「とりあえず、吹き飛ばします」
ルシェルが、他の二人ではできない解決法を選択した。
「破壊と再生を司りし、大いなる炎よ。其は邪なる者を討つ力なり――《火球》」
ルシェルが広げた呪文書から3ページ分切り離され、真紅の属性石へと吸い込まれていった。
その属性石から炎が立ち上り、両手で抱えてもなお余る巨大な《火球》が生まれた。
ルシェルが手を振り下ろし、《火球》が一直線に飛んでいく。
着弾、爆発。そして、爆風。
巨大な火球が炸裂し、爆裂し、骨と冒涜的な死体とを吹き飛ばした。
――はずだった。
「まさか、《精霊円護》がかかっていたのですか?」
だが、爆風が晴れても、悠久の時を経てきた“芸術品”は損なわれていなかった。ダメージはおろか、焦げた様子ひとつない。
すべてを魔化していたのだとすると、とんでもない浪費。
ゆえに、悪徳のスヴァルトホルムなのだ。
吹き飛ばされた“芸術品”たちは、わさわさと意思ある者のように元の場所へ戻る。そして、改めて骨が互いに組み合わさり骨格を作り、死体が寄り合わさって筋肉と化す。
それらがまた蚊柱が立つように集まって――ずんぐりとした巨人が生まれた。
二腕四脚。体高は10メートルほどもあるだろうか。
無毛で、皮膚もなく、筋肉が川のように体の表面を流れ、循環している。
そのため、辛うじてシルエットで体の形が分かる程度。顔など、目と耳と鼻と口がくぼみで表現されているに過ぎなかった。
異形の巨人。
そう呼ぶに相応しく、また、それ以外に呼びようがない存在。
「よもや、レヴナントか!」
「なんだよ、それ」
レヴナントとは、死体を寄り集めて作られる、モンスターだ。
死体からパーツを集めて作ったのではない。
死体そのものをパーツとして、一体の巨人を作り上げるのだ。
人間、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、オーク、オーガ。素材となった種族は多岐に渡る。
それは、吸血鬼同士の抗争にも用いられた……らしい。
「ここで、攻城兵器を持ち出すとは!」
「あれで城を攻めるのかよ」
あの巨体を城壁に突っ込ませる。しかも、素材は死体。
かなり身も蓋もない戦法だ。
「違うっ。あれは、血制を使うのじゃ!」
レヴナントの四脚が、赤い靄をまとった。
アベルが、《疾風》を使用するときと同じように。
進路には――エルミアたち。
レヴナントが突進しながら、両手を交差させ脇腹に突き込んだ。手がずぶりと沈み、それを一気に引き抜くと手には鋭い肋骨が握られていた。
「それを早く言えよ!」
体を真っ二つにされたばかりのアベルが駆け出――そうとして、その前に、棺が邪魔だと持ち上げる。
「《剛力》、《疾風》!」
血制を併用し、黒い棺を抱えて大地を蹴り上げ走り出した。
ほんの一息でエルミアたちの前に回り込み、アベルは棺を突き立て、そこで限界を迎える。
「くそっ」
膝から崩れ落ち、立てた棺を支えになんとか倒れるのをこらえた。
そのアベル目がけてレヴナントが、二本の肋骨を振り下ろした。
アベルは笑った。
迂回して、エルミアたちに行こうとしなかった。頭悪い相手で、助かった――と。
「義兄さんッ」
「下がってろ!」
心配して駆け寄ろうとする義妹を怒鳴りつけ、その瞬間、衝撃がやって来た。
「こなっ、くっ……ッッ」
無遠慮に無造作に全力で、二本の肋骨を振り下ろしたレヴナント。
大気を裂き、大地を割る一撃……いや、二撃が、棺に直撃する。
まさに、巨人の杭打ち。戦神エグザイルもかくやの力技。
みしみしと軋みながらも、黒い棺は耐えきる。
一方、アベルは棺ほど頑丈ではなかった。
あまりの圧力に足が地面にめり込み、黒い棺を支える筋肉が骨が神経が弾ける。肉体が勝手に命血を燃やして再生するが、傷ついては治るを永遠に続くサイクルで味あわされ、拷問を受けているかのよう。
それでも、アベルは耐えきった。
だが、その余波までは、どうしようもない。
「きゃあああっっ」
それは、誰の悲鳴だっただろうか。
分からない。
なぜなら、二本の肋骨と黒い棺が衝突した余波が大気をかき乱し、それに床材が砂礫となって巻き上げられ、後ろにいたはずのエルミアとルシェルとクラリッサを吹き飛ばしたから。
怪我の程度は、いや、そもそも生きているのか。
――死んでいるかもしれない。
「俺の女に、なにしやがる!」
アベルが吼えた。
その怒気に押され、レヴナントの動きが止まる。
アベルの視界は真っ赤に染まり、文字通り血が上っていた。
殺す。
もう死んでいる?
