ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第二十五話 ロートル冒険者、探索する(後)

公開日時: 2020年9月14日(月) 18:00
文字数:4,004

 一階の、もうひとつの通路。左側の道も、同じように途中で闇に包まれていた。


 再び侵入したゴーストの領域。


 そちら側には、かなり広い応接室、図書室、遊戯室があった。


「…………」


 応接室の調度品、図書室に並べられている貴重な書物。

 怪しい物品はいくらでもあったが、ゴーストの反応はない。


 しかし、遊戯室に入った途端、エルミアが無言で矢をつがえた。


 その姿は、清楚かつ凄烈。


「エルミア……?」


 突然の行動に、アベルが戸惑いがちに問いかける……が。


 エルミアは、矢を発射することで答えた。


 エルフの弓から放たれた矢は、遊戯室のテーブルへと一直線に飛んでいく。


 だが、テーブルを狙ったものではない。


 狙いは、卓上に放置されていたサイコロ。


 通常の六面体ではなく、三角錐の四面ダイス。

 白骨から削り出し、それぞれの面に、幸福・哀しみ・怒り・苦悶の表情が彫り込まれている。


「――――ourfh68y2gvhr!?」


 その苦悶の面を貫くと同時に、見慣れた――見慣れてしまった――ゴーストがダイスから飛び出すように現れた。


「エルミア、よく分かったな!」


 どういう理屈なのか。それとも、理屈などないのか。

 どちらかというと後者のような気がするが、あえて確認せず、アベルはショートソードを抜いてゴーストへと肉薄する。


「風よ、疾く我が矢を運べ――《双爪レッド・タロンズ》」


 そのアベルの横を、二本の矢が通過していった。


「――uref98ry!?gwrdjme5kyopj84aewg!?」


 それは過たずゴーストの両目を貫き、ゴーストは絶叫を上げて四面ダイスに戻っていった。その直後、白骨ダイスが消滅する。


 光が戻った。


「次へ行こう」

「あ、はい」


 一階の残りの区画、玄関ホールにある扉の先には、かなり大きな食堂。それから、キッチンがあった。


「燃えさかれ、焼き尽くせ。其は破壊の象徴なり――《火焔光線フレイミング・レイ》」

「――――tig43fipkgvsupd:!!!」


 シャークラーケンを撃ったときよりも、炎の勢いは上。

 調理台に放置されていた肉切り包丁と、そこから出現しようとしたゴーストが劫火の光線にに晒された。


 先ほどと同様、まともに探索もせずルシェルが決め打ちで放った理術呪文に灼かれ、ゴーストが寄る辺となる物品へと戻り、その直後に肉切り包丁が消滅する。


 光が戻った。


「何度か倒したし、弱体化してるんだよな、うん」

「次は、二階ですね」

「あ、うん。そうだな」


 残る二階には、いくつかの寝室と浴室などが存在している……と、いうのは、後から判明したこと。

 階段の先は闇に包まれていたが、ここが最後の砦だったのか。


「もう、逃げ隠れしないんだな……」


 階段を上りきった先で、ゴーストが待ち構えていた。


「やる気ですわね。望むところですわ」

「今こそ、因縁に終止符を打とう」

「さすがに、功罪を相殺というわけにはいきませんからね。覚悟してもらいましょう」


 今にもやる気な――殺る気ではないと信じたい――女性陣の機先を制して、アベルが心臓に手を当てた。


「人であらんとするため、我、怪物となる!」


 聖句とともに、アベルは心臓をえぐり出した。

 その顔は嫌悪に満ちていたが、躊躇はない。アベルらしからぬ思いきりの良さに、マリーベルすら驚愕の表情を浮かべた。


 しかし、自らの心臓を握りつぶして赫の大太刀ハート・オブ・ブレードを創造しつつ、アベルの視線は正面から動かない。


 ゴースト。

 3メートル以上はある、巨大な虚像。


 象牙のように白い肌と、長い長い黒髪の女。目も口も漆黒の闇で、首はあり得ない方向に折れ曲がっている。

 その身に纏う薄絹よりも白い肌は淡く発光し、足があるはずの場所には無が広がっていた。


 恨み、憤り、憎み、哀しみ、嘆き。

 負の感情を残して死した存在のなれの果て。


 大きさは恐怖を緩和せず、むしろ、マイナスを際立たせる。


 漆黒の虚のような眼窩からは、止めどなく赤い血が垂れ落ちていた。


 だが、なぜだろう。


 アベルには、その血が哀しみの涙に見えた。


「《疾風セレリティ》」


 無警戒に、しかし、音よりも早く接敵エンゲージする。

 ゴーストが、体よりも長い腕を振るおうとするが、間に合わない。


 アベルが、赫の大太刀ハート・オブ・ブレードを振るった。


 爆散。


 アベルの胸に、ゴーストへの恨みは一切ない。代わりに、憐れみすら感じていた。

 その感情が伝わることはないだろうし、容赦をするつもりもない。


 敵は敵だ。


 だが、アベルの目には、カタナに斬り裂かれ、爆散する赫の大太刀ハート・オブ・ブレードに吹き飛ばされたゴーストの苦悶の表情が、最後に和らいだ。


「ホワイト・ナイト神の審判じゃ、頑張って弁明するんだな」

「――――OooooonHhhhhhhh!!」


 そう見えた。


 果たして、それが真実かは、もう確かめようがない。


 赫の大太刀ハート・オブ・ブレードの一撃を受けたゴーストが、きらきらとした光の粒子に変わり、天へと還っていく。


 こうして、『スヴァルトホルムの館』に光が戻った。


 それを見届け、アベルはどっかとその場に腰を下ろした。命血アルケーを消費して、心臓が再生していくのを感じる。

 さすがにゴーストから命血アルケーを吸収できなかったため、収支は赤字。だが、ルシェルから分けてもらっていたため、なんとかなりそうだ。


「とりあえず、一段落だな……」


 まだ、終わりではない。

 だが、山場は越えたはず。


 少しの感慨とともに心臓の再生を待つアベルの元に、真っ先にやって来たのはルシェルだった。


「お疲れ様でした。義兄さんは、ここで少し休んでいてくださいね」

「そうだな。もう、危険はないだろう」

「調べるだけなら、わたくしたちだけでできますわ」

「いや――」


 そういう探索こそ、俺がやるべきことじゃ?


