、穀物……だけでなく、抵抗できない老人や赤子をも食い荒らすのだ。

 実際、神殿にはダイアラットに左足と右目を食われた赤子が運ばれたという記録も残っている。


 それを防ぐため、ダイアラットの駆除は非常に重要なクエストだった。

 だが、冒険者には、まったくと言っていいほど人気がなかった。


 それは、ヴェルミリオ神のお陰でかなりマシではあるのだが下水道という環境のせいでもあり、報酬の安さが原因でもあった。


 つまるところ、地味なのだ。


 好きこのんで受けているのはアベルぐらいのもの。他は、訓練生トレイニーが研修代わりにこなしているぐらい。


 都市衛士が定期的に間引きを行い、なんとか均衡を保っているのが実情だった。


「俺が一人で無理せずこなせるのは、この依頼ぐらいのもんだからな」

「なるほど。さすが、アベル。その慎重さは、冒険者のお手本ですわ」

「いや、そういうんじゃねえからな。よく言われるけどよ」


 本当に、裏もなにもない。

 ただ単に、楽な仕事で糊口を凌いでいるだけ。

 冒険者としての展望など、今はもうない。

 死んでいないだけの話。


「――ということに、しているわけですわね?」

「……は?」


 思いがけない言葉に、アベルは間抜けな声を出してしまった。

 それを演技だと確信しているクラリッサは、視線で周囲を威圧してから、カウンターを乗り出してアベルの耳へと口を寄せる。


 思わずどきりとしてしまう。

 だが、いい年をしてそれを表に出すのも恥ずかしく、結果、アベルは彫像のように固まった。


「わたくしも、受付嬢として調べてみましたわ」

「いや、なんの話だ? というか、近え」


 しかし、妙に過大評価しているクラリッサは聞く耳持たない。まあ、元々、そういう人間だというのもあるが、この距離感は異常。アベルでなければ、誤解しているところだ。


「このファルヴァニアは、古代の吸血鬼ヴァンパイアが封じられた遺跡の上に建てられたそうですわね?」

「へー。そうなのか」

「やはり、この程度では尻尾を出しませんのね」

「いや、だからな?」


 どうやら、アベルはその遺跡を探すため下水に潜っていると勘違いしているらしい。ダイアラットの駆除を受け続けているのは、そのカバーだと。


 アベルからすると、迷惑極まりない誤解だった。


 そんな期待に満ちた瞳を向けられると、眩しすぎて目を背けたくなってしまう。


「分かりましたわ。他の冒険者には絶対に言いません」


 その態度を、またしても勘違いしたのか。

 二人だけの秘密ですわねと、クラリッサは満面の笑みで矛を収めた。なぜか事務作業も滑らかで、上機嫌だ。


「それでは、アベル。ここに属性石で判を押しなさい」


 クラリッサが、石板タブレットをアベルへ差し出す。

 表示されている契約書面を確認もせず、アベルは属性石の指輪でタッチする。続けて、クラリッサがペンダント型の闇の属性石で捺印。


 これで、契約は成立。


 データは天上クラウドに保存され、資格を持つギルド員ならば閲覧も可能だ。


 報酬など金銭のやり取りも、基本的に属性石を介して行われる。ヴェルミリオ神がもたらした、このマキナシステムがなければ、冒険者ギルドは立ち行かないだろう。


「じゃあ、とりあえず行ってくるわ」


 エルミアと違いメンタルが削られるわけではないが、クラリッサの相手をするのも疲れてしまう。まず、年齢が違うのだ、年齢が。

 返事も待たずに、アベルはスイングドアを開いてギルドを後にする。


「義兄さん」

「次はルシェルか……」


 そこで、今度は、エルフの美少女に出くわした。

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