ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第二話 ロートル冒険者、夢を語る

公開日時: 2020年9月8日(火) 06:00
文字数:3,410

「やっぱ、庭が欲しいな、庭が」

「家の話だったはずでは……?」


 出だしから話が飛躍するアベルに、小さなマリーベルは一周回って哀れみの視線を送る。


「庭付きかどうかで、立地とかも変わってくるだろ? となると、最初に決めておかないとな」

「買うにしろ作るにしろ、大枠は決めておかねばならぬか。まあ、良かろう。それで、庭でなにをするんじゃ? 罠でも仕掛けるのか?」

吸血鬼ヴァンパイアこえーな。庭といったら、家庭菜園だろ」


 書き物をするテーブルもないため、二人揃って床に寝そべりペンを走らせていく。

 冒険者のアベルは当然としても、マリーベルも気にしていない。床は汚いという概念自体が存在しないのだろう。


「トマトとか、吸血鬼ヴァンパイアらしくていいんじゃねえか?」

「一度きっちり、吸血鬼ヴァンパイアのあるべき姿について、語り合わねばならぬな」

「ソバなんかも、いいよな。簡単に育てられるのかな?」

「知らぬ。あと、教育の部分を無視するでない」

「でも、救荒作物ってぐらいだから、素人でもいけるだろ」

「まあ、良いが……。しかし、ソバか。ヴェルミリオ神が持ち込んだ作物じゃな」

「ってことは、マリーベルは食ったことねえのか」


 芸術神ヴェルミリオが、この世界にもたらしたものは多岐に渡る。恐らく、その忠実な信徒ですらすべてを把握しきれないほどに。


 ソバもそのひとつで、それを食するための、ハシ、ダシ、ショウユなどをも同時にたらしたのだ。

 本来は芸術を司る神だが、世界を再構築した神として盛んに信仰される由縁だった。


「いいよな、ソバ打ち。なんかこう、誰にもできそうだけど、果てがない感じがして」

「なんだか分からぬが、こう、前向きなのに枯れているように感じるのはなぜじゃろうな」

「とりあえず、農業ができる庭は必須ということで」

「……盛り上がっておるが、本当に良いのか?」

「なにがだよ」


 水を差され、不満そうに聞き返すアベル。

 宿の床に寝転がるアベルを見下ろしながら、マリーベルがため息をついた。


「我らは農作物と違って、日の光を受けたら大変なことになるぞ」

「……しまった」


 根本的すぎて気付かなかったと、アベルが頭を抱える。

 陽の差さない時間帯に世話をすることはできるだろうが、それできちんと育つ保証はない。


「まあ、汝の女に一声かければ、代わりに農作業ぐらいしてくれそうじゃが」

「やっぱり、庭と言えば犬だよな! 犬を飼おう、犬を」

「同居は、そんなに嫌か……?」


 当然のようにマリーベルはスルーし、アベルは紙の隅に『犬!!』と大書して丸で囲んだ。


「次は、家の間取りだな、間取り。絶対に外せないのは、寝室か」

「最も長い時間を過ごす場所であることは間違いないの」

「他は……」


 紙にそこそこの大きさの部屋を描き、そこでアベルの手と思考が止まる。


「……他に部屋って必要だっけ?」

「汝は、寝室で食事をするつもりか」

「いや、飯は外で食うだろ?」

「自分で調理はせぬのか……」

「ああ。だから、台所なんていらねえな」

「ソバ打ちの話は、一体なんだったんじゃ……」


 どうしてこうなったのかと、マリーベルが額を抑えて首を左右に振った。その仕草だけ見ると、外見とは裏腹な老成した雰囲気が感じられる。好きで醸し出しているわけではないだろうが。