 しかし、アベルの反論は届かない。

 やり遂げたようなエルミアたちは、二階の各部屋へ散っていった。


 釈然としない。


『……どういうことなんだ、マリーベル』


 けれど、今なら、聞きたいことが聞ける。


『まずは、あの女子おなごらが、ゴーストを撃退できた理由から説明するかの』


 アベルの肩に腰を下ろし、マリーベルが念話で答えた。


 ふたつあった疑問のうち、吸血鬼ヴァンパイアにはできないと言った件は後回しにされた。

 理由は分からないが、アベルがマリーベルに異を唱えることはなかった。


『弱体化はしてたんだろうけど、驚いて逃げ出したりするもんか?』

『常に全開ではなかったじゃろうが、目に見えて弱ってはおらんかったじゃろ』

『ええぇ……』

『簡単なことよ。あやつらの情念が、悪霊・怨霊を凌駕した。それだけのことよ』

『全然、簡単じゃねえ!』


 純粋に、人間離れしているだけ。


『というだけでは、さすがにない』

『マジか』


 他の理由があるらしい。

 それだけで、アベルは救われる気がした。


『どうやら、アベル。女子おなごらは、汝の影響下に入ったことによって、力が増幅されておるようでな』

『俺の影響下?』


 そう言われると、心当たりはひとつしかない。


『まさか、俺が血を吸ったから……』

『それもあるが、それだけではない』


 良かったと、アベルは再び胸を撫で下ろした。再生したばかりの心臓も、正常に鼓動を刻んでいる。

 血を吸ったか否かという条件だけだったら、エルミアについて説明がつかないところだった。


『無自覚な、《支配ドミネイト》。それが、霊気オーラとなって、周辺に影響を与えているようでな』

『マジかよ……』


 高位の吸血鬼ヴァンパイアは、存在するだけで多くのものを引きつける。

 それと同じようなものだというが……。


『それって、意思を捩じ曲げてるってことになるんじゃ……』

『そこまで気にすることはないがの。司祭プリーストが使用する、《祝福ブレス》の呪文と、似たようなものであろう』

『あれかぁ』


 司祭プリーストのイェルクがパーティにいた頃には、よくかけてもらっていた呪文。

 確かに、滅多なことでは恐怖を感じなくなるし、劇的とまではいかないが戦闘能力も向上する。

 そういった、支援効果バフがあって、素手で殴ってゴーストを撃退できた。


 ゴーストを超える怨念など、なかったのだ。


『いや、情念と《支配ドミネイト》。その両方がなければ、不可能じゃぞ』


 アベルの誤解――あるいは希望――に釘を刺すが、アベルは聞かなかったことにした。夢を見る権利は、誰にも侵されてはならないのだから。


『でも、無自覚だとヤバいんじゃねえ? 誰にでも……って、マリーベルは大丈夫そうだな』

『簡単な話よ。汝が気のある者にしか、《支配ドミネイト》の霊気オーラを放っておらぬだけの話じゃ』


 アベルは首をぎぎぎぎぎと動かし、肩に座るマリーベルを見た。

 驚愕に目を見開き、口もぽかんと開いている。


『つまり、両思いということじゃな』

『はぁ? いい年して両思いってなんだよ。相思相愛ぐらい言えねえのかよ、ばーか』

『なんじゃ、言い返せないからと枝葉に文句をつけおって。ばーかばーか』

『なんだとぉ!? ばーかばーかばーか』


 それはさておき。


『それだけではなくの。汝の影響下にある者を余が吸血鬼ヴァンパイア化させると、アンビバレントな存在となりかねないわけじゃな』


 マリーベルとアベル。その両方とつながりを持ってしまうわけだ。

 それは確かに、不自然だろう。


 それが、マリーベルが吸血鬼ヴァンパイアにはできないと言った理由。


『となると、マリーベルが選んで、俺が吸血鬼ヴァンパイア化させる? そもそも、できるのか……?』


 加えてもうひとつ、問題がある。


『できたとして、さらに俺の血の花嫁ブラッドブライドってのに、なりたいってなったら……』

『まあ、余が吸血鬼ヴァンパイア化させても、近親相姦みたいなもんじゃろ?』

『クルィク! クルィク!』


 アベルは館の外で待つ巨狼に助けを求めた。

 しかし、なにも起きなかった。


「現実は、残酷だ……」

「残酷と言うほどではないが、意地が悪い構造だったぞ」


 アベルが、またしても現実に打ちのめされたところで、エルミアが呼びに来た。


「意地が悪い構造? って、ことは……」

「ああ、その通りだ」


 アベルは、それだけでぴんときたようだ。詳しい説明も聞かず、エルミアに案内された、寝室のひとつへ移動した。


 すでにクローゼットが開け放たれ、その前にルシェルとクラリッサが立っている。


 二人の間からクローゼットの中が見えるが、衣服の類は見当たらない。


 代わりにあったのは、地下へと続く階段だった。

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