こっちが侵入しなければ、こんな事にはならなかった?
そもそも、体が限界だ?
関係ない。死ぬまで殺す。
「《剛力》」
黒い棺を抱え上げ、アベルが四脚のレヴナントに近づいていった。
喉が渇いている、腹が減っている、飢えている。
満たさなければならない。
代償を得なければならない。
その命で。
「死ぬまでは、生きてていいぜ」
アベルの怒気――無自覚な《支配》――で硬直しているレヴナントの前肢目がけ、黒い棺を振り下ろす。
「Aooooohooooooo!!!!!!!!」
くぼみだけの口から、粘っこい悲鳴があがった。
前肢の下半分がポッキリと折れ、表面を流れる筋肉の循環が滞り、レヴナントが体勢を崩す。
だが、この程度では止まらない。
膝を屈しながらも、なお、レヴナントが肋骨を振り下ろす。
アベルは、それを正面から迎え撃つ。
再びの衝撃――は、起こらなかった。
先ほどは、拮抗したがゆえの余波。
今回は、これでもかと強振した黒い棺が、肋骨を打ち壊した。その衝撃で、レヴナントの巨体が横倒しになる。
半ばから折られた肋骨がくるくる回って、モニュメントのように突き立った。
それを見ようともせず、優位を手にしても、アベルは野獣のような形相を浮かべたまま。
全身が赤い靄に包まれたアベル。
内なる獣に従って黒い棺を振り下ろし――
「Aooooohooooooo!!!!!!!!」
――冷静に、確実に。
「Aooooohooooooo!!!!!!!!」
一本一本。
「Aooooohooooooo!!!!!!!!」
足を潰していく。
「アベル! このバカモンが!」
もう、命血は底に近い。これ以上は危険だ。
エルミアたちの状態を確認していたマリーベルが、全力で飛び、獣に従うアベルの後頭部へ蹴りを放った。
「落ち着け、全員無事じゃ!」
「そっか……」
アベルの顔から、険が消えた。
マリーベルがほっと一息ついたのも、束の間。
アベルが、黒い棺を宙に放り投げた。
表情は見えないが、目だけは爛々と輝いている。
「人であらんとするため、我、怪物となる!」
武器にしていた黒い棺の代わりに、躊躇なく心臓を取り出し、迷いなく握りつぶす。
心臓がないのに胸が苦しい。呼吸をするだけで全身が痛む。歩きたくない。
だが、アベルの歩みは止まらない。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
問題ない、問題ない、問題ない。
自分が辛いだけなら、全然辛くなんてない。
足を砕かれ、アベルの怒気に晒され。
二重の意味で動けないレヴナントの首元に、たどり着いた。
「許してやる。俺の餌になれ」
レヴナントの巨体を前にしては、赫の大太刀など針に過ぎない。
しかしそれは、最強の針。
赫の大太刀。デュドネ家の秘儀が、レヴナントの首に突き立てられた。
爆散。
赫の大太刀が砕け、レヴナントがアベルの命血となって吸収される。
完全消滅。
名残は、破壊した鉄格子しか残っていない。
アベルの目の前に、黒い棺が落下してくる。
それが、まるで、墓標のように突き刺さった。
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