ロートル冒険者、吸血鬼になる

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藤崎
藤崎

第十六話 ロートル冒険者、清算する

公開日時: 2020年9月12日(土) 00:00
文字数:3,381

「タイミング悪すぎだろ、おい!」


 世界は、神は、俺になにか悪意でもあるのか。それとも、月が七難八苦を与えようとしているのか。

 アベルは天を仰ぎ、吼えた。


 だが、まずは、目前の問題をなんとかしなくてはならない。


 アベルはクレイグの瞳を、やや見上げる格好で直視し、厳かに口を開く。


「というわけで、俺とウルスラには、勘ぐるようなところはなにもないからな! そこは、勘違いするなよ!」

「はい。アベル坊ちゃまと私めに、そのような関係はありません」

「そんなことは、どうでもいい」


 平服ではあるが、剣を腰に吊したクレイグ。

 それを抜きはしなかったが、言葉を遮った厳しい顔そのままで、アベルに近づいていく。


 アベルの見苦しい態度も、こんな夜にバスケットを持ったウルスラも目に入っていない。

 怒りと敵意をむき出しにし、まさに一触即発。


「エルミア様が、辞表を出したそうだ」

「……はい? 辞表?」

「そうだ。森林衛士を辞めるというのだ」


 初めて聞く情報に、アベルは目と口を大きく開く。

 けれど、驚きはしているものの、なぜとは思わない。


『これ、余がエルミアを選ばなんだら、かなりまずいことにならぬか……?』

『人一人の人生を左右する決断となりますね。さすが、王でございます』

『一生を背負うのは、アベルの役目じゃろ!?』

『ちょっと、黙っててくれませんかね!』


 クレイグにも両手を突き出し、よろよろと二歩三歩後ずさり、アベルは頭を抱えた。


 エルミアが、森林衛士を辞める。

 せっかく手に入れた、安定した収入と地位を捨てて。


 原因は、クレイグが思っているとおり、アベルだ。


「なんだって、そんなところだけ思いきりがいいんだ!」


 血の花嫁ブラッド・ブライドになれば、それは、辞めざるを得ないだろう。


 分かる。


 だが、分かるのはそこまでだ。


 まだ、なれる――マリーベルがするとは言っていない。すべては、これからの話。

 それなのに、休暇届ではなく、辞表。


『というか、具体的な話は、ついさっき初めてしたはずなんじゃが……』

『その席で、特に辞めたという話は出ませんでしたね』


 もしかすると、エルミア本人は背水の陣を敷いたつもりなのかもしれない。だがそれは、採用側にも多大なプレッシャーを与えていた。


 単に、当たり前のこと過ぎて伝え忘れていただけと知るのは、少し後のことであった。


「まあ、あれだ。いざとなったら、辞表の撤回もできなくはないだろ?」

「問題なのは、辞表を出すに至った経緯だ」

「……その通りだな」


 しかし、正直に説明するわけにはいかない。

 だからアベルは、話を逸らす。


「まあ、あんたの心配も分かる」


 別れたはずの男とよりを戻そうとしていて。

 その男は、相変わらずうだつが上がらない顔をしていて。


 さらに、吸血鬼ヴァンパイアのことを調べるため、図書館に通い詰め。


 その上、辞表だ。


 恋愛感情は抜きにしても、心配になる。なるなというほうが無理だ。


「もう一度聞くぞ、冒険者アベル」


 辞表の件はアベルも知らなかったようだと、クレイグも気付いたらしい。

 少しだけ、冷静になって。しかし、改めて距離を詰め、問う。


「お前は、エルミア様を幸せにできるのか?」

「知らんね」


 今にもつかみかかろうとするクレイグに、アベルは思わず素っ気ない返事をしていた。

 分かる。クレイグの気持ちは分かる。


 だからといって、懇切丁寧に対応する気にはなれなかった。


「貴様はっ――」

「――だがな、これだけは言えるぜ」


 振り上げられたクレイグの拳を掴み、アベルが吼えた。


「幸せになりたくない人間なんているわけねえだろ!」

「それは……」

「一般論でごまかすな? 分かってるさ、そんなことはよ」


 精神がささくれ立っている。

 間違いなく、相性が悪い。絶望的に。

 言う必要のない言葉が溢れてくる。


 分かっていても、止められなかった。


「幸せにしたかったさ。そうあって欲しかったさ。今でも、そう思っているに決まってるだろ!」


 一気に吐き出し、アベルはクレイグの腕を離した。

 クレイグは痛みに顔を引きつらせながらも、アベルをにらみつける。


「――分かったとは、言えない」

「なら、どうする?」

「誓おう。私は、二度とエルミア様に姿を見せないと」