「逆に聞くけどよ、マリーベルの家にはどんな部屋があったんだよ」

「余か? 家というよりは屋敷ゆえ、参考になるかは分からぬが……」


 そう前置きしてから、マリーベルが指折り数えて部屋をあげていく。


「まずは、サルーン……玄関ホールじゃな」

「いきなり参考にならねえぞ」

「談話室、応接室、遊戯室、シガールームに、居間と食堂」

「それ、全部一纏めにできるんじゃね?」

「衣装部屋に、書庫、書斎。厨房、洗濯室、貯蔵室。他は、執事やメイドの部屋もあったの」

「よし。育ちがまったく違うってことは痛いほど分かったぞ」


 却下却下却下と、アベルが手を振ってはねつける。


「なんじゃ、そっちから意見を求めておいて」

「いろんな意味で、俺が悪かった。まあ、なんだ。マリーベルの部屋ぐらいは用意してもいいな」

「ほう。それは、殊勝な心がけじゃな」

「どうせ、来るなって言ってもついてくるんだろ?」

「余は、別に構わぬがな。汝の女たちが押しかけても、自分でなんとかするんじゃぞ」

「……是非、お越し下さい」


 平身低頭で――物理的に、これ以上は無理なのだが――アベルは負けを認めた。紙に、自分の寝室よりも大きなマリーベルの部屋を描く。


「そういや……。吸血鬼ヴァンパイアだからって、棺桶を用意しなくてもいいんだよな?」

「そこは、個人個人で異なるのぅ」


 アベルの意外な質問に、マリーベルは遠い目をした。体は現在にあるが、意識は過去へと飛んでいる。


「豪華に飾り立た棺に従者レンフィールドを入れ、寝込みを襲いに来たものをあざ笑う者もおったし」

「さすが、吸血鬼ヴァンパイア

「棺など使わず、地面に潜って陽光を避ける者もおった」

「アントハルクかよ」


 まるで、地中から襲ってくる琥珀色アンバーの蟻男だと、アベルはあっけにとられた。


「あとは、棺に魔法を仕込んで侵入者を撃退する者もおった。というか、うちの叔父であるが」

「昔は、みんな棺で寝てたんだな」

「灰になった後のことを考えると、それが一番じゃからの」

「へー」


 自分も死んだら灰になるのか……とすら、アベルは思わない。他人事のように相槌を打って、家の大枠を決める作業に戻る。


「とりあえず、棺桶はいらないか。代わりってわけじゃないけど、せっかくだから煖炉付きの居間でもあったほうがいいか」

「悪くはないの。庶民的で」

「庶民的は余計だ。そこで、煙草とか酒を楽しむんだからな」


 まったくそんなことは考えていなかったのだが、口にしてから、いいアイディアではないかと思い直す。

 幸い、かなりこぢんまりした家になりそうなので、予算も余りそうだ。


「なるほど。家はそこそこにして、いい酒のコレクションをしたほうが、結果として幸せになれるのか……」

「ならば、地下室ぐらいは、用意したらどうじゃ? 吸血鬼ヴァンパイアといえば地下室じゃぞ」

「地下室かぁ。最悪倉庫にはなるか」

「籠城もできるぞ」

「使いたくねー」


 だが、必要性を感じたのか、間取り図に居間と煖炉共々、地下室も書き加えられた。


「こんなもんか。なんか、最初に考えてたより地味になっちゃったな」

「汝が無趣味で枯れてるのが原因だと、余は思う」

「ううむ。そこまで言うんだったら、鍛冶か錬金術のスペースでも用意するか?」

「お、意外な心得が――」

「完全な、素人だけどな!」

「――なかったか。別に自分で作った粉でなくても構わんから、ソバ打ちから初めよ」


 マリーベルがアベルからペンを奪い取って、広めの炊事場を書き足す。


「使いそうにないけど……。いや、燻製してつまみを作る手もあるか……」

「これで、かなり家っぽくなったのではないか? 余のお陰よな」

「なぜ、マリーベルの手柄みたくドヤ顔……」


 と、そこは気になったが、他に家に求める要素も思い浮かばない。とりあえず、完成とすることにした。


「こいつをベースにして、不動産屋に相談するか。夜からでも、やってるところはあるだろ」

「じゃが、本当に良いのかの?」

「……なにがだよ」

「あの女子おなごらの部屋を用意せず、本当に良いのか?」


 正面からの、ごまかしや逃避を許さない問いかけ。

 それでも、アベルは目を逸らし、言葉にならないうめき声を発する。


 マリーベルはなにも言わず、ただ静かに答えを待った。


「なんというか、あれだよ」

「うむ」

「みんな、俺のことを勘違いしてるんだよな」

「確かにの。そして、余にもそれを助長した責任がある」


 マリーベルが重々しくうなずき、円を描くようにしてアベルの周囲を浮遊する。


「そこで、対話じゃ」

「対話って」

女子おなごらの誤解を解け。誤解を解いて失望されるのが嫌なら、責任を持って口説き落とすのじゃ」

「ええぇ……」

「どっちもせねば、本当にただのクズに成り下がるぞ」


 びしっと指を突きつけられ、アベルはまたしても沈黙を余儀なくされる。

 完全にマリーベルの言う通りで、なにも言えない。

 大人に真実を突きつけるのは、いつだって子供の役目なのだ。


「……これも、マリーベルの善行かよ」

「そういうことじゃ」

「完全に、近所の世話焼きおばちゃんじゃねーか」

「アベル……」


 別方面から反撃を試みるアベルへ、マリーベルが心の底から心配そうな視線を向ける。


「こういうのは、言われておるうちが華じゃぞ」

「あ、はい」


 わりとシリアスなトーンで言われ、アベルは思わずうなずいてしまった。

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