「それで?」

「その代わり、我が剣の審判を受けてもらう」


 痛む手で、クレイグは剣を引き抜いた。

 要するに、決闘だ。戦って決着をつけたいと言っているのだ。


「俺が負けたら?」

「絶対に、エルミア様を幸せにしろ」

「勝ったら?」

「――好きにすればいい」


 初めて、クレイグが笑顔を見せた。

 アベルも、同じだ。


 ああ、そうだ。同じことだ。


「主神イスタスの右腕、法を司るホワイト・ナイト神に誓う」


 イスタス神が定め、執行した正義を形とするのがホワイト・ナイト神の役目。その権能は、神に代わって地上を支配する為政者たちと重なり、王侯貴族に広く信仰されていた。

 また、庶民の間でも、約束をする際に引き合いに出される。針千本飲ますのは、概ねホワイト・ナイト神の役目だった。


「誓う――前に」


 つかつかと無防備にクレイグに近づくアベル。


「《キュア》」


 指輪にした生命の属性石から、癒やしの波動がクレイグの拳へ渡った。


「あとで、文句を言われねえようにな」

「礼を言うつもりはないぞ」


 二人は、再び距離を取る。


「俺も、主神イスタスの右腕、法を司るホワイト・ナイト神に誓おう」


 これ以上の言葉は不要。

 立会人も、審判も要らない。


 ショートソードを抜き、身を屈めたアベルが、凄まじい瞬発力で飛び出した。


 それを、クレイグは見ていない。ただ、感じた。

 感覚を信じ、一息にロングソードを振り下ろす。


 生涯最高の一撃。


 必ず、当たる。


 そう確信したクレイグの一撃は、至極あっさりショートソードに防がれていた。


 ぴしりと、先祖伝来のロングソードにひびが入る。


「腹に力入れておけよ」


 グレッグが最後に見たのは、ショートソードを投げ捨てるアベルの姿。


 ほぼ同時に、体の中心から未だかつて感じたことがない衝撃が全身に広がっていく。


 そして、クレイグの意識は闇に閉ざされた。





 クレイグのロングソードをかいくぐり、アベルが鳩尾に拳を叩き込んだ。


 端から見れば、それだけの決着。


 痛みと衝撃に気絶したクレイグが、ゆっくりと膝をつき、そのまま地面に倒れ伏す。ぴくりとも動かない。


 しばらく、目を醒ますこともないだろう。


「はあ……。まったく……」


 髪をかき上げたアベルが、タバコを求めて手を彷徨わす。

 しかし、バックパックに入れっぱなしだったことに気付き、虚しく息を吐いた。


「やれやれ。まったく理解できぬわ」


 バスケットから、マリーベルが這い出てきた。

 それを手にしていたウルスラは、どう思っているのか。ウォーマキナだからと、文字通り鉄面皮ではないはずだが、表情からはなにも読み取れない。


「グレッグとやらの件も、これで解決じゃな」

「クレイグな」


 名前を憶えろとは言わないが、せめて、訂正はしてやりたい。

 そんなアベルの気持ちも知らず、マリーベルが追い打ちをかける。


「しかし、どうせなら、エルミアがいるところでやったほうが良かったのではないか?」

「鬼か……」

「効果的かと」


 マリーベルとウルスラ……女には分からない世界なのだ。

 いや、もしかすると、アベルとクレイグにしか理解できない行動だったのかもしれない。


 アベルは、無性にタバコが吸いたくなった。


 今なら、分かる。いや、たった今、分かった。

 エルミアが、アベルに、同僚から食事を誘われていると相談した件。あれは、困惑だ。単純に、困っていたのだ。

 アベルに気にして欲しかったからなどではない。本当に、なぜ、そういうことになったのか、理解できなかったのだ。


 それに気付かなかったのは、アベルという歪んだフィルタを通したせい。


 アベルは、道化師の涙を思い出していた。


「ブシの情けってやつだよ」


 伝説としてうたわれる高潔なファイターを引き合いに出し、アベルは微笑んだ。


 いくら独りよがりでも、惚れた女の前で無様な姿を見せるわけにはいかない。エルミアからすると、なにがなんだか分からないだけなのだから。


「さて。このまま風邪でも引かれたら面倒だしな」


 アベルの武士の情けには、まだ残量があったようだ。クレイグの体を、抱き起こし、宿の中へ入れてやろうとする。


「ちっ。こいつ、俺より背が高い上に、筋肉もちゃんとついてやがるな」

「《キュア》を使ってやればいいのではないか?」

「バカ言うなよ」


 振り返りもせず、アベルは言った。


「俺はそんなに、優しくねえよ」